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【4】紳士はシャチを

アンカレッジからの搭乗客は多くなかった。


欧州便など長距離路線の給油で立ち寄るケースが多く、ここから新たに客を迎えるのは珍しい。



珍しくてもそうでなくても、おいそれと忘れられるものではないわ。



秋良は給油で一旦降機した乗客を迎え入れながら思った。


あんまりじろじろと他人を上から下まで見てはならない。客ならなおさら。


けど、無理な話だった。


この日の成田空港へ向かう機内はガラ空きで、エコノミー席はアームレストを上に上げて簡易ベッド状態にして眠る客も続出した。


そんなわけだから、アッパークラスも閑古鳥が鳴いていた。


お客様はたった1人。少しばかり楽ができていいはずなのに、注目しすぎてしまい、困った。



ここは、あえて見ないより堂々としてた方がいいんだわ。



ミールサービスを終えてトレイを下げた時、秋良は声をかけた。


「かわいいですね」


声をかけたのは客に対してだが、かわいい対象は客ではない。


隣のシートにでーんと鎮座する、白黒のコントラストも見事なシャチのでっかいぬいぐるみ。それに対してだ。


少し前、海外旅行が珍しく、世界的に有名すぎるアミューズメントパークがまだ日本で開業していなかった頃、子供の大きさぐらいは優にあるぬいぐるみを、いくつも抱えて愛しそうに乗り込む女子学生はざらにいたが、そのぬいぐるみ以上のインパクトを醸している。


乗客の、特に肩書きや称号のある人物のプロフィールはなるべく頭にいれるようにしている。


著名な学者だという話だ。が、分野まで詳しく聞くのを忘れていた。



ぬいぐるみを携えたこの人が誰か、私の代わりに知ってる人がいるはず。おしえてもらおう。



秋良の問いに応えて、著名な学者氏は笑顔で応じる。



わあー、丸い。ぷくぷく丸い。笑顔も眼鏡も顔も身体もくるくる巻き毛も、何から何まで全部丸いのね。



元は白い肌だったろうに、日焼けて茶色く、そばかすだらけの顔は愛嬌があって憎めない。


若くはないのだろうが少年のような顔をした紳士だ。


「これは何ですか」一応訊ねてみた。


「何だと思いますか」彼は答える。


独特の訛りのある英語だ。アメリカ本土とは違う。英語圏出身だろうが、もしかしたら違う土地の出身かもしれない。


「白黒がはっきりしていて、イルカか何かでしょうか」


「そうです、これは、シャチです」


「シャチ? こんなに大きなぬいぐるみは初めて見ました」


「そうでしょう、自分もです」


「浮き輪なら知ってますよ。プールサイドで見かけます」


「浮き輪?」


「ええ。大人でも乗れそうな大きさなんです。バナナボートみたいな。子供を乗せて浮かべて遊ばせるのを良く見かけますよ」


「そうか、浮き輪か。それなら持ち運びが楽だったな、かさばらなくて済んだのに」


彼はやれやれと言って笑った。


「お土産ですの? お子様へ」


「そう! 子供と……」


「お子様と?」


「ああ、いや――」彼は言い淀む。


「こんな大きな代物、喜ばないかもしれない……」


「わかりませんよ、わざわざここまで持って来たんですもの、大切な品なのでしょう?」


「ええ、そう。約束したんです。二人だけの約束なんです――」


彼はふうと息を吐く。


ぬいぐるみを見るにしては切なすぎる眼差しに、秋良は心を動かされる。


「大切な想いが込められているんですね。お気持ちが届くといいのですけど」


「ありがとう」


ドモ アリガト、と日本語を添えて彼は言った。「あなたはビジンさんですね」と。


『ビジン』と言う口調が何とも板についていなく、秋良は吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。

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