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『永遠少女と刹那少年』  作者: 雨夜 紅葉
《『独リ舞台』より。》
8/10

いつも通りの火曜日。

ああ、声が聞こえる。

目が覚めて最初に思ったのは、今日の3時限目に行われる小テストのことだった。


「……おはようございます。」


誰に言うでもなく呟いて、私はノロノロと起き上がる。実に視界が不明瞭だ。眼鏡は何処だろう。


「って、いつも枕元に置いているんだけれどね。」


ーーなんて。

日課の自問自答を終え、寝巻きのボタンを上から外していく。それから制服に着替えて、カーテンを開けて。ああいい天気だ、とか思ってもないことを呟いてみたりして。一階から私を呼ぶお母さんの声に、安い返事を返す。


「さて、と。」


あーあ。

また今日も、ありきたりな朝を迎えてしまった。


容姿・運動・家庭共に普通。勉強だけは少し得意。クラスメイトからは「地味だ」と言われ、先生からは「真面目」と言われる典型的な似非優等生。当然のようにクラス委員長を押し付けられーー否、任されて。しょうがないから委員長ぶって、柄にもないお節介をやいてみたり。

そんな毎日、そんな一生。それが、私……千秋(せんしゅう)(かすみ)という人間の全てなのだった。

だから、今日も。


「霞、今晩お母さん帰るの遅くなりそうなの。」

「うん、わかってるよ。先に寝てるね。」


ご馳走様。と箸を置いて、私はにっこりと微笑む。ちっとも楽しくなんかないのに浮かべる笑顔(フェイク)はどうにも秀逸過ぎたようで、私を聞き分けの良い娘だと勘違いした彼女は、至極嬉しそうに続けた。


「そう、じゃあ任せたわ。もう出勤時間だから、先出るね。」

「ん。いってらっしゃい、お母さん。」

「霞もね。勉強頑張るのよ。」


わざとらしく時計を伺いながら駆け出す後ろ姿を、黙って見送る。滑稽過ぎて笑ってしまいそうだけれど、ここは我慢だ。何故って?だって怪しまれちゃうからね。

私は知っているのだ。「仕事」という名目で出掛ける先で、彼女が彼女好みの若い男と会っていることを。ついでに言うと、朝早くから出勤し夜遅くに帰宅する父が、部下の女性とイケナイことをしていることも。そしてお互いの行動を、お互いが黙認していることも。

昔で言う仮面夫婦、ってやつだろうか。愛は無いけど理解はあるぜ、みたいな。ただ彼女らの唯一の誤算は、一人娘である私が、全てを知っているということ。それを暴露したら、彼女らはどんな反応をするんだろう。ちょっと楽しそうではあるけれど、事が事なのでまぁ、私も口を閉ざしているのだ。後々気まずくなったら、色々と困っちゃうからね。


「さて、と。」


それはともかく、だ。

私がいつも家を出る時間は、7時10分丁度。で、現在の時刻は6時50分。ーーそう、二十分近く暇が出来てしまった。洗い物をしたって、まだ時間は残るだろう。


「ちなみに、ちょっと早目に出るって選択肢は最初からないんだよねぇ。」


こういう時、無趣味というのは不便だ。ちょっとした時間を潰せる丁度良い行為が無いのだから。逆に言えば、時間さえ余らなければ趣味を活用する機会も無いのだけれど、やっぱり今みたいに、どうしたって時間って奴を使いこなせない場合もある訳で。

しょうがないから、趣味ではなく仕事として勉学に励もうかと席を立つ。自分の皿と、後はさりげなく放置されていたお母さんの分の皿とを重ねて持って。

シンクの中へ下ろした皿目掛け、蛇口から水を放ったーーーー瞬間。


『相も変わらず、というか相変わらずだね、君は。』


飽きないの?

なんて言って笑う声が、後ろから聞こえた。

振り返ったりはしない。そこに誰もいないことは、随分前から知っていたから。私の後ろに居るのは、私だけだ。……否、私ならざる私と言うべきか。


『恰好つけんなよ。』


すると、すぐさま冷たい否定を浴びせられた。刺すような敵意を、背中ごしに感じる。そう、あの子は私のことが大嫌いなのだ。昔から変わらない、嫌悪感。


『違うでしょ?君がワタシのこと嫌ってるんじゃん。ワタシは君なんてどーでもいいもの。』


クスクスと、軽蔑するような笑い声が漏れ出して。明らかに聞き慣れたその声に、私はこっそりと溜息を吐いた。

まったく、黙って聞いていれば酷い言われ様だ。間違っていないことは認めるけれど、言い方ってものがあるだろうに。


『言い方?ああ言い方ね。そうだね今度から気をつけるよ、なんてったってーーーーちょっと間違えたら君みたいになっちゃうもんねぇ?』

「…………、」


どういう意味だ、とは言えなかった。


かしゃん、と。

些か乱暴に、洗い途中の皿をシンクへ落として振り返る。そうして泡が付いたままの両手を見下ろせば、堪えきれない溜息が零れた。

ーーああ、結局洗い物終わってない。


「でも、もう、時間だ。」


デジタル時計は7時8分を表示している。そろそろ、家を出る準備をしなければ。中途半端に洗ってしまった食器達は、彼らには申し訳ないけれど、放課後まで水に浸けておくことにしよう。しょうがないから。

そう、しょうがないのだから。


私は泡だらけの両手を洗い流すと、ぱたぱたとリビングを駆け出した。ドアの近くで一度立ち止まり、蛇口を閉めたか確認してから部屋を出て行く。

相変わらず、そこには誰もいなかった。


『ねぇ、ちゃんとわかってる?』

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