第08話~いざマギルカへ!~
ラサマからマギルカまでは、馬車で約2日掛かる。ラサマからマギルカを繋ぐ道路が整備されているが、いかんせん砂利を敷いているだけなので、起伏が激しい。
村を発ち、馬車に揺られること1時間。爽やかな並木を横切るセレジアと私は、その素晴らしい風景に見惚れる事無く床を見つめていた。そう、いわゆる乗り物酔いを起こしていた。
「だから乗り物は嫌なのよ・・・・・・」
窓の外を虚ろな目でセレジアは見つめている。
「しばらくこういうのに乗って無かったから、キツイです」
「アタシは、その、元々体質的にダメなのよ」
「そうなんですか。運動されてるからてっきり」
「残念ながら、運動してもそれは治らなかったんだよね」
そう言いながらセレジアはエチケット袋を手に取る。
「大丈夫ですか?私自身もアレですけど」
私はそっとセレジアの背中をさする。
「ありがとう」
「今デレましたね」
「うるさい。黙ってなさい」
いつものようにムチで叩く元気は無い。そう思っているうちに私も気分が悪くなってきた。
「ちょっとエチケット袋貸して下さい」
「ダメだよ、これはアタシの袋。アンタは外にでも吐いて」
エチケット袋に伸ばした手を勢い良く払いのけられる。小気味よい叩きの快音が鳴り響く。
「いやいや、馬車汚れちゃいますよ」
「良いでしょ、アンタの持ちモノじゃないんだから」
「そういう問題じゃないですよ。気分的な問題です」
「気分ならなんとかなるでしょ!死ぬわけじゃないし」
そう言いつつ、セレジアはエチケット袋に自らの思いの丈をぶつけた。
「分かりました。取りあえず、途中に宿屋があるみたいなので、そこで休みましょう」
だんだん西日が窓から入り始め、そろそろ辺りが暗闇に包まれる頃だ。丁度道の中間地点に宿があると村長から聞いていたので、ひとまずそこで一息つくことにした。
森の道を抜け、丁度中間地点は湖になっている。森を抜け、いきなり遮る物が無くなるので、きれいな青空が眼前にパッと現れる。
その湖の畔に、宿がある。木造で、大分年数が経っているのか、所々朽ちている。
近くの停留広場に馬車を止めさせ、地に足を付ける。
「あ~長かった」
「パソコンの前に座ってるだけなら苦じゃないんですけどね」
そんな愚痴をこぼしていると、宿の管理人が建物から出てきた。
「やあやあ、道中お疲れ様。ようこそ我が宿『ゲルン』へ」
「・・・・・・どうも」
大手を広げ歓迎してくれることに戸惑いながらも、会釈をする。
「君達、冒険は初めてかい?」
「はい。今まで引きこもりでしたので」
私は、ズボンのポケットに押し込んでいた勇者の証を取り出し、管理人に見せる。
「ああ、まだこの世界に来たばっかりなのか。すまない」
「もしかして、貴方も・・・・・・」
「そうさ、俺も元は別の世界の住人だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸が掬われる気持ちになった。
「そうなんですか!良かった、アタシ達と同じだ!」
「喜んでくれて良かった。ハハハ」
管理人は無邪気な八重歯を見せ笑った。
「そういえば、宿に君達と同じような人が泊まっているよ。挨拶してみると良い」
挨拶。それは引きこもりにとって最大の難関。人に対して頭を垂れ、言葉を発する、一種のコミュニケーションである。一つ動作、挙動を間違えれば、相手に不審者扱いされる。ミスは一つも許されない。そんなプレッシャーに私は耐えることは出来ない。
「止めておきます」
「いやいや、挨拶ぐらい出来るでしょ」
セレジアにすかさず首にチョップを食らわせられる。
「ガフッ、セ、セレジアさんはそういうの苦手じゃ無いんですか?」
「ア、アタシはほら、そういうの、な、な、慣れてるから、ね」
「別に無理しなくて良いんですよ。同じ引きこもりな訳ですし」
すかさずローキックを入れられた。
「まあまあ二人とも落ち着いて。俺が応接間に呼んであげるから待ってなさい」
私達は言われるがまま、宿の応接間に連れられた。
しばらくすると、とてつもなく甲高い耳障りな声が部屋に入ってきた。
「なんだ?」
私がそう呟くと、
「キャハ☆魔法少女・ミツキだよ♡高校3年生でーす!」
風貌が、いわゆる魔女が身につける紺の長三角の鍔の長い帽子に、白のシャツの上にレモン色のベスト、同色のセーラー服のスカート。肩から『はたらくクマさん』というダラケタ顔のクマのキャラクターのポシェットを腰の位置まで長い紐で斜め掛けしている。これは何ともヒドスギル。
「サイジ、コイツ、ぶっ殺して良い?」
セレジアの目が殺意の波動を発している。
「や、止めて下さい!初対面の人にそれは・・・・・・」
「なんか、見ていてムカツク」
「それは分からなくも無いですが」
その言葉を耳にしたミツキは、おもむろにポシェットから馬鹿でかい、いわゆる古い木で出来ている魔法の杖を取り出し、こう言い放つ。
「悪いことを考える人にはおしおきでーす☆キャハ」
一瞬目付きが鋭くなったと思うと、その瞬間魔法の杖の先が光り始めた。
「世の断りに反するこの者達に、裁きを!エン・セルググ・メナス!」
呪文のようなものを詠唱し終わった瞬間、杖の先の光が形を変え、炎と化した。
「や、やめろ!建物ごと焼き払うつもりか!」
管理人がミツキにタックルをし、床に倒す。
「なにをするこのスケベジジイ!!!!」
怒りの矛先が豊満な胸に顔を押しつけている管理人に向かい、瞬く間に体を炎が包み込んだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!幸せ」
何とも仏のような顔で、管理人は見事に焼き焦げたのであった。