Ep.39 中華「非当番」
「さあ、できたぞ!」
それからしばらくして土間の方から声がした。
上白沢さんが少し大きめの鍋釜を持ってくる。妹紅は後ろから野菜や肉で山盛りのざるを運んでいた。
「豪華だな。」
「さすがもこたん、いい肉を手にいれてるねー。」
俺たちは水玉のつゆがのった野菜や赤と乳白色のコントラストの美しい肉を見て唾を呑む。
「そうだろう?私も捕まえるのに苦労したよ。やたら好戦的でな。うっかり一度轢き殺されちまった。」
上白沢さんとルーミアは、あははと笑った。
・・・いや、普通に考えたら異常だろ。
「ジョークだよ、ジョーク。まあ、殺されたのは本当だがな。」
「・・・笑えない冗談ですね。」
4人で囲った鍋は思った以上に美味しかった。調味料もあまりない、どちらかというと、単純で質素な味だったが心から暖まるようだった。
ただ、ふと家族と暮らしていたときのことを思い出して寂しくもなった。
「それでは、妹紅。こんばんは失礼します。」
「もこたん、さよならなのかー!」
「妹紅、ありがとう。鍋おいしかったよ。」
上白沢さん、ルーミア、俺とそれぞれを見交わして妹紅は元気溌剌とした笑顔で見送る。
「私も楽しかったよ。それじゃあ、また!」
帰り道は何事もなく、途中でルーミアと別れ、俺たちは各々自宅に向かった。
翌日。
けたたましく鳴り響く戸のおとが俺を眠りから覚醒させた。ボサボサの頭のまま、まぶたを擦りながら玄関にでる。
「とりっこあとりー!!おどろけー!」
茄子色の傘が目の前でバッと広げられる。
・・・。
俺は無言で戸をピシャリと閉めた。
「あ!待って!
冗談だから、冗談だから閉めないで!」
俺はがらりと再び戸を開いた。
「こんな朝早くから何のようだ、小傘?」
「今日は"はろいーん"っていうお菓子をもらって歩き回るお祭りなんだよ。だから、お菓子をもらいに・・・。」
「ハロウィーン・・・?それってそんな配給サービスみたいなお祭りだっけ?」
「あれ?外の雑誌にはそんな感じのことが書いてあったんだけれど。」
何を見たんだこいつは?
「しかしお前にはお世話になりっぱなしだからな。何か食事ぐらいでも奢りたいところではある。」
「マジで!」
わーいと言って彼女はその場で珍妙なダンスをする。
「その前に今日も仕事があるからそれからにでもいいかな?」
彼女の顔から急に元気がなくなる。
「・・・あー。先生のところかぁー。」
上白沢さんの持ち物になったとはいえ、やはり彼女に対する苦手意識は拭えないらしい。
「好きになれとは言わないけれど、たまには顔を出した方がいいんじゃないか?」
「うん、そうなんだけれど・・・。
でも、よく麟はあんな人とずっといられるよね。私なら耐えられないなぁ。」
「そんなに嫌いなのか?」
首を何度も大きく縦にふる。
「私は先生が嫌いだ。
守護者のくせに弱い私を助けてくれない、しかも、あいつのせいで私も君も痛い目にあったんじゃないか。
他人にはちゃんとしろとは言うけれど、本当はあいつが一番ちゃんとできてないんだ!」
俺はそのことは否定できなかった。小傘の言っていることは正しいからである。きっと小傘としては、そう思わずにはいられない、その他のことなんて思えないのだろう。
しかし、正しいからと言って俺はそれに同調することもできない。彼女にこれまで通りにしろと処遇を言い渡したのは他ならぬ俺だからだ。いや、それ以前に上白沢さんの立場のことも考えるとそもそもその言葉が必ずしも正しいとも思わない。
俺も小傘も被害を受けたという点では同じなのだが、視点が変わるだけでこうも違ってしまうのはなんて残酷な世界なのだろうか。
「それじゃあ、どこかで暇を潰しておいてくれ。多分夕方手前には終わるだろうから。」
「わかったー!」
そういって、ととと、と人里の中へとかけていった。
本日の授業は前回の「こころ」の続きだ。前回の授業とは違い、今回は先生の手紙の前半部分を丁寧になぞっていくという内容である。
上白沢さんと生徒たちの見守る教壇に立ってこの授業を始めたとき、ふと「こころ」の先生の言葉を思い出す。「人間とはいつもはいい人が、いざという時に突然悪人になる。」少し前に俺はこの言葉を、文字通りこの左腕で身に染みて感じた。最も彼女の行動原理は"先生"の嫉妬とは違う。どちらかというと疑心暗鬼である。意味合いも道筋も結果も変わってしまうが、それでもヒトが"悪人"になってしまうという光景を見てしまった。
あの事があって、俺は多分「K」の気持ちをわかってしまったのだろう。上白沢さんは多分「先生」の罪悪感を覚えてしまったのだろう。終始俺たちは、「先生」の物語をどこかしら自らと重ね合わせながら味わっていった。
「ああ、やはり君はすばらしい・・・。」
上白沢さんは授業の終わりにこんなことを言った。
きっと授業の仕方のことではない、俺たちの視点からは触れにくい部分でも、ないがしろにすることなく初志貫徹でやり遂げたことについてだろう。教師としてするべきことをちゃんとしたことだろう。
「・・・私は教師としてやはり向いていないのかもしれないな。」
彼女は大きなため息をつく。
俺としては決してそんことはないと思っているのだが。
それから子どもたちを見送ったあと人里の相談も終え、そして八雲藍の授業へと移った。
「それでは始めさせていただきます。」
八雲藍は"西行寺ゆゆこ"の姿で腕組みをして教壇へと進む。
「・・・ふむ、あなたは藤原妹紅とルーミアにあったようですね。」
「わかるのか?」
「ええ、わたくしはこれでも幻想郷の管理者の式神です。すべては知りませんが、ある程度のことは知っています。」
「ふーん。」
「さて、それでは本日も前回と同じことをしましょう。きっと多少は違うと思います。」
ヒトと会うことで非常識に慣れていくとは言ったものの、非常識らしい非常識があったかと言われればそんなことはない。襲われたり、超能力を見てきたわけでもないのだ。
こんな調子で大丈夫なのだろうか?
それに対して、彼女は顔色を変えることはなかった。
「それでいいのです。襲われたり、能力を見たりするなんていうのは確かに非常識的なことではあります。ですが、そんな短期的非常識を見るということは重要ではないのです。」
「重要なのは長期的非常識に触れるということですか。しかし、長期的非常識・・・とは?」
彼女は腕を組み直す。
「気づかないなら別に気にすることではありませんが、きっと覚えはあると思います。例えば、死なない少女の狩りの話とか、人食いの少女の幻想郷の話とか・・・。」
どこまでつつぬけなんだと、一瞬ギクリとしたが、なるほどそれらの話は確かに非常識だった。今思えばそれ以外にも日常としてとらえているが、外の世界では非常識だというこということは多々あった。そもそも執事の主人が吸血鬼なのもおかしな話だ。
「短期的なことは印象には強いですが、印象に強いということはその経験はいつもは起こらない、つまりはただの非常識としてとらえられてしまう。わたくしたちが求めいてるのは、その真逆のことなのでございます。」
短期の強い刺激より長期の継続した刺激の方が、頭に残り安いとはよく言われることだ。
「では、試してください。」
結果は駄目だった。しかし、以前よりは何かしら歯車が噛み合うような感覚があったことは確かだった。
八雲藍としても、そうすぐにはできるとは思っていなかったそうなので別に焦ってなかった。
ともかく地道に、地道に、だ・・・。
結果は残せなかったが今日の授業は終わり。それで、彼女を送るべく外に出てみると、寺子屋の壁に小傘がもたれかかって俺のことを待っていた。見送りには上白沢さんも同行しているため、当然彼女と小傘は顔を会わせてしまった。
「多々良・・・。」
どう接していいかわからないという顔をしている上白沢さんに対して、小傘は彼女を睨んだ。
「・・・。」
無言の圧力で、話しかけるなと主張している。
「じゃあ、麟。いこ?」
傘の少女は俺の手を引いて、寺子屋をいぶかしげに尻目にしてかけていく。
「これでいいんだよね!」
「なにが?」
しばらく町中を走り続けて商店の多い大通に出たときだった。
「ちゃんと顔を見せに行ったよね!」
ああ、今朝言ったことか。
いいか悪いかで言えば悪いと言うしかなかった。何せあの発言の意図していたところは、上白沢さんと小傘との和解であって、俺の出迎えではないからだ。その観点からすれば、今朝の俺の言葉は逆効果だったかもしれない。
「まあ、でもそうだな。よく頑張ったよ。」
望む結果からは真逆になってはしまったが、小傘が頑張ったことは確かだ。それについては大きな一歩だったと思う。
「えへへへー。」
照れくさそうに彼女ははにかんだ。
偉そうに彼女のことを語ってはいるが、それは親心とかびっくりかわいい彼女をどうこうしたいとか上からの目線ではない。これは純に彼女への感謝とお礼の気持ちなのだ。あと数ヵ月、俺はどちらにしろいなくなるかもしれない。そうなれば彼女からは恩を受けただけで、返すこともなく去ってしまうことになるのだ。できれば彼女には何かしらの形で大きなお礼をしたい。
結果が和解だった。お金でのお礼やもっと気分的にいいお礼も考えたのだが、お金に関して言えば、俺のではなく紅魔館のであるし、そんな高価なものを彼女が望むとも思えない。他のことを考えても、ちゃちなことで返せる恩ではないと思ったので却下だ。
そこで思い付いたことが小傘の身の安全だ。
もともと小傘の安全を図るために上白沢さんに持ち主になってもらおうと思ったのだが、どうもそれだけでは不十分。なにか小傘に危機があれば寺子屋に駆け込めるようにと思っていた、つまり、駆け込み寺としての意味を持たせようと思っていた・・・。しかし、今のままの不仲ではどんなことがあっても寺子屋へ駆け込みそうもない。
ならば、ある程度の仲を取り持とうと、そう考えたのだ。
あと数日、この人里にいる間になんとかしたいものだ。
「で、どこいくどこいくー?」
うつむきぎみの俺の顔を、ぐいっとのぞきこんでくる。
「ああ、そうだな・・・。」
当たりを見渡す。外の世界とは違って民家なのかお店なのかわからないところがほとんどなので、大通とて地味である。しかしその実、よくよく見ると看板が洒落ていたり、店前でパフォーマンスをしているところもあって面白い。
「小傘、あそこなんてどうだ?」
俺はこじんまりとしたお店を指差す。
「中華"非当番"・・・?」
小綺麗な木の板に「非」だけ赤字の、達筆なのにところどころ弾け飛んでいる字でかかれている看板が目印のお店だ。
「おいしいのー?」
「いや、知らん。」
「え!?」
行ったことはなかったのだが、こういう店は案外うまい。外でもたまに隠れた名店めぐりを友人としていたのだが、そんな俺の経験と勘が総じて「おいしそうだ」と主張してくる。
「俺の勘が、あそこはすごくおいしいと言っている。」
小傘は少しうなって、はっと思いつく。
「そういえば君は外の世界の人間だったよね!舌も勘も肥えているだろうし、それなら信頼できる!」
わかってくれるとは、さすがだ小傘隊員。
「それに中華なんてこっちに来てからはからっきし食べてないからな。」
「大体は作ってるみたいだしね。」
まあ、料理は嫌いではないし、外食ばかりしてフランからのお小遣いを無為に減らしたくもなかったからな。
「うんうん、わかるよー!
さらに言ったらこの店の"非当番"っていうのもいいよね!なんだか心から休憩できそうで!」
「そのとおりだな。」
早速入ってみる。
外見通り狭いの店内には、主らしき赤髪の女性と筋肉質の男性が料理を作っていて、カウンター席には長い髪の女性がその出来上がるのを待っていた。
「あ、いらっしゃい!」
赤髪の女性が元気よく挨拶する。
「2名様ですか?」
「ええ。」
「カウンター席か、テーブル席か、どちらでもどうぞ!」
俺たちは入り口近くのカウンター席に座った。
「ご注文が決まり次第言ってください。メニューは手前の黒いのです。」
女性の店主はそういって俺たちの前に細長い水のグラスをコトンと置く。
店の中には肉の焼ける、油染みた香ばしいにおいがたちこめていた。今にでも何かしら口に運びたい衝動にかられる。
「どーれにしよっかなー?」
小傘は一番乗りにメニューの冊子を広げた。
「チャーシュー定食、かに玉丼、チャーハンセット、ワンタン麺酢豚付き・・・。」
なんと、広東料理中心の店だったのか。それでも冊子末尾には回鍋肉やラーメンや餃子といった定番のメニューもあった。
しかしそこで謎の項目を見つけた。
「なんだ"肉"って・・・。」
隣にいる客の女性の耳がピクリと動いた。
「それに気づくとは中々お目が高いねぇ。」
しっとりと俺の顔を眺め、妖艶な喋り口で語りかける。
彼女はどうやらここの常連らしい。
「あのぉ、この"肉"って何なんでしょうか?」
彼女は高貴そうに笑った。
「見てみればわかるよ。いま私が注文しているから。」
それから1、2分後、妖艶な彼女の前に4kgはあろうかの肉の塊がドンと置かれる。
「どうかしら?すばらしいわよね。」
小傘は目を丸くしたまま固まっている。
この肉塊、トマホークステーキ以上である。実際にそれは見たことはないのだが、この目の前の衝撃には唖然すること以外は許されなかった。
彼女はびっくりして見いっている俺に構うことなく、がぶりとかぶりついた。欲望のままに貪る姿は妖艶さも高貴さもなく、獣じみている。
貪る口を止めることはなく、数分足らずで完食した。口の回りは油で滴っている。
「ふふ、ごちそうさま。お勘定置いておくわね。」
彼女はお金をポンとカウンターに置いてスタスタと退出した。
「すげぇ・・・。」
俺たちの口から漏れたのは、それしかなかった。
「このメニューは彼女のリクエストで作ったものなんてすよ。」
女性の店主が言った。
「へぇー・・・。」
リクエストするのもすごいが、それを叶えるのもすごいな。
「それで、あなたがたは決まりましたか?」
「あ、ええ、俺はかに玉丼を。」
「はーい。」
低価格と満腹は嬉しいが、さすがに俺にはあの量は無理だ。とりあえず好物のかに玉丼にした。
「小傘は?」
彼女はメニューをじっと睨んだままだった。
しばらくして、冊子から顔をあげる。
「私、"肉"にする!」
なっ!?
「おいおい、あんな量を食べきれるのか?」
「がんばる!」
「がんばる!って・・・。」
「もう!私はこれが食べたいの!
食べたい食べたい食べたい食べたい!!!」
だだをこねる子どもだな。
「うーん、おごるって言ったしな・・・。まあ、がんばれ。」
「やったー!」
女性はにっこりして答える。
「それじゃあ"肉"一丁!」
今俺はかに玉丼を食べ終えて、小傘をじっと見ている。
案の定半分あたりから小傘の手は止まっていた。彼女の目はうつろな感じになり、額からは汗が流れている。
「・・・。」
「・・・。」
彼女はちらりと俺を見た。
「・・・食べて。」
俺は眉を寄せた。
それを見て小傘は申し訳なさそうな顔をした。
「まあ、仕方ないか・・・。最初から食べきれるとは思わなかったし。」
それから十数分、彼女の残した冷めた肉を頬張った。
「ごちそうさまでした。」
俺はお金を置いて店を後にする。
「俺も人のことは言えないけれど、後先考えて行動しろよ。」
「うーん、そうだね。ごめん。」
外はオレンジ色に染まっていた。ぼとぼと歩く小傘の影がさっきの店にかかるほど長く延びていた。
「でも、おいしかったか?」
小柄な彼女はにっこりとする。
「うん!ありがと、おいしかったよ!」
「そうか。それならよかったよ。」
二人ならんで歩く後ろにはくっきりとした影法師が楽しげにゆらゆらと揺れていた。




