最終話~青春は永遠に続く~
「なんで、ここに居るんだ?」
サイジはシャリオットを目の前にし、『サンパリーツ』を構える。
「そう焦るな。前も話したが、別に貴様と戦うつもりはもう無い」
「じゃあ、まずはなんでお前がこの場所に居るのか、答えろ」
サイジの『サンパリーツ』の柄を握る力がより一層強くなる。
「我が輩は魔王であるが、魔王という役割自体はインパラジオ協会から与えられているものだ」
「与えられているもの?」
「左様」
シャリオット曰く、サイジ同様、この世界に転移して来た者はすべからく、『役割』を与えられてこの世界に来る。
ネムなど特定の才能がある人については、この世界での何かしらの生産的な『役割』に就く。そして非生産的な者については全て『勇者』に分類される。
「我が輩も最初は『勇者』であったが、強くなりすぎて魔王を倒してしまった。魔王は元はインパラジオ協会によって用意されたこの世界のバランサーだったのだ」
1つまりは勇者などの敵を倒す側と、ダメな勇者達をモンスター化し襲わせる側の需給を『魔王』という役割は担っていたのだ。
「だが我が輩はその仕事を放棄し、ひたすらジャモリスカで志を共にする者と戯れていた」
この世界でモンスターが皆無に等しく、勇者の仕事が無くなっているのも、シャリオットがマンキニ姿でジャングルを駆け巡っていたからであった。
「ジャモリスカでひたすら我が輩を倒せるような者を待っていた。そして貴様が現れた。最初は我が輩を倒させ、この役割を引き継がせて、この世界を終わりに導こうとしていたが、どうもそれも事情が許さないようだ」
「どういうこと?」
「インパラジオ協会が、この世界ごと全てを無かったことにしようとしている」
シャリオットの表情が途端に曇る。
「なんでだよ?インパラジオ協会の人間達は、俺たちを更生させるんじゃなかったのかよ」
「それが、どうやら失敗かもしれないと、現実の世界から指摘を受けているようだ」
本来であれば、勇者と魔王、モンスターなどの役割の循環が起き、更生した人間達の現実世界への旅立ちが数多く発生する予定であったが、それが最早機能不全に陥り、このシステム自体が見限られ始めたという。
「俺たち、現実世界に帰れるのかよ」
「このままいけば、この世界ごと消される運命だ。全員この世界と心中だ」
「嘘だろ・・・・・・」
現実世界なんか戻ったって、家でダラダラとゲームやネットをやって一日を過ごすだけだ。いや、過ごすだけだった。昔の自分なら、まあこのまま死んでも充分楽しんだし、何の後悔も無いと言っていただろう。だが、今は違う。この世界に来て、久しぶりに人と喋った。良く分からない奴らと仲間になって世界を冒険出来た。何より守るべきパートナーも出来た。この世界に来て、変わる事が出来た。そんなステキな世界を、自分はそんな大人達の自分勝手で消させるワケにはいかない。
「イヤだよ、このまま終わらせるのは」
「なら、運命を変えてみないか?」
シャリオットがサイジに微笑み掛ける。
「どうやって?」
サイジが問いかけると、シャリオットは、サイジが手にしている『サンパリーツ』を指差す。
「これを使うのさ。これはあらゆる欺瞞を元に戻す魔法の剣だ」
「いやいや、それは無いでしょ。それは中二病の奴が考える空想の話だよ」
「我が輩はいつだって真面目さ」
「いや、常にマンキニで出歩いてた奴に言われたくはないね」
「兎にも角にも、貴様の危機的な状況を変えてきたのは、いつもその剣だろう?」
思えば、自分の目の前に現れてから幾度となく危機から救ってくれたのはこの『サンパリーツ』だった。一体何なんだとは思っていたが、そんな力が合ったなんて、まるで自分は主人公みたいじゃないか!
「・・・・・・確かに」
「では、我が輩と世界を変えてみようでは無いか」
「ああ」
2人が握手を交わそうとしたその時、物凄い轟音と共に部屋の天井に穴が開き、誰かが侵入してきた。
「誰だ?!」
「ここに居たのね、サイジ」
穴から姿を現したのは、セレジアとミツキだった。
「どうしてここが分かったの?」
「ミツキの追跡魔法で一発よ。もちろん、ネムと浮気していたのもバレているわよ」
「浮気って・・・・・・気絶した所を介抱してくれただけじゃ無いか?お前らが勝手に暴れるからこんな目に・・・・・・」
「うるさい!黙りなさい!」
サイジの尻にまた、いつものようにムチの雨が降り注ぐ。これも悪くは無いとこの頃思う、サイジであった。
「で、ここで何してるの?」
「いや、それがここでばったりシャリオットと出会ってね、共闘しようと」
「アンタ、シャリオットが魔王だったって忘れたの?この世界の敵よ?」
改めて、セレジア達に今までの経緯を話した。
「嘘?!それホント?」
「だから協力して、インパラジオ協会の暴走を止めよう」
サイジのパーティーは紆余曲折があったが、こうしてまた一つになる事が出来たのだった。
インパラジオ協会のボスは更に奥深いシェルターに居座っているという。ここまでこのアジトに潜入してからというものの、何の迎撃も無い。あまりにも静かすぎる。まさか、既にもぬけの殻になっているのか・・・・・・?
「誰も居ないのか?」
シャリオットが怪訝そうに辺りを見渡すと、遠くの方に鉄の扉が現れた。半円状の二枚扉で、恐らく普通の攻撃ではビクともしない重厚な作りになっているのだろう。
その扉を目の前にした時、金切り声を上げてその先を示した。中は光に満ちあふれ、全てが雪のように白い。そして何の物も置かれていない。果てしなく、境界も曖昧なまま、その空間は広がっている。
「おい!出てこい!」
サイジが声を震わせながら叫ぶ。反響は返ってこない。
「うるさいな、なんだね?」
呼び声で姿を現したのは、この世界に来た最初に会ったあの村長だった。
スーツの上下に身を包み、黒のネクタイを締め、シルクハットを頭に被り、手にはステッキが握られている。
「お前が、インパラジオ協会のボスか?」
「いかにもそうだが、何か?」
人を舐めてかかったような笑みを浮かべる。
「この世界の人間を無かったことにする気だなんて、正気じゃないだろ!」
「何を言っている?この世界に来ている人間は、現世で扱いに困って『捨てられた』者ばかりだよ」
「『捨てられた』だって?」
「そうさ。君たちは全て親や親戚からどうにもならないから引き取ってくれと進んで差し出された、いわば生け贄さ。そのようなタダ同然の人間達を集め、どうすれば世の中で使い物になる人間にすることが出来るのか、役割を与えたり、モンスター化させたり、数々の実験を繰り返して来たのだ」
サイジ達の表情がみるみるうちに鬼の形相に変わってくる。
「お前、人を何だと思ってるんだ!」
「人は所詮、生まれたときから価値ある者と価値のない者に分類される。我々はその価値のない人間を価値のある人間にしようとしているだけだ。惰眠を貪って何も価値を生み出さない人間は生かしておくだけで害悪だからな」
スーツの裾を払い、埃を取る仕草を見せる。まるでサイジ達を埃と言わんばかりに、鼻で笑う。
「害悪・・・・・・そんなのアンタの価値観でしかないじゃないか!」
「何を言っているか、理解できないのか?価値を生み出さない人間は、この世に必要ない。だから価値のない人間をこの世界で、価値を生み出せる素晴らしい人間に変えてあげようとしているのだ。本来は捨て置く人間を引き取って再教育しているのだから、ほとんど慈善事業だよ。そもそもこの世界での教育も効果が出るかも全く信憑性も無いまま見切り発車してしまったからな」
村長もといボスは、ステッキを床に2回突き立てると。目の前に大型のビジョンが映し出された。
そこに映し出されているのは、各地に散らばった勇者達が群れを成したモンスターから逃げ惑う姿だった。
「・・・・・・この世界ではダメだった。終わりだ。仕切り直しだよ」
「なんで勝手に失敗だって決めつけるんだよ。これだから年寄りは」
「何か言ったかね、小僧」
ボスの表情が曇る。
「まだ何も終わってないぜ。お前の勝手な都合で、終わりにするなよ」
「既に終わりが決まっているのだ。覆りはせんよ」
「そんなの、やってみなきゃ分かんないだろ!」
サイジは『サンパリーツ』を構え、ボスに斬りかかる。
「全く血の気が多いな。これだから近頃の若い者は」
ボスはステッキで『サンパリーツ』の攻撃をいなす。剣を振りかざす力の方向を地面へ変え、サイジを地面へ転がした。
「畜生、斬り込めたハズなのに、何故だ?」
「柳のように、しなやかに攻撃を躱す。それが賢者のやり方よ」
寝転んでいるサイジにボスがステッキで追撃を繰り出す。腹這いになっている所を、背中から打ち付けた。
「グッ・・・・・・」思わずの吐息が出てしまう。
「どうした?こんなものか?勇者よ」
ボスは余裕綽々といった面持ちで、サイジに寄り添うように顔の近くにしゃがみ込み、頭を撫でている。
「ちょっと!サイジに何してんのよ!!」
すかさずセレジアがサイジの側まで駆け寄る。
「何だね、勇者のなり損ない。君にはとことん失望させられたよ」
駆け寄って来たセレジアに、ボスが冷や水を掛ける。
「もうあの頃のアタシとは違うの。もう邪魔しないで」
「何も出来ず、最初の村に閉じこもって、内弁慶気取っていた小娘が」
「もうそんなんじゃ無いの!!黙って」
セレジアはムチを取り出し、ボスに目がけてしならせる。そのムチの先はステッキに絡みつき、何も繰り出せなくなった。
「見ないうちに随分と上手くなったじゃないか。だが、やはりツメが甘いな」
ボスはステッキをあっさりと手放し、セレジアのムチを掴み、電撃を流した。
「ああああああああああああ!!!!」
防ぐ術も無く、セレジアは泡を吹いてその場に倒れ込んでしまった。
「畜生、なんてことしやがる!」
ボスの攻撃が緩んだところで、サイジは体勢を立て直した。
「大丈夫、気絶しただけです」
「一緒にここまでやってきた、仲間なんだ。これ以上無下に扱うと、他のパーティの奴も黙っていないぜ」
サイジの呼びかけに呼応するかのように、ミツキやシャリオット、ネムも参集する。
「我が輩の大事な子猫にいたずらをすると、どうなるか教えてあげようぞ」
「別にセレジアがどうなろうと関係ないし、むしろ好都合だけど、このままライバルがやられて終わるのは、納得いかないね」
「特になにもないけど、仲間のピンチだ!助けるのも当然!」
「みんな、ありがとう」
気絶しているセレジア以外の全員が、サイジの握る『サンパリーツ』に手を掛ける。
「お仲間ごっこは、さぞかし楽しかったろう。協調性の無い、表面上だけのままごとパーティなぞ、何の役にも立たぬ」
その言葉に、思わずサイジは吹き出してしまう。
「フフッ、いかにも悪役が言いそうな台詞だな。台本でもあるのか?」
「人生に台本なんかない。そうだろ?」
ボスは柔らかな笑顔を浮かべた。どこか満足そうにも見える。
「みんな生きてる。みんな生きたがっている。そんなみんなを無駄の一言で片付けるなよ」
『サンパリーツ』の剣の光が激しくなる。
「これ程までとは・・・・・・まさか本物の『勇者』が現れるとはな」
「この世界はみんなにとって大切な場所なんだ。現実世界で役に立たなかったかも知れないけど、この世界じゃ、みんなが与えられた役割をもらって、必死に頑張ってる。そんなみんなを卑下するなよ。折角生き甲斐を見つけたんだからさ」
サイジの必死の訴えに、ボスは満面の笑みを返した。
「君のような人間が生まれることを、待っていたよ」
ボスは上着のポケットから、何か丸いスイッチだけの物体を出してきた。
「もうこれで役目は終えた。君たちは現実に帰りなさい」
スイッチを静かに押した。すると地面が揺れ始め、空間のあちこちに黒い穴が開き始めた。その穴に人々が次々と吸い込まれていく。
「何してるんだ?」
「君たちを現実に帰している。目標は達せられたからね」
「どういうこと?」
「今に分かるさ。では、さらばだ」
ボスは帽子を脱ぎ一礼をすると、黒い穴の中へ自ら入って行った。
「一体何がどうなってるんだ」
サイジは呆然としたまま、その場に立ち尽くしてしまった。
「言ってた通り、現実世界に帰れるんだよ。きっとインパラジオ協会がやるべき事が終わったんだ」
ネムはサイジの肩を叩き、微笑む。
「これで、みんなと離ればなれになるのか。折角ここまで来たのに、寂しいな」
「またどこかで会えるって!別に死ぬワケじゃないでしょ!」
ミツキは涙を浮かべながら、気丈に振る舞う。
「また会おうぞ、皆の衆!さらばだ」
シャリオットは着ていたマンキニを脱ぎ、サイジに手渡した。
「ああ、くれぐれも警察に捕まるなよ」
「楽しかったぜ。また会おうな」
デン率いる盗賊団も駆けつけ、声を掛けてきてくれた。
「ありがとう。またな」
「イェーイ!ファンクネス!」
アフロ男が腰を大胆に揺らして踊りながら、黒い穴へ入って行った。
もう、これでこの世界には用はなくなった。あれだけ最初は早く現実世界に帰りたかったのに、今ではとても名残惜しくなっている。
全くコミュ力も無く、生きていたところでゴミみたいな人生しか遅れていなかった自分を、この世界で冒険をすることで、仲間に出会えたことで、変わることが出来た。
何より、微塵も経験できなかった『青春』というものを、この世界で味わうことが出来た。生きた心地をまた味わう事が出来た。
元の世界に戻ったら、今度こそ真っ当に生きるんだ・・・・・・
気絶したままのセレジアを抱きかかえ、サイジは黒い穴へと入って行った。
久々に家に戻ってきた。自分の部屋は何も変わってはいなかった。この類いではよくある浦島太郎状態ではないようだ。
セレジアを私のベッドに寝かせる。残念ながら、しばらくタオルケットや枕は洗っていないので、素晴らしい男のフローラルが味わえるステキな空間と化している。
そんな臭いに囲まれたせいか、セレジアは咳き込み、意識を取り戻した。
「うわ・・・・・・臭い・・・・・・」
「そんなに臭いきついか?」
辺りを見渡すセレジア。豆鉄砲を喰らった鳩のように、呆然としている。
「ここは?」
「家。現実世界」
「アンタの家?」
「そう」
「うそでしょ?え?なんで?いつの間に?」
「気絶してた間に全部終わったよ」
「ああ、そうだった。アイツに負けたんだった」
「アイツはどこか行っちゃったよ。『サンパリーツ』を見たら驚いて」
「そう。それは良かったわね」
セレジアはホッと一息つき、体を起こしサイジに近づいた。
「アンタ、今までどんな生活してたのよ。ヒドいわよ、この部屋」
床に散乱している無数のゴミ袋達を見て唖然としている。
「まずはこのモンスター達を倒さないとね!」
セレジアは無数のゴミ袋を抱え、部屋の外へあっさり出て行った。
すると、戻り際サイジの母がやってきた。
「おやまあ、あんたにも彼女が出来たんだって?働いてもないのにやるねぇ」
「うるさい!」
「うるさい、じゃないでしょ!早く就職先見つけなさい!アンタ、金稼いでないでネトゲばっかりやってたんでしょ?少しはお母さんを楽させてあげなさいよ!」
セレジアはサイジに就職サイトを見せてくる。
「そういえば、セレジアは働いてたの?」
「あたしは、その、まあ、なんていうか、学生だし。お金はそこそこある家だし」
セレジアの目線がサイジから逸らされた。
「嘘だね」
「嘘じゃ無いわよ!」
「まあまあ、落ち着いて二人とも。ちょっと色々話も聞きたいから、リビングに来なさい」
二人はサイジの母に手を取られながらもこそばゆい笑顔を浮かべ、リビングへと歩を進めるのであった。
今までの経緯や出会いのきっかけなど根掘り葉掘り尋問され、セレジアが何処に住んでいるか、そして本当の名前も教えてくれた。
セレジア、もとい三原誠子はここの家からそう遠くない、資産家の令嬢であった。まさかの偶然の連続に興奮が抑えきれない母は、その日に両家顔合わせを済ませ、見事結納まで強引にこぎ着けてしまった。
「あんたにこんなチャンス二度とないから!生まれ変わるまでないよ!あんな良い子、絶対逃がすんじゃ無いわよ!」
人生とはいつ、どのように転ぶか分からない。何かの気まぐれで異世界に行って、理不尽な事だらけでも、それを乗り越えたらこんなにも良いことが待っていた。素晴らしい仲間にも出会えたし、こんなにも良いパートナーとも巡り会えた。正直これが自分の人生じゃ無いんじゃないかってくらい、信じられない奇跡の連続だった。
ドブのような人生でも、諦めなければ絶対にいつかチャンスは巡ってくる。チャンスは足掻いている奴にしか来ないんだぜ。
青春は、これからも永遠に続く。
長い間ありがとうございました!
ここまで来るのにだいぶ時間は経ってしまいましたが、何とかたどりつけました。
この次はモアベターよ!




