第42話~天才機械少女ネム~
中はガランとしており、空洞に反響するエンジンの駆動音が耳に付く。時折アクセルをふかす排気音も混ざり、孤独の中の恐怖が一層増幅される。
「ダメだよーあんな危ない所に居たら」
底抜けに明るい声で話す彼女は「ネム」という。頭に風除けゴーグルを付け、ジーンズ生地のつなぎを身にまとい、腰にはペンチやらドリルなど無数の工具を入れた工具袋をぶら下げている。
私はパーティで起こっている痴話喧嘩に嫌気がさし、道路に出たところ、偶然通りかかったネムに拾われた。セレジアが私に嫉妬して、勝手に暴走してどこか行ってしまっている。今頃血相変えて男共は探し回っている頃だろう。ああ、こんな事件を起こしてしまう私の美貌ってやっぱり罪だわ。可愛すぎるのも考え物だよね。まったく、セレジアは純粋過ぎて困っちゃうわ。
「ありがとうございますぅ~。ほんとうにあぶないとこだったんですよぉ」
一瞬でいつものプリティモードにチェンジ。これで何もかも誤魔化すことが出来る魔法みたいなものだ。
「そう?それは良かった。あの辺結構出るんだよね」
「なにがですかぁ?」
とぼけた声で聞き返す。
「お化け」
「お・・・・・・おばけですかぁ~?」
少しオーバーリアクションめに驚いてみせる。ちょっとやりすぎたかな?
「そうなんだよ。あの辺昔戦場になってさ、良く兵士の霊が出るって噂だよ」
それを聞いて私は気絶した振りをする。これでネムも私に夢中になる。計算された、対人方程式。弱い人間には必ず駆け寄ってくる。目が離せなくなる。いつの間にか虜になる。これは人間としての摂理なので、この方程式からは逃れることはできない。
「だ、大丈夫?ゴメン、怖い話、苦手だった、みたいだね」
苦笑いをしてネムは運転に戻る。運転に戻る、といっても車は自動運転なので手放しでもなにも問題は無い。
運転席に戻る足跡が聞こえたのを見計らって、私は目を開く。汚い鉄の天井が目に入る。錆び付いた臭いが鼻にこびりつく。
「と、もうすぐで着くよ、セインテール」
ネムが窓の外を指さす。私は体を起こしその指さす方向を見つめる。その眼前に広がっていたものは、無数の煙突と高層ビルの群れだった。
「どう、すごいでしょ?」
私が狸寝入りしていたのを見越していたのか、それともそもそもそんなモノに興味は無かったのか、ぱっちり目を見開いている私に語りかけてきた。
「う、うわぁ~!す、すごいですぅ」
「でしょでしょ?あれ全部私が作ったんだよ」
その言葉に、瞳孔が拡張する。まさか機械都市に魔法使いが生き残っているのか?ネムのような機械を作れると言い張って食い扶持を確保して、隠れて生活しているなんて噂をマギルカではよく耳にしたものだ。
「凄い!どういう技術使ったんですか?ま、魔法とかじゃないですよね、ね?」
「ちょっと、いきなりキャラ変わりすぎじゃないの?」
「あ、す、すいません・・・・・・わ~そんけいします~」
「それはそれで気持ち悪いんだけど」
余りに食いつきすぎたので、ネムに引かれてしまった。ちゃんとキャラを作らないとすぐに脇目も振らず突っ込んでしまう。何度も気をつけていたハズなのに、彼女の前ではどうも調子を崩される。
「まあ、魔法は一切使ってないよ。あの街じゃ魔法使った瞬間死刑になるからね」
背筋がゾクッとする。『魔女狩り』の噂は本当だったのだ。魔法を使った人間を探知し、一瞬で捕らえ、最終的には火あぶりの刑に処される恐ろしい制度が、この街では『日常』なのだ。
「もしかして君は、魔法が使えるの?」
一瞬言うまいか迷ったが、好奇心が勝りカミングアウトすることにした。
「そうなんですぅ~わたしはマギルカからやってきたぁ~魔法少女なんですよ☆」
「ホントに?うわ~まだ居たんだ魔法使い!凄い!いや~感動だよ」
無理矢理手を伸ばし、握手をせがまれる。あまり悪い気はしないので、その誘いを受ける。
「そ、そうなんですかぁ~?」
「そうだよ!私は魔法使いはてっきり絶滅してるかと思ってたからさ、本当に生き残りがいるなんてびっくりしたよ」
ネムが感慨に耽っていると、既にセインテールの街中に車は入っていた。街中に入ると煌びやかなネオンが灯った看板や、街灯、そして街頭ビジョンから流れるCM。何か緑色をした不思議な飲み物のCMをループで流している。
「ここは科学に基づいて作られた機械都市セインテール。あなたの存在とは対極に位置しているかもね」
街の紹介をしていると、街でも一際背の高いビルを案内された。
「ここが私の家、セントラルタワー。これももちろん私が作ったんだけどね」
物凄い天才に出くわしてしまったのかも知れない。こうやってホイホイついて行ってるけど、このまま行ったら『魔法の発動構造について調べたい』とか言って解剖されるんじゃないか?科学の人はすぐ解剖したがるって聞いたことあるし・・・・・・
「大丈夫だよ。取って食ったりはしないよ」
私は誘われるまま、エレベーターに乗り込んだ。