Ep.14 霧と湖
幸い外は暗かったため、外出するのに別段苦労はなかった。
空にかかる紅い霧、それは昼過ぎとは違い、暗くなったためにおどろおどろしさを増している。
「これだと日傘は必要ありませんね。」
「うん・・・。」
フランは後ろをちらちらと見ている。
やはり、心配なのだ。
安心しろフラン、彼女はきっと負ける。でも、決して悲しいことではない。これは紅魔館にとって新しい夜明けになるはずだ。
そんなこと口では言えない。言えないことへのもどかしさが込み上げてくる。
俺はただ前を向いて歩くだけだった。
「着きましたよ、フランお嬢様。」
「あれ、ここは。」
霧の湖。
フランと俺がが初めてみた幻想郷の場所だ。
前来たときよりも少しばかりよどんでいた。異変のせいだろうか、ただそう見えるだけなのだろうか。
「おーい、チルノ!いたら返事をしてくれ!」
異変中に叫ぶのはまずいか?と若干ばかし後悔したが今さらだと開き直って、再度叫ぶ。
沈黙数秒。
「あたいはげんざいいませーん!」
どこからか大声がした。
居留守のつもりなのか?
悲しいかな自分は今いないと大声で叫ぶあたり、やはりチルノらしい。
「あーあ、折角いいものをあげようと思ったのに!」
「ほんと!?」
音速の速さで俺たちにすり寄ってきた。
「ウ・ソ。」
「がーん・・・。」
嘘をついたのは俺なのだか、こうもうまくつられるとは。
チルノ・・・、お前の将来が心配です。
「くそう!くそう!」
「・・・あー。悔しがっているところ悪いが、俺たちは遊びに来たんだ。」
「あそびに?」
「ほら最近スペルカードってできただろ?それをフランお嬢様に教えてほしいんだけど。」
スペルカードと言う単語を聞いてチルノははぁ、と深くため息をついた。
「どうしたんだ?」
「さっきさぁ、こうはくとしろくろのやつらがあたいのなわばりにやってきたんだ。
それでかえりうちにしようとしたら、ぼこぼこにされて・・・。」
「あー・・・。」
博麗霊夢と霧雨魔理沙か。
「ひどい奴等ね!チルノちゃんをこんな目に遭わせるなんて!」
フランが割って話に入った。
でもフラン、客観的に見たらチルノがそいつらに喧嘩をふっかけたんだと思うのだが。
「そういえば、そのこはだあれ?」
チルノは不思議そうに尋ねた。
ああ、そうか。
前はキスショ・・・、某吸血鬼に変身していたものな。
「この方は先日のフランお嬢様でございます。」
「前は、変装してたから気づかないのも無理ないよ。」
「へぇー。こっちがほんとなんだ。」
チルノは同じくらいの背丈になったフランをまじまじと眺める。
「そういえば、なんであたいにスペルカードをおしえてほしいの?」
「フラン様は普段部屋から出られないので、知り合いが少ないんだ。しかも今、紅魔館は立て込んでいてね。それでこっそり館からでてきたってわけ。」
「あんた・・・、えっとひつじだっけ?」
「しつじだよ。」
「どっちでもいいや。
それであんたがおしえたらいいじゃん?」
それができたら、とっくの昔にやってるぜ。
「・・・噂によれば、お前は最強らしからな。最強のチルノに教えてもらえば、フランもすぐに弾幕ごっこが強くなると思って。」
誉められたチルノの目はこれでもかというほどに輝いた。
「フランお嬢様もそれでよろしいでしょうか?」
当の本人を置き去りにして話を進めたが、ゆくゆくの「たたかい」に備えるということからして手段はどうあれ間違ってはないはずだ。
「う、うん・・・。」
「弾幕ごっこを覚えになったら、レミリア様や他の方々とも安全に遊べますね。」
フランの顔が少しばかりかぱっと明るくなる。
「うん!」
実際、チルノに頼んだのは、フランを純に受け入れてくれる友達だということだけが理由ではない。
俺はある種の確信があった。
要は、米は米屋、酒は酒屋に、ということなのだが。
彼女はもう鳥かごのなかから飛び立たなければならない。紅魔館内にいる俺やレミリアや咲夜さんたちがかごの蓋に手をおいていては、生涯、名の通り一生、彼女のチャンスを摘むことになる。
それに付け加えるとすると、―これは俺の勘みたいなものなのだが、―舞台裏の黒子が教えることも良くない。
具体的に言えば、俺が弾幕を張れたとして、弾幕を教えたとすれば、真の目的としてフランが博麗、霧雨と出会うということはなくなるということだ。
俺はアウターなのだ。この世界での決め手にはなり得ない。
Devil made Devil and Devil.言い換えて、外側の人間と遊べば外側となる。
小難しくいったが簡単に言えば、俺の深入りが紅魔郷というひとくくりのストーリーの破綻を引き起こしかねないのだ。
故にチルノこそ今回の役にふさわしい。
ある意味主人公と言ってもいいかもしれない。
・・・思いの外、軟弱かもしれないが。