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ショートショート集

cell

作者: Yakumo Sugawara

 今や汎用型万能細胞の登場により、医療に革新的進歩が訪れた。先天的、後天的を問わず多くの疾患の治療が可能となったのだ。癌もほぼ撲滅状態であった。まだいくつかの遺伝子疾患の治療には課題が残っていたが、これも時間の問題であった。それに重い疾患や病気だけでなく、アレルギーや体質の改善にも用いられるようになっていた。


 ある日、病院に病名不明の患者が担ぎ込まれてきた。

「先生!救急です!」

「症状は?」

「職場で突然倒れたそうです。搬送されている間に脈拍、血圧が急激に低下。意識ありません」

「持病は?」

「ありません」

「彼はつい先日健康診断で何の異常も無かったんですよ」

 連れ立ってきた同僚が言った。

「見落としがあった可能性もある。ともかく患者のカルテを取り寄せてくれ!」

 医師は看護師に指示を出した。

「この時代にですか?!あり得ない。それに彼は健康そのものだった」

 しかしながら、患者は治療を施す間もなく死亡した。採血した血液からは何の異常も見られなかった。

 死因は多臓器不全であった。


「検死の結果はどうでした?」

 医師は知り合いの検死官のもとを訪れた。

「うむ、私が見た限りでは異常はみられんね」

「そんなことがあるんですか?」

「私も不思議だよ。一応サンプルを採取して詳しく調べてみるつもりだ。遺伝子の異常も考えられる」


 しばらくして各地で同様の突然死や多臓器不全で生命の危機に襲われる人々が現れた。患者の数は指数関数的に増加した。病院は何処もかしこも混乱するERさながらの様を呈していた。だがその事態は一国に留まらなかった。患者の数があまりにも膨大であったのだ。一国だけではない世界各地で見られたのだ。


 再び、医師は検死官のもとを訪れた。

「何か分かりましたか?」

「うむ、とても信じがたいことだが…」

「何なんです?」

「一言で言えば癌だ」

「が、癌?」

 沈黙があった。

「そんなわけないでしょう。検死でも異常は無かったと…」

「それはこれまでの癌とは違うからだ。癌細胞と断言できるわけじゃないが、とにかく普通の細胞じゃない。全身の細胞のほとんどがその謎の細胞に置き換わっていたと思われる。そして何らかの理由でそれらの細胞が一斉に活動を停止した。だから多臓器不全に見えたんだ」

「そんな…」

「私もまだ断言はできん。憶測の範囲だ」

「だとしても何故です?ここ最近多発している突然死も同じなのでしょうか」

「そんなこと私にも分からんよ。亡くなった患者の情報がいる。過去の治療歴、遺伝子情報、関係のありそうなことはなんでもだ!」

 検死官は一呼吸置くと続けた。

「これはまだ私の推測の範疇だが、原因は、ひょっとすると汎用型万能細胞ではないのかと…」

「どういうことです?」

「万能型細胞の中の遺伝子だよ。これがいわば時限爆弾かもしれん」

 医師は分かりかねるといった表情をした。

「いいかね。この細胞は本人のものでないものも多く用いられることは君も知っているだろう?」

「他家移植ですね」

「そうだ。いわばこれそのものが癌みたいなものだ」

「そんな大げさな。何の問題も無いことは証明されているじゃないですか!」

「そこが盲点だったのだよ。おそらく、この細胞の遺伝子は時間を掛けて周囲の細胞の遺伝子を汚染していたんだ。何年、何十年かけてね。そして、おそらく、ある一定数に達すると活動を停止する」

 医師はめまいがした。

「そんなことがあり得るんですか」

「分からない…。偶然にも最初の最初の細胞の遺伝子に問題があったのか。それとも意図されていたのだろうか…」

「そんな、まるで陰謀だ」

「分からんよ。開発者はとうの昔にこの世を去ったのだから」

 検死官はため息をつくと、話題を変えた。

「それより君は汎用型万能細胞の導入治療は受けたかね」

「いいえ、幸いにも僕の家系は健康なものでしたので。それに、そこまでしたいとは思っていませんから」

「それはよかった」

 束の間、沈黙が漂った。

「もしかして、あなたは…」

 医師は静かに検死官に尋ねた。

「私は若い時に糖尿病になってね。遺伝的な要因が大きかった。だから治療は受けた」

「では…」

「わかっとるよ。明日にでも死ぬかもしれん」

「このことを、あなたの考えを公表すべきですよ」

「それは考えたよ…。だが、それでどうなる。汎用型万能細胞は今やありふれたものだ。こんなことを公表したらどうなると思う?」

 容易に想像できた。各地でのこれまでの混乱や暴動からすると、導入治療を受けていない人々が攻撃の対象となるかもしれなかった。

「別に苦痛や苦しみが与えられるわけではない…」

 検死官はどこか達観したように言った。

「ですが医者として納得できない」

「君はまだ若い。世の中には割り切らなければならないことも沢山あるし、妥協なんて日常茶飯事だよ」

「何も手を打たないというのです?」

「いや、手は打てないだろう…。これは悲劇だよ。人間の傲慢さが招いたね」

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