第55話~fake it~
サイジもようやく今の状況が飲み込めたようで、セレジアの手を引き離す。
「ご、ゴメン。悪かった」
「いや、別に、だ、大丈夫だから、気にしないで」
二人の目線の焦点が定まらない。二人の手が行く先を求めて彷徨っている。
言葉を空間の中から取り出そうとしていると、シャワールームからネムの間の抜けた鼻歌が聞こえてきた。緊張した空間が、先ほどまでと打って変わって弛緩する。
「なんだよ、ネムって結構お気楽な性格なんだな」
「そうね」
二人に笑顔が戻った。
「ところで、サイジは剣の扱い慣れてきた?」
落ち着きを取り戻してきたセレジアが、沈黙を埋めるように話題を振る。
「ああ、まあ、そうだね。練習はしてるからそれなりには」
「それなりって、結構冒険始めてから日にち経ってるでしょ?」
「そう言われても、今までまともな稽古してないし、相手もセレジアだし」
「ちょっと、それどういうこと?」
セレジアが頬を膨らます。膨らますだけでムチも何も喰らわしてこない。
「どちらかというとセレジアって、剣よりムチとか魔法とかの方が扱い慣れてるでしょ?どうしても剣の経験値が不足してるから稽古されても説得力が無いっていうか」
「うっさい!でも剣同士で戦うより、アタシみたいなムチ使いとかの方が実戦みたいで良いんじゃ無いの?」
サイジが黙考する。恐らく今までの戦いであまり貢献出来てないとか、自分自身に自信が無いのだ。そう
悟ったセレジアは励ましの言葉を紡ぎ出した。
「でも、前よりは格段に強くなってる。それは側から見てればすぐ分かる。体裁きとかは天下一品だよね」
「それは元々だよ。避けるのはニートの専売特許だし」
「それも才能の一つでしょ?磨けば必ず光るよ」
サイジの頭をセレジアが右手で優しく擦る。ほのかに手のひらの暖かさが、頭頂部から伝わってくる。
「・・・・・・そうかな」
「まずは自分を信じてみないと。そうでなきゃ何事も始まらないよ!」
セレジアの穏やかな微笑みが、そんな言葉でも信じてみようと思わせてくれる。
「そうだね。セレジアが言うんだ、頑張ってみるよ」
「よし!偉い偉い」
今度は頬をさすってくる。すべすべとした手がサイジの顔を黒く染めていく。
「ちょっと、顔汚さないでよ」
「あ、ごめん。すっかり忘れてた」
煤けた全身でサイジに抱きつこうとするが、さすがに臭いが強烈だったのか、距離を縮めることを諦める。
「早くシャワー浴びてよ。ネムの部屋がドブ臭くなっちゃう」
「というかこの状況になったのは、そもそもネムのせいだろ?先に入っちゃったんだから、臭くなっちゃっても仕方無いよね」
そう訴えると、シャワールームから『もうすぐでるよー』と間の抜けた声が響いてきた。
「先に入りなよ」
セレジアがサイジの背中を押す。逆にサイジはセレジアの左手首を掴み、そっちこそとシャワールームへ誘導する。
「そんなに言うなら二人で入っちゃえば?」
バスローブに身を包みネムがシャワールームから姿を現す。
「「入るわけ無いでしょ!!!!」」
結局部屋に臭いが残るということでサイジ、セレジアの順にシャワーを浴びることとなった。
「さて、そろそろ行きますか」
シャワーを浴びて一息ついたところで、セレジアが声を掛ける。
「ちょっと待って、今準備してるから」
部屋の奥からネムの声が聞こえてきた。ガサゴソと金属の擦れる音が響いてくる。
「何してるの?」
物陰からセレジアがネムの元へ近づいていく。恐る恐る覗いてみると、ネムは自らの体に各部位を覆うように、機械を取り付けていた。
「ああ、これ?強化パーツだよ。これを着ければ身体機能を何百倍にも増幅させられる。まあ、試作段階だけどね」
「へぇー凄いじゃん」
「名付けて『ゼンドトス』」
試しにと、ネムが正拳突きを披露してくれた。拳を瞬時に突き出すと共に、凄まじい風圧が周囲に襲いかかり、セレジアは地にへたり込んでしまった。
「嘘でしょこれ・・・・・・だいたいの人間ならこれで即死よ」
体の震えをセレジアは抑えきることが出来ない。
「まあ、でもこれ連続稼働時間が10分だから、いざとなった時にしか使えないよね」
「そうなのね」
「だから、それまでは二人が守ってね~」
「「結局他人任せかい!!」」
ネムの準備が整い、改めて旅路へと出発するのであった。




