第73話~透明な嵐~
なぜ突如として人間の姿を取り戻したのかは、全く見当が付かない。
「もしかして、姿を変えられた仲間を勇者達に、人間であるということを認識させれば元に戻るのか?」
「そうかも知れないブヒ」
「もうその豚語やめろよ」
「すいません」
他の仲間も何処へ行ったか分からない。だが、この『サンパリーツ』の光がある方角に延びているのがとても気になる。これはもしや、仲間の居る場所を指し示している・・・・・・ってそんな安易な話なんてないだろう。
とはいえ、仲間の居る場所のヒントなんて皆無なのであるから、藁をも掴む気持ちを持つのを、どうか許して欲しい。
『サンパリーツ』の指し示すのは東。かつて通った場所を指し示していた。
「この先は、マギルカか」
ふと、以前のことを思い出してしまった。この先のラサマからマギルカの道の途中で、ミツキに出会った。
最初は図々しいただただウザったい奴だと思っていたが、肝心の場面ではキチンと活躍していた。最初はあんなに馴れ馴れしかったのに、いつの間にかシャリオットの仲間になってしまった。何であんな風になってしまったのか、いまだに良く分からない。
立ち尽くしている勇者達を尻目に、ラサマを後にした。
ラサマからマギルカへの道を暫く歩くと、ミツキとまるで不運な事故のように出会ってしまった、あの湖が見えてきた。
「うわー!久しぶりに来たけど、やっぱりここは相変わらず綺麗ね」
セレジアが真っ先に駆け出し、湖の水際に近づき腕を大きく広げ、大きく息を吸う。
「暫く綺麗な景色見てなかったしね」
サイジがセレジアの横に並び立つ。
「思えばここに来るまでに、色々なことがあったな」
突然こんな世界に飛ばされ、なけなしのコミュ力を生かして何とか仲間を集めて来たものの、そもそもパーティーメンバーが倒すべき最終目的であった魔王であったり、ここに来てからロクなことがない。
それでもセレジアは、最初のどうしようもない自分を時折ムチで叩くものの、一人の人間として認めてくれていた。口を開けば悪態をつく自分を鼓舞し、ここまでなんとかやって来れた。
「そうね、ほんとアンタと居るとヒドい目にしか遭わないのよね・・・・・・」
「それは、いわゆる不幸体質というのでしてね」
セレジアはそんなネガティブな話を一掃しようと、腰にぶら下げていたムチを取り出そうとした。
「いやいやいや、嘘だから。すぐにムチを取り出すのは勘弁してくれよ」
ふとその言葉を聞き、セレジアの表情が綻んだ。
「少し前のアンタだと、文句ばっかり言って何もしなかったのに・・・・・・変わったね」
「セレジアの御陰だよ」
珍しく、自分らしくない、他人への肯定の言葉を思わず掛けてしまった。
「なによ、柄でもない」
紅潮する頬が、とても可愛げのあるものに見えた。
二人の間に甘ったるい空気が漂ってきたその時、湖の直上で突如として太陽のような眩しい光が目に差した。その光は真っ直ぐにサイジ達の元へ向かい、その場で光は四方八方に発散した。
「いたいた!」
光の中から現れたのは、ミツキだった。
「どこに行ったのかと思ったら、ここに居たのね」
「何しに来たの?」
セレジアが腰に付けているムチに手を掛ける。
「何って、サイジを探しに来たのよ」
見えない速度でサイジに近づき、背後から抱き寄せた。
「うぉっ、な、なにすんだ!放せー」
棒読みの気持ちの入っていない台詞がサイジの口から吐かれる。
「ちょっと!サイジに何してるのよ!」
セレジアがミツキとサイジの間に割って入ろうとするが、見えない壁で侵入を阻止される。パントマイマーのように、透明な壁を叩き続ける。
「お邪魔虫はそこで大人しく見ていなさい!オホホホ」
ミツキはサイジの正面に回り、少しずつジリジリと距離を縮め、遂には今にも唇と唇が触れそうな距離までになった。
「あたしがサイジの一番だってこと、証明してあげる」
セレジアが制止出来ずもがき苦しんでいる光景を横目に、ミツキはサイジの唇を奪った。これにはセレジアも我慢ならなかったのか、遂にムチを手に透明な壁に立ち向かう。
「アンタには、ちゃんと、身体で、分からせてあげるわ」
ムチが空を切り、見えない壁に轟音と共に衝突する。その度に空間が大きく歪み、セレジアの体型が痩せたり太ったりするようにみえる。
「うそ?CG?すごーいセレジア」
棒読みで挑発するミツキに、セレジアの怒りは頂点に達した。
「おりゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
特に詠唱もせず、ムチから炎を出し、見えない壁を一瞬で粉々に打ち砕いた。
「アンタ、サイジに良くもそんな真似出来たわね。アタシ達を裏切ったくせに」
「裏切るのとサイジ好きなのは別でしょ?」
「アタシも好きだけど、サイジを裏切ろうとはしなかったよ」
セレジアの思いがけない言葉に、サイジは思わず赤面する。
「なんだよお前ら、そんなに俺のことでもめるなよ恥ずかしい」
「「アンタは黙ってて!!!」」
サイジの制止も、二人に一瞬で掻き消された。
「あなたはサイジの何処が好きなのよ?」
ミツキがセレジアに問う。
「全部よ!全部に決まってるでしょ」
「でもあなたがサイジを好きだとしても、サイジがあなたを好きな保証はないでしょ?」
ミツキがサイジに再び迫る。
「どういうことよ!そんなワケ無いでしょ?」
「じゃあ直接聞いてみれば良いじゃ無い?本人目の前に居るんだし」
セレジアが、サイジに迫る。物凄い形相で。
「アンタ、アタシとミツキ、どっちが好きなの?」
やはりそう来たか。俺がセレジアとミツキを意識したことは、あると言えばあるし、無いと言えば無い。というのも、二人は今まで一緒に旅をしてきて、幾度となく俺を助けてくれたが、それは愛と言うよりは尊敬に近いのかも知れない。今までの人生の中でも、そんな事をされたことはあまり無かった。
人生の中で、これほど他人から注目されて生きてきただろうか。どうもそういった事からは縁遠く、というよりは自分から避けていた。そんなに他人の目線を集めたところで、何か集団と違う行動をすれば、たちまち吊し上げの対象になり、疎外され、何もかも失う。そんな事になるなら、最初から誰からも注目されない生き方をした方が良い。
でも、こと今回についてはどうだろうか。特に与えるつもりもなかったが、自分が助かろうとして、結果的に他人を助ける結果になり、それに感謝や愛情、さらには好意まで持たれているというのだ。ここには吊し上げて槍玉に挙げるような肥溜めのような人間は居ない。もう誰かから感情を持たれることに怯える必要は無いのだ。
この二人からの好意に、何かしらで返答しないといけない。二人を選ぶということは、恐らくというか、セレジアに殺されるだろう。やはりムチで叩かれるセレジアより、変な絡みをしてくるミツキの方がマシだろうか?いや、ミツキは人を裏切るような人間だ。仲間を裏切り敵に平気で寝返るような人間だ。そういう人間は信用に値するか?否、断じて否だ。何があろうと、その人を信じ続ける。信じ続けてくれるような人間でなければ、この先何か苦難が立ちはだかった時に、乗り越える事など不可能に近いだろう。
もう既に、いや、とっくに答えは出ていたのかも知れない。
「セレジアに決まってるだろ。もう二度と言わないからな」