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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【フラン、がんばる!】
58/65

Ep.58 前編

「まったくもう・・・、まったくもうだよ、まったくもう!!」


 私の名前はフランドール・スカーレット。幻想郷というちょっと変わった世界にある悪魔の館―紅魔館の主の妹だ。


 私がぷんぷん怒っているのは、ついさっきその主と喧嘩をしたからなのだ。




 ―夜明け前。

 ここ最近は春日の心地よい暖かさに慣れてきたのたが、やはりまだこの時間帯は肌寒い。

 私は薄手のコートを羽織って、玉座の間に向かっている。

 何気ない散歩・・・などではないわ。明確な意図を持って彼女に会いに行っている。その証拠に現在、私は自身の部屋をこれ以上なく片付けていた。立つ鳥跡を濁さず、とこの世界のことわざにはあるらしいが、似たようなものかしらね?



 さて、玉座まで来たはいいものの、部屋からはまだ声がしていた。入室を一旦思い止まる。私はドアの近くに踞ってお客さんが帰るのを待つことにした。


 実はこの時間、誰かが来るという情報をあらかじめ知っていたのだ。ちょっとした裏の筋からね。

 ―・・・なんて大層な書き方をするほどものではない。以前私のところへ遊びに来た当の本人に直接聞いただけだ。

 ただ、内容までは聞かなかった。そういうことに関しては踏みいるべき領分でないと、未熟ながらも心得ている。別段、問題があった訳でも、私に関して何かあるという訳でもないようだったしね。


 しかし、問題はないというわりには長い話し合いだ。館に入ってきたときから優に1時間は越えている。

 怒声やら罵声やらが聞こえないところからすると、喧嘩はしてないはず・・・。



 ―ガチャリ。


 少しして扉が開く。

 そして中から一人の女性が出てきた。


「おはようございます、クイーン。」


 紫色のワンピースを着たすらっと背の高い女性―八雲紫がこちらを見る。


「おはようございます、紫さん・・・。」


 私は閉じきっていない扉の向こうに目を凝らす。

 しかし、すぐに扉は閉められてしまった。


「クイーン、心配はいりませんわ。別に喧嘩はしておりません。

 雑談に花を咲かせていたら長くなってしまっただけです。」


 うーん・・・本当なのかしら?


 少し懐疑的な眼差しを送る。


 実は紅魔館と八雲とはあまり仲がよくない。

 ううん、正確には館の主と紫さんとの相性が良くないの。もちろん二人とも大妖怪なので、一定程度のビジネススタイルを持ってはいるみたい。ただ、私のところへ個人的にやって来ることを、主はあまり快くは思っていない。


「・・・嘘は言ってないですわ。

 それは、入ってみればわかることです。その様子では、あなたもご用があるのでしょう?」

「うん・・・。」



 彼女に挨拶をして、入れ違いで部屋にはいる。

 見慣れた部屋だ。

 かつて、私の大事な人は、紅魔館はきらびやかすぎると言っていた。しかし、ずっとこの屋敷で生活していた者にとっては安心できる明るさだった。


「あら、フラン。どうかしたのかしら、こんな朝に?」


 この館の主―レミリア・スカーレットは、宝石らしき物を手の内で転がす。


 レミリア・スカーレット。

 紅魔館の主。私の唯一の肉親であり、姉である。

 私自身も質素であるとは全く言えないが、彼女に関しては、比肩できないほど我が儘放題で、高貴なものしか受け入れられないというような生活をしている。しかも、何をしても許される。周りのみんなは、そんな主のことをよく知っているのでしぶしぶながらも振り回されていた。

 私の中ではそんな姉が羨ましくもあり、嫌いでもあった。



「実は私、お姉様にお願いがあるの・・・。」


 もじもじとしながら姉と向き合う。

 

 お姉様は、ぽいと後ろの方に宝石を投げた。


「ダメよ!!」


 有無を言わせないような口調で制した。


「どうせ"お外に出たい"でしょ?

 ダメだったらダメ!!

 ダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!」


 ―プチン。


 ここで注釈しておくけれど、これは堪忍袋の緒が切れた音である。決して彼女を潰した音ではない。


「もういいわよ!お姉様なんかもう知らない!

 私、ここから出ていく!」


 そう啖呵を切って部屋から飛び出した。お姉様がその間何か言っていたような気もするけれど、覚えてないし聞く気もなかった。




 実は私―495年もの間、ずっとこの屋敷に幽閉されている。

 幽閉されている・・・ね。

 ちょっとこの言い方は、事実とそぐわないかもしれない。確かにみんなが必死になって外に出ないよう細工している。でもそれ以前に、495年間、私は幽閉されていたという自覚があまりなかったからだ。

 自覚がない。見覚えがない。要は自ら幽閉されていることに甘んじていたのだ。幽閉されることで私は何かから逃れようとしていた・・・ような気がする。気がするだけで、具体的に何かはわからない。


 まあ、ともかく・・・私はずっと紅魔館から出たことはない。

 ―ああ、そうだわ!これも間違いね。公にはなっていないけれど、一時期何度か外に出たことはあるのよ。あの時はたった一人―私の執事だった人だけが私を外に連れ出してくれた。(あの人に会うために、私から脱走したこともあるけれど・・・。)

 思い出すと、本当に胸がドキドキワクワクする。妖精たちや妖怪たちと鬼ごっこをしたり、人里で色んなものをみたり・・・。



 ・・・。



 あ、まずい・・・。涙が出てくる。

 彼のことを思い出すと、ドキドキしていた胸が急に締め付けられる。


 あの人は・・・もういない。

 彼はこのセカイを守るために、自らの命を尽くしたのだ。


「きっと帰ってきます。」


 その去り際の言葉を信じ待ち続けて随分と経つが、未だに音沙汰はない。

 思い出に浸る度に、空虚な現実を思い知らされる。

 

「ダメよ、フラン!!

 悩んでないで前進しなきゃ!!」


 そして、予め外出するつもりでまとめていた荷物を背負い、自作の裏口(物理)からとっとと逃げ出した。





 そんなこんなで紅魔館から脱出した私は、ピンクのリュックサックを背負い、赤い日傘を差しながら林を歩いている。

 行く宛というものは既に決めてあった。それは、この幻想郷という世界で唯一人間が集団で暮らす場所"人里"だ。


 太陽はすっかり登っている。木々の間からカーテンのように漏れる光が清々しい。

 清々しい・・・ね。夜の妖怪なのに可笑しいと思われるかもしれないわ。でも、昼の人間が夜に焦がれるように、夜の妖怪も昼に焦がれることもあるのだ。


 しばらく歩いていく。

 本当のところはとんだ方が早いけれど、迂闊に飛んでしまうと館の追手に見つかるかもしれない。だから歩いていくのだ。

 幸い外を出歩かない私にとっては全てがまっさらで、全てが目新しかった。退屈することはない。


 すると、少し向こうの木の枝に白い布がぶら下がってあるのが見えた。


「何かしらあれ・・・?」


 私自身は妖怪だからあまり怖がることはない。けれど、噂では妖怪を食べる妖怪もいるらしい。警戒はしておこう。


 近づいてみる。

 木々が重なっていてよくわからなかったのだけれど、どうやらヒトらしい。布の隙間から足がちらりと見えている。布もただの布ではなく、キモノというこの国の伝統衣装だということがわかった。


 さらに近づく。

 するとその時、バキリという大きな破壊音と共に、枝ごとそれは地面に激突した。

 私はびくっ、として一歩下がる。

 死体のようにも見えた物体は、ぐえっ、と声をあげる。生きて・・・はいるみたいね。

 しばらく震えていた布は、その後むくりと立ち上がる。


「・・・痛ったーいなーもー!」


 何に文句を言っているのかわからないけれど、何だか無害そうね・・・。


「紅魔のお嬢ちゃん、見てないで助けてくれたら良かったんじゃが?」

「え!?」


 気づかれていた!

 ずっと後ろ向きだから見えてないと思っていた。


「布団干しみたく枝に引っ掛かっておった時、お嬢ちゃんの綺麗な羽が見えただけじゃ。」

「なるほど。」


 その人は振り替える。

 見た目は、もし人ならば20代くらいかしら?長い黒髪の優しそうな女のヒトだった。


「ところでおねえさんは、どうして私が紅魔館の人物だとわかったの?」


 裾を払ったり、帯を直したりしながらこちらを向く。


「む・・・、それはじゃな。

 随分前にお前さんの執事と会っておるからじゃけぇ。」

「え、いつ!?どれくらい前!?」

「落ち着け。

 ワタシが出会ったのは、執事が存命の時じゃ。その後のことは、残念ながらわからない。」

「そっか・・・。」


 もしかしたら、と早とちりしてしまった。失敗失敗・・・。


「しかし、うんうん・・・!なるほどなるほど。」


 おねえさんは、私の爪先から頭までまじまじと見て頷く。


「な、なに?」

「あや、君の執事さんが、君に執心する根幹を少し理解できただけじゃ。本当によく似ておる。」

「???」


 私は赤面しながら、首をかしげた。

 どういう意味だろう?


「あー、ごめんごめん。意味はありゃせんけぇ。気にせんで。」

「はぁ・・・?」


 何だかよくわからない女性だ。

 優しいのは確実だろうけれど、何かしら知っている風を装っている。いや、本当に何かしら知っているのだろう。紫さんなら、そんな素振りを見せない。"知っている"ということを知られるのには、一定のリスクがあるからだ。


 彼女は身なりを直し終えて、こちらに向き直る。


「そう言えば、また紹介が遅れてしもうたのう。ワタシはただの幽霊の"きぬ"じゃ。気軽におきぬと呼んでくれ。

 お嬢ちゃんのお名前も聞いてもいいかな?」

「はい。私はフランドール・スカーレットと申します。以後お見知りおきを。」

「さすがお嬢様。育ちがちがうねぇ・・・。

 ワタシももう少し"育ち"がよかったらなぁ、と思っているんじゃが。」


 恋慕するような顔で遠くを見る。

 しかし、すぐに慌ててつくり笑いを見せた。


「ところでお嬢ちゃんは、お出掛け?」

「ううん、家出。」

「Oh...なるほどなるほど。それで、行く宛はあるのかい?」

「人里よ。」

「一時的でも住む場所は?」

「・・・ない。」

「ふむ。

 昔、執事さんがつかってた家はどうじゃ?」


 それは・・・。

 辛くなるから嫌だ。


 折角の家出なのに最初から辛い思いはしたくない。

 それにあの家を使うのには、みんなが色々知りすぎている。お姉様が追って来るのならば、先ず先にあの家を訪れるだろう。

 ならば、そこは避けてどこか遠くに家を構えるべきだ。


「なるほどねー。

 それならば魔法の森とかはどうかのう?紅魔館とも真反対じゃし、何より迷いやすい。それでいて彼処には友好的な妖怪も、人間もいる。」

「魔理沙?」


 彼女は少し驚いた顔をする。


「ほう、知っておったか!」


 知っている・・・けれど、一度弾幕ごっこをしたことがあったり、たまに遊んだりしてるだけだしなぁ。頼っても迷惑じゃないかなぁ・・・?


「それでもいいんじゃ。

 ともかくそれなら話は早い。行ってみるといいじゃろう。」

「おねえさん、アドバイスありがとう!」

「気にするな!

 もし困ったことがあるなら、名前を呼ぶといい。ひとっ飛びでかけつけるけぇ。

 ああ、ひとっ飛びじゃ!」


 本当に優しいおねえさんだ。

 どこかのお姉様に見習わせたいくらいだ。


 しかし、どうして見返りもなく、こんなにも優しいのだろう?


「なぁに。ただ、ヒト助けがワタシの死に続けている意味じゃからな。何にも持っていない幽霊の、たったひとつの死に甲斐じゃ。

 それにお前さん―・・・お前さんの執事には借りがある。それを返そうとしているだけじゃ。」


 ほへぇー・・・。



 それからおねえさんと何でもない会話をした。気がつけば煙突の煙と家の屋根が見えてきた。


「そいじゃあ、ワタシはこれで!

 しっかり頑張るんじゃぞ!」

「うん、ありがとう!」


 私は彼女が見えなくなるまで手を大きくふり続けた。





 一歩林から抜け出すと、一面の田畑と点々とした家々、少し向こうには密集した里があった。

 懐かしい。

 あまりいい記憶ではないけれど、やはり、今となってはここでの思い出は楽しいものだった。


「出てきたところが小傘ちゃんの家の近くというのは嬉しいわね。」


 田んぼの近く。二軒ある内の煙突小屋がくっついているのが多々良小傘の自宅だった。

 ここに住みはしないとしても、挨拶ぐらいはしておこう。これから先お世話になることも多いだろうし。



「こーがーさーちゃん!!

 久しぶり、フランだよ!」


 返事がないわね・・・。


「こーがーさー・・・―」

「よんだぁ?」

「わぁ!!」


 いきなり横から声がしたからびっくりした!


 手には包丁、顔には奇妙にたくさん穴が開いているマスクを被った、私よりも年上そうな少女がいた。


「お、フランちゃんだね久しぶりー!

 なにする?あそぶ?おそう?」

「その格好でその台詞は、あまり洒落になってないよ。」

「いやー・・・、洒落のつもりはなかったけど。

 この格好については、こっちに来たらわかるよー。」

「何かあるの?」

「ま、来てきて!」


 誘われるがままついていく。

 家の裏手の方に出た。

 裏手には赤レンガの小屋があり、小傘ちゃんはたまにそこで鍛冶をしているそうだ。

 しかし、今回は鍛冶場ではなく、手前の広場で止まった。


「かかし?」


 以前来たときにはなかった木製のかかしが広場のど真ん中にたたずんでいた。

 その回りにはなにやら武器みたいな工具みたいなものが散乱している。


「うむ、ただのかかしですな!

 ―それで私は今、いかに効率よく人間を驚かせることができるかを研究しているの!

 見て!」


 そう言って彼女は包丁の刃をなぞった。


「あぶない!!」


 彼女はにかりと笑った。


「ごちそうさま!

 でも大丈夫。これは切れないように細工してあるから。ここらへんの物は全部そうだよ。」


 手に持っていたものを落として、次に短いナイフを取り上げた。


「これは外の世界の、すぺつなずっていう秘密組織が開発した極秘ナイフ!

 それを真似てみたんだ。刀身はゴムだけどね。」


 そう言って柄にあるスイッチを押す。すると刀身が、ピストルみたいに飛んでいった。


「すごーい!!

 さすが小傘ちゃん、私にできないことをやってのける!そこにしびれる憧れるぅ!」

「ふふ、まだまだあるよ!!

 回転ノコギリ(ガワだけを真似た模型)とか、ぼよーんと上の部分がとんでいく傘とか・・・。」


 小傘ちゃんは落ちていたものをかき集めて見せてくれた。

 どれもこれも見たことあるようで、目新しい。


「わーおもしろそう!」

「フランちゃんにひとつあげるよ。ぼよーん、と飛び立つ傘はいかが?」


 それ、つかったら私があの世に飛んでいくよね?みた人は別の意味でビックリしそうだけど。


「そうだったそうだった・・・。

 じゃあこれ、腕時計型退魔針!」

「威力は・・・?」

「中級妖怪ならイチゲキ・・・?」


 ふしゅ、と腕時計から飛び出した針がかかしの胴を貫通する。


「小傘ちゃん、いつか墓穴を掘りそうだね。」

「こわいこと言わないでよ~。痛いのは嫌だよ、ホント。」


 私は彼女の抱えているものを少し物色した。

 どれもこれも面白そうだけれど、日常生活に役立つかと言われれば、疑問符しかない。


「お・・・?」

「なになにフランちゃん。いいものでもあった?」


 不思議な素材出てきたノズルみたいなものを手に取った。


「おー、それはね~、"ちゃっかまん"っていうらしいよ。高性能マッチなんだよ!外から流れ着いたものを拾ったんだ。

 ただ、それだけは真似しようとしてもうまくいかなかったから、実物をつかっているの!」

「へぇー、これがちゃっかまんってやつなのねー。」


 彼女は、ずい、と近寄ってくる。


「お?お?

 ちゃっかまん知ってるの?」

「外の世界の本に載ってたの。

 どんなものかはわからなかったけど。前々から興味があったわ。」

「そっかぁ!

 じゃあ、それをあげるよ!」

「いいの?複製できないんだよね?」

「いいの!

 私も結構使ったし、でも、これはあまり驚いてくれないんだよね~・・・。」


 それなら貰おうかしら?


 不思議な手触りの棒を手に持つ。ピストルみたいなレバーを押してみると、確かにぽっと火がついた。

 どんな仕組みなのだろうか?もしあの人が帰ってきたときには、聞いてみよう。


 小傘ちゃんは、満足そうにして抱えていたものを木箱に投げ入れる。

 それから、突然思い出したようにしてまた近寄ってくる。


「そういえば・・・。

 フランちゃんはなんでこんなところにいるの?」




 事情を説明した。

 きっと小傘ちゃんなら、お姉様に聞かれても知らないふりをしてくれるはずだと思ったからだ。



 私はお茶を啜る。

 説明した後、小傘ちゃんは二人分のお茶を用意してくれた。

 飲み慣れない苦いお茶だったけれど、何だかいつもの紅茶に似た美味しさがあった。


「家出ねぇ?また怒られるよ、お姉さんに。」

「・・・ぶー。」


 ほほを膨らませた。

 確かに彼女の言いたいことはわかる。けれど、別に私はやりたいことをしただけだ。お姉様と同じことをしたまでよ。


 小傘ちゃんはちらりとこちらを見た。


「ま、協力するよ。」

「ありがと。」



 話は一旦落ち着いた。

 私たちは注がれたお茶の残りを飲み干す。底の方には茶葉が濁っていて、流石にこれは苦くて仕方がなかった。


 小傘ちゃんは、石煉瓦にことんとカップを置く。


「それはそうだとして、魔法の森に行くんだよね?」

「うん、そうだよ。」

「それなら里の外れにある香霖堂に立ち寄るといいよ。生活雑貨とか揃っているから。

 フランちゃんも度々人里に来るのは気まずいでしょ?」


 うん・・・、一度人里を騒がせちゃったし。



 かつて―今回のように紅魔館を飛び出したときのことだ。

 私が勝手に飛び出したものだから、すぐにお姉様とメイドの咲夜が追いかけてきた。

 そして口論。

 挙げ句の果てには喧嘩をしてしまい、人間たちを不用意に怯えさせてしまった。


 多分随分経った今でも、私の姿は恐怖に映るだろう。



「それでも足りないなら人里で買わなきゃいけないけれど。その時は、霧雨道具屋がオーソドックスだね。」


 キリサメ・・・?

 どこかで聞いたような?


「多分霧雨魔理沙の実家・・・なんだと思うよ?」

「え・・・?

 でも魔理沙は家族はいないって―。」


 小傘は指先で空のカップをコロコロと回した。


「魔理沙はただの人間だよ?そんな馬鹿げた話はないさ。お父さんもいればお母さんもいる。

 噂だと魔理沙は魔女になることを望んで、実家から勘当されたんだってさ。フランに"家族はいない"って言ったのは、そういうことだよ。」


 お父さんもお母さんもいるのに、贅沢だな・・・私はそう思った。

 私なんか、お父様のこともお母様のことも知らない。生まれてこの方ずっと幽閉生活だったからだ。お姉様の話だと、私が幼いときに既に亡くなっているのだそうだ。

 それでも・・・だからこそ両親への思いは誰よりも強いものだという自負はある。


 だからこの話を聞いたとき、そんなに軽々しく「家族がいない」と主張した霧雨魔理沙に対して、軽蔑した。


「まあ、生きていても、死んでいても、色々あるからねぇ~。

 フランちゃんにも色々あったように、魔理沙にも色々あったんだよ。そこは理解しないと。」


 "理解"か・・・。


 私にはムズカシイ言葉だ。

 赤の他人の気持ちや事情なんてこれまであまり考えてこなかったからだ。そもそもそういう機会はあまりなかったという方が正しいかもしれない。そして、これは知識や字面だけでは得られない領域である。どんなに私が読書好きだろうとも、現実は本の中以上に複雑怪奇でちょこまかと変化していく。

 掴み所のない、実体のない。これこそが"理解"なのだ。


 小傘ちゃんは、考え込む私の顔を見て、にやにやと笑う。


「な、なにかしら・・・!?」

「むふふ!フランちゃん、今、いい顔してるよ。」

「いい顔?」

「そ。

 人間は、"人は一本の葦であり、自然のうちでもっとも弱いものにすぎない。しかし、それは考える葦である"というんだよ。」

「私、吸血鬼だよ?」

「ふむ、それならこうしよう。

 "ヒトは一本の葦であり、自然のうちでもっとも弱いものにすぎない。しかし、それは考える葦である。"・・・と。

 ―人間も私たちもね、ちっぽけだから考えなきゃいけないんだよ。何が正しくて、何を大切にしていかないといけないのか、そして、私は何をしないといけないのか、知らないといけないんだよ。」


 "理解"することと、この言葉は、私への議題のようなものに感じた。

 きっとこの家出の間に、何度も頭を過っていくのではないか、とそんな予感がした。


「さてさて、もう行った方がいいかもしれないよ?」

「うん、そうだね。

 それじゃあまたね、小傘ちゃん!」

「またねーフランちゃん。」





 人里を離れた私は、小傘ちゃんの薦めで香霖堂という所に行ってみた。

 森の入り口に位置する家は、蔦だらけで、家の周りにはガラクタガ散乱している。お世辞でもまともに商売ができているとは言えない。

 本当に道具を売ってくれるのだろうか?疑わしいわ・・・。


 とりあえず、古ぼけた玄関扉をノックしてみる。


「はい、どうぞー。」


 何だか気だるそうな声がした。


 気分がモヤモヤしながらも、ドアを開けた。ガランガランと錆び付いたようなベルの音がする。


 入ってすぐに後悔することとなった。部屋がすごく汚い。蜘蛛の巣があちらこちら、商品にまで張り付いている。


「君は確か・・・紅魔館の妹かい?」


 奥のカウンターで読書していた店主らしき男性は、本から目を離さずに呟いた。


「え、ええ・・・。

 私はフランドール・スカーレットと申します。以後お見知りおきを。」

「ふーん・・・。」


 彼は興味無さそうに、読書に戻った。


「私、今日からこの森に住むことにしたんだけど、生活に役立ちそうな道具とかあるかしら?」

「うーん・・・。」

「ないの?」

「うーん・・・。」

「・・・。」

「うーん・・・。」


 ドスッ!


 どこからともなく取り出した武器"レーヴァテイン"を思い切りカウンターに突き刺す。

 私の暴挙に驚いたその男性は、椅子ごと後ろの本棚に倒れた。そして、ぶつかった衝撃で落ちてきた本が彼の頭を打った。


「いててて・・・。

 酷いじゃないか。」

「商売してください。し・ょ・う・ば・い!」

「してるよ。

 そっちこそ、ほしいものがあるのならここに持ってきてくれ。そうじゃないと僕も手出ししようがない。」

「持ってきてって・・・。

 よくわからないガラクタばかりで、どれを選んでいいかわからないよ。生活に役立ちそうなモノっていうカテゴリーで並び直してくれないと・・・。」


 男性は、日焼けした本を閉じる。


「面倒だねぇ。」


 そう言って椅子から重そうな腰を上げた。


 近森霖之助という男、あの人と同じくらい身長が高い。体格は、私の執事のほうがガッチリとしている。対して彼はひょろながいという印象だった。


「生活に役立ちそうなモノだよね?

 それならこれと、これと、これは要るかな?・・・ああ、これもだ。」


 近森さんは、手際よく道具を集めていく。ちゃんとどこに何があるのかわかっているらしい。それについては本来は感心すべきところなのだろう。でも、持ってくる物々に蜘蛛の巣と埃が張り付いているのは、何とかならないものだろうか?


「そう言えば・・・。

 なんでここにいるんだい。君はずっと紅魔館にいるはずでは?」

「考えればわかりそうなものだけれど・・・。ま、簡単に言えば家出よ。」

「家出・・・。それはそれは。誰かと喧嘩でもしたか。」


 後ろ姿ではるが、その口調は確信めいていた。


「あまりお客さんに深入りするものではないわよ、商売人ならね。」


 すると今度は、背中を小刻みに揺らして笑い始める。


「くくく、そうだねそうだね。

 ―しかし、これが僕の商売の仕方なんだ。僕はこれ以外を知らないし、これしか多分できないよ。」

「注文の多い店主だこと。」

「ヒトを食わないだけましだろう?」

「どうだか、ねぇ?」



 大体集め終わったのだろう。重い腰を再び椅子に下ろした。あまりにも重すぎたためか、椅子は、ぎい、と悲鳴をあげる。


「わかったよ。君が家出した理由は聞かない。ただ一つだけ忠告はさせてくれ。

 もしその理由がレミリアなら、悪いことは言わない、一度腰を据えて話し合った方がいい。」

「それは、さっさと紅魔館に帰れってことかしら?」

「違う。家出しようがしまいが関係ないよ。重要なのは、お互いに"理解"することだ。

 君も、もちろんレミリアも、お互いがお互いを誤解している・・・、いや、違うか。誤解ではなくて、折り合いが取れてない、と言った方がいいかな?」

「どういうこと?」

「"理解"っていうのはひとつの妥協だってことさ。

 考えがぶつかったとき我を通していれば、他人のしたいこと、希望、言い分―それらは入り込む余地がなくなる。

 だから妥協さ。」


 分かったような風に彼は述べる。

 私はその姿に少しばかり苛立ちを覚えた。


 しかし、私たちは違う・・・とは言えなかった。

 前提として話しておかくが、私が家出した件も含めて、お互いの意図についてはお互いに知っている。何て言っても唯一無二の家族だからね。

 でも、知っているだけでは"理解"したとは言えない。"理解"には、相手の領域に乗り出さなければならない。しかし、一歩踏み出すと、踏み出した足と相手の足とが交差する。もしかしたら相手を踏みつけてしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、喧嘩だ。戦争だ。

 私たちは家族の亀裂を産み出したくないばかりに、これまでは踏み出さなかった。そうすることが家族としてあるべき姿だと思っていた。そうせざるを得なかった。


 そんなときに私は一方的にお姉様の領域を踏み荒らして逃げた。私は怒って怖くなって逃げた。お姉様は怒って怖くなって追っている。


 結局私たちは子供なのだ。

 500年も生きていようが、たった5歳と変わりがない。


「君は、思ったより冷静だね。」

「色々あったから・・・。

 それに、変わらないきゃ、きっと麟が帰ってきた時に怒られちゃう。」

「・・・そうか麟君のことが大切なんだね。」


 当たり前だ。

 あの人は、私の幽閉の楔を解いてくれた。そして、身を呈して世界を救ったのだ。

 大切でない方がおかしい。


 そして帰ってきた時には、改めて彼のことを受け入れるつもりなのだ。


「・・・そう。

 やれやれ、僕もそこまで想われてみたいもんだよ。」


 彼はぱさぱさと本を振る。


「もういいでしょ?

 さっさとお代を請求してよ。」

「お代は―円だよ。」

「高っ!!もっと安くしてよ。」

「ダメだよ。これらは珍しく使い物になるんだから。」

「安くしてよ。」

「何なら数を減らすとか、代わりのものとかどう?」


 レーヴァテインをその男の眼鏡にちらつかせた。


「安くしろ。」


 彼はぴたりと動かなくなって、ブリキの人形のように頭をテーブルに打ち付けた。頭とテーブルに挟まった眼鏡が、パキリと音をたてた。


「・・・わかりました。タダで差し上げます。」




「ありがとね、近森さん!」


 私は店内に集められていた物品を外に運び出し終えた。


 流石にタダでもらうのは心苦しかったので、優良な範囲で料金を支払った。


「ところで、君は住む場所を決めているのかい?」

「この魔法の森だよ。」

「違う、そうじゃない。

 具体的な立地のことだよ。」


 あー・・・言われてみれば考えてなかった。適当に探して適当に住んでしまえばいいやと思っていた。


 近森さんはやれやれといったため息をつく。


「しっかり考えておかないと。場所によっては、良くないモノが溜まっていたり、後々不便になることだってあるんだ。

 ―そうだね。もう一度家の中においで。」



 私は彼の催促のまま再び家の中に入った。

 近森さんはカウンターテーブル向こう側にある本棚の上から二番目、右から四冊目辺りを探った。そして、本と本の間にある掌大の紙切れを取り出した。


「なにそれ?」

「魔法の森の地図だよ。」


 森の地図って・・・。

 木下を歩くことになるのだから、役に立たないじゃない。


「普通ならね。

 でもこれは、自分の位置、地面の構造をリアルタイムで表示してくれる代物さ。絶対に迷うことはない。」

「つまりはマジックアイテムってこと?」

「そう。使用者の魔力を吸収して作動するアイテムさ。僕には魔力はないけれど、君は魔法使いでもあるだろう?きっと使えるよ。

 安全性もバッチリさ。過度に魔力を使わないように制限してある。もし森で襲われても、魔力が無くて困るということはないよ。」


 目を煌めかした。


 何だかわからないけれど、すごい!!この人、見た目通りの昼行灯じゃないのね。


 彼は照れているのか、無表情ではあるが頭をかりかりとかいた。


「これは大切なものだからね。あげるんじゃないよ。

 住むとこを決めるまで貸すだけだ。決まったら返してね。」

「わかったわ。」

「ふむ。わかってくれたなら、使い方を教えよう。」




「―と、まあ、こんなところか。」


 30分程度をかけて地図の使い方をレクチャーしてもらった。

 何よりも面白いと思ったことは、全ての操作を指のスワイプやスクロールによって行うことだ。要は、魔力さえあれば魔術の知識がなくとも、自分の位置を把握できてしまう。


「便利だけど魔法の森限定でしか使えないけれどね。」

「それでもすごいわ!こんな魔法、パチュリ―でも思い付かない!」

「原案は外の世界の『Г.MAP』という式神地図なんだけどね。僕オリジナルではないんだ。」


 外の世界・・・すごいわね!こんなに技術力が進んでいるなんて!


 あれ?でも今の外の世界の人間は、魔法とかではなくて、科学が主流なはず・・・。

 ということは、近森さんの言う式神って機械ということかしら・・・。


 ま、どうでもいいか。



「―ところで、これって近森さんもよく使うの?」

「使わないよ。て言うより使えないよ。僕には魔力はないからね。そもそも、ずっとここに住んでいたら嫌でも道を覚えるから必要もない。」

「なら、何でつくったの?」


 近森さんは苦虫をつぶしたような顔をした。

 何かまずいことでも聞いてしまったのだろうか?

 それでも彼は重そうな口を開いた。


「魔理沙のためだよ・・・。彼女がこの森に住むようになった時につくってあげたんだ。」

「なるほど。そういえば魔理沙もここに住んでるって聞いたことはあったけれど、そうなのね。」


 彼は軽く頷いて、椅子の方へ振り返った。


「さて、もう質問はいいだろう?

 その地図にある程度安全なところをマーキングしておいたから、急ぎたまえ。夜までに拠点を決めないと、吸血鬼と言えども厄介ごとに巻き込まれるからね。」


 うん。確かにそうだ。

 私の予定としても、今日中にある程度の家の形を決めておこうと思っていたところだ。


 あ、でもよく考えたら・・・。


「最後に1つだけ!!お願いしてもいい?」

「やれやれ、質問の多いお客さんだね。」


 再び読書スタイルに戻った近森さんは、気だるそうに答える。


「拠点が決まるまで、買ったものを預かったおいて!」

「・・・わかった。」





「なんだか気味が悪いわー。」


 香霖堂の裏手から、いよいよ森に入っていく。

 昼なのに薄暗いし、季節がらじめじめする。ずっと住んでいた紅魔館もかなり薄暗いけど、換気が行き届いているために、そこまで不快な感じはしない。

 確かにこれなら飛ばない限りは見つかることはなさそうだし、持ってきた日傘も暫くは閉じていても大丈夫だ。しかし、住み心地に関しては、少し我慢しないといけないかも・・・。



 しばらく歩き進んでいく。近森さんの着けてくれたマーカーは

 妖怪の気配はするけれど、私の力の気配を見て逃げているみたいだ。


 それにしても暑い・・・。それに視界に入ってくる鬱蒼とした木々草花がより一層鬱陶しさを増す。既に汗で服がベタベタしてきた。

 家をつくったらまず一番にお風呂に入りたいわー・・・。


「おーい!おまえ、フランドールかー!?」


 横の遠くから大声が聞こえた。

 首を回すと、そこにはオーバーオール姿の霧雨魔理沙がいた。


「1週間ぶりだな!元気にしてたか?」


 彼女はとことこ近寄ってきて笑いかけてきた。


 実は紅霧異変以降、彼女はよく紅魔館に遊びに来ている。(執事とは、会ったも見たこともないらしいけど・・・。)

 仲がすごくいいというわけではないけれど、"相手をしてくれる"数少ない人間だ。


「うん、体の方は元気。でも、気持ち的には沈んでるかも・・・。」


 彼女は金色の瞳を見開いて覗き込んできた。


「どうした、どうした?いつもとは違うな、レミリアと喧嘩でもしたのか?

 ・・・というよりも、家出か?」


 小さく頭を縦に振る。


「そっか。

 ま、いいんじゃないか?いつまでもあそこに居たってつまらんだろ。」

「魔理沙もそう思う?」

「そりゃあ、私も家出した身だからな。できることなら全面的に協力するぜ!」


 ぐいっと親指をたてて、手を私の顔に突きつける。


 私は少しはにかんだ。

 誰か一人でも優しくしてくれるヒトがいるのは、こんなにも嬉しいことだったのだ。


「あれ?おまえが持っている地図は、もしかして"ぐるぐるまっぷ"か?」


 魔理沙は私の手にある紙切れを指差す。


「ぐるぐる・・・?」

「ああ、香霖お手製のマジックアイテムの名前だよ。」


 何だか変な躍りをするおじいさんが出てきそうな名前ね・・・。


「懐かしいなー!

 最初は魔力がほとんどなくて、すぐに迷ったもんだぜ。」

「大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃなかったらここにはいないぜ。

 ・・・それにしてもやばかったな、あの時は。危うく消化されるところだったぜ。」

「食べられてる!?」

「胃液ってかなり熱いし痛いんだなー。」

「呑気だわ!!?」




 暫く歩きながらおしゃべりをした。

 いつの間にか暑さも忘れて、目的地までたどり着いた。


「―着いたんだな。さて、・・・ここが私の家だ。何かあったら訪ねてきてくれ。居るときなら話を聞くぜ?」


 そう言って、地図の小さな家をタップして、マーカーをつけてくれた。


「それじゃ、がんばれよっ!」

「うん、ありがとう。私、がんばる!」





 小さな小川が2つに分かれ、しばらく流れて再び1つとなる。

 そこの中洲のような、孤島のような小さな土地が、私の住居になるのだ。


「先ずは整地をしないとね。」


 とは独り言で言ってみたりもしたが、孤島には一本の大木を残して、木らしい木は無かった。


 これは都合がいい。

 一本だけを斬り倒してしまえば、後は土地をならせば家が作れそうだ。


 大木に近づいてみる。

 異常なほどに大きくはない。至って普通の大木だ。余り木には詳しくないから名前はわからない。ただ独特な香りがしている。

 少しばかし切り倒すのが惜しくなってきた。しかしながら、これを退けない限りには、満足に家も建ちそうにない。


「ああ、そうだ!

 "あの時"みたいに転送させれば・・・。」


 そう思い付いて引っ掛かる。


 「あの時」・・・?


 どの時かしら?

 自らの言葉なのに疑問符がつく。引っ掛かれば引っ掛かるほどに気になる。単なる言葉にすぎないはずなのに、何かしらの重要なキーワードにも思えてきた。


 あの時・・・。

 あの時・・・・・・。

 あの時・・・・・・・・・。



 ・・・ダメだ。何も思い付かない。思い出そうとしても、黒い霧に阻まれて先が見えない。


「いいや。

 とりあえずこの木をどこかにやろう。」



 術式を展開する。

 本来移転の魔術にはそれなりの対価が必要になってくるのだが、今回は私の魔力を糧にしよう。近森さんのお陰でほとんど魔力は残っている。7割くらい消費すれば、何とかなるだろう?


「これをこうして、こうやって・・・―。」


 手際よく進めていく。

 魔法は一通り研究した方だが、この手の大がかりなモノは初めてだ。

 それなのに、ずっと前からわかっていたような、ずっと前から知っていたように手が動く。


「文字を埋め込んで・・・、円を描いて・・・―。」


 置こうとしていた宝珠に、ふ、と顔が写る。


「泣いてる・・・。」


 私の顔は歪んでいた。詳しくはよく見えなかったが、紙をくしゃくしゃにしたような少女が確かにあった。


 それがわかった瞬間に、目頭から熱いものが流れていくのがわかった。視界がぼやけていく。


 訳がわからない。

 悲しくもないのに、真っ黒なのに止めどなく涙が溢れていく。ぬぐってもぬぐっても尽きることがない。


 落ち着いて!落ち着いてよ、私!!

 いつものわがままで、元気な私はどうしたのよ!




 落ち着くまでに時間がかかりすぎてしまった。

 既に昼を回っている。


「は、早くしないと・・・。」


 気を取り直して宝珠を魔法陣の要に置いていく。


「よし、後は転送先に残りの宝珠を置いておけば完成ね!」




「時空を支配する紅の光よ!流れ行く力を糧として時を歪めるせしめる波動をいざ招かん!その禁忌を以て自らを運び屋にせよ!」


 ―・・・なんてね。呪文なんて必要ないけど、本で読んだ人物を真似てみた。

 少しかっこいいかもしれない!!・・・誰かに聞かれてたら恥ずかしいけれど。



 それで結果は・・・うん!ちゃんと移動できてる!


「今のは魔法?」


 後ろから突然呼び掛けられる。


「わひゃ!!?」


 恥ずかしさと驚きの余り変な声が出てしまった。


 私は振り替えろうとしたが、その前に声主は正面へと躍り出た。


 見た目は私ぐらい?ウェーブのかかった金髪を後頭部でシニョンにしている。顔立ちからすると・・・ハーフだろうか?けれども、服装はこの国の伝統衣装であるキモノだった。


 突然と登場した彼女へ何を言おうかわたわたと迷っている間に、先に相手の口が開く。


「あの木、退けてくれてありがとうございますわ!」

「え!?―・・・あ。ええ!あの木?」

「そ、あなたが魔法で転送したあの木のことですわ。」


 まずい・・・、木下には変なのがいた。

 あの木にはなんか悪いものでも封印されていたのか。


「違いますわよ!

 わ、た、く、し!―私が閉じ込められていましたの!」

「やっぱり変だし悪そうな奴ね・・・。ここで退治しておこうかしら?」

「お待ちなさい!私を何だと思っていますの?

 かの有名な中原淳一作のフランス人形―」


 いきなり口上を言い出した。けれど、誰だか分からないけれど、なんかすごそうね!


「―に取り憑いた座敷わらしですわよ!!」


 ・・・ただの座敷わらし?


「・・・。

 ・・・ざ、座敷わらしですわよ!!控え怖れ崇め奉りなさい!信じるものは救われるのですわよ!」


 私と変なのの間を、ちゅんちゅんと小鳥が飛び去っていく。

 しばらく冷ややかな空気が流れた。


「せめて驚きなさいよ!」


 彼女は地団駄を踏む。大きな動きを想定していない衣装だから、少し着崩れた。


 そうは言っても、有名作家の人形の九十九神ならいざ知らず、幻想郷ではただの座敷わらしは珍しくない。

 いつぞやの文々。新聞には、座敷わらしブームとやらが取りざたされていたくらいだ。一時期は、何故だか座敷わらしが一斉失踪するという話はあったけれど、今では元の鞘に戻っているとかなんとか・・・?

 そもそも紅魔館には座敷わらしに似たようなホブゴブリンがわんさかいるし。


「なによ、珍しくないって!

 九十九神になってないのは仕方ないですわよ!その人まだ生きていらっしゃるらしいし、そもそも本体は作られてから100年も経ってないし!」


 ああ、そう・・・。


「ああ、そうだ!!

 私は外の世界(の田舎)暮らしが長いのですわ!あなたたちみたいなど田舎の貧乏人とは格が違うんですわよ!

 例えるなら・・・そう!貴族よ!」

「私も一応貴族(?)の部類なんだけど・・・。」

「・・・。」


 辺りの空気が一気に凍りついた。

 もしかして、これを言わない方がよかったかな?


 高らかに叫び続けたのに、ことごとく自ら墓穴を掘ってしまうその座敷わらしを見て、他人なのに何だか悲しくなってきた。


 このままだと家を建てるどころじゃないわ・・・。


 私は沈んでいる空気を一新しようと、慌てて別の話をふる。


「そうそう!話は変わるけれど、何で埋まってたの?」

「・・・ああ?ええ。

 私の失敗ではありませんわ。

 話題の幻想郷に行こうとしたら、何故か来た先が木下のの穴の中で・・・。」


 憐れな上に不運すぎる・・・。フォローのしようがない。

 話せば話すほど、状況が悪くなってくる。最悪になるまでに、早くここから出ていかせないと・・・。


「・・・ま、まあ、色々あったけれど、出られて良かったじゃない!

 ウンウン、よかったよかった!

 それて、いつまでもここにはいられないでしょ?よかったら人里に送るよ?きっとみんな受け入れてくれるから!」


 私はとにかく彼女の本体を予定地から退かすために、大木のあった場所に歩いていく。


 変なやつの言ったとおり、木下には本当に子供がすっぽりと入るくらいの穴が開いていた。

 そこには小さな和人形が薄汚れ横たわっていた。


 私はそれを手に取る。


「あれ、なんだろ?」


 人形を手に取った時、妙な気分がした。

 掌で、パッパッと土埃を払い、もう一度目を凝らして見る。


 変なやつに似た雰囲気のある人形だ。

 見た目は同じようで和人形なのにハーフのようなフランス人形に似たモノだった。


「私をそんなに見て・・・。どうかいたしましたの?」

「いや・・・何か。どこかで見たことあるような?

 すごく、―・・・懐かしい?」


 彼女は首をかしげる。


「懐かしい?あなたも最近まで"こちら"側にいましたの?」

「ううん、ずっとこっち。

 もしかしたら、昔にこんな人形持ってたのかも。」

「ふーん・・・。」



 不思議に思いながらも、私は人形の表情を見つめたまま、変なやつに近寄っていく。


「はい。」


 少し綺麗になった人形を、彼女に押し付けた。

 そして、彼女の腕を掴んで森に引っ張っていく。


「ちょっといきなり何ですの!?」

「実は私、ここに家を建てるの。あなたがいつまでもここにいると作業が進まない。

 だから、人里に連れていくの。」


 彼女はそれを聞いて、思いっきり私の手を振りほどいた。


「決めましたわ。

 私、あなたと一緒に住むことにしました。」

「・・・はい?」

「あなたの所に住ませていただきますわ。

 大丈夫、迷惑はかけません。家事洗濯、無病息災をお約束致しますわ。」


 彼女は逆に私の腕を掴んだ。


 さっきまでの高飛車な眼差しとはうってかわって、真剣だった。

 何がここまで嫌なのかわからなくて、私はたじろいでしまう。そして、彼女の強い押しに負けて渋々承諾することになった。





 それから3日間、生活に関するありとあらゆる準備を整えた。家出したときには、一日でできるだろうと考えていたのだが、それはあまりにも検討違いだった。

 最初の1日で家を建て、次の1日で生活回りや農業関係、最後の1日で自宅周辺の整備をした。

 もちろんこれだけの作業量を3日でするのは到底不可能である。

 そこは、私の知り得る限りの魔法や近森さんから買い受けた機械を活用して、だ。

 そして、変なやつも、高飛車ながらも文句一つ言うことなく手伝ってくれた。特殊能力を持っているわけではないそうだが、それでも宣言通りきちんと役目を果たしてくれた。

 近森さんや変なやつのおかげで、元々一人でするつもりだった作業は幾分にも小さくなった。



「やっと完成ね!」


 4日目の夕方。

 道具の片付けをし終えて、いよいよ本格的な家出ライフがスタートした。




 ここで新生活の場についてまとめておこう。

 魔法の森の深く、小川の中州みたいなところに私の家はある。私が来たときは大木があった。しかし、今は整地をして農業もできるようにしている。

 敷地には、木造の小屋、倉庫がある。そして、残りの土地は田畑や放牧地にすることにした。今はまだ種や動物は買っていない。これから少しずつ集めていこうと考えている。




「ふぅ、終わったー。」


 昼前、さんさんと照る太陽が、平らに整った土を煌めかせた。

 私はあたりをみまわす。今までしたことのない仕事だったため、身体中が痛い。しかし、あまり心地わるくなかった。

 私は日傘を閉じて小屋の扉を開けた。作業の休憩のためではなく、住むために、初めて家に踏み入れたのだ。



 入って早速、小屋の台所を使って、紅茶を沸かした。

 私と変なやつはテーブルに向かい合って同じ白磁のカップを傾けた。お互い着ていたつなぎはどろどろになっている。


「ふふ、飲み終えたらお風呂でも沸かしましょう!」


 彼女は満面の笑みを浮かべる。

 照れ臭くなって、私は少し目をそらした。


「・・・そういえばさ。

 私たちまだ自己紹介してなかったよね?」


 カップごしにちらりと彼女を見た。


「あら、そうでしたわね。」


 お互いに同じタイミングでカップをおく。


「私、フランドール・スカーレット。よろしくね!」

「私は四月一日桜子。よろしくお願いしますわ。」


 顔を付き合わせるのは恥ずかしかったけれど、もう一度目を合わせてしまえば、旧知の友になったような気もした。



 それから私はお風呂を沸かせる。


 実はこのお風呂を作ったのは桜子だ。

 香霖堂から買った大きな釜を運んできた。そこまではよかった。しかし、紅魔館のお風呂との仕組みとは違いすぎて、どう建ててよいものかわからなかった。その様子を見ていた桜子は、私に代わって自分の手のみで作り上げてくれたのだ。

 私は汗を流す彼女の横顔を見て、心の底から暖かいものを感じた。

 こんな気持ちは初めてだ。執事といたときも、こんな気分になったことはない。どう表現したらいいかわからないが、少なくとも彼女に対して怪訝な気持ちを持つことはなくなったことだけは本当だ。


 それはともかくお風呂だ。家のすぐ近くに置くのは、湿気やら何やらで良くないとの桜子のアドバイスがあった。だから、少し間を開けて風呂小屋を一軒建てている。

 ちなみに、本当は準備をするために、火種をあたためて、火を起こしていかなければならないらしい。(その道具も香霖堂から買っていたみたい。)しかし、魔法を使える私には特に必要はなかった。

 パチュリ―に習って魔法を覚えたことを再々良かったと思った瞬間だ。


「二人入るのには少し大きいかもね・・・。」


 私は、湯船から見える星々を眺めて、桜子に話しかけた。


「狭いよりはいいですわよ。」


 彼女は長めの髪をかきあげた。私とおんなじ金髪のウェーブだ。


「ところでさ・・・桜子の本体もそのまま湯船につけていいものなの?」

 

 私は両手を縁にかけてぷかぷか浮かんでいる人形を見た。泥や服は除いているのだが、材質的に大丈夫なのだろうか?


「普通は入れないけれど、ま、大丈夫ですわよ。

 私のは特殊ですから。」

「ふ~ん・・・。」


 私は、気持ち良さそうに浮かんでいる人形を手に取ってみた。最初に持ったときよりも若干ふにゃふにゃになっているのは、気のせいではないだろう。


「でも、本当によくできてるわ!外の世界って本当に進んでるのね。

 幻想郷だったら・・・こんなに精巧なものはつくれないよ。」

「そうですわね。

 私は特に傑作らしいのです。これほどのものをつくるのは、外の世界でも彼しかいないですわ。

 もちろん自慢ですわよ。」

「・・・うん。言い方には問題あるけれど、本当にこれは誇りね。」


 私は人形の腕をつまんで、軽く動かしてみる。引っ掛かるところもない、人間のような動きをした。


 その時に脇腹に何やら傷があるのが見えた。


「何だろうこの傷?」


 桜子はびっくりして、慌てて本体を私から取り上げた。


「私の本体に傷!?どこですの!?」


 手荒にぐるぐると回して探し始めた。


「左脇腹のところだよ。」


 彼女は私をちらりと見て、そして、恐る恐る除き混んだ。


「これは、傷・・・ではないですわね。

 刻印ですわ。」

「刻印?」

「そうですわ。

 大抵の人形にはつくった人やつくった場所を記すのですわよ。」

「へぇー!それでそこには何て書いてあるの?」


 彼女は目を凝らす。


「W.S・・・?」

「・・・それだけ?」

「ええ、W.S。

 ・・・あ!その下にJ.Nって打ってありますわ。」

「J.Nはつくった人の名前で、W.S.は四月一日桜子ってことかしら?」


 桜子は首をかしげる。


「それはおかしいですわね。

 私の名前は、少なくともこれが作られる前から"四月一日桜子"ですわよ。」

「その人にはあなたが見えていたとか?」

「ありえません。

 取り憑いた時、この人形は既に古ぼけた倉庫に仕舞われていました。そもそも姿を現しても、あの人は気づきもしませんでしたわ。」


 とすると、W.Sって・・・誰?


「ウィル・スミス・・・?

 ―あら、これは男でしたわね。」


 何だかおちゃらけるのが上手そうな名前ね。


 でも、ウィル・スミスという名前ではないにしても、もしかしたら別にモデルがいるのかもしれない。


 窓越しに見える空をもう一度眺めながら、友人に思いを馳せた。




「ふぅ、さっぱり致しました。」

「やっぱ、お風呂は気持ちいいよねー。」


 私は紅魔館から持ってきた着替えに袖を通した。

 そして、当然のことだが桜子には替えがない。だから、もう一着を鞄から取り出して、来てもらうことにした。同じくらいの見た目と言いはしたが、彼女のほうが背は高い。その為、私の服を着るとおへそがはみ出てしまっている。

 まあ、そこは我慢してもらうしかないよね。


 着替えを済ませたあとは、疲れたこともあってすぐにベッドにもぐりこんだ。


「明日からは何をするおつもりですの?」


 彼女は私の横顔を見ながら話しかけてくる。


「まずは借りてた地図を返しにいかないとなぁー・・・。」

「それから?」

「友達の魔理沙のところにも遊びにいきたいわ!」

「それからそれから?」

「色んなところへ行ってみたい!きっとまだ見たこともない冒険が、そこにはあるわよ!!」

「いいですわね、冒険!

 ―あぁ、明日が待ち遠しいですわ。」

「私ね、夢があるのよ・・・―」


 ―パティシエになってみんなにお菓子を食べてもらいたいの。そして、有名になって・・・。

 そしたらあの人が帰ってきたらすぐにわかるから。


 そう言おうとしたが、恐らく声には出てなかっただろう。

 言う前に、まどろみが私を夢の世界へと連れていってしまった。


 次に目覚めたころには、外でチュンチュンと雀の鳴く声がしていた。





「近森さーん、おはよー!

 借りてた地図を返しに来たよー!!」


 私は朝一番で香霖堂を訪ねた。

 桜子は家で洗濯をしている。


「フランドールかい?

 どうぞ入ってくれ。」


 中からは眠たそうな、やる気の無さそうな声がした。

 朝早いというのもあるかもしれないが、やはり彼には商売人は向いていないような気がする。



「どうだい、上手くいかなかったのかい?」


 地図を手渡ししたあと、近森さんは不躾に投げ掛けた。

 カウンターテーブルの向こう側には、何故か飾りっけのない剣が立て掛けられている。


「ううん、できたよ。」


 私の言葉を聞いた瞬間、彼は地図を納める手を止めた。そして、信じられないと言う風に、ずいと顔を近づけた。


「それは本当かい!?

 嘘をついているのでは・・・?」


 そんな嘘はつかない。つくメリットもないわ。

 私一人ではないけれど、ちゃんとできたよ。


「・・・そうなのか。」


 彼は尚信じられないような口ぶりで呟いた。


 そもそも何で最初から"できていない"という方向で話をしているのだろうか?


 彼はしばらく目を瞑った。

 そして、重々しい口調で口を開く。


「・・・本当はね、僕ははなから君に協力するつもりはないんだ。むしろ僕は、君がここに住むことは危ういとさえ考えている。根折れして道具を売ったのも、君がきっと諦めて帰ってくれるだろうと思ったからこそだったんだよ。

 いや、しかしまさか本当にやり遂げてしまうなんてね。」


 もしかして、騙したの!?


 急に悲しくなった。目頭が熱くなっていく。

 近森さんはそんな私を見て、悪ぶれもせずに続けた。


「幻想郷の専門家から言わせてもらえば、紅魔館の連中が幅を広げるのは、幻想郷にとって危険なんだよ。

 例えばこうしよう。君より強くて怖い奴が君の住んでいるところに来たらどうだい?

 大概の妖怪の場合は、他のところに移るという手段を取るだろう。そうすれば、散らばっていった妖怪が、もしかしたら、人里に悪いことをするかもしれない。そうでなくとも、人間が出掛ける先に移動するかもしれない。

 それだけではない。もしこれを知った他の連中がどう思うか、だね。

 ―ともかく、バランスが悪い。理解したなら回れ右をして、そのお友達と館にかえるんだ。」


 そんなこと、理解したくない!!

 折角ここまで頑張ったのよ。友達だってできたもの。

 私は家出をしに来たの!勝手にさせてよ。


 私のほほを涙が伝う。

 握りしめた拳がプルプルと震えている。


「・・・君はこれを見たことはあるかい?」


 彼は後ろ手で本棚から一冊の本を取り出した。


「"幻想郷縁起"―ここにはありとあらゆる妖怪の情報が載っている。もちろん君のことも。

 そして、君は・・・―ここにある。」


 開かれたページを指差して、私に見せてきた。


 危険度、極高。人間友好度、極低。

 そして、どこもかしこも私に関して誹謗中傷の類いの言葉が綴られていた。


 私はいよいよ悲しくなって、わんわんと泣いた。


「私は・・・こんなこともうしないもん!!嘘っぱちよ!ひどい!

 なんなのよ、こんなものを見せて!!私は・・・ずっとお姉さまのもとで引きこもっていればいいの!?」


 彼は本を丁寧に閉まって、椅子に座った。


「そうじゃないよ。本の内容は、君を見た感じからすれば、間違っている。・・・いや、時代遅れならぬ、情報遅れというべきか。

 本の通りならば、きっと今頃ここは殺戮現場になっているはずだ。そこは、麟君が君のおかげで変われたように、君も麟君に変えてもらったと思わなければならない。」


 なら止める必要はないじゃない!


「―ただし、それを考えられるのは、実際に君を知っている者だけだ。」


 彼は立て掛てある剣を杖にして、再び立ち上がる。

 そして、カウンターから出てきて私の前に仁王立ちをした。


「これは幻想郷では公文書なんだよ。

 ここで述べられた内容は嘘でも本当になる。」

「・・・どういうことよ。」

「君は先入観という言葉を知っているかい?

 この"幻想郷縁起"は、本意には寄らないけれど、先入観の材料だ。妖怪が妖怪であるために、幻想郷が幻想郷であるために、人間に恐怖を促しているんだよ。

 そして妖怪への先入観というのは、事実とは無関係に真実となってしまう。

 簡単に言えば、元々妖怪というのは人間の一つのイメージなのだ。そうだとすると、こんな先入観を持つ人間が増えれば、君は"これ"に見えてしまう。」


 私はいたたまれないほどに悲しい気持ちに陥ってしまう。もういっそのこと帰ってしまったほうが、幸せになれるのかもしれないとも思った。


 正に、彼の言うことは正論だった。

 かつて私が家出したとき、人里で追ってきたお姉さまと問題を起こしてしまったことがある。

 その影響かもしれない。ここに来る道中、人里の中を通った時には、多くの人間が恐怖に駈られて逃げ惑ったり、遠巻きにしていた。

 きっと人里の人間には、本当に゛これ゛に見えていたのだろう。


「さ、わかっただろう?

 館に帰りなさい。きっとお姉さんも待っているよ。」


 それでも私は諦められなかった。

 今回の家出は確固たる意思がある。以前とは違う。

 先程、帰れば幸せになれるかもしれないとは言ったけれど、それは私の幸せじゃない。誰かの幸せだ。例え私が誰かの思い描いたイメージだったのだとしても、他でもない、私自身が私の幸せを望まないとダメなのだ。

 いつか執事が言っていたことがある。それは、自分が゛そう゛あることを望まなければ、そうはならないのだ、と。

 我儘かもしれない。だけれども、これは私がきめたことなのだ。


 私は振り絞った声で、帰らない、と言った。


「やれやれ、本当に君はよく似ているよ、我が儘なところが。

 その性格が仇にならないよう、僕は願うばかりさ。」


 半ば折れたような口調をしていたが、反対に彼の体は、杖にしていた剣を大きく振り上げた。


 この人、私を殺そうとしている・・・!?


 普段は自堕落そうな優男という雰囲気だったが、今は吸血鬼をも恐れさせる凶器性があった。その凶器じみた行動に、私の足はすくんで地面にへたりと座り込んでしまう。


「少しは痛い目を見てもらわないといけないみたいだね。

 まあ、どうせ君はこれくらいじゃ死なないのだろうけれど。」


 一つも変わらない彼の表情は、何よりも私を震えあがらせた。こぼれる涙をぬぐうのもわすれて、ただ恐々と見上げるしかなかった。


 その時、耳の横をフッと何かが通る感触がした。

 私は瞬間ぐっと目を瞑った。その時、切られてしまったのだと思った。


 しかし、何も起こらない。

 私は不思議に思って、ゆっくりと瞼を上げる。


「う、動かない・・・!?」


 近森さんは剣を振り上げた格好のまま、金縛りにでもなったようにピタリとも動かなかった。

 私も近森さんも信じられないという顔をする。


 しかし、私は気づいた。私の目線の先、彼の影を縫い止めるようにしてかんざしが一本刺さっているのを。


「そこまでにしといた方がいいんじゃない、近森霖之助さん?」


 私はその女の人の声につられて、ふっと後ろを向いた。


 白い着物に長い黒髪・・・確か、きぬおねえさんだ!!


「おきぬさんだね・・・止めてくれないかなこういうのは。」


 近森さんは怪訝そうに彼女を睨んだ。


「お前さんのいっていることは至極正しい。だからとゆうて、フランちゃんの努力をただ無下にするのはよくないと思うのじゃけど。」

「さてね・・・?」

「幻想郷を守護したいという専門家の意気込みは良いが、それだけだと真の意味で守るということにはならんじゃろう。こういう変化はあってしかるべきじゃ。それこそ、もしかしたら逆に周りの妖怪や人間にとって良い発展になるかもしれん。

 ワタシは外の世界でな、全くの変化をしない世界がどういう末路を辿ってしまったかというのを嫌と言うほど見てきた。」

「ふむ、確かにそうだね、君の言う通りだ。

 この世界にスペルカードが出来たことも、大きな変化だった。一時期は混乱もした。

 でも確かに、そのような変化はバランスを保ちつつも、幻想郷をより幻想たらしめた。」


 近森さんは大きく深呼吸した。そして、相変わらずの平坦なゆっくりとした口調でしゃべる。


「・・・仕方ないね。こうまで言われると僕にも打つ手はないよ。

 フラン、悪かった。

 今回僕は少しはや走りし過ぎたみたいだ。はや走りは昔からのよくない癖で、もう直ったとは思ったけれど、そう簡単にはヒトは変わらないと言うことか・・・。僕もまだまだ勉強不足だね。」


 なお剣を振り上げたままの姿勢で、今度はきぬおねえさんの方に目をやった。


「おきぬさん、ありがとう。あともう少しで取り返しのつかないことになっていたよ。

 ・・・それで、できればこの簪を取ってくれないかな。この格好も疲れてきた。」

「おっけー!」


 きぬおねえさんは、さっきまでの真剣モードもいずこに、最初に会ったときのようなおっとりとしたトーンに戻っていた。

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