【13】悪友の秘密 1
「いやー、ごめんごめん、昨日は迷惑かけたんだって?」
青白い顔をしながら、開口一番に宗像は言った。
見るからにひどい二日酔いだ。にもかかわらず笑顔を振りまいている姿は痛々しい。
「見事だな」慎一郎はぼそりと言った。
「え、何の話」宗像はとぼけたが、笑った顔が凍りつく。
「具合悪いなら、無理に来なくても良かろう」
「そっちの方がムリ」うーっと頭を抱え、宗像は呻く。
「奥さんがやけに親切で、かえって怖い。ちくりちくりと言われる一言が痛すぎてもうダメ。二日酔いで寝てたいなんて言おうものなら、どんな目にあうことやら」
ぶるぶると身震いをする。
「自業自得という奴だな」
「それがわかんないんだよ、俺、何かしたか?」
慎一郎は目をぱちくりと見開いた。
友人の表情から、「したんだ……」と宗像は肩を落とした。
「覚えてないのか」
「だから、何? 頼む、教えてくれ」
「もう深酒はしないことだ」
「しないよ、悪酔いはするし、もう若くないんだって実感した。だから、何したか教えてくれよう。でないと仕事に集中できないー!!」
痛むであろう頭を抱えて、宗像は慎一郎に詰め寄る。
知ったらもっと集中できないだろうに。
必死の形相の宗像に、慰めにもならない答えを与える。
「投げ飛ばされたと言っていたな」
「誰が? 俺が?」
「秋良に関わることらしいが」
宗像の青白い顔に苦虫を噛み潰した表情が加わる。
「淑女の名誉に関わることだから、俺の口からは言えない」
「なら、私も協力できないな」
「あ、お前、そりゃないだろ、性格悪くなったなーっ!!」
「お互い様だ」
「ちえーっ、何だよう! 俺は忘れちまいたいことなんだ!」と吠えて、宗像はぽつぽつと語り始めた。
宗像がまだ若く、大学院を終えて研究者の道を歩み始めた頃だ。
バックパックひとつで貧乏世界一周旅行へ出た。旅行気分半分、もう半分は自分を受け入れてくれる先を探す求職を兼ねていた。
取れる限りのコネと紹介状を携え、回れる限りの大学を回った。けんもほろろに断られること数十回、上手く訪問までこぎ着けてもただの茶飲み話で終わることだらけ。自分探しにもならないみじめなリクルート行脚だった。
そんな中、辛うじて話を聞いてくれる先を見つけた。即答はされなかったが「一年後に来たまえ」と言われた。
一年はあくまでも猶予期間。彼はすぐさま帰国した。一年後に手ぶらで再訪するわけにはいかない、然るべき手土産を持って行きたかった。元から熱心に勉学する方だった宗像は、は今まで以上に励んだ。
約束の一年後に再訪し、見事職を得る足がかりを掴んだ。
それは日本以上に厳しい海外での生活の幕開けを意味したが、先が見えないリクルート行脚の日々と比べれば、白黒つきやすい分落ち込みもしたが励みにもなった。
何とか業績を上げた彼は、肩書きを獲得した時、久方ぶりに日本に帰国した。
その時、機内で秋良に会った。
まだ学生だった頃以来の再会だったから、最初は驚いた。まさかあの秋良ちゃんか? と。
彼女の姓は珍しい。人違いのはずがない。
話しかけてみた。
最初、きょとんとした顔をしていた彼女も、慎一郎の名を出すと、ぱっと顔を輝かせた。
妬けた。
彼女がまだ学生だった頃に、慎一郎と一緒のところを見かけて、岡惚れしていた当時を思い出して懐かしくなった。
到着した空港で飛行機から降りる際、食事に誘った。半分は社交辞令、半分は本気だった。彼女は「お客様ですから」とやんわり断った。
当然だな。
がっかりしたが、悪い気はしなかった、彼女は断り方が上手く、相手を傷付けない応対をしたからだ。
それから、日本への往復で不思議と秋良と会う機会が重なった。
客室乗務員はごまんといる、示し合わせたわけでもないのに、空港で、ロビーで、そして機内で。会う度、会話が増えた。一回など、乗り継ぎ便の待ち時間の合間に食事すらできた。
これは、脈ありなのではないか?
縁結びの神の采配なのではないかと思ってしまった。
今度機内で会うことがあったら、彼女に告白しよう、プロポーズしよう、と思い詰めた。
宗像は自他ともに認める強運の持ち主だった。思い込みも多分にあるが、狙った獲物は外さなかった。縁があれば機会は必ず来ると相場が決まっていると信じていた。
そして、宗像が頼みとしていた好機はすぐに訪れ、あっさり玉砕したのだった――