【2】招かれざる客 4
「はあー!?」
大の大人たちは丸の形に口を開けた、もちろん慎一郎も同様で、ただただあっけにとられる。
少年はもう一度「Daddy!」と叫び、慎一郎に発止とばかりに抱き付いた。
その様子は、コアラが丸太にしがみつくようで、当の慎一郎は固まりきっていた。
が、彼の立ち直りは早い。
「誰か人違いをしているようだね」
「大丈夫です、僕、日本語わかります」
すらすらと、そこんじょそこらの日本人より流暢な日本語を口にして少年は答えた。
「僕のこと覚えていませんか」
覚えているどころか、初対面だ。
「残念だが。私は君の父親ではないよ」
「ううん、Daddyです。ママからもらった写真です。僕のDaddyだって」
彼のポケットから出たのは、折り線だらけのポートレートだ。
「おいおい、どーしたことだよ」と田中と宗像は少年と慎一郎の間に割って入り、蛯名は机についたままで見守っている。
少年が持つ写真には、紛れもなく慎一郎の若い頃が写し出されていた。
「お前―っ!!」
宗像は慎一郎を指差した。
「隠し子がいたのかよ!」
「いないいない」慎一郎は速攻で否定する。
「おいおい、子供の真ん前でばっさり否定するなよ」田中は少年の手に写真を戻しながら言う。
「いや、しかし」
「いくつん時の子供だよ」
「お前ならやりかねないと思ってたんだ」
「子供の一人や二人、普通にいそうだもんな」
「おい」
「一人、ということは、影に何人隠れてるかわかんない、ってことだよな」
「――ゴキブリかよ」
慎一郎以外の三人のイチローは吹き出した。
「こら、人を何だと思ってる」
「どうども。さもありあんと見てる」
友人達は何とも冷たく言い放った。
「少年ーっ」
宗像は慎一郎にくるりと背を向け、語りかけた。
「君のお母さんの名前は? メアリーとか、リズとか、シャーロットとか……」
「サエコ」
サエコ?
男四人は示し合わせたように声を上げる。
「サエコってったら、あのサエコか?」
「俺らが知ってる名前は一人しかいないけど」
「ついさっきまでいたけどね」
「まさか……」
「ジョーン!!」そこへ話の文脈をまるで読まず、女の声が割り込む。
「ジョン! やっぱりここだったのね、探したのよ!」
「Ma'am!」
『ジョン』と呼ばれた赤毛の少年は駆け出した先には、三浦が立っていた。
「もう、心配したんだから! 一人で歩き回ってはいけないと、あれほど言っておいたのに!」
「ゴメンなさい」少年はぺこりと頭を下げる。
「でも、Dadがいるって言うから」
「この子は、もう!」
言いつつ息子の前髪を撫でつける様子には慈愛が籠もっている。美しき母子の図だ。
「三浦君の息子なのか!」
田中は慎一郎に代わりに訊いた。
「そうなの! 私の息子!」三浦は胸を張る。
「三浦・ジョンです」
ぱんと三浦に背中を叩かれた少年は、ぺこりとバネ人形みたいなお辞儀をした。
「かわいいでしょ」と身を屈めて顔を揃える母子は、確かに三浦に似たところがある、しかし、特徴のあれやこれやは全て東洋人とは違う。誰の目から見ても、紛うかたなき立派な西洋人だった。
「ジョン、良かったわねえ、Dadに会えて」
「はいっ!」
ちーがーうー!!
少年を慮って、ぱくぱくと金魚のように口を開けたり閉じたり人を指差したりしている男四人に、少年ははにかんだ笑みを送った。