Ep.2 出会い
フランドール・スカーレット。
吸血鬼レミリア・スカーレットの妹、魔法少女、そして、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力の持ち主・・・。
しかも495年間という、漁船をのっとった某海賊に言いわたされた禁固刑以上に長い年月、幽閉生活をしている。
さらにいうと、力の加減が分からないそうだ。とあるテキストによれば、そのせいで襲った人間が跡形もなくふきとぶらしい。
そんな絵にかいた地獄よりもっとおそろしいところの執事をさせるなんて、これではどのみち死ぬということは確定ではないか。
先の見えない道を進んだり、降りたり、また進んだり、どこへ行くのかさっぱりわからない。俺の自室への道のもどりかたも、もうわからない。
「・・・咲夜さん、少しいいですか?そのぉ~、フランドール・・・様はどのような方なんですか?」
「そうですね。簡単に申しあげますと、少々お気を病んでおります。・・・とくにあなたが気をつけるべきことはあまり気にさわるようなことをしないことです。」
「気にさわることとは・・・?」
「さあ・・・。」
どうやら咲夜さんもよくわかってないらしい。なにせ自分から部屋から出ないそうで、しかもつねに怒ったように見えたり、突然メイド妖精を攻撃したりするらしい。
・・・その後のメイド妖精がどうなったかは知りたくもない。
「・・・正直、なぜお嬢様があなたのような普通の人間に妹様の執事をお任せしたのか、理解できません。」
フランドールの禁固室に手前まえで咲夜さんはこのようなことを、ぼそりと言っていた。
カップル以上にお似合いな主従関係であるレミリアと咲夜さんとでも、考え方にすれ違いがあるらしい。
いや、もしかしたらそれよりもっと前提的なことか。吸血鬼と人間、その見た目にどれだけの差異がなかったとしても、一方は不死身、一方はたかだか二ケタほどの年数しか生きることができない。つみあげた約500年という差はそれだけ大きいものなのかもしれない。
「つきました。ここがフランドール様の自室でございます。」
地下の奥の奥の方に彼女の部屋はある。例えるとするならばレミリアのいるところが月だとすれば、ここは地球のコアみたいなところだ。
「咲夜さん、ありがとうございます。」
「職務が終了する時刻手前でお呼びいたしますので、それまでの健闘を祈ります。」
健闘・・・、冗談にならない冗談だ。もし戦ったところで、俺ならば一瞬にしてチリと化すだろう。
ドアを三回ノックする。・・・扉の向こう側からの返答はない。
「すみません、おじゃまします・・・。」
どこよりも厚く冷たい鉄の扉をひらく。さすがに重すぎて俺の力ではみなまで開けることはできない。それでもようやく人ひとりぶんくらい通れるすきまをつくることはできた。
どの世界の執事を探しても、このように薄汚い泥棒のような入り方をする者はいないだろう。それでも俺はなんとか入った。
薄暗い部屋、はっきりいって、廊下から流れる光がなければ何も見えない。その中で辛うじて見えたのは、ベッドの端にうずくまって座っている少女だった。
「・・・だれ?」
怒っているとも笑っているともふつうであるともいえない、そんな口調だった。
正直、扉の前に立った瞬間から身の毛もよだつような恐怖で冷汗は出るし、足はふるえている。
「ええ~っと・・・、俺は今日から、フランドール様のお世話役をすることになった執事です。」
その少女は組んでいた足にうずもれていた顔をかすかにあげた。
「・・・かえって。」
意外な返答だった。
発狂しているのなら、おもちゃにしてあげるとか、あそびましょう、あなたで!とかいうと思っていたし、最悪、有無も言わさずキュッとしてドカーンと跡形もなくふきとばされるとも思っていた。
―かえって、・・・その命令にどれほどの重みがあるのかはわからない。ただその一言で、その命令よりも恐怖よりも、なぜか彼女への興味が優った。
「そうはいきません。俺はフランドール様の執事ですから・・・。」
そう言い終わる前に乱暴に鉄の扉が閉まった。真っ暗になった。ヤバい、これでは何も見えない。
暗闇から彼女の声が響く。
「・・・これでもフランの世話をしたいというのかしら?」
ぼう、っと、ひとりでに照明の火がともり、部屋全体が火で赤く染まった。
俺はたじろいだ。
ソファ、シェルフ、テーブル、ダウンライト、レースのテーブルクロス、モザイク張りの壁・・・ありとあらゆるものがあり得ないほど破壊され、砕かれ、散乱していた。唯一まだきちんとした姿でのこっているのは彼女の座っているベッドぐらいである。しかしそれすらも部分的に欠けている。
ただ幸い、トラウマとして後々まで残りそうな何かの死体や血痕みたいなものはない。
「・・・気にくわない、おもしろくない、めんどうくさい!わたしはお人形さんじゃあないの!」
突然怒りだした、のか?ものすごくイライラしているのが分かる。まるで爆発まぎわの爆弾みたいだ。
「ねぇ!なんでフランだけこんな目に遭わないといけないの!?ねぇ!わたしが悪いの!?ねぇ、・・・ねぇ!!」
体中の汗腺から冷汗がこみ上げてくる。口の中がパサパサだ。呼吸も乱れてきた。
だめだ!やっぱり殺される!なんとかしないと・・・!
そう思った瞬間フランドールの右手が空をかいた。ひだりほほを鋭い風がつきぬける。何が起こったのか分からないが、目を閉じる間もなく何かが飛んできたような気配だけは感じ取った。
恐る恐る後ろに目をやる。
「うわぁ・・・。」
間の抜けた声が漏れる。
さっきまで後ろにあった鉄扉が鉄くずになっていた。
恐怖のあまり失神しそうなほど、体全体の神経が痺れてきた。頭がくらくらする、吐き気もしてきた。
「もうほっといてよ!お姉様も咲夜も誰もかれもフランのこと嫌いなんだわ!」
はっとした。
はっした理由についてはこれ以降もなぞなのだが、もしかしたら、なにかしらの俺の過去の体験と既視したのかもしれない。
俺ははっきりした声で言った。
「それは違います!俺は、まだ来て間もないですけど、きっとレミリア様も咲夜さんもフランドール様のことを大切に思っていると思います。」
ピタッとフランドールの威圧が止まる。
少しすると、今度は何も言わずにまたもとのようにベッドの端でうずくまってしまった。
「フランドール様・・・。」
「・・・どっかいって。もう寝る。」
そう言ってそのまま彼女は寝てしまった。
俺はというもの、意外や意外にもなんとか生き残ってしまった。しかし、仕える主に寝てしまわれては何もすることができない。
部屋の入り口に呆然と立ち尽くしていたところに、ちょうど良く咲夜さんが来た。
「妹様は就寝なさいましたか。お疲れ様です。とりあえず夕方まで、お世話としてそばにお仕えする職務は終了でございます。」
「え・・・?短くないですか?」
「スカーレット家の一族は吸血鬼でございますので、わたくしたち人間とは起きている時間帯が違うのです。もちろん、わたくしたちは人間といえど従者、お嬢様たちの起きている時間帯には起きておくのが当然ではございますので、休憩は昼とさせていただきます。」
無表情で咲夜さんは答える。
つまり朝は顔合わせという意味だったらしい。
その後、咲夜さんとともに館内を一通り回った後で、その他の掃除、洗濯、食事などの雑務をした。
そうしている内に、昼が過ぎた。
ここで休憩となるのだが、メイド妖精はワーッと外へ駆けだしてそこらへんで飛び回っている。さすが妖精、疲れを知らない。俺はやりなれていない仕事に、かなりの体への負担を感じている。その横でひょうひょうと顔色一つ変えずに残りの職務をこなしている咲夜さんを見ていると、同じ人間とは思えない。
それから数十分後、残りの雑務を終えた俺と咲夜さんは2人並んで自室へ戻る。その途中、彼女―フランドールについてきいた。
「フランドール様はいつもあんな感じですか?」
「はい。そうでございます。・・・あ。いえ、しかしながら近頃はさらに重くお気を病んでいるように見受けられます。」
確かに今日の朝の怒り具合は結構なものだったと思う。
「理由は・・・?」
「わかりません。時期としては数年前にこの館ごとこちらの世界に越してきたときぐらいからだと・・・。」
「へえ、そうですか。ちなみに最近あの部屋からでられたのはいつですか?」
「・・・いえ、それは。」
淡々と話していた咲夜さんの顔が曇る。滅多に無さそうなことだが、目線を落としていた。
「―妹様は、今まで495年間、"一度も"あのお部屋からは外出いたしておりません。」
耳を疑った。「一度も」あの部屋から出ていない?そんなはずは!なにせこの物語の主人公である博麗霊夢とたたかった時に一度―。
そう思った時、ある一つの仮説が思い浮かんだ。
今のこの世界、この幻想郷が、博麗霊夢によって解決された赤い霧が幻想郷を包んだ異変が起こる前―。
「・・・咲夜さん、博麗霊夢って知っていますか?」
「ええ、名前だけですが。・・・もしかして記憶がお戻りになったのですか?」
「いえ、俺も名前だけ・・・ふっと思い出しただけです。」
やはりそうだ。あの異変の時に咲夜さんも霊夢とあったはず。その記憶がないとするとここは異変前の世界。
なるほど、ここのフランドールがあんなにアグレッシブなのはそのせいか!
・・・っく!とんでもない時期に来たものだ。もう少し後に来れれば、彼女も少しは開放的な性格になっていただろうに!
◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、俺たちは次の仕事までの休憩のため各自自室へと戻った。
ベッドに横になって天井を仰ぐ。
今日出会ったあの金髪サイドテールで、アグレッシブな少女がなぜ霊夢とあうとなるだろう、この世界の未来に最初の一度の部屋を出ることができたのか考える。彼女がどう心変わりしたのか考える。
・・・だがしかし、答えは出ない。
本や小説、ゲームで知った知識などが何の役にも立たないのがよく分かった。彼女については知っていても、彼女本人のことは何も知らない。やはりその人、いや、吸血鬼でも、本人を知るためには本人と直接触れ合わなければ、このアンサーは永久に自然と出てくることはない。
ましてや、短期間、あの場にいただけでも感じ取れるほどの、大きな心の傷を追っている少女など尚のことだ。
「夕方も頑張ろう。」
彼女と関わる中で彼女への恐怖は永遠になくすことはできないだろうが、それでも俺は執事として役に立ちたい。そうおもった。
夕方になる手前、まだ、太陽が西の低い位置にある頃、咲夜さんは再び訪れた。
俺は不作法ながら正装のままベッドに横になっていたので、ドアをノックして彼女が入る手前になって、パッと起きて服を整えた。
「正装のままお休みになられたのでございますか?」
「すみません・・・。」
やはり、長年の功を持つ咲夜さんにはすぐばれてしまった。彼女の真紅を帯びた瞳が微妙に冷やかな目つきになったのが、俺の中にある罪悪感をさらに際立たせる。
「そろそろ妹様がご起床されるころ合いでございますので、お着替えとディナーの準備をした後、地下に行ってください。」
「レミリア様と食事はご一緒では・・・?」
「いえ、いつも食事は自室へお運びいたしております。」
彼女は本当に一度も部屋から出ないらしい。もちろんレミリアも外出することを許してはいない。だから、おそらくたった一人の肉親であるだろうレミリアともほとんど顔を合わすことはないのだろう。
そして、初めてとなる着替えと給仕の準備を終え、彼女のもとへ急いだ。
今朝、派手に破壊されていた扉は何ごともなかったかのように元通りの場所へと戻されていた。
ドアを三回ノックする。
「失礼します、フランドール様。」
「・・・なに?」
今回は一応、ちいさな返事が帰ってきた。
しかし、今朝の雰囲気ではこの後何をされるか分からない。破壊に怯える少し青ざめ気味の肌を何とか落ち着かせようとしつつ、鈍重な鉄の扉を思いっきりの力で引き開けた。
「お目覚めでございますか。」
「・・・見ればわかるでしょ?」
真っ暗な部屋の中、ベッドの隅の方でうずくまってポツンと座り、前に部屋に来た時と同じく、怒っているのか笑っているのか普通なのかわからない口調で彼女は話す。
「お着替えと食事の用意をしました。着がえ次第、ディナーは運んできます。」
「・・・そこらへんにおいといて。」
それから十数分後、調理室から運んできたサービスワゴンをカラカラと言わせ、また舞い戻って来た。
「・・・入っていいわよ。」
「失礼します・・・。」
先程とは違い、すでに照明はともされている。
「ディナーをお持ちしました。」
「・・・テーブルの上において。」
「わかりました。」
壊れかけのテーブルの上に、豪華ではあるもののなんだか質素な食事をかちゃりと不慣れた手つきで並べる。
咲夜さんならもっと静かにうまくできるのだろうか、と思ってしまう。
彼女は並べた瞬間から、食事を始めた。
もくもくと食事をしている傍ら、俺は気まずさを感じながらもその場へとどまっていた。何か言わなければと思いつつも何を話せばいいか分からない。だが、とりあえず、とりとめの無さそうなことから切り出した。
「・・・あー、フランドール様?今晩は綺麗な月が出る、そうですよ。良ければ廊下から月見でも・・・。」
―うっ!!
俺のセリフの途中で、右腕がとつぜん悲鳴を上げる。見なくてもわかる、何か鋭いものが貫通したことが。その何かが、もくもくと食事を続けるフランドールから向けられたということも。
「・・・な、なにを・・・!」
明りが部屋を赤く染めている中で、俺の足元周辺だけがどす黒く塗りたくられている。
「・・・。」
返事はない。それでも、いや、その無言の殺気があるからこそ、俺が彼女のふれてはいけない心の柔らかい部分をちくりと刺激したのがよくわかった。
ふれてはいけない部分、彼女の場合、それはあまりにも繊細で、無防備で、そして、露出している。
今した攻撃行動は、裏を返せば彼女の心の防御作用なのだ。しかも、その作用の過剰性はまさに狂気である。一般的にはこれを「発狂している」というのだろう。
だが、俺は彼女が純粋に何かを恐れているように思えた。
ぽとぽとと血が流れる傷口を押さえて、俺は言う。
「・・・なぜですか?なぜ、そうまでして中に閉じこもろうとするのですか?」
彼女の手に持ったティーカップがバリンと割れ、その欠けた部分から紅茶が床へとぽたぽたと滴る。
「あなたには関係ないわよ!なにもわからないくせに羊だか執事だかを任されたぐらいで、図に乗らないで!」
咲夜さんのそれとは格が違う、真っ赤に燃える瞳を尖らせてこちらを睨む。
「違いますよ!・・・俺は、執事として、これから先まで続くフランドールを知る人として、共に歩みたいんです!」
「・・・!」
今朝寝る前と似た反応を見せる。いや、似ているが似ても似つかぬ意外な反応だった。
今まで彼女のくすみ切っていた表情がふわっとゆるんだ。
笑ったのだ。
何十年ぶりかに動かした機械のようにぎこちない表情だったが、彼女は確かに笑った。
「・・・は、は・・・あはははは!!フランが・・・、あなたみたいな弱くてすぐ壊れそうなやつとともに歩む?・・・あはははは!それはおもしろいジョークね!」
「ジョークではないですよ。本気です。」
あきれているのかもしれない、変だと思わせたのかもしれない。
でも、さっきまで雲のようにまだあやふやだった彼女の執事としての決意や自覚のようなものが俺の心に実物として現れたような気がした。
「お姉様もおもしろいかけをしたわね。」
「かけ?」
「ええ。あなたがこのフランを笑わせるかどうかのかけ。」
「ちなみに掛け金は?」
「あなたよ。もしお姉様が敗ければ、あなたは確実にこっぱみじんになってたわね。」
「俺!?知らない間に俺は駒だかチップだかになっていたのか!」
「そうみたいね・・・。」
さすが吸血鬼、やることがまさに悪魔だ・・・。でも、そのおかげで俺はよかったのかもしれない。だとすると・・・。
「もしレミリア様が勝てば・・・?」
「この館のこま使いが一人増えるということね。それとフランにも・・・。」
「それって・・・!」
「そうね。でも、もしかしたらうっかりあなたを壊しちゃうかもしれないわ。フランは力の加減分からないから。」
「それはかんべん・・・。」
「そうならないよう、あなたも努力しなさい。」
吸血鬼、いや、悪魔は勝てないかけには乗らない。でもこのかけは、レミリアの運命を操る能力をつかうまでもなく、勝負はすでについていたのかもしれない。
そう、レミリアは妹思いで、同じほど、フランは姉思いだったってことだろう。レミリアのやさしさや思いやりは直接、伝わりはしなかったかもしれないが、それでも俺は不器用ながらも強くつながる姉妹のキズナというものをそっと感じた。
人間と吸血鬼、俺と彼女たちとはそんな関係だが、このような想いは互いに等しくあるのだとこれからも信じていきたい。
後日談。
波乱のかけから3日たった。
フランに執事として認められた後、彼女直々にけがの手当てをしてもらったのだ。執事として常識のない俺でもさすがに身分不相応であることはわかっていたので、遠慮した。
しかし、フランからの「叙任式の代わり」という申し出があり、なかば強制に散乱していたガラクタの中から、上品できれいな白色の布きれのようなものを止血として腕に巻きつけられた。巻きつけてくれるのはいいのだが、すこし強くしすぎて逆に痛かったのを覚えている。それでも俺は、わからないながらも熱心に力加減を調節している彼女を見ているだけで十分癒される心もちがした。
その後、今日までレミリアや咲夜さん、そして、フランからいろいろ言われながらも、どうにかこうにかやっている。それでもそれなりにやっていけるのは、今だに内ポケットの中にいつも持っている、少し俺の血で黄ばんで綺麗さはなくなってしまったが、彼女から貰ったあの白い布のおかげかもしれない。