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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【朱執事】暗澹溟編
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Ep.51 覚醒

 古明地さとりが何を言いたいのか、なんとなく理解できた。それから八雲紫が伝えようとして伝えられなかった意図が、ようやく少しだけわかった。そして、以前の俺の理解が、いかに愚かしいものであったのか知った。


「彼女は強くて純粋で、優しいヒトだと思っています。が、立場が立場だから直接は伝えられなかったのでしょう。」

「・・・。」

「彼女は身内には思いの外、過保護という噂もありますから。でもやはり幻想郷の賢者であり、幻想郷の管理者です。そこはきっちりと区別しているということですね。」



 八雲紫から依頼は終わったらしい。わざわざこのために?と思うかもしれない。しかし、八雲紫にとっては重要なことだったということだ。個人的な感想としては、立場がどうであれ直接言わないところが気に食わなくは感じた。



 それから他愛もない話をした。


 お互いの白磁に青丹のカップを持ち上げ、残り少ないローズに口をつけようとした。


 そのとき―


「お姉ちゃんに何をしたの?」


 後ろから殺気のこもった声がした。


「危ない!!」


 さとりは持っていたカップを、座っている俺の頭すれすれに投げる。

 俺はとっさに身を丸めて目をつむった。それと同時に引っ張られるかのように横に倒れた。

 




 すぐに目を開ける。視界に飛び込んだのはカーペットだった。どうやら床に倒れ込んだようである。


「こいし!何してるの、やめなさい!」


 さとりは立ち上がって、倒れた俺の後ろにいる人物に叫んだ。


 俺は体勢をたて直す。


 黒い帽子にさとりの服の色違いを来た少女―さとりの妹である古明地こいしがそこにはいた。しかし、穏便な雰囲気ではない。殺気のこもった顔で、両手に大ぶりの斧を持っている。今にももう一撃降り下ろしそうである。

 先ほど倒れたのは、きっとその斧でソファをぶったぎったせいだ。見た目からしてとてつもないパワーを秘めているようで、粉砕された木片が飛び散っていた。さとりがコップを投げて気を逸らしてくれてなければ、バラバラになっていたのは俺の身体だったろう。


 服の内側にある天羽々斬に手をかけた。

 少女はゆらゆらと俺に近づいてくる。


「さっきお姉ちゃんがトイレで吐いていたのを見たよ。あんたのせいだよね?」


 さとりは妹を止めようと叫ぶ。


「違うの!あれは手違いがあって!!」

「へー・・・、そうなんだ。」


 納得したような台詞を吐きながらも、未だその殺気は収まることを知らない。


「でも、殺気だったヒト達が玄関に集まっているのは、間違いなくあんたのせいだよね?」


 ・・・どういうことだ?外には美鈴たちがいるはずでは?


「知らないって顔?でも、どっちにしても地霊殿に害なす人間は―」


 彼女は大きな呼吸とともに、斧を持ち上げる。


「・・・殺す!」


 震えた叫び声と共に力任せに降り下ろされた。





「こいしーーー!!!」


 さとりは叫び声と同時に俺を捨て身で吹き飛ばした。

 さすが妖怪である。少女に見えても、俺の身体を動かすのは造作もなかった。

 

 ・・・そのかわりに彼女が斧の軌道へ入ってしまった。


「お、おね――――!!?」



 俺の眼は、妹が実の姉を叩き裂くという悲劇的未来をとらえようとした。それを見て、ふとレミリアとフランの姿を重ねる。もし彼女たちだとしたら・・・そう考えると体が急に燃え上がっていく―


 ―こんな未来はあってはならない!!!


 その光景が火種となった。体の熱が頭に上り、脳で白く熱い火花が弾け飛んでいく。その火花が、身体中全ての細胞へと一瞬にして駆け巡った。


 そして、俺の火花は体を飛び出て、"世界"を覆いつくす。





 ガキン、とけたたましい音が部屋を突き抜ける。欠けて飛び散った金属片が俺のほほを掠めた。


「―!!!

 あ、あれ・・・、私、生きている!?」


 さとりは、顔から全身を両手でペタペタと確認する。

 こいしは、真っ青な顔で斧を降り下ろしたまま固まっている。


 何が起こったのか分からない。

 二人はそんな顔をした。



「あ、危なかったぁ・・・。」


 俺はそう言って一呼吸つく。

 緊張から息が随分と上がっている。心臓も聞こえるくらいに大きく早く打ち続けていた。


「麟さん・・・あなた今、一体・・・何を?」


 さとりは近くにいる俺の手を握った。




 正直、俺がどうして"それ"ができたのかわからない。ファンタジーものからすれば月並みだが、強く想ったらそうなったのだ、としか言い様がなかった。

 ただ、今はっきりと分かったことがある。


 ―これが俺の能力、"観測不能にする程度の能力"なのだ。


 勿論、これだけでは抽象的であるので、具体的な話をしなければならない。

 具体的な話―つい先程、俺は世界の時を止めた・・・らしい。


 ピタリと止まった世界を見て、俺は驚愕した。もちろん、咲夜さんの能力を見たことないわけではなかった。しかし、他人が時を止めて移動するのと、自分が止めるのとではその度合いは違う。

 特に、危機の状態を一転させる機会を手に入れたのだから。


 使えなかった能力が使えるようになるというのは、難解な数学が解けた時と同じ感触があった。何というか・・・、霧が濃くて先の見えない道を手探りでもがいて、もがいて・・・。そして、やっと晴れ渡った平原へと辿り着いた気分だ。




 少し息を整えた。心臓も落ち着いてきた。

 そこでようやくさとりの質問に答えた。


「俺は・・・時を止めました。そして、その間にあなたを安全な位置まで移動させたのです。」


 彼女たち姉妹は、えっ!と叫び声を上げる。


「それでは、能力が―!?」

「―覚醒したみたいですね。」


 こいしは斧をガランと手から落とした。やっと、姉を斬らずにすんだことを認識できたようだ。真っ青な顔は変わらないが、腰が砕けたようにへたりと座った。


「助けてくれてありがとう、ございました・・・。」

「いえ、こちらこそありがとうございます。

 あなたが助けてくれていなければ、俺は最初の一撃で死んでいました。」

「それに・・・ごめんなさい。私の妹のせいで。取り返しの付かないことをしてしまうところでした。」


 さとりのその言葉を聞いたこいしは、震えた声で訴えた。


「だってそいつ、お姉ちゃんに何かしたんでしょう?」


 さとりは妹に近寄って、大きく首を降った。


「違うのよ。本当にあれは事故なの!」


 震える少女は姉の腕を必死に掴んだ。


「それなら!外で沢山待ち伏せているのはなんで!?

 そいつは八雲紫の手下なんでしょ?きっと罠なんだ!!」


 俺はさとりの顔を見た。

 大きく首を振る。

 こんなことになるなんて聞いてない。


「私も何も聞いていません。私が頼まれたのは、あなたの心を探ってほしいということと、あの言葉を伝えてほしいということだけです。」


 ・・・。

 ・・・まさか!美鈴たちが危ない!!?


「可能性は大きいでしょう。」


 冷や汗をぬぐって立ち上がった。


「・・・確認してくる!」


 俺はドアに向かって走っていった。

 先程以上の悲劇的が脳裏を駆け巡って、身体を突き動かす。


「まって!」


 古明地さとりは制止した。


「な、何ですか!?」


 彼女は先程とは違う、落ち着き払った目をした。こいしはまだ震えている。


「・・・危険です。落ち着くまで行かない方が身のためでは?」


 彼女の顔を見て、俺は笑顔をつくる。


「大丈夫!そうなりそうでしたら、時を止めてでも逃げ回りますから。」


 そして俺は玄関に向かって足を進めた。

 退出する間際、姉が震える妹を抱きしめているのが見えた。

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