【2】招かれざる客 6
◇ ◇ ◇
「お帰り」
研究室へ戻った慎一郎を、イチローカルテットの面々が出迎える。
「どうだった」
「どうとは」
「やっぱり、瞼の父子・感動の対面だった?」
三人のイチローを分け隔てなくぎろりと睨む。
「……なわけないか」
あははーと言う三人は気楽なものだ。
「誰の目から見てもアカの他人だって知れたものだけど、子供の方は関係ないもんね。構わずお前んとこにやってくるだろ」
「まさか」
田中へ目配せするが、『知らないよ』と言うように肩をすくめられた。
「おかーさんが三浦だからなあ、押しが強い」
うんうんと宗像と蛯名も相槌を打つ。
「お前にご執心だったもんな」
「だから三浦には気をつけろとあれほど言っただろう」
「とうの昔に切れてる」
ムッとして言い返した。
「そう思ってるのは男の方だけだったりして」
「あー、秋良ちゃん、かわいそうに。知ったら傷付くんじゃないの」
「傷付くも何も、彼女には全く関わりのない話だ」
「あんた、ばか?」宗像は人の悪い笑みを浮かべた。
「『Daddyー』って掛け寄って来られた時、押し返さなかっただろ。何度同じ目にあおうと、基本的にお前は来る者を拒まずな人間だ。お子様にお前の事情は関係ない。秋良ちゃんが隣にいようと構わず抱き付くだろうさ。そこ見せられて、平気でいられる女はいないんじゃない?」
「秋良は大丈夫だ。あれは私を良く知っている」
「そう。きっと俺ら以上に。俺らが見てないことも見たり知ってる」
ぐっと言葉に詰まる。
――確かに。
まだ秋良が少女だった頃、当時付き合っていたガールフレンドと歩いているところを何度も見られた。彼の記憶違いでなければ、同じ相手だった試しはなかった――
「そら見たことか」
三人が嘆息した時だ。
「すみませーん、あけて下さーい」
「手、塞がってまーす」
ごんごんと、ドアの下の方が蹴られた。
「おじさーん、早くーっ!」
渡りに船か、いや、別の争乱の種か。
「あ、時間通りに来たね」宗像は言う。
「僕が行こうか」と席を立った蛯名はドアノブをひねった。
「お待たせしましてー」
片手に分厚い本が入ってぱんぱんに太ったトートバッグと、もう一方の手には綴じられていない書類をはさんだだけのファイル数冊を脇に抱えてた女子がいた。
蛯名は荷物を全て引き受け、彼女を招き入れた。
「やあ、ゆうちゃん、お疲れさま」
田中はねぎらいの言葉を、宗像はひらひらと手を振って同じように礼を送る。
「どういたしましてえ」
彼女は引きつった笑いを浮かべた。
「本のリストと現物、数ページずつの所はコピーしました。あとドキュメント類のコピーと、プリントアウト分です。多分揃ってると」
ぎっと慎一郎を見上げ、「思うんだけど!」と息巻く。
女子学生の名は尾上裕。慎一郎の兄の一人娘で、彼女の両親や祖父、叔父、つまり慎一郎の出身校である白鳳大学の一年生だ。
彼女は叔父達イチローカルテットの共同著作である書籍のアシスタントとして、他の学生数名と協同・協力していた。
「内容、確認して下さいねっ!」
「ああ、ご苦労さん」
「ご苦労さんじゃなくて! 今やって、すぐやって、足りないところ教えて。やり直してくるから!」
姪の求めに叔父は、はいはいと二つ返事した。
「慎一郎の周りは元気な女性が多いなあー」ははっと宗像は笑う。
「ヨメさんは例外だといいけどなあ」
「例外に決まっている」ぼそりとひとりごとをして慎一郎はリストに赤ペンを入れながら照合した。姪に早く早くとせっつかれてもあくまでもマイペースで。
「足りない分はこっちでやるからもういいよ」田中は言うが、「いいえっ!」と彼女は答えた。
「おじさん、しみったれだもん。抜けとかポカあるとバイト代から引かれちゃう」
「当たり前だ、アシスタントとはいえ仕事だから」
「まあまあ」と田中は合いの手を入れる。
「今日はいつもよりせっついているようだけど。何? この後予定でもあるの。あっ、もしかしてデート?」
「うわー、やらしい、田中センセ、それセクハラ発言ー」ぴしっと言い返しはしたが、裕は含み笑いをする。
「――まあ、そんなところ、かも」
「は?」慎一郎は手を止めた。