Ep.51 覚醒
古明地さとりが何を言いたいのか、なんとなく理解できた。それから八雲紫が伝えようとして伝えられなかった意図が、ようやく少しだけわかった。そして、以前の俺の理解が、いかに愚かしいものであったのか知った。
「彼女は強くて純粋で、優しいヒトだと思っています。が、立場が立場だから直接は伝えられなかったのでしょう。」
「・・・。」
「彼女は身内には思いの外、過保護という噂もありますから。でもやはり幻想郷の賢者であり、幻想郷の管理者です。そこはきっちりと区別しているということですね。」
八雲紫から依頼は終わったらしい。わざわざこのために?と思うかもしれない。しかし、八雲紫にとっては重要なことだったということだ。個人的な感想としては、立場がどうであれ直接言わないところが気に食わなくは感じた。
それから他愛もない話をした。
お互いの白磁に青丹のカップを持ち上げ、残り少ないローズに口をつけようとした。
そのとき―
「お姉ちゃんに何をしたの?」
後ろから殺気のこもった声がした。
「危ない!!」
さとりは持っていたカップを、座っている俺の頭すれすれに投げる。
俺はとっさに身を丸めて目をつむった。それと同時に引っ張られるかのように横に倒れた。
◆
すぐに目を開ける。視界に飛び込んだのはカーペットだった。どうやら床に倒れ込んだようである。
「こいし!何してるの、やめなさい!」
さとりは立ち上がって、倒れた俺の後ろにいる人物に叫んだ。
俺は体勢をたて直す。
黒い帽子にさとりの服の色違いを来た少女―さとりの妹である古明地こいしがそこにはいた。しかし、穏便な雰囲気ではない。殺気のこもった顔で、両手に大ぶりの斧を持っている。今にももう一撃降り下ろしそうである。
先ほど倒れたのは、きっとその斧でソファをぶったぎったせいだ。見た目からしてとてつもないパワーを秘めているようで、粉砕された木片が飛び散っていた。さとりがコップを投げて気を逸らしてくれてなければ、バラバラになっていたのは俺の身体だったろう。
服の内側にある天羽々斬に手をかけた。
少女はゆらゆらと俺に近づいてくる。
「さっきお姉ちゃんがトイレで吐いていたのを見たよ。あんたのせいだよね?」
さとりは妹を止めようと叫ぶ。
「違うの!あれは手違いがあって!!」
「へー・・・、そうなんだ。」
納得したような台詞を吐きながらも、未だその殺気は収まることを知らない。
「でも、殺気だったヒト達が玄関に集まっているのは、間違いなくあんたのせいだよね?」
・・・どういうことだ?外には美鈴たちがいるはずでは?
「知らないって顔?でも、どっちにしても地霊殿に害なす人間は―」
彼女は大きな呼吸とともに、斧を持ち上げる。
「・・・殺す!」
震えた叫び声と共に力任せに降り下ろされた。
◆
「こいしーーー!!!」
さとりは叫び声と同時に俺を捨て身で吹き飛ばした。
さすが妖怪である。少女に見えても、俺の身体を動かすのは造作もなかった。
・・・そのかわりに彼女が斧の軌道へ入ってしまった。
「お、おね――――!!?」
俺の眼は、妹が実の姉を叩き裂くという悲劇的未来をとらえようとした。それを見て、ふとレミリアとフランの姿を重ねる。もし彼女たちだとしたら・・・そう考えると体が急に燃え上がっていく―
―こんな未来はあってはならない!!!
その光景が火種となった。体の熱が頭に上り、脳で白く熱い火花が弾け飛んでいく。その火花が、身体中全ての細胞へと一瞬にして駆け巡った。
そして、俺の火花は体を飛び出て、"世界"を覆いつくす。
◆
ガキン、とけたたましい音が部屋を突き抜ける。欠けて飛び散った金属片が俺のほほを掠めた。
「―!!!
あ、あれ・・・、私、生きている!?」
さとりは、顔から全身を両手でペタペタと確認する。
こいしは、真っ青な顔で斧を降り下ろしたまま固まっている。
何が起こったのか分からない。
二人はそんな顔をした。
「あ、危なかったぁ・・・。」
俺はそう言って一呼吸つく。
緊張から息が随分と上がっている。心臓も聞こえるくらいに大きく早く打ち続けていた。
「麟さん・・・あなた今、一体・・・何を?」
さとりは近くにいる俺の手を握った。
正直、俺がどうして"それ"ができたのかわからない。ファンタジーものからすれば月並みだが、強く想ったらそうなったのだ、としか言い様がなかった。
ただ、今はっきりと分かったことがある。
―これが俺の能力、"観測不能にする程度の能力"なのだ。
勿論、これだけでは抽象的であるので、具体的な話をしなければならない。
具体的な話―つい先程、俺は世界の時を止めた・・・らしい。
ピタリと止まった世界を見て、俺は驚愕した。もちろん、咲夜さんの能力を見たことないわけではなかった。しかし、他人が時を止めて移動するのと、自分が止めるのとではその度合いは違う。
特に、危機の状態を一転させる機会を手に入れたのだから。
使えなかった能力が使えるようになるというのは、難解な数学が解けた時と同じ感触があった。何というか・・・、霧が濃くて先の見えない道を手探りでもがいて、もがいて・・・。そして、やっと晴れ渡った平原へと辿り着いた気分だ。
少し息を整えた。心臓も落ち着いてきた。
そこでようやくさとりの質問に答えた。
「俺は・・・時を止めました。そして、その間にあなたを安全な位置まで移動させたのです。」
彼女たち姉妹は、えっ!と叫び声を上げる。
「それでは、能力が―!?」
「―覚醒したみたいですね。」
こいしは斧をガランと手から落とした。やっと、姉を斬らずにすんだことを認識できたようだ。真っ青な顔は変わらないが、腰が砕けたようにへたりと座った。
「助けてくれてありがとう、ございました・・・。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。
あなたが助けてくれていなければ、俺は最初の一撃で死んでいました。」
「それに・・・ごめんなさい。私の妹のせいで。取り返しの付かないことをしてしまうところでした。」
さとりのその言葉を聞いたこいしは、震えた声で訴えた。
「だってそいつ、お姉ちゃんに何かしたんでしょう?」
さとりは妹に近寄って、大きく首を降った。
「違うのよ。本当にあれは事故なの!」
震える少女は姉の腕を必死に掴んだ。
「それなら!外で沢山待ち伏せているのはなんで!?
そいつは八雲紫の手下なんでしょ?きっと罠なんだ!!」
俺はさとりの顔を見た。
大きく首を振る。
こんなことになるなんて聞いてない。
「私も何も聞いていません。私が頼まれたのは、あなたの心を探ってほしいということと、あの言葉を伝えてほしいということだけです。」
・・・。
・・・まさか!美鈴たちが危ない!!?
「可能性は大きいでしょう。」
冷や汗をぬぐって立ち上がった。
「・・・確認してくる!」
俺はドアに向かって走っていった。
先程以上の悲劇的が脳裏を駆け巡って、身体を突き動かす。
「まって!」
古明地さとりは制止した。
「な、何ですか!?」
彼女は先程とは違う、落ち着き払った目をした。こいしはまだ震えている。
「・・・危険です。落ち着くまで行かない方が身のためでは?」
彼女の顔を見て、俺は笑顔をつくる。
「大丈夫!そうなりそうでしたら、時を止めてでも逃げ回りますから。」
そして俺は玄関に向かって足を進めた。
退出する間際、姉が震える妹を抱きしめているのが見えた。




