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空の配達人

作者: もやし豆腐

数か月前に書いたまま放置していたので投下

上空1万メートル――果てしなく釣ずく地平線を邪魔する者は一切なく、眼下には小さくなった地上が見える。

そんな空の世界で一機のジャンボジェット機に限りなく近い飛行物体は飛んでいた。


「――『悪魔の兵器』ですか……」


そう言葉を発するは若干30代の男。

着ている制服には皺がなく3本のラインが入っている。

襟元までしっかりとボタンを嵌めネクタイをきつく締めた所を見るに、この立場になって間もないのだろう。

相手の反応を窺うかのように苦笑交じり相槌を打っている。


「ああ、ありゃ間違いなく『悪魔の兵器』だ」


そう肯定する男は制服は皺くちゃで、着こなしが何処となくだらしない。

ラインは4本入っていることから相手の男よりも立場は上であることは確かだ。

そして“堅物”――彼の顔を一言で例えるならこれ以上にピッタリな言葉もないだろう。

横に広い顎、引き締まった頬。スッと伸びた鼻に切れ長な目――

それでもって一般人と比べると異様なほどに筋肉質な体躯、そこから延びる四肢の筋肉は岩のようにゴツゴツしている。

そんな男が『悪魔の兵器』などと物々しく言うのでコックピットでは若干張りつめた空気が流れていた。


機体前方に作られたコクピット内で厳つい男――もとい機長が長時間のフライトの暇潰しがてらに

今運んでいる“積荷”について副機長と話したのがきっかけだった。

そして積荷の事を『悪魔の兵器』と形容したことで今に至る。


「具体的には、どういう物なのでありましょうか?」


『この国の平和のために作られたものだ』

この任務を受ける前に副機長に伝えられたのはこれだけだった。

そのため実際に何が入っているかなんて何も知らない。

機長の口ぶりから、積荷について知っているのであろうと思った副機長は思わず聞き返した。


「そうだなぁ……とりあえず誰にも言うなよ?」


勿体ぶった様に顎をさする機長。


副機長はゆっくりと頷いた。

そして通信機がoffになっていることを再度確認して機長に喋るよう促す。


「よし――よく聞け。俺達が運んでいるのは“人型歩行兵器”だ」


「もう一度――お願いします」


聞こえていた。しかし余りにも現実味のないその言葉に、もう一度聞き返した副機長。


「二度も言わせんな」


機長は鋭い視線を副機長に向けた。


「“人型歩行兵器”でありますか?」


副機長は一音一音噛みしめるように尋ねる。

その言葉には「戦場に水鉄砲を持っていくのですか?」といった具合の小馬鹿にした様子がうかがえる。


「ああ」


ばつが悪そうに機長が頷いた。

それを見た副機長はこれ以上追及するべきかを迷い、結果追及はしないことにした。

そしてこれ以上会話も進むはずがないだろうと考え再び体を前に戻そうとした時、機長は再度口を開いた。


「確かに俺だって最初は信じられなかったさ。でも現物見たらそんな気もうせちまったよ」


機長は窓の外を眺めつつ呟いた。


「現物も見たのでありますか?」


それを聞き逃さなかった副機長は再度質問した。


「ああ出る前にちらっとな。と言っても大きさは俺達とさほど大差ねぇけどな」


「他には何か知っているのでありますか?」


「いや、それだけだ。しいて言うなら強いらしいぞ」。


「それにしても“人型歩行兵器”ですか。空想の産物とばかり思ってましたよ」


それを聞いた機長はため息交じりに苦笑する。


「俺だって信じたくねぇ……それにだ。もしそれが研究所のオタクどもの言う強さなら間違いなく“最強”だろうよ」


「やれやれ」といった感じで機長は頭をさすり、副機長は窓の外に顔を向けた。


「職業軍人がいなくなる時代が来そうですね」


「ああ……俺達にとっちゃ例え味方でも“悪魔”にしか思えねぇな」


二人は顔を見合わせて大きく口を開けて「今のはうまかっただろう」と笑った。




“人型歩行兵器”――それが現実に存在すると聞いたら人々はどのような反応をするのだろうか。


ある人間は言うだろう。「そんなものは存在しない、あっても役立たずの木偶の坊がいいとこだ」と。

とある人間は言うだろう。「ではそれを集めて平和のための軍隊を作ろう」と。



ある人間は言った。「ではそれを集めて軍隊を築き、そして理不尽な奴らに復讐しよう」と。



10年前――2017年にある国が極秘裏に計画したのが“人型歩行兵器”であった。

大きな戦争こそ無かった。しかし世界はテロという霧ががった恐怖の真っただ中にいた時期の事だ。

その国の周辺国は軍備を拡張していた。その国に時々ちょっかいを掛けてくることもあった。

しかしその国の人々は最後まで呑気に構え続け結果、最悪の事態一歩手前までその事実を認めようとしなかった。

その時はほかの国の助けもあり如何にか危機を免れることができた。


しかしこんな事では次に責められては今度こそどうしようもなくなる。

そう考えた一部の人々が計画したのが人“型歩行兵器開発計画”『プロジェクト・デウス・エクス・マキナ』である。

そしてプロジェクト開始5年目、その1号機がとうとう完成した。

既存の二足歩行ロボットを多少進化させに無理やりつけた武装――そしてそれを動かすためのプログラム。

性能としては正直これを作るくらいなら戦車を新しく作ったほうがいいというレベルであった。


しかし彼らは諦めなかった。

ありったけの技術と資金を投資し、果てには汚いこともした。

そして苦節10年――持てる者すべてを費やし試作機としては10号目、ついに求めた物を作り上げたのだ。



学習機能付き自立型AIを持った人型歩行兵器を――



結果は上々だった。

既存のどんなロボットよりも精密な動き。

そして人間のように動く――ではなく人間を超える動き。

危険度センサーを搭載し脅威度が高いものから処理を行う判断力の高さ。

そして無限に秘めたる可能性――


努力の結晶としてはこれほどにまで素晴らしいものは無いと胸を張って言える代物だ。


だがまだ実戦配備に就かせるには余りに心もとなかった。

シュミレーションと結果は必ずしも同一ではないのだ。

その為には綺麗に整った施設の中ではなく外に出して慣れさせる必要があった。


そして何度も何度も綿密に重ねた計画の末――今日外に運び出すことになった。

計画はいたって単純でありそれでもって最高に難しいものでもあった。

旅客機の一つと入れ替えた専用機を使い途中まで運んだ末、ある地点で貨物を落とす。

そしてそれを地上で待機している別働隊に渡し、旅客機に成り済ました機体はそのまま

成り済ました旅客機と同じ場所に向かうという、なんともとんでもない計画だった。


そして今まさにそれが実行に移され上空1万メートルを飛んでいた。

ジャンボジェットに成り済ます期待を操縦するのはベテランの空軍大佐と士官学校を出て間もない新人中佐。

彼らは決してその国の人間ではないが同盟国の人間であり、もちろん彼らの上もこの研究に投資している。

その為に今回は怪しまれないよう、その為の機関が存在する同盟国の兵士であり、その機関の人間である彼らが輸送することになった。


現在は同盟国内に作られた研究施設から配備する島国の中でも小さな島の基地へと輸送をするために先程から太平洋上空を飛んでいるのだ。


もしこの計画が外部に漏れていて狙われてしまった場合。

完璧なカモフラージュをする為に一切の兵装を着けていないこの機体はひとたまりもない。

だからこそコックピット内の緊張感は常に最大で二人とも疲労がたまりレーダーに一瞬映った反応を見逃してしまっていた。



「よし目的の島国の領空に入った」


機長は副機長に告げる。


「操縦を手動にしますか?」


「ああ」


機長の返答を待たず副機長はMCP(Mode Control Panel)を触り操縦を手動に切り替えた。

もちろん返答待たずの行動はいいものとは呼べないかもしれない。

しかしこの場の2人にとってマニュアル通りの動きなど無駄でしかなかった。

何せ膨大な量のマニュアルを一字一句覚えそれを実行するなど到底不可能なことに近いのだ。

さらに言えば操縦を切り替えるのは事前のミーティングで打ち合わせ済みで、ここには二人を監視するものなどいない。

もしこれが原因で機体が落ちたとしても最低限の掛け声はしているので2人の不手際が外に漏れることは無いはずだ。

そしてこの程度の事で事故を起こすことは無いと、長いフライトの中お互いに信頼を高めていたからというのも理由の一つだろう。


だからこそ――この直後機体が大きく揺れたことに、

経験が浅い副機長はもちろん、ベテランである機長も動揺を隠すことができなかった。


「状況はっ」


怒鳴りつけるように機長が叫ぶ。


「貨物区画に穴が開いたものかと思われますっ! 機体の与圧が急速に低下しています」


「緊急だ。高度を下げるぞ」


しかし慌てていようが訓練を積んでいる二人。

手早く酸素マスクを装着する。


「本部に伝達――指示を仰げ」


「了解――」


副機長は震える手で手早く通信装置をonにきり替える。


「メーデー! メーデー! 何者かによる襲撃を受けた――」


副機長は在らんばかりの大声を上げ叫ぶ。


「こちら作戦本部――中佐、落ち着いてください」


ヘッドフォンの向こう側からは先程まで通信していた聞きなれた管制官の声ではなく、ソプラノ調の幼く頼りない声が聞こえてきた。


「さっきの奴はどうしたんだ! 何でもいい助けてくれ」


「緊急事態ですので詳しくはお伝えできませんが、緊急時は私が担当することになっています。まずは状況を」


彼女の言葉はあまりに冷たく事務的で「早く次を伝えろ」と急かすような物言いだった。


「中佐、機体はあとどれくらい保ちますか? 」


耳障りでない澄んだ声が淡々と言葉を続ける。


「最大限の努力をしている。しかし圧力計を見る限りもう長くは持たない」


「舵を取られた! 」


隣の機長がハンドル強く叩きつけた。

その声に反応し副機長は高度計を見る。


「高度急速に低下中。 数分も持たない‼ 」


副機長は自分の心臓の鼓動が先ほどよりもさらに早くなるのを感じ始めた。

そして次にどうするか、そう考えていた思考は忽ち分断され何も考えられなくなった。

そして気づけば尋常じゃないほどの汗があちこちから吹き出しまるでプールに飛び込んだように濡れている。

隣を見れば機長も操縦桿を握りながら神に祈りをささげている。

「諦めよう」副機長はそう思い目を閉じようとした。


「中――中佐っ!! 」


遠のいていく意識が一瞬誰かの叫ぶ声が聞こえた。

高く耳に響く高音――先ほどの少女の声だろうか。

「ハッ」と副機長は意識を戻した。

そう――これは決して自分たちだけの問題じゃないのだ。

諦めればこの計画に関わった人間全ての努力が無駄になるのだ。

自分に何度も――何度も言い聞かせ、なんとか意識を戻すことに成功した。


「高度は現在も変わらず異常な速度で降下中、高度2000m――指示を」


副機長は再度、通信機の向こう側に指示を仰いだ。


「――貨物のロックを外し落してください」


少女と思わしき声は一瞬間を置き聞こえてきた。


「目標地点じゃないぞ」


目標地点からはまだ何十キロと離れているうえに下の状況も分からない。

それこそ下手に市街地に落としてしまえば未曾有の大惨事になるだろう。

副機長は「間違いではないのか」そういう意味も込め聞き返した。


「……もちろん分かっています――ですがこれ以上、悠長に待っているわけにもいきません。それに私たちは今“あれ”を失うわけにはいかないのです。幸いその高度なら落下した場合でもコンテナは無事に中を守れるよう設計されています」


一瞬だけ声が戸惑っていた。

しかしその後の言葉には迷いなどはなく、彼女もこの計画の関係者であること、それと自分が重要な立場であることを再度認識させられた。


「了解――ハッチ開口」


震える手をもう片方の手で押さえながら何とかハッチの操作ボタン起動した。

刹那――ハッチが開閉したことにより酷かった揺れはさらに苛烈になった。


「ぐっ―――」


副機長はシートに強く腰を打ち付け意識を失った。


「――1番から3番ロックを解放する」


野太く低い声――

その声の持ち主は先程まで祈りをささげていた機長。

だが彼は副機長の自分の命を顧みないその行動を真横で目撃しいつしか正気に戻していた。

そして副機長が気絶してしまったのを見て代わりに貨物を固定している金具の解放ボタンを素早く押した。


「貨物は無事落ちたはずだ」


そう言い放った機長の手は人生で見たこともないような震え方がしていた。

そして全身を駆け巡る寒気はブリザードの中にいるように寒かった。

だけれど機長のその言葉はいつにもまして落ち着いていてやりきったと満足感に浸る様子がうかがえる。


「――あなた方の死は決して無駄にはならないでしょう」


機長の報告を聞いた彼女の返答は最後まで事務的で落ち着いたものだった。

そしてその声はぷっつりと切れ、それはもうすぐ死ぬという事を改めて認識させるのには十分だった。


機長の――俺の人生は決して悔いのないものとは呼べなかった。

しかし決して悪い物でもなかった。

同僚とのむ酒はうまかったし、そんなやつらと世界各地を嫌というほど回ったのはいい思い出だ。

そして今日のフライトまでであった奴らは中佐を含め皆、良い奴だった。

そして俺が運んでいた“あの貨物”は今後色々な人々を守るため戦ってくれるはずだ。

自分の命が惜しいわけじゃない。

だがそれを捨てる価値があるだけのものだと知っている。

もうすぐ俺は死に、二度と考えられなくなるだろう。

だから俺は願う――



「世界平和に――」




機長のその言葉を最後にレーダー上から一つの点が消失した。


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