Ep.10 本とウソ
厨房にて。
「今日のパチュリー様は何かいつものパチュリー様っぽくないですねー。」
小悪魔は仕度をしながら、まったりとした口調で話す。
「そうですか?いつもがよくわからないので何とも・・・。」
俺は菓子請けのクッキーやビスケットを用意しながら返す。
「なんですかねー・・・。考え事をしているような。」
「考え事なんていつものことではないのですか?(魔法の研究ばっかりしてるし)」
「うーん。
言われてみれば、そんなような?そうでないような?」
「はっきりしないですね。」
「まあ、あたしの勘ですし。」
なんだそりゃ。
「お持ちいたしました、フラン様、パチュリー様。」
場所は戻ってフランの部屋だ。
「こっちも準備できてるわよ。」
パチュリーが示した先にある魔方陣は、先程のとはちがって、何やら不思議な感じのする「気」を帯びていた。
何が始まるのだろうか?
この俺の問いにはフランが答えた。
「さっきの漫画、あったでしょ?あれの続刊を呼び出すのよ。」
それに対してすかさずパチュリーが補足する。
「・・・元々は外の世界の魔導書を呼び出す魔方陣の試作品だったのだけれどね。」
魔導書ね・・・。
この魔法図書館にないものが外の世界にあるのか不思議なのだが。
そう言えばここの本はどこから持ってきたのだろうか?元々紅魔館自体、外の世界にあったらしいから外の本も沢山あるとは思うのだが。
そこのところはどうなんたろうか?
気にするだけ無駄か・・・。
突然、パチュリーは俺に向かってくちをひらいた。
「さっき聞いたのだけれど、あなた、妹様の漫画を見て何かハッとしてたみたいね。本当に何か引っ掛かるところとかないの?」
パチュリーは不信そうに、品定めするような目をする。明らかに疑いの目だ。
そう言えば小悪魔が、今日のパチュリーは変だといっていたが。
まさか・・・。
内心冷や汗をかく。
さすがに下手に身の上をバラす訳にはいかない。
なにせ彼女たちの運命というか行く先を知っているからな。
未来を捕まれていることを知れば、紅魔館の連中(特にレミリアあたり)はなにがなんでも聞き出そうとするはずだ。
知ったら最後、幻想郷の未来を変えてしまう可能性がある。
多分その前に八雲紫あたりに暗に消されるのがオチだろうが。
事故やら階段落ちやらフランについてやらから助かったのに、こんなことで消されたくはない。
「確かにハッとはしたかもしれませんが、結局記憶は戻ってません。」
「・・・そう。嘘じゃあないのよね。」
「ええ。」
会話の不和を感じ取ったのか、フランは話を変えるように割り込んだ。
「そ、そんなことより早く漫画を召喚しようよ!せっかくの紅茶がさめちゃうわ。」
パチュリーは、ふぅと一息ついて魔方陣のほうへ向く。
ありがとう、フラン。助かった!
「じゃあ、作動させるわよ。」
パチュリーは盤に手をかざす。
おお!何か幾何学模様が光ってる!!
と思った矢先に、ポンっ!!、と弾けるような音がして本のようなものが数冊煙と共にあらわれた。
何かポップコーンみたいだ、おもしろい!
子供みたいに目を輝かせていた俺をみて、フランはニコニコしている。
「どう、パチュリーの魔法は?すごいでしょ?」
「ええ、すごくおもしろいです!何かお菓子づくりみたいで!」
「へぇー、あなたもそんな顔をするのね。てっきり咲夜と同じで鉄面皮かと思ったわ。」
ひどいことを言うなぁ。
別に好きで今ポーカーフェイスなのではない。悟られないようにするためなのだ、何かとは言わないが。
そもそも付き合いの短いパチュリーに言われたくないし、パチュリーの方こそあまり表情豊かな方ではなさそうだ。
「すねた?」
「いえ。でも俺は、表情豊かとは言いませんが、少なくとも鉄面皮ではないですよ。」
「あら、ごめん遊ばせ?でも、もう少しあっけらかんとした方が身のためよ?」
なんだこの魔女は。勘繰りすぎだろ。
もう少しレミリアみたいにサバサバしてほしい。・・・いや、レミリアみたいには言い過ぎた。なにせあいつは年齢以外子供だしな。
二人を足して2で割ったらいいかんじだろう。
「もう、パチェ!私の執事をいじらないで!ほら、本も出たんだしお茶にしましょ!」
まったく、パチュリーに対してフランはいいこだ。
いや、パチュリーもいい人なのだろう。
実際のところ、正体不明の人間がよその館をうろちょろしている時点で尋常ではないのだ。
その点からすれば、パチュリーの疑う態度は非常に正しい。特に常識が通用しない幻想郷では。
「そうね。
今は紅茶を飲むのが大切だわ。執事にも悪かったわ、突っかかるような言い方をしてしまって。」
「俺は大丈夫です。」
「そう、許してもらえてなによりよ。」
こうして不穏な空気は一旦、終息についた。
紅茶の香が部屋の隅々まで満たす。
パチュリーは読書には必ずローズヒップと決めていた。その影響もあってか、フランドールもローズヒップを好んでいる。
「紅茶淹れるのがうまくなったねー!」
フランの鮮やかな羽根が楽しそうにぱたぱたと動く。
「最初は飲めたものではなかったのにね。」
「・・・ありがとうございます、フラン様、パチュリー様。」
紅茶にあまり詳しくない自分で、そのせいか紅茶最初淹れたときはとてつもなく不味かったらしい。
紅魔館で美味しい紅茶が飲めないことは、人生の半分を損している、と言っていた。もちろん言っていたのは、レミリアだが。
その後、仕事の合間に咲夜さんに特訓を受けているため、彼女までとはいかないが、不味いといわれない程度には成長した。
「あら、手の甲から血が出てるわよ。」
紅茶を飲み終えたパチュリーに指摘された。
上の空でまったく気づかなかった。
おそらくどこかにでも引っ掻けたのだろう。
この数ヶ月、紅魔館で過ごす日が長くなるにつれ、ぼーっとする回数が増えてきた。
俺はこれからどうなるのだろうか。
俺は果たしてもとの世界に変えることができるのか。
俺はどうしてこの世界に来なければならなかったのだろうか。
云々・・・。
どうしてもぬぐいきれない不安が頭をかきみだす。
―そうして半年が過ぎていった。