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【2】招かれざる客 2

こんこん、ポスっとプリント玉は床上に転がる。


「自分で拾ってくれたまえよ」


慎一郎は振り返らず言う。


「やだよ」


宗像は口を尖らせた。


「あー、やだやだ。結婚が決まった途端、きびきび動く男はいやだ。慎一郎がそーなるなんて、俺はホントにいやだーっ!」


「子供のようなことを言うな」


「うるさーい! 万年お子様だったお前に言われたくない!」


身長差延べ20cm以上はある大男を見上げ、宗像は愚痴った。


「お前は一生マンボウみたいにゆらゆら泳いで、タンカーにぶつかって死んじまえばよかったんだ」


「無茶言うな」


「しかも、嫁さんが秋良ちゃんだなんて、俺は認めないぞぉー!!」


秋良ちゃーん、と宗像は吠える。



あー、うるさいうるさい。



秋良の癖を真似て、慎一郎は耳を塞いだ。


「宗像、うるさい」


二人の背後から声がした。


「うん、うるさい」


別の声も相槌を打つ。


「仕事する気がないなら、帰れよ」


顔を上げずにさらさらとペンを動かしているのは、同じく同期の田中一郎だ。


「うん、同意」


パチパチとキーボードを叩く手を止めない。


こちらも同期、蛯名一良も言う。


「その通りだな」


慎一郎は眉をひそめた。


「自分だけが関係ないってツラするなよ」田中はペンを振り回して慎一郎へ詰め寄った。


「おまえも同罪だ」


「仕事場所を提供しているのは私だが」


「だからって無関係ヅラするな、っつの」


「ほんとほんと。情けないよ」蛯名は入力する手を止めることなく続けた。


「予定圧しまくってる。このままだと締め切りに完璧間に合わない。出版社に校了の延長を願い出る? 発売日を変えてもらう? それともこのお話自体なかったことにする?」


「……予定通り、一分一秒たりとも変更することなく入稿する」


蛯名を除いた三人は口を揃えて唱和する。


「じゃ、それぞれ自分の仕事を片付けて」


「わかったよ!」


宗像はずーっとわざと大きな音をたてて椅子を引いた。


「ガキ臭いな」「うるさいよ」と田中と宗像は尚も言い合っている声をバックに、蛯名は慎一郎に紙の束を差し出す。


「君の受け持ち。チェックしといた。赤入ってるとこ、直しといて」


「ああ、お前のも手を入れた」


「ありがと」


山ほど入った付箋紙がぴらぴらとはためく紙の束を、二人は交換した。


「けっ。慎一郎の分、ぴらぴらばっかじゃないか」毒づく宗像へ、蛯名は言う。


「ああ、間違えた。これは宗像のだ。慎一郎のはこっち」と、先に渡したのとは付箋の枚数が桁違いの紙の束を入れ替えて渡した。


「直し、大変だな」


「うるさーい、俺は日本語は久方ぶりで忘れちまってるんだ!」


「いや、スペルミス多いの、英文の方なんだけど」


「大変だねえー」


「ほっとけ!」


四十過ぎの彼らは慎一郎を除いてやいやいと言い合う。



こんなことでいいのか?



まるで中学生がじゃれ合うようだ。



いや、自分も同じだ。



何かをこじらせて幼いのではない。


かつて知ったる間柄だから、気兼ねなく素を晒せる。


高校の頃から机を並べてきた仲間たち。今はそれぞれの道を突き進んでいる。


出るところへ出れば、他の追随を許さない我々。気心知れた仲間だから許されることもある。


「で、慎一郎。この前の話、いつがいい」


「ん? 何だった」


「いやだねえ」田中は定規をぴしっと鳴らす。


「うちらとお前と秋良ちゃんで、お祝いの席を設けるって言っといただろ。彼女、忙しいだろうからスケジュールを聞いといてくれって頼んだじゃないか」


「そのことか、ああ、もちろん。帰国するまで待っていてほしいそうだ、じきに連絡が来るだろう」


「ああ、そうか。今、フライト中か。どこへ?」


「北米だよ。今回は現地で調整する時間が長いので、いつもより帰国は遅れそうだと言っていた」


「そっか。大変だな」


「楽しそうだがね」


「秋良ちゃん、仕事どうするんだ」


コン、と定規の縁を机の上に置いたまま田中は言う。


「どう、とは?」


「いや、彼女、客室乗務員だろ、国際線の。続けるの難しいんじゃないの? 普通の企業だって共働きは大変だってのに、月の半分以上は家空けるし」


「仕事だからな」


「いや、続けるのかどうか、ってことなんだけど」


「続けるだろう。当然」


「カミさん、家にいなくていいのか」


「いいにきまってる。秋良から今の仕事をとったら、彼女らしくない」


「お前、それでいいの」


「いいに決まってる」


「寂しいぞ」


「それは秋良も同じだ」


ぷーっと頬を膨らませて宗像は愚痴る。


「何があってもふたりなら大丈夫だって言いたいんだろ」


返事に変えて、慎一郎は口角を片側だけ上げて笑む。


「秋良ちゃんもこいつみたいな浮ついた男を亭主に持つなんて、かわいそうだーっ。予定通り見合いしときゃ良かったんだ! ちきしょう!」


「宗像、うるさい」


蛯名は付箋だらけのドキュメントで彼の頭をはたいた。


「秋良ちゃんがヨメに行くのは同じだろうが」


「ああーっ、そうだった!」


宗像は頭を抱える。


「結局、他のヤツに取られるんだあー!」


秋良の大ファンを自認して隠さない宗像は、かつて秋良に岡惚れしていた。


「彼女たっての望みなんだよ、仕事を取ったら自分ではなくなる、辞めたくない、と。先日の見合いが流れたのは、相手が専業主婦を望んだからだそうだ」


「嫁が外へ出るのを喜ばない男もいるからな」


「うん。秋良はひとり娘だろう。実家への行き来も変わらずしたいのに、それにも良い返事が返ってこなかったと言っていた」


「お前なら実家への出入りもあっさり許すだろうし。結局、彼女は自分の条件に合う男を選んだんだな」


「そうなるのかな」


「じゃ、あと少しスパート入れますか、各々方。今日の予定は何があっても完遂させるぞ」


田中が手を叩いて言う。


言わずもがな。


男達はそれぞれの持ち分に向き合った。


その時。


にわかに廊下向こうが騒がしくなり、その音は慎一郎達が詰める部屋の前で最大音量になり、ドアがグーの手で思いっきり大きくノックされた。


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