第16話~しぬのはいやだ~
宿を出て、地響き音の鳴っている方へと向かう。既に街には火の手が上がり始めていた。
「思ったよりヒドイわね」
火の粉が舞っている街の様相に、セレジアが呟く。
セレジアと共に、逃げ惑う街の人に現在の状況について聞いてみることにした。
街の人の話によると、どうやら北の山にドラゴンが居るらしく、それを勇者パーティが寄ってたかって討伐しようとしたが、見事に失敗。逆にドラゴンを街に誘導してしまうという最悪の結果に至ったということである。
ラサマで聞いた話だと、モンスターは滅多に発生しないとの話を聞いていたので、おそらくモンスター狩りのノウハウが失われていると思われる。
「これじゃ、『守護隊』の名も形無しね」
セレジアが嘆息する。
「でも、私達も人のこと言えないですよ」
私は、周りを見回しながら街の様相を確かめていた。
「まあ・・・・・・そうだけど」
私達は元々実力が無い上に、まともに修行や努力をしていない。『デン』に勝ったのも運があっただけであったし。
その『デン』も、ドラゴン狩りに協力してくれるという。ましてや『義賊』を名乗っている奴らだ、街の危機とあらば喜んで戦うであろう。
なら、私達は要らないのでは?居ても只の足手まといになるだけなのではないか?
「私達が行っても死ぬだけですよ。早く『デン』に討伐お願いして、宿に帰りましょう」
私達より手練れであろう勇者達が倒せなかったドラゴンだ。私達では到底敵う相手ではない。
さらに言えば、まだ正式に『お仕事』を引き受けた訳ではない。倒したところで、報奨金が貰える保証もない。
そんな風に考えていた私に、セレジアは冷徹な口調で話す。
「だったら、アンタは宿で指加えて、この街が破壊されていく様でも黙って見ていろ」
私は何も言えずに、立ち尽くし、逡巡した挙句、宿に戻った。
「ねえ、あんなこと言って良かったの?」
珍しくミツキがセレジアに不安げな様相で話しかけてくる。
「良いのよ。アイツはアレぐらい言わないとムリよ」
「『デン』との時はあんなにかっこよかったのになぁ・・・・・・」
ミツキは自慢の魔法の杖をおもむろに取り出し、振りかざし始める。
「アンタは結局何も出来なかったみたいだけど」
「じ・・・・・・実戦が少ないから仕方ないの!」
魔法の杖をブンブンと勢い良く振り回す。ミツキは紅潮している。
「アタシだってあんまり戦ったことないけど、流石にあんな感じにはならないわ」
セレジアは身振り手振りで、ミツキの動揺している様を再現してみる。それにしても余りにもオーバーな表現で、手足をばたつかせ、目が白眼になり、唇をブルブル震わせ過ぎて捲れ上がる程だ。
「ちょっと!さすがにそんなにまでなってないですぅ~!!!」
ミツキはセレジアの背中を軽くポカポカと叩く。
「いちいちブリッ子になるなこのヤロウ!!!」
セレジアはミツキの頭をはたく。
「痛い!いたいですぅ~」
「そんなことより、『デン』に会いに行かなきゃ」
「そうでしたね」
二人はサイジとは違い、ドラゴンを倒す意義が分かっている。
実力を示せば、この世界から認められる。そうなれば、『お仕事』云々は関係無く支援が今より手厚くなる。今よりもっと良い武器や防具も手に入る。
しかし、サイジの言う通り、死ぬリスクは付きまとう。ハイリスクハイリターンの賭けである。
二人は当然元の世界に帰りたいと思っている。サイジだってそうだ。だが、元の世界に帰るためには、多くの勇者や冒険をする者より素早く動き、そして強くなくてはならない。先に魔王を倒されれば、新たな魔王によって世界のルールが変わり、帰れる可能性が無くなることだってあり得る。
リスクを取らなければ、元の世界に帰れない。自ら動かねば、未来は無いのだ。『主人公』にならなければ、世界に埋没するのだ。
二人は『デン』のアジトへ歩を早め進んだ。
宿へ戻り、私は布団を被り、篭もる。元の世界へ帰りたい。それ故に死ぬのが怖い。
別にドラゴンを倒さなくったって、帰れない訳では無い。実力も生きていればいくらでも付けられる。それに、ドラゴンは私達が倒さなくっても、他のパーティの人たちが倒すだろう。
ここでじいっとしていれば、時がそれを解決する。
二人は戦うと言ってドラゴンの元へと飛び出していった。駆けつけたところで、倒すだけの実力は無いはずなのに。
街の喧騒と部屋の静寂が対照的になる。現実から切り離されたようだ。それを破るように、突如として声が現れる。
「本当にそれで良いのかい?」
窓から何者かが入って来たのだ。ガラスの割れる音が部屋中に鳴り響く。
「誰だ」
「マギルカの長、そして魔王の手先、エイムスだ」
紫のロングコートを羽織り、黒のロングヘアーを優雅にたなびかせる。腰には日本刀らしきものが差してある。どうも格好が胡散臭い。
「いやいやいや、そんなはずないでしょ」
私の疑いの言葉に、エイムスと名乗る者は微笑した。
「こんなところで嘘をついてどうする?」
エイムスはいきなり刀を抜き、私の首元に突きつけた。
「ちょ・・・・・・ちょっと何ですか、いきなり現れて脅すなんて」
「君みたいな『勇者』が、部屋に篭もって何しているんだ?」
「何で勇者ってこと知ってるんですか?」
素っ頓狂な質問に、エイムスは腹を抱えて笑った。
「あれ、門から入って来たなら検問されてるはずだけど?どういう役職かとか、居場所とかは常に把握してるよ」
「そうですか」
私はエイムスの刀を掴み、それを首から遠ざけようとする。すると、エイムスは刀を素早く引き、今度は眼前に持ってきた。
「話を戻そう。貴様は『勇者』であるにもかかわらず、なぜ戦おうとしない?」
「それのどこに問題があるんですか?私の他にも強い奴なんかいくらでも居ます。私が戦わなくても、世界は回るんですよ、実際」
私は深く溜息をついた。
その言葉にエイムスは刀を私に更に近づけ、額に刃先を付けるまでになった。額にチクリとした痛みと共に、血が伝って落ちた。
「貴様は何も分かっていない。世界は誰かが回しているって思っているだろう。しかし、その『誰か』って誰だと思う?世界を動かしたいと思った奴が世界を回しているんだよ。そして決まって世界を動かし、より良くしようと戦った者に、何もしない者が文句を言う。そして戦った者が死んだら、何もしない者は現状を受け入れ只死ぬのを待つ。貴様は『何もしない者』の方かい?」
「私は・・・・・・」
二の句が継げなかった。私はこの世界をいち早く脱出し、元のニートライフを送りたい。しかし、それに辿りつく為には、それ相応の対価を支払わなければならない。それは分かっている。
私はこのまま呆けていて良いのか?
パーティの皆は戦うと言っている。街の人は困っている。何とかしたいとは思っている。
しかし、私にはドラゴンと戦うだけの力が無い。死のリスクの方が大きい。
「私には、力がありません。ドラゴンと戦うだけの、実力が無いです」
「なら、つければいいじゃないか?」
そう告げると、エイムスは指を鳴らした。すると、突如として円形の漆黒に彩られた、異空間の扉が開いた。
「来なよ、『未熟な勇者』」
私は導かれるまま、その扉へと身を投じた。