笑顔で隠す愛しい想い
思い付きで書いたので設定が曖昧。
むしろなぜこうなったと自問自答しております(笑)
今日は私たちの卒業式。
3年間通った学び舎。
友人たちと式が始まるまで教室で卒業アルバムの白紙にコメントを書き込む。
式が始まるまではみんないつも通り。
明日からこのクラスで話す事も笑う事も泣く事も怒る事もないんだという実感がまだない。
時間になり講堂前に並ばされる。
3月だからといって暖かいわけじゃない。
まだまだ寒い。
友人たちと寒いから早く中に入りたいよね~と笑いながら入場を待つ。
私達のクラスは一番最後。
1組から順に入場していく。
2組、3組、4組と次々と会場内に胸に赤い花をつけた『卒業生』が吸い込まれていく。
最後に5組。
私達のクラスが入場する。
吹奏楽部が演奏する曲は私たちが合唱コンクールで歌った曲だった。
後で聞いたことだが、各クラスごとに合唱コンクールの時の曲を奏でていたそうだ。
卒業式は淡々と進んであっという間に終わっていた。
式の間中、多少は入学してからのことを思い出していたが、友人のように泣くことはなかった。
教室に戻り担任から卒業証書を受け取ってやっと卒業するんだという実感がわいてきた。
クラスの半数以上の子が女子も男子も涙を浮かべている。
高校を卒業したらバラバラになる。
特にうちのクラスは他のクラスに比べて仲がいい。
「卒業してもずっと仲間だ」
誰が言い出したのかいつしかクラスメート全員が口にするようになっていた。
もちろん私も。
「ユリ!私達はずっと友達だからね」
クラスメートは私の顔を見る度にそういう。
「もちろんだよ!同窓会の時は絶対に呼んでよ。仲間はずれにしないでよ」
「当然よ!」
笑顔のクラスメートに私も笑顔を浮かべる。
校庭では在校生が卒業生を囲んでそれぞれ別れを惜しんでいる。
私にも後輩から花束が渡された。
この時期には珍しい紫苑の花束。
「先輩!私たちのこと忘れないでくださいね」
花束と共に貰った言葉。
「もちろん。たまには遊びに来るからね」
「約束ですよ!」
代表の子に指切りまでさせられた。
彼女達は嬉しそうに笑って送り出してくれる。
涙で見送られるよりもずっといい。
人で溢れかえった校庭を後にして、私は校舎に戻った。
担任から自由に校舎内を歩いていいと今朝言われたからだ。
毎年、多くの卒業生が卒業式後に校舎内を巡回して別れを惜しんでいるため、下校時間まで自由にしていいと学校側が決めたそうだ。
一年の時の教室。
二年の時の教室。
図書室、理科室、コンピューター室とお世話になった教室を一人で回る。
それぞれの教室に思い出があり、ちょっと涙が浮かびそうになった。
最後に訪れたのは音楽室。
最も楽しい思い出と最も辛い思い出が残る大切な場所。
教室に置かれているピアノの蓋をそっと開け、ポーンと音を鳴らす。
「最後だしいいよね?」
私はピアノの前に座るとある曲を奏でる。
その昔、卒業式の日にこの曲を弾いた先輩が叶わぬ恋を叶えたという伝説の曲。
私の大好きな曲。
弾き終えた時、拍手の音が響いた。
驚いて振り返る。
彼は笑顔を浮かべて私に近づいてきた。
「ずいぶん上達したね」
「先生」
私にピアノの個別レッスンをしてくれた白鐘先生。
兄が有名な演奏家だと知ると誰もが妹である私もすごい演奏家なのだろうと期待する。
だが、私は弾くよりも聞く方が好きだった。
特に兄の指から奏でられる音楽は素晴らしいと思っていた。
私自身は演奏家を目指していない。
ピアノは好きだけど趣味の範囲を超えていない。
音楽室のピアノで友人たちと遊んでいた時、兄の事を知っていたクラスメートに言われた。
「お兄さんは素晴らしい演奏家なのに……」
その言葉は小さい頃から聞いていた。
なぜ、兄が演奏家なら妹も演奏家じゃないといけないの?
兄は兄。
私は私。
ずっとそう思っていた。
だけど、誰もそうは思ってくれなかった。
たった一人。
兄の友人以外は。
その友人が今目の前にいる白鐘先生。
彼はたまたま見かけたその現場で私をかばってくれた唯一の人。
そして「彼女たちを見返そうか」と言って時間がある放課後に、こっそりとレッスンをしてくれた人。
「ユウにも聴かせたいよ」
「お兄ちゃん?」
「ユウの前では絶対弾かないんだって?」
「…………」
私は兄の前でどころか人前では絶対に弾かない。
誰もいないたった一人の時だけ弾いている。
兄と比べられるのが嫌だとかそういうんじゃない。
私の音色は私だけのモノ。
私が聞かせたい人だけに響かせたい音だから……
知っていてほしい人はただ一人だから……
「ユウ、悔しがっていたよ」
「え?」
「ユリちゃんの音を聞ける俺が羨ましいとも言っていた」
先生は私の後ろに立つと人差し指でポーンと鍵盤を押した。
「ねえ、ユリちゃん。急に進路先を留学にしたのはどうして?」
「もともと両親から来るように言われていたし」
「うん、でもそれは中学の時からだよね」
兄の友人……というよりも幼馴染でいつも兄とつるんでいたからか我が家の事情にも詳しい。
「俺が告白を断ったから?」
先生の言葉に首を横に振る。
「先生は……関係ない。それに振られる覚悟で告白したんだもん」
「じゃあ、どうして?」
上から覗き込むように見つめてくる先生。
一瞬目があったけどすぐに逸らした。
「逃げるのをやめようと思ったの」
視線をピアノに落とし、左手で軽く鍵盤を撫でる。
後ろで息をのむ気配がした。
「私は私の道を進みます」
視線を上げ、鍵盤に指を置く。
「最後だからちゃんと聞いてくださいね」
先生の返事を待たずに鍵盤に指を滑らせる。
伝説の曲。
まだこの学校が出来たばかりの頃。
いつも対立していた男女がいた。
互いに想い合いながらも周りに流されて自分に素直になれなかった二人。
女性の方は学校を卒業したら親の取引先の家に嫁に行くことが決まっていた。
男性はそれを知りつつも何もできない自分に自己嫌悪していた。
卒業式の後、女性はこっそりと音楽室のピアノで男性との思い出の曲を弾いた。
最後だから。
これが最後だからと鍵盤に涙を落としながら弾いた。
曲を弾き終わった時、背中に感じたぬくもりに振り返った女性。
男性はなぜかここに来なければ後悔すると思い足を向けたという。
そして涙を流しながらピアノを弾いている彼女を見て決意したという。
想いだけは伝えようと。
その後の二人のことは語られていない。
だけど、誰もがハッピーエンドだと信じている。
きっと二人は幸せになれたのだと。
だけど私の物語は『別れ』になる。
兄の友人として知り合った時から惹かれていたのかもしれない。
彼からは『妹』として扱われていることも知っているし、彼には大切な人がいることも知っている。
彼に私は釣り合わない。
そんなの誰に言われなくても分かっている。
でも少しくらい夢を見たかった。
彼がこの学校の教師になったのは偶然。
2年の始業式の時に紹介された時は思わず叫びそうになったくらい驚いたことを今でも覚えている。
教師と生徒。
ただ、想う事だけは思春期の特権として許してほしかった。
先生に憧れる生徒。
たったそれだけの関係で終わりたい。
最後の一音が空気に消えていく。
この音のように私もいつかは消えるのだろう。
誰からの記憶からも……
鍵盤から指を離すと背中に温かいぬくもりがあった。
弾くことに夢中になっていて気づかなかったけど、先生と背中合わせで座る格好になっていた。
背中から伝わる温かさに涙が浮かんできた。
「それがユリちゃんの答え?」
「…………」
「勝手に解釈しちゃうよ。一応俺もここの学校の卒業生なんだけど」
「……ご想像にお任せします」
鍵盤を拭き、蓋を閉める。
この蓋が閉まった時、私の初恋も終わる。
パタン
さよならとありがとうを込めてゆっくりと蓋を閉めた。
椅子から立ち上がり、先生の方を振り向く。
「白鐘先生、いろいろとありがとうございました」
深く頭を下げる。
次に顔を上げた時、笑顔でお別れしよう。
そう決めた。
先生には笑顔の私を覚えていてほしいから。
友人の妹でも。
大勢いる生徒の一人でも。
ほんの少しでいい。
先生の記憶に残っていてくれればいいなって思うから。
「お元気で」
『さよなら』はまだ言えない。
言ったらきっと泣いちゃうから。
今なお消えない先生への想いは知られないように隠して笑顔を浮かべた。
笑顔のまま私は学校を出る。
次にこの校舎を見上げて笑えるように。
「あ、お父さん?今夜の便でそっちに行くね。……うん、大丈夫だよ」
電話越しに聞こえてくる父と母の心配そうな声に元気な声で答える。
「うん、決めたよ。そっちで手術を受ける。もう、逃げないって決めたから」
私の言葉に両親は嬉しそうな声を上げた。
私は生まれた時に病を患っていた。
20歳まで生き残れる確率はたったの1%の奇病。
発症事例が少ない極めて稀な病。
発症条件も、原因も分からない未知の病気。
ただわかっているのは、この病を発症した患者で20歳を超えられるのは1%ほど。
ほとんどが20歳の誕生日を迎える前に死を迎える。
20歳の誕生日を迎えられたものだけが生き延びることが出来る病。
それだけである。
この病気のことを知った時、私は生きる希望を持てなかった。
だって、どんなに頑張っても20歳まで生きられない。
兄はこの病気のことは知らない。
知っているのは両親と主治医の先生だけ。
兄は私が突然ピアノをやめたことに激怒したことがあった。
その時は私も病気のことを知ったばかりで、情緒不安定だったんだろう。
兄に私の気持ちなんてわかるわけないって怒鳴った記憶がある。
小さい頃から、なんでも器用にこなしてきた兄。
周りは何でもできる兄を褒め、不器用な私を見下してきていた。
私の味方は両親と兄の友人だけだった。
病を患っていると言っても日常生活には支障はなかった。
学校の授業程度なら運動も可能だと聞いていたから普通に授業を受けていた。
高校の3年まで何事もなく生活できた。
自分が病気持ちである事すら忘れられるほどに充実した高校生活を送れた。
20歳までの残り2年。
だらだら『死』を迎え入れる準備をするつもりだった。
だけど、高校生活の中で私は大切なものを見つけた。
だから、足掻いてみようと思うようになっていた。
もし、20歳を超えられれば……
1%の望みに縋ることにした。
クラスメートたちには海外留学と偽っている。
海外に行けばたとえ音信不通になっても時差のせいだと思ってくれるだろう。
という思惑もあったが友人たちには内緒だ。
病気のことは本当に誰も知らないから。
親友だと言っていた友人にも伝えていない。
ただ先生との事だけはばれちゃっていたけどね。
だから私は決めた。
20歳の誕生日を迎えることが出来たら、みんなに会いに行こうと。
今の目標は20歳の誕生日まで生きること。
簡単であって難しいミッション。
でもコレをこなせたら、私は一歩前に進める気がする。
「ユリ」
空港まで兄が見送りに来てくれた。
見送りは兄一人。
誰にも今日出国することは伝えていない。
ウソの出国日を伝えてある。
「お兄ちゃん、わざわざありがとう」
笑顔を浮かべる私に兄は滅多に見せない表情を見せた。
それは泣き出しそうな表情だった。
「お兄ちゃん?」
「いや、なんでもない。父さんたちによろしくな。俺も時には遊びに行くから」
「うん!」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる兄から逃れ出国ゲートに向かう。
「ユリ!」
兄の声に振り返ると兄は大きく手を振っていた。
「必ず、必ず会いに行くからな」
「うん、待ってるね!」
私も大きく手を振りその後は振り返らずにゲートに向かった。
両親は私が入国ゲートから姿を現すと涙を流さんばかりに抱きついてきた。
あまりにもギュウギュウに締め付けるので窒息死するんじゃないかと思ったほどだ。
海外に移住してからはあっという間に月日が流れた。
その間に行われた検査や手術は数えきれないほど。
気づいたら明日は20歳の誕生日だった。
両親はびくびくしながらこの日を迎えていたことだろう。
兄も私の20歳の誕生日を一緒に祝いたいからとこちらに来ている。
20歳を迎えた朝は、いつもよりも輝いて見えた……というのはウソで。
ごくごく普通に朝を迎えた。
病院のベッドの上で。
念のためにと入院させられていたのだが、何事もなく退院する手続きが進められている。
「ユリ、お前に花が届いているぞ」
「花?誰から?」
入院していることは近所の人しか知らないはずだ。
留学先の学校の友人にも話していない。
兄は数年前にばれていたことが去年発覚した。
空港で見送ってくれたときにはすでに知っていたことになる。
「送り主は書いてないな」
メッセージカードに贈り主の名前は書いていないという。
兄からカードを受け取って表裏をじっくり見るけどやっぱり書いていない。
「イングリッシュラベンダーか」
花束はラベンダーだった。
あまり花には詳しくないけど兄はニヤニヤしながら私に渡してきた。
「あいつもまあ、気が長いことで」
兄のつぶやきに気づかず、ラベンダーの香りを堪能していた私。
私がこの花束の贈り主を知るのはさらに数年後。
日本に帰ってから。
ただこの時は、懐かしい香りを堪能していた。
ラベンダーの香り。
それはあの人がいつも好んでつけていた香り。
忘れようと思って忘れられずにいる『初恋』の香り。
今、あの人はどうしているだろうか。
大切な人と幸せになってくれているといいな。
そんなことを思いながら、広く澄み渡った青空を笑顔で見上げた。
何故か浮かんだお話。
最初は卒業式にまつわるお話を書こうと思っただけなのに……
なぜこうなった!?
反対側視線は……書いた方がいいですかね~
あまりにも設定が曖昧過ぎるので書くとしたら設定を一から組み立てないと……(^_^;)
ちなみに紫苑の花言葉は『君を忘れない』
イングリッシュラベンダーの花言葉は『いつまでも待っています』です。
【追記】
※作中に出てくる病気は作者のフィクションです。
実際には存在しない病です(医療には詳しくないので何とも言えないが…)