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#物書きのみんな自分の文体でカップ焼きそばの作り方書こうよ

作者: 百里芳

 カップ焼きそばのお湯をスープに再利用しないとはじめて知ったのは、僕が進学で上京した年の、秋のことだった。

「カップ麺にお湯を入れて、三分待って流しに捨てて、そしてソースをかけて混ぜる。それだけじゃないの?」

 東京生まれ東京育ちの彼女とは、大学入学してから知り合った仲だ。

 カップ焼きそばの作り方について当然のように語る彼女の顔は、僕の良く知っている顔とはまるで違っているように見えた。四月に出会ってから、彼女の表情はよくよく見てきた、というのに。

 道産子にとってカップ焼きそばといえば「マルちゃん やきそば弁当」だ。蓋を開けると、ソースやかやくの小袋と並んで、中華スープ粉末の袋が入っている。中華スープの粉末を適当なマグカップかなんかにあけて、それを麺の風味をたっぷり三分間すったお湯で溶かして飲む。改めて確認する必要がないほど、当たり前のことだ。

「じゃあ、麺のお湯はどうするの?」

「もちろん、そのまま流しに捨てるのよ」

「もったいないんでない?」

「もったいなくなんてないわ。お湯をステンレスの流しに勢いよく捨てるとね、べこん、と音が鳴るのよ、」

 そこまで言うと、彼女は、少しだけ虚空を見つめた。

 繊細で大切な言葉が空虚にならないように、慎重に間をはかっている様だった。

「その音に耳を澄ますのがね、風流なのよ」

 ――風流。

 途端に僕は恥ずかしくなった。

 カップ麺のお湯を捨てるのがもったいない、中華スープが飲めない。なんて、ちっぽけな主張だろう。

 内地の人間は、蛍光灯で薄暗いキッチンの、くすんだステンレス流しの、184円のカップ焼きそばの、その捨てられたお湯を起源とする音に、風流を見出すというのに。

 彼女と目を合わせているのが辛くなって、僕は目線をそらす。

 この場から逃げてしまいたい。そんな気分になったけれど、ここは僕の家だ。これ以上逃げる場所なんてどこにもない。

 彼女が僕のほうへと手を伸ばしてくるのが、目の端に映った。

 この俗物! と指さし罵られるのかと思って、ぎゅっと身を固くするも、彼女の罵声は聞こえてこない。

 彼女は、僕のカップ焼きそばの左においてあるスイカ柄のマグカップを取ると、茶道のようにくるりと回転させてから、一口飲んだ。

「うん、初めて飲んだけどおいしいね。風流よりもこっちのがいいかもね」

 ふと、顔を上げると、僕のマグカップを奪い中華スープを飲む彼女。彼女の顔は、僕の良く知る、いやいつも以上に気の抜けた笑顔だった。


 それから、僕らは冷え切った「マルちゃん やきそば弁当」と「ペヤング ソース焼きそば」を分け合って食べて、歯を磨いた。

 僕は、なんだか大人になれたような気がした。


※内地

北海道民は本州のことを「内地」と呼ぶ。

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