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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【赤執事】紅霧異編
18/65

Ep.18 スカーレット家の過去

「そう言えば、あなた。フランについて今はどう思う?・・・いえ、どう変わったと思う?と言った方が正しいかしらね。」


 せがまれて、白磁に金の装飾のカップに紅茶をそそぐ。


「どう変わったか、でございますか。出会った頃と比べると少し落ち着かれたと思います。しかし言っても、フランお嬢様の過去を知りませんし、そもそもまだ従者となって日は浅いので、正直よくわからないです。」


 本音を言えば、お前よりも随分とましだ。突発的な癇癪を起こしてしまえば手をつけられないが、それ以外ならレミリアよりも淑女らしい。


「・・・余計なことは、考えていないでしょうね?」

「・・・滅相もございません。」

「ならいいけれど。―そう。そうよね。あなたは過去を知らない。どう変わったかなんて愚問だったわよね。」


 そして、紅茶を一口すすり、まだまだ青臭いわね、と言った。そんなこと十分わかっている。咲夜さんたちに及ばないことはよくわかっている。


「知りたい?私たちの過去を。」




 過去・・・。

 彼女たちの起源。

 フランドールの暗い思い出。

 

「昔から私たちはこの国―日本だったかしら?―に住んでいた訳ではないわ。ここに来たのはつい数年前かしらね。」




―かつて私たちはルーマニアの地方の村にひっそりと館を構えていたわ。今みたいにね。


 当時スカーレット家の当主は私たちのお父様で、お母様とも一緒に暮らしていたわ。実に仲のいい家族って印象ね。

 それに、仲についていえばその村の人たちとも、持ちつ持たれつ、さながら家族のように共存していたのよ。もちろん、村人はスカーレット家が悪魔の家系であることを知っての上だったわよ。

 本当に懐かしいわ。語り手である私自身その村で生まれたの。そして、私が5歳のとき、フランも。

 当時はとくに悪魔なんて言えば、疎まれ、嫌われ、追われ、退治される対象。受け入れられることなんて・・・、あの村くらいだったかしらね。

 あそこは独自の信仰を持っていたわけではないから、受け入れたのは純粋に彼らの優しさだったのでしょう。

 私の両親共に村とはうまくやっていっていたし、私たち姉妹も村のこどもたちと変わりはなかった。一緒に遊び、一緒に食事をして、一緒におしゃべりをする。当たり前すぎて「そうでない」場所なんて頭になかった。


 何?従者について?

 館は両親の意向で今ほどは広くしてなかったから、3人だけメイドを雇っていたわ。今となっては名前も顔も忘れてしまったけれど・・・。

 ああ、そう言えば美鈴だけは元から門番だったわね。今とは違ってよく働いていたわ。



 話に戻るわね。

 時はながれて、私が8歳でフランが3歳になったわ。吸血鬼の特性からか私の方は見た目は5歳の時から変わらなかったけど。


 ある日、フランと私と村の子供5人でかくれんぼみたいなことをしていたの。いつものことよ。

 でも、いつもとは違うことがあった。


 元々森に囲まれていた土地だから、あまり遠出をするなとは言われていたけれど、さらに村の掟として、「ある場所には行ってはいけない」というのがあったの。


 そこへ行ってしまったのかって?

 ・・・いえ、私たちは決して行くことはなかったわ。

 何があるのかと、こどもたちに好奇心はあったけれど、それはこの物語では終始好奇心のままだったわ。



 いつもとは違うこと。

 それはその日、ちょうど行商の馬車が通る日だったってことよ。

 当時、固定の店なんてものは、それこそ都市に行かなければないわ。だから、月に一度来る馬車の日は村一同、小さなお祭りみたいな気分になれたのよ。



 ・・・さて、前置きが長くなったわね。

 ここから「惨劇の始まり」までは、錯乱しているフランのつぎはぎの話をくっつけたものだから、真実とは少し違うのかもしれないけれど話していくわね。


 かくれんぼを開始して、最初に鬼になったのは私。残る6人は方々散らばっていったわ。


 フランは、その当時一番の親友だった男の子と村の入り口あたりの森に隠れていたそうよ。

 少しして、なじみらしい馬車がどうやら遠くからやってきてるのが見えたらしいわ。

 もちろん子供だったし、楽しいことを目の前にして目を輝かせない者はいないわ。



 だから、二人してその馬車に手を振ったらしいわ。



 数秒後、馬車から放たれた矢が、フランのとなりの男の子の頭を射抜いていた。


 フランは何がなんだかわからなかった。




 後から思うと、そこにお父様がいたら、惨劇にはならなかったかもしれない。



 馬車は偽装だった。

 それから起こる「惨劇」からしばらくしてわかったことだけれど、お父様、いえ、スカーレット家は国から指名手配されていたのよ。


 ネタバレしてしまえば、実はさっきの「行ってはいけない場所」というのはお父様が追っ手から館、そして、村全体を守るための結界のコアが置いてある場所だったの。

 何てことはない、村一つ丸ごと保護する結界のコアなんて、お父様やお母様みたいな実力者以外が近づけば、それだけで、一瞬にして体が灰になるエネルギーを持っている。

 だから、行ってはいけないと決められていたわけよ。


 そして、追っ手は何かのきっかけで結界について知りでもしたのでしょう。それを知ったやつらは、結界の内側のこの村にいるスカーレット家を何がなんでも抹殺したかった。

 だから、ある計画をたてた。


 この村とつながりのある行商を殺し、なりすましてこの結界の内側に侵入してしまおう、と。


 まずここでいっておかなければならないことがあるわ。

 果たして、普段はどうやって馬車は出入りしているのか?


 仕組みとしてはこうよ。

 まず、内約として馬車が来るだいたいの時刻と、合言葉もしくは一定の行為を暗号として規定する。

 次に、お父様が行商の日の朝、結界の一部がある条件下で解けるようにする。

 そして、馬車が来て、暗号を示したら、「手を振る」。


 だから、本当はやつらの計画は失敗するはずだった。


 でも、お父様がその日、結界が解ける条件として結界に組んでいたプログラムはその「スカーレットの血のものが、手を振る」というものだった。

 プログラムの起動は必ずお父様かお母様が行っていたけれど、まさか、予定よりもかなりはやく馬車が到着して、さらに、スカーレットの血を継ぐフランが手を振ってしまうことは想定外だったのよ。



 男の子を射抜いた一本の矢を皮切りに次から次へと矢が飛んできた。

 フランは訳もわからず、男の子を抱えて村へ逃げていったのよ。 もう死んでいるけれど、そんなこと錯乱したフランには理解できなかった。



 こうして「惨劇」は始まった。



 結界を突破したやつらは後から来た援軍を加えて一気呵成的に村へなだれ込んだ。もう止めることはできない。



 フランが館に帰ってきたのは、しばらくしてからだった。

 お父様とお母様と美鈴は異変にすぐ気づいて戦いに行き、異変を知った私は帰ってメイドたちと館で怯えていたわ。


 最初もうフランは帰って来ないのかと思った。

 でも、帰ってきた。


 ただ、血まみれで、さらに、死んだ男の子の一部を片手に・・・。

 その頃からフランは正常ではなくなってしまったのよ。




 外はそれこそ炎と阿鼻叫喚が渦巻く地獄だった。

 フランに続いて館に逃げてきた人が3人くらいいたけれど、あとは皆殺された。

 お父様、お母様はずっと戦っていたわ。でも、相手は吸血鬼、特にスカーレットを狩るため準備していたし、数としては軽く数千人はいたわ。

 いくら最強の吸血鬼でも、その数には圧倒された。



 戦いの最中、お母様が一度戻ってきて、逃げるように促した。


 お父様やお母様と離れ離れになるのがいやだった。でも、紆余曲折があった末、どうしようもなく、私たちは村を捨てて死にもの狂いで逃げたわ。

 さらに途中、追い付かれそうになったとき、一緒に逃げていた村人とメイドが一人ずつ囮になって私たちを逃がしてくれた。




 結局、私たち姉妹と一人のメイドだけが生き延びてしまった。

 ああ、後もう一人。しばらくしてから美鈴とも合流したわ。


 戦っていた美鈴の話によると、お父様とお母様は生死不明。

 以降スカーレット家は一家ちりじりになったってことね。



 その後の細かい話は、フランの生い立ちについてあまり関係しないから、省くわ。



 さて、追手もいなくなった私たちは見つけた湖のほとりに、昔住んでいた館を模して今の「紅魔館」を建てた。

 まあ、吸血鬼の力さえあればそれは難しいことではないわ。


 やっと少し落ち着いたと思った。

 お父様やお母様を失ったことは悲しくて悲しいことだけれど、それでもやつらから逃げ切れたことは心に安堵をもたらした。


 ・・・でも、フランは対照的に壊れていった。

 自分のせいで、意図はしなくとも自分の責任で、村の皆を、家族を、そして、親友を―失ったと思った。落ち着けば落ち着くほど、それは心に深く傷をつけていった。

 それは、今でも心の傷になっている。


 ・・・私としてはフランのせいだとは全く思わない。

 惨劇の実情を知った時、少し恨みはしたけれど、それはもうずいぶん過去の話。あれは確実にやつらのせいだし、・・・酷だと思うけれど運命だったのかもしれないとも思う。

 できればフランには「あなたのせいじゃない」「仕方なかったのよ。」なんて声をかけたかった。けれど、それは逆に彼女を傷つけることになる。

 私はね。だから・・・、なにもしなかった。どうにもしてやることができなかった。


 確かに結界を解いてしまったのはフランよ。

 でもね、その事をずっと、ずっとずっとずっとずっと心に抱えて、壊れるまで抱えて、壊れても抱えて。


 もう、フランはフランではいられなくなった。



 そして、彼女は彼女自身を地下室に幽閉した。



 だから本当はね、彼女が地下室にいるのは492年なの。


 でも、彼女は生まれてからずっと地下室にいると、心から、思い込んでいるみたいよ。

 おそらく、あの時のショックを思い出さないように、自分の記憶を閉ざしているのね。

 彼女は傷つきすぎて、彼女でいられなくなって、そして、彼女ではなくなった。彼女はその選択をした。

 いわゆる健忘ね。


 ・・・でも、そうなっても、彼女は自身を失っても狂ったままだった。

 だから今もなお、自身を傷つけている。




 これが、フランドール・スカーレットが、愛しき妹が狂った理由。

 これが、私たちの過去。―




「・・・そう言えば、あんたが持っている白い布。ほら、フランからもらった布のこと、覚えているかしら?」


 覚えている。

 というよりも、今でも正装のポケットにはいっている。


「・・・あれはフランの親友の遺品なのよ。」



 フランは追手から逃げる最中も男の子の遺体の一部を持ち続けていた。地下室にこもっても離すことはなかった。

 それでも時は流れていく。肉は朽ち果てて、フランが彼に送ったスカーレット特製の服の一部だけがきれいに残った。


 それが、俺の持っている布だった。



「私からみたら、彼女はずいぶん変わったわ。・・・不本意だけれど、おろかなあなたのおかげでね。」


 レミリアは底に残った少しの紅茶を飲み干して続けた。


「あの子のこと、見捨てないであげてね。」


 見捨てないであげてね・・・、か。


 随分長居をしてしまっているが、本当は俺はまだ元の世界に戻りたいと思っている。その気持ちは今でも変わらない。


 もし帰れる方法を見つけられたなら、どうすればいいのか・・・。

 帰るのを諦めるのか。・・・フランを見捨てるのか。

 まだ俺は決められない。いや、そもそもそんなこと決めたくない。

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