【8】嵐の前には雨
翌日。
カラリと晴れ上がった朝の天気予報は、雨。
どこに雨の要素が混じるのだと問い詰めたいが、前線と低気圧の動きが活発で、一気に変わるのだという。朝の空に騙されないように、とお天気キャスターは言っていた。
「今日もMac貸りるよ」宗像はノックもそこそこにやって来る。
「ドアは閉め切るな」
慎一郎の言にぴたりと手を止め、宗像は顔を上げる。
「何で」
「いつもそうしている」
「えー、すきま風寒いだろ。僕は寒い!」
宗像はバンとドアを閉め切った。
「理由を聞いたことあるけど、お前の在室を知らしめる為とかなんとか言ってたっけ。それ、まだ続けてんの? 何でも女子学生ともめたって噂、あれ本当だったのか」
自分という男の来し方を思うと、どうしても良からぬ過去が悪さをしているようで仕方がない。
「モテる男は大変だねー」ちくりと宗像は言う。
放っておいてくれ。
「お前はいつまでここに居座るつもりだ」
「来年、着任するまで」
「何だと」
慎一郎は憮然とした顔をする。
「うちの学校、今、手頃な部屋がないんだってね。横山さんが使ってるところが空いたら使わせてもらえるようだけど、まだまだ先のお話だからさ。あー、やっぱり図書館行けって顔してるな? わかってる、でもさ、あそこだと仕事できないんだよねえ、やっぱ。表に出せない作業はここでやる。ボクの机、入れるスペース空けといてね。近々、総務から話が行くと思うよ」
そう言いながら、宗像はMacに電源を入れた。
「あとであんたの予定、教えて。僕のはスケジュールボードに書き込んでおくから。はい、決まりー」
「勝手に決めるな」
「だって慎一郎、君は自分のこととなると何でも後手で、保守的で遅いんだもん。第三者がケツ叩かないと人並みに動かない。秋良ちゃんとのことも、俺たちのおかげで今があるようなもんだろ」
ぐっと言葉に詰まった。
秋良に見合い話が出た時、二の足を踏む慎一郎の背中を叩いて後押ししたのはカルテットの三人だった。旧友達が言う「後悔するぞ」は骨身に染みた。
「感謝してよね」
さあ、仕事仕事と、宗像はまるで自分が部屋の主のような顔をして作業に没入していく。
慎一郎は仕方なく、埃被って満足に使われていないホワイトボードを拭き、今日の欄に予定を書き込んだ。
午前は講義。午後は丸々空いている。もしかしたら秋良が立ち寄るかもしれない。
食事にでも誘うか。水流添家へ寄るか。
――外食だ。間違いなく。
「私はこれから講義だ」
「うん、行っといで。留守はまかせて」
「長く席を立つ時は鍵をかけろ。合い鍵を手配しておく」
「大丈夫、もらってある」
ちゃらり、とキーケースを振る宗像に、手回しだけは良い奴だと呆れて、彼は部屋を後にした。
そういえば。
今朝は三浦も彼女の息子も来なかったな。
たまにはこんな朝も悪くない。
慎一郎は廊下を往く。彼の断髪をまだ知らない学生や関係者の好奇な視線はあっさり無視して。