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prologue:『白黒ノ世界』
はじまりはじまり。
「青、黄色、茶色、緑、ーーそれから、赤。」
立ち込める絵の具の匂いと、所狭しと並ぶキャンパス。窓から差し込む日差しはいつの間にか赤くなっていて、ふと見上げた時計は17時30分を示していた。
ことりと筆を置き、完成間近なその絵に向き直る。悪い出来ではないと思うけれど、決して良い出来とも呼べない絵。
「君の絵には、いつも沢山の色があるね。……羨ましいな。」
それに溜息を漏らしながら、僕は静かに声のする方を振り返った。下校のチャイムが響く中、窓ガラスに凭れる様にして此方を見つめていた、彼女を。
「私の目じゃ、この世界は白と黒にしか見えないから。」
そう言って、彼女は笑っていた。寂しさを堪えた、いつも通りの笑顔で。
「ねぇ椿、私のこと嫌いになった?」
僕は答えなかった。
いつも通りに、答えなかった。