第56話
その頃、魔王城。
「魔王様のご帰還であ~る」
間の抜けた声が謁見の間に響く。
「そういうのはよしてくれ、恥ずかしい」
謁見の間に堂々たる黄金のマンキニで入って来たのは、紛れもなくシャリオットである。
「ミツキ、例のモノを」
「はい、かしこまりました」
目の色を失ったミツキは、持っていた魔道書をシャリオットに手渡す。
「全く、こんな質の悪いものが世の中に出回っているとは。これでは何十年経っても攻め込まれないわけだ」
魔道書でペチペチと手のひらを打っていると、脇から従者が姿を現した。
「ごもっともです、魔王様」
その言葉に、シャリオットは従者を一瞥した後舌打ちをした。
「少しは恭順の言葉より、まともな案を出してはどうかね」
「はい、精進いたします」
子犬のような瞳で嬉々と従者はシャリオットを見つめ、再び陰へと消えていった。
「はぁ、これだから思考停止した人間は嫌いだ」
玉座に着いたシャリオットは、足を組み不満げな顔を浮かべ空を仰ぐ。
「貴女のことも言っているのだよ、ミツキ」
「そうですか」
それ以上の回答はミツキの口から語られることはなかった。
一呼吸置き、シャリオットが皆に呼びかけるように話し始める。
「さて、我が輩はようやく勇者の中から逸材を発見した」
謁見の間の従者達が一斉にどよめく。空気が一気に濁っていくような感覚が襲う。
「なあに、恐れるのにはまだ早い。奴はまだ未熟者だ」
安堵の嘆息が漏れる。まるで空気の中に滞留していた霧が晴れたようだった。
「奴の名はサイジヒデアキ。魔王殺しの剣『サンパリーツ』を手にしている」
再び場が騒然とする。
「なんと!あの『サンパリーツ』が、再び勇者の手に渡っただと?」
従者が首を小刻みに振るわせだす。
「ああ。だがその勇者にはその剣を扱う『覚悟』が備わっていない。勇者にもかかわらず『勇気』も無いのだ」
一同の顔が綻び、爆笑の渦が巻き起こる。
「アハハハハ!!そんな体たらくな勇者でしたら、魔王様の力で一ひねりでは?」
その言葉に、シャリオットは表情を一変させる。
「我が輩が手ぶらで帰ってきたとでも?」
何もかも見通しているような鋭い目つきで従者を凝視する。
「いえ、そんな滅相な・・・・・・失言でした」
「奴は確かに未熟だ。だが、『サンパリーツ』が勇者の手の中にある意味を、まさか忘れた訳ではあるまいな?」
「もちろんですとも、魔王様」
「そう、奴は『選ばれた』のだ。運命という神に」
シャリオットが不敵な笑みを浮かべそう語ると、ミツキを自らの懐に呼び寄せた。
「そこで、我が輩が見つけ出したこの半端物の魔女だ。彼女は『空虚』の力を持っている」
従者達は、シャリオットの言葉に呆気にとられ、狼狽した後どよめきが起こった。
「そんな・・・・・・勇者を殲滅する程の強力な魔術をこの者が秘めているというか?」
「そうだ。覚醒度合いによってはセカイをも滅ぼせる」
ミツキの目に色が戻る。自らの置かれている立場を理解したようだ。
「え?そんな力、あるわけないですよ」
「まだ貴女は気づいていない。『何も考えない』という力の素晴らしさに」




