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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【赤執事】叙任編
1/65

Ep.1 幻想入り

 まったく以って今日という日が俺にとってついていなかった事を最初に述べておこう。


 その不運の幕開けは起床からだった。

 通っている大学近くに一人暮らしをしているという身分から、高校までのように早起きをしないのがここ最近の週間になっていたのだが、今日はそうもいかなかった。天井にぶら下がっている蛍光灯がその傘ごと落ちてきたのだった。

俺のベッドが壁際にある事から直撃とガラス片の散乱に巻き込まれるという事態には見舞われなかったのは幸いであっといえよう。

 

 その次の不運は通学途中の時だった。

 普段住んでいるアパートの裏路地を使って登校しているのだが、ここ数か月間は工事のため近くの小学生と同じルートを通っている。数分ほどの遅れになるのだが、これは仕方の無い事である。しかし、問題はそこではなかった。

 道路を走っている車を追い越そうとしていたバイクが、その前に飛び出してきた小学生を避けようとしてスリップし、正についていないことにスリップした状態のバイクが無関係の俺に直撃した。そして、吹き飛ばされた体は華麗に宙を舞った後、コンクリートの地面にべちゃっとたたきつけられた。

 これも不幸中の幸いで擦り傷だけですんだのだが、警察や病院とかなどで今日一日は大学どころではなかった。


 夕方にやっとのことで解放された病院の帰り道に近くの小さな神社に寄った。

 そこのおみくじで出たのは大凶。まさに今日の運勢を締めくくったような通知書である。


 しかし、おみくじをくくったところで今日の不運が締めくくられてほしかったのだが、運命の神様は、気まぐれだろうか、よほど俺のことを嫌っていたらしい。

 帰宅のため神社の石段を一段降りたところで、降りたさきの石材がぼろりと崩れて、まっさかさまに転げ落ちていった―


 これが最後であり、なおかつ強烈な人生の転機になった。



 意識の中では数分、暗闇をさまよっていたのだが、ようやく目を開いて光を得ることができた。

 どこかの部屋のベッドの上であるらしい。階段から落ちてそれほど経っていないのか、さほどおおきくない窓のレースの先に見える空はまだ赤やけを残している。


「お目覚めでございますか?」


 足先にある暗がりから出てきたのはメイド服をきちんと着こなした、透き通る白い肌をした銀髪の女性だった。

 察するにここは病院でも自宅でもなく、どこかのお屋敷のようだ。しかし、今の時代こんなベタなメイド服を着させる主と言うのも、いささか変わり者の匂いがする。


「具合はいかかですか?」

「大丈夫です、それよりもここはどこですか?」

「ここは吸血鬼が主を務める紅魔館でございます。」

「え、こ、こ、紅魔館!間違いなくあのレミリア・スカーレットが主の紅魔館か!?」

「おや、ご存じいらっしゃいますか?」


 知っているのは知っている。しかし何も、紅魔館、いやいや、そもそもこの館のある世界が存在してるのかということ自体が疑わしい。

 なぜならば、紅魔館というのは、とあるシューティングゲームの中で出てくる場所の事であるので、俺の住んでいる世界とは無関係、もとい、文字通り有り得ない。また、俺はそんな非現実をそうそう受け入れることができる性格をもちあわせてはいない。


 しかし、変に話をこじらせると今後の俺の身の上とこの話の展開が危ぶまれるので適当に話をあわせておこう。


「ご存知というよりか・・・、あー、なんだか俺、記憶があやふやでよく思い出せそうにないです。よくよく考えると俺はだれだろう。」

「記憶喪失でございますか?それは難儀ですね。」


 俺の今置かれている立場は、記憶喪失ほどの難儀ではすまない。

 もし、ここが本当に紅魔館であるとするならば、ここを取り仕切っているのは吸血鬼のレミリア・スカーレットだ。へたな立ち回りをすれば、確実に主の次の食事がとれたて産地直送の俺になることは間違いなしだ。


「ちなみになんで俺はここにいるんでしょうか?」

「それについても記憶がございませんか?うちの門番が中庭で倒れていたあなたを見つけてここにお運びいたしました。」


 どうやら俺はなにかしらの不幸であの神社の階段から落ちると同時に、この世界に飛ばされたらしい。

 メイドである彼女―十六夜咲夜、そして、紅魔館門番の紅美鈴、彼女もまた、俺がどういう経路で飛ばされてきたのかは見ていないらしい。


「しかし、いかがいたしましょう。ケガが感知いたしましても記憶喪失では、行く当てがないのではございませんか?」


 ―っは!そういえば、そうだ。

 こちらに来たはまだいいものの、これから元の世界に戻るにしてもここに住み着くとしても、何の頼りもない。しかもこの世界には、俺の世界には存在しないもの、「妖怪」が存在する。

東方projectと総称されるゲーム内では晴れやかに楽しく生活しているようにも見えるが、実際のところはどうか分からない。紅魔館にいたところで吸血鬼のディナーになりそうな気もする。かといって紅魔館から出たところで、いきなり他の妖怪に襲われてガブリと食事になるというルートも当然考えられる。


 たちふるまい以前に今後の俺の生き方に絶望しているところ、先ほど咲夜さんがでてきた暗がりの奥にあるらしいドアからノックの音が聞こえた。

 返事をした方がいいのか迷っている手前にガチャリとドアが開いた。


「あら生きているみたいね、人間。」


 小学生低学年ほどの身長とは不釣り合いのこうもりのはねと威厳をまとった彼女―そう紅魔館の主、レミリア・スカーレットがそこには立っていた。

 ロリ少女ではあるが、一瞬でも動いたら八つ裂きにされそうな雰囲気が俺の身に流れる。

 咲夜さんが意外そうな顔もちで目を丸くしている。


「お嬢様、いらしたのですか。」

「ええ、おもしろそうなものを拾ったからね。」


 おもしろそうなものとは多分俺のことだろう。いや、俺意外いない。しかもこの状況だと俺というおもちゃはすでにレミリアの手の平にあると言っても過言ではない。

 機嫌を損ねて殺されないためにも、とりあえずお礼を言っておこう。


「・・・あのぉ~。この度は助けていただいて・・・ありがとう、ご、ございまう!」


 噛んだ・・・。

 そんなことは気にとめず、にやりと不敵な笑いを浮かべた。


「あらあら、記憶喪失の様ね。それは非常に都合がい・・・げふん、げふん!たいへんね!そうね、助けたお返しと言ってなんだけれどここで働くというのが良い案ではないかしら?いいわよね!それしかないわね!」


 唐突すぎる強制案にたいしてメイド長が待ったをかけた。


「お嬢様、あまりにも手順を飛び越しております。まずは紅魔館の主として、それらしいもてなしを・・・」

「・・・そ、そんなのわかっているわ、咲夜。」


 ご飯を目の前にして待ったをされた犬のようにレミリアは引いた。見るからにわがままそうな彼女がこのように引くのも、咲夜さんに対してかなりの信頼を置いているからだろう。


「はじめまして。わたくしはこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。先ほどの無礼はともかく今宵はゆっくりしていきなさい。」

「・・・は、はい。」

「さすがです、お嬢様。」


 改まったところで小さな吸血鬼はまたすぐに不敵な笑みをとりもどした。


「さて、さっきの話のつづきをしようかしら。・・・いいえ、その前に咲夜、ディナーの用意をお願い。おなかがすいたわ。」

「かしこまりました」




◆◆◆◆◆◆◆◆





 さすが、吸血鬼以前に貴族であるだけはある。ほんの数分程度でディナーの支度が整った。

 それも俺みたいな一般人では見たこともないような西洋料理ばかりだ。この世界に来た事とは全く別の驚きがあった。

 このように豪勢なもてなしを受けたはいいが、どうも俺はこのようにかしこまった感じで食事をしたことがない。ナイフとフォークを持った手が緊張から少し震えている。


 その後なんとか食事をすませた後、レミリアは接客の間に来いといって早々に席を立った。俺は緊張から解放され、ここにきてようやくほっと一息ついた。

 しかし、さっきあの吸血鬼が口走った「ここで働く」とはどういう意味だろうか?まだ食事の間の片すみに侍っているメイドに聞いた。


「あの~、咲夜さん。さっきレミリア・・・さん?が言っていた、ここで働く、ってどういう意味なんでしょうか?」


 自分の主の名前を疑問形で言われたのがあまりよくなかったのか、何となく鋭い口調で彼女は答えた。


「さあ、わたくしには分かりかねます。ですが、今のところ、あなたに危害を加えるつもりはないと思います。」


 食後に出された紅茶をすすったのち、咲夜さんの同伴の下、俺はレミリアの待つ応接の間に向かった。



「レミリアお嬢様、彼が参りました。」

「ご苦労、咲夜。あなたはもういいわ、下がっていなさい。」

「はい、承知いたしました。」


 サッと頭を下げた後、彼女は音もなく部屋から退出した。


「ようやくね。・・・まあ、話があると言っても、さっきわたしがすべて言ってしまったから特に付け加えていう事はないわ。」


「どう?身寄りの無いあなたには絶好の話だと思うわ。」

「あのですが、あまり話が見えてこないのですが。なぜ俺みたいな普通の人間が吸血鬼であるレミリアさんのもとで働くことができるのですか?」

「あら、その言い方だと、そんなにここで働けるのがうれしいのかしら?ふん。あなたのその疑問には確かに答える必要があるわね。」


 俺の言い方が悪かったのだが、どうやら彼女の誘いを受け入れたように言ってしまったようだ。もちろん、俺はこんな危険極まりない所から出たい気持ちはある。しかし、そのおかげで彼女には少し好印象を与えることができた。恐らくすぐに殺されることはないだろう。


「わが紅魔館にはさっきいた十六夜咲夜という完璧なメイドがいるわ。それはもう、あなたみたいな一般人が虫けらに見えるほどすばらしいのよ。」


 さすがレミリア、節々にわがまま放題言ってやがる。とは考えつつも、今見てきただけでも咲夜さんの瀟洒っぷりは超人並みである。俺ではかなわない。


「でもね、実は昨夜もあなたと同じ人間なのよ。だから、やっぱりすべてに手が届くわけではないわ。それについて、ついつい先延ばしにしてしまったわけね。」


 まあ、咲夜さん以外は確か妖精メイドだから、十二分とはいかないか・・・。


「そんな中、あなたみたいな人間が来たのは本当に幸運だったわ。でも、スカーレット家に仕えることができるなんて非常に光栄な事よ。もし働くのであれば、永久欠番と思われていた“大切な業務を任せられる”執事の座を獲得するのだからなおさらね。」


 どうやらすでに俺が働く気でいるらしい。こうなるとお決まりのセリフを言ってみたくなる。


「レミリアさん、もしここで俺がやっぱりやめたと言ったら・・・?」

「そうね、そしたらあなたをこのまま返すのは惜しいから明日の朝食にでもしようかしら?」


 前言撤回、少しでも間違えたら俺は食事として出されること決定だ。やっぱり恋愛ゲームみたいに好感度制ではないのか!

 現実はゲームみたいに甘くないな。


「さて、質問と選択肢は出そろったみたいだから、さっそく答えを聞かせてもらおうかしら?」


 どうかんがえても選択肢については一つを残して抹殺されている。もちろん俺は確実な死を選ぶような⑨ではない。不確定でも生き残る道があるのだとすれば、間違いなくそれを選ぶ方が賢明である。


「・・・やらせていただきます。」


 すると、いきなり目の前の気取った少女の顔がこどものようにぱっと明るくなった。


「・・・え、ほんと!」


 あのような言い方をして断るとでも思っていたのだろうか?


「正直、ダメかなと思ってたのよ。でも、さすがわたしの運命を操る能力にはあらがえなかったのね!」


 まあ、ここを出ていって何へいこうと思っても、道が分からない。迷うよりかは嘘でもいったん彼女たちの世話にはならなくてはいけない。どのみち紅魔館という通過点をとおることは必然であり必要である。

 どうせ執事になったところでさほど役には立ちそうもないので俺は俺なりにマイペースでやっていけばいいさ。


「ちなみに基本的には何をすればいいのですか、お嬢様?」

「あら、さっそく言葉づかいもそれらしくしてきたわね。別にあなたのする事に特別なことはないわ。ただスカーレット家の命令に従っていればいいだけ。・・・ああ、業務については追々、咲夜たちに聞くといいわ。」



「それと今宵は起きてすぐだから翌朝までは体を休めなさい。あなたの寝てた部屋は今からあなたの自室としましょう。これでもメイド長の咲夜と同じ待遇よ。・・・くくく、新人のくせに偉そうね。」


 部屋に帰った俺はすぐにベッドの白いシーツの上へ寝転がった。

 今日この1日だけで一生分の不幸を味わったような気がする。まさか、異世界へと招き入れられるとは思いもしなかったのだが・・・。なげきはしているが、なげいたところでどうしようもない。今はただこの生活を受け入れる他はない。

 慣れたところから帰る算段をしても遅くないだろう。


 そう考えている内に無意識に目を閉じた。



 翌朝。すずめらしき鳴き声が窓の外から聞こえる。


「あれ・・・、もう朝か。」


 目を開けたばかりは頭がぼんやりとして、どうもすぐに起きる気にはなれない。

 すると、ドアの方から少し乱暴にガチャリと開ける音がした。


「まだ寝ているのかしら、執事。そろそろ着任してもいいころ合いではないかしら?」

「お嬢様・・・?何の用ですか?」

「あら、主にたいして乱暴な言い方ね。・・・まあ、いいわ。さっさとそこのクローゼットの中の正装に着替えて昨日の応接の間に来なさい。」


 そのあと、一人のわがままなお嬢様は退出間際にこういった。


「さっさときなさい。遅かったら死刑だから。」


 吸血鬼の言っているは笑えないジョークなのか本気なのかよくわからん。とりあえず殺されるのは嫌なので、彼女の指示には従おう。



 応接の間にはレミリアと咲夜さんが構えていた。


「さっそくだけど、これをもっておまえを執事とする。異議があるなら謹んで質問しなさい。なければ、沈黙を守りなさい。」

「・・・。」

「よろしい、では咲夜、彼と仕事にいって。そのさなか、先ほど伝えた業務を彼に説明しなさい。」

「・・・かしこまりました、お嬢様。」



うす暗く長いろうかを従者二人で歩いていく。


「わたくしは十六夜咲夜。改めてよろしくお願いいたしますわ。」

「は、はい!よろしく、お願いします!」


「ところで、俺の業務っていうのは?」

「はい。あなたにはスカーレット家の主、レミリア様の実妹のフランドール様のお世話役に着任させるように申し付けられております。」


 なに!?フランドール、だと・・・!

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