記憶をなくした男 その1
風が花びらを巻き上げる丘の上に一人、青白い髪の男が立ち上がる
「う~ん、どのくらいたっただろう・・・」
男は体を伸ばしながら考えていた、ここは丘の上、丘を下ってある程度行くと村が見える
近くはないが歩いて行くと日が暮れてしまうだろう。
あたりを見回すが、これといったものはなく、あたり一面に花が咲き乱れていた。
男はその遠い村を眺めながら考えていた、自分が何かをしなければならない。
それはとても大事で、忘れてはいけない、にも拘わらずそれを忘れてしまっている。
本当におかしなは話である、忘れてはいけないものを忘れてしまう、
忘れてしまう程の事なら別に大して大事な物じゃないんだろう、そう思った
なのになぜ涙が止まらないんだろうか、
あたりを見回しても何も思い出せない、自分が何者でどこからきて
何をしていたものかもわからない、知らない土地、知らない風景、
思い出せるのは自分の名前だけ、そんな事はどうだっていい。
その思い出せない何か、とてつもなく大事な何かがわからない
それだけは分かる。
顔を抑えながらあふれだす涙が止まるまで待った、
深い深呼吸をし、今自分が何を持っているのかを確認する、
何も入っていない革のウエストポーチ、取っ手の部分に小さな溝が
縦に五本入って綺麗な短刀、それ以外は何も持っていなかった
短刀を抜いてみた、改めて綺麗だと思う、刃先にかけても小さな
溝の堀の彫刻が施されていて、実に幻想的な短刀だ、
現状を照らし合わせた結果、寝ている間に掏られたわけではなく
本当にこれだけのもしかもっていなかったという事になる。
何ともおかしな話だ、なんせ村からは下手をすれば半日はかかる場所で
小さなウエストポーチをもって寝ていいたとは。花なりなんなり取りに来るなら
大きな籠か何かを持ってくるだろうし、村と反対側の下った森へ狩猟しに行くのであれば
もう少しましな装備と獲物相応のリュックや荷馬車などを引いてくるだろう、
ましてや盗賊だとしたら、小さなウエストポーチに、最低限火や携帯食料等入れているだろう
そんな事を冷静に考えていくうちに後ろから馬車の音が聞こえてきた、音からして馬は四頭
商団馬車か農業馬車クラスの大きさ、そして近づく音の速さから、中身はそれほど多くは乗っていないようだと推測できる
そこから導き出されるのは、向こうの村の村民で町から帰ってきたところだという事。
もちろん違う可能性もあるが、この線が濃厚だと考える、そうこうしている間に馬車は見えるところまで近づいていた
「お~い、停まってくれ。」
すかさず呼び止めた、馬車は男の近くで停まってくれた
馬車に乗っていたがたいが良く、気の良さそうなおっさんは言う
「よう兄ちゃん、こんな所で道草くってどうした?乗せてほしいんならいいぜ、ちょうどもう一人乗れるスペースがある。」
すまないがよろしく頼む、といって馬車に乗せてもらった、しかし気になったのは自分の他にこの馬車に人が乗っていたことだ、ローブのフードを深くかぶっているため顔は見えないが、小柄な事とその雰囲気から少女、とだけは分かった
馬車の主いわく、町から出る時に、目的地が一緒だったため乗せてやったの事、どうやら連れが先に待ってるとの事で、
少し疑問は持ったがこんな小さな少女が馬車で半日もかかるところまで移動しようとしてるんだとの事で乗せてやったとの事だった。
「自己紹介が、まだだったな、俺はイカロス、退役してるが軍人だ、村で今村長代理をやってるんだ」
ごつめの愛想のいいおっさんはさわやかに自己紹介をしてくれた、そのものすごく渋い声でなければもっと人相よく見られるんだろうと思った。
「私の名前はレーゲン・フェイド、自分でいうのもなんだがあそこに立っている前の記憶はほとんどないんだ…。
信じてはもらえそうにないだろうがどうか信じてほしい…。」
イカロスは大声で笑いながらこちらを見るが、私の顔をみてその温度差にようやく気がいた。青ざめた顔で、
「おい、そりゃぁ本当か…、都会はやりのジョークでした、ってのは無しにしてくれな」
私は首を横に振った、そのあと事象を説明しどうにか信じてもらえたようだった。途中同情して泣き出したのには、焦ったが、こんな突拍子もないこと信じ剰えさらには涙を流してくれる、イカロスのその胆の座った深い器は自分の自信の表れでもあるのだろう。
そうこうしてる間に村に着いた、村にしては大きく町にしてはちょっと小さいなといったような大きさで、村なのに人がある程度集まるのはわかる、そんな場所だった。