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イベント満載DAY

主従でお買い物してみたり、迷子になってみたり、脱皮して憎いあんちくしょう共に天☆誅!してみたり。

そして恐ろしい「うっかり」。





さて、あれこれ驚きの体験を済ませた私はそそくさとギルドから防具屋へと向かった。

ここでまず武器屋、とならないのは、いま持っているもので十分だからだ。

いま身に着けているものだって、元々私が持っていたものよりも大分ランクを下へと落としたものなのに、これ以上ランクをおとすこともない。

もしかしたら掘り出し物があるかも、とは思っても、魔術師の私が武器をぶんぶん振り回すのは危険だ。

今の身体能力は一般人以下だし。

運「1」ということは、迂闊に武器を持つとすっぱ抜けて自分に飛んでくる可能性だってある。

・・・これが冗談じゃなくて本気だから恐ろしい。

アクセサリー類のスキルで物を落とすのを防いだり、不運を防いでも、不可抗力っていうのは存在するのだ。

あと、防具屋に関しては、この世界のものが気になるのと、いいアクセサリがないかなぁという興味からである。


でも防具屋で見る品々は正直言って・・・あまりいいものではない。


例えるなら、たけのやりと鋼の剣なら断然鋼の剣のほうが強いが、エクスカリバーや方天戟といったクラスの武器はないといったところである。

え、売っているはずのない伝説級のを上げるなって?

でもゲームでは伝説クラスのも大分値が張るとはいえ売っていたから、あながち間違いではないんだなーこれが。


・・・防具で例えないのは、単純に私の頭に浮かばなかったからだ。


とはいえ、今はゲームとは違い現実だから、レアアイテムはやっぱりダンジョンで命がけで拾ってくるしかないのかもしれない。

私が居た不帰の森もダンジョン扱いだったし。

だからぽんぽんレアな道具を拾っていたわけで。

店に並べられた、店主いわく掘り出し物だっていうものも、正直私が持つ最低ランクのものと同じ程度でしかない。

私が森で拾うものより貧弱だ。

そりゃ、あの森に初期装備程度のもので向かえるはずが無いよね、と納得できる品揃えだった。

店の主は仕事をする気がないのかカウンターから動かず、客はまばら。

当然居るのは冒険者ばかりだが、鎧を着込んだ人や、軽装でいくつもの装飾具を身につけた人とか、まともそうな冒険者と明らかにアウトロー臭い冒険者が肩を並べているのは奇妙な光景だった。


おかしいな・・・ウロボロスがここが隠れ家的名店だと言っていた気がするんだが?


そう思いながらちらりと視線を向ければ、ウロボロスの足がとんとんと床を叩いているのが分かる。

行儀がわるいなぁ、とは思ったが、今まで彼がこういう仕草を見せたことはない。

地下ってことかな?

ええともしかして・・・お得意様にだけは上級品を出している、ってこと?

それならば店主のやる気のなさにも納得がいく気がしたが、とはいえ一見さんの私がそう簡単に見せてもらえるわけがない。

となると、ここはやはりマネーのお力である。


「金に糸目をつけないといえば、他にもあるのか」

「そりゃあ旦那、本当に金に糸目をつけないんでしたら・・・こういったものもありますが」


ちらりと覗かせたゴールド金貨に防具屋の店主は食いつき、本当は一見さんには御売りしてないんですがね、と地下に案内してくれた。

マネー様々である。

銀行のないこの世界において、防衛のためにもある程度の力か財力を持った相手に地下のものを売りさばくっていうのは正解だろう。

見せびらかせば馬鹿な奴等が奪っていくだろうし、そうでなくとも防衛は大事だ。

ちゃんと金を掛けて防衛策を立てているらしく、地下へと続く階段の壁には魔力の気配がある。

それらは目の前に居る店主から感じる魔力と同じで、持ち主の許可以外では立ち入れないようにきちんと工夫されているらしい。

これなら高級品を置いていても安全そうだった。


だからこそ、地下の防具は上とは違い、間違いなく一級品が置いてあった。


それでも私が持っているものと比べるとレベルが落ちる品物だが、まずまずの品揃えである。

そんな中、壁へと立て掛けられているマントに視線が行く。

ウロボロスが驚いたようにじっと見つめていたのだ。

剣にツタが絡みついたような細やかな刺繍のされたそれは、幾つかの魔法が掛けられている。

防具に魔法効果がついているものはマジックアイテムに分類されるけれど、そのマントは間違いなくマジックアイテムだ。

近づいて触れてみる。


ベルベットのような布の手触りも良いそのマントの名は「失われし王家のマント」というらしい。


・・・騎士さんにそういう名称、あったっけな。

「失われし王刃族」だったか。

名前といい、色合いといい、なんとも彼にぴったりなマントだ。

マントに付属されている能力も、防火、防刃、防寒、防熱と一般冒険者なら是非とも持っていたい補助呪文がかけられていて、【ウロボロス】にはあまり必要ないが、何よりそのマントは見栄えがよかった。

それに、僅かとはいえウロボロスの防御力が上がるみたいだ。


長さなどを見てみるが、マントはまるで彼にあつらえたようなサイズだった。


内側はやや薄紫がかった青で、外側は白。

柔らかいけれど特殊な糸を使い、魔力を込めて作ったらしく大分丈夫なようだ。

彼も気になっているようだし・・・私としてもマントを買ってあげたかったんだし、これにしようかと手に取る。

それなりの布量なので重いかと思ったが、まるで羽のように軽い。

やはりこれは間違いなく一級品なのだろう。

手に取ったことに気付いた店主が揉み手をしながら近づいてきた。

数ある防具の中でもこれは別格らしい。

そりゃそうだろう、大事に立て掛けてあったんだし。


「これは幾らだ」

「流石はお目が高い。こちらは魔力を弾く特性のある「虹蜘蛛」の鋼糸で作ったマントを、退魔の効果のある「魔竜胆」で染め上げられた一品になりまして、なんでも今は無い王家で使われた紋章が刺繍されているようなんですよ。しかし虹蜘蛛の鋼糸や魔竜胆は入手できる数が少なく・・・こちら一枚で10金貨になります」

「主、これは高すぎで・・・」


ウロボロスからしても、そのマントは高いようだった。

けれど彼が気にしているのは一目瞭然。

どうしてこんなところに?という顔をしていたんだから、やはりこれは彼が持つべきものだろう。


「買おう。ギルドカードで支払いたいのだが」

「もちろん、大丈夫ですとも。ではこちらを貴方様が・・・」

「いや、こいつにだ」

「主!?」

「・・・それはお前に似合うものだろう」


さえぎろうとするウロボロスを宥め、さっさと支払ってマントを受け取る。

何か言いたげにしながらも、私がお前のために買ったんだと言えばウロボロスは観念したように受け取った。

すると、マントに異変が起こる。

元々上等そうなマントだったのだが、ウロボロスが手に取った途端、まるで本来の持ち主の元に帰ったとでもいうようにマントが淡く発光し、更にもう一つ能力が追加されたのだ。

その上、名前まで新しく書き換わった。


【失われし王刃族の王衣(マント)】「**」を扱う王刃族の、選ばれし王衣。持ち主の意思に応じて硬化し、盾にすることが出来る。


元々表示されていたものは、本来の持ち主が居ないために効力を落とした状態のようだった。

マントはそのままでも見事なものだったが、能力を取り戻したマントはただならぬ雰囲気を放っている。

大事そうに撫でたウロボロスがばさりと身に纏えば、思ったとおり彼によく似合っていた。

本当に、彼のために作られたかのようだ。


「ああそれと、店主」

「はい何でしょう」

「これと似たものが入ったらまた買いたい。もし入ってきたら取り置いてくれるか」

「お安い御用ですよ、またご贔屓に」


高いものが売れて向こうもほくほくらしく、喜んだように頷いた。

多分、ぼったくられてるなこれ。

本当は高くても金貨5枚、いや、3枚とかだったりしそうだ。

元々付いていた能力は悪くなかったが、持ち主以外ではちょっといいマント程度だったみたいだしなぁ。

でもまあ・・・間違いなくこれは彼に関係のあるものっぽそうだし、このくらいの出費ならまだまだ財布に余裕はある。

マントでも、と思っていたところにこれだ。

これこそ運命の出会いってやつだろう。

それに、これで防具屋的にも私を上客として認識してくれたことだろう。

この一回の買い物で掘り出し物との遭遇率が上がるとしたら、間違いなくお得なイベントだ。

・・・って、この考えはゲーム的か。


「主、知っていらっしゃったんですか」

「何のことだ」


騎士さんが失われし王刃族とやらであること、そのマントが失われし王族のマントという名であることだけは、知っている。

現・王刃族のマントにチェンジしちゃったけど。

けれど騎士さんのものだろうっていうのは私の思い違いかもしれないし、余計なおせっかいかもしれない。

でもウロボロスは何か言いたげにしながらも、最後にはただ深々と頭を下げた。


「俺の・・・いえ、主が知らぬのならば何も言いません。ありがとうございます、主よ」


最上級の礼の尽し方であるだろう、膝をついて頭を下げる、という礼をするウロボロスに、街中では止めなさいと慌てて立ち上がらせる。

防具屋から何歩か歩いただけでここは道のど真ん中だ。

昨日に引き続き、周囲の視線が痛い。

違うんですよ、ウロボロスが勝手にやったんですよ!?

そう思った私が居た堪れなさに早足で人ごみに消えようとすると、待ってください主といつものように追いかけてくるウロボロスに、待て!といった私は・・・多分悪くない。






ウロボロスを撒くように逃げたのが悪かったのだろうか?

それともあれこれ何かフラグでもたてたか?

・・・いや、そもそも昨日アレらと出会ったのが悪かったのだ。

そうだ、きっとそうに違いない。

昨日からこうなることは決まってたんだよ、うん。


だから私は今、こうして男たちに囲まれているわけで・・・路地裏になんて逃げなきゃよかったと思っても後の祭りだった。


場所は薄暗い路地裏。

ウロボロスから離れたいとひたすら細道を歩いた結果、私はそんな場所に迷い込んでしまっていた。

若干方向音痴の気のある私である。

いざとなればその辺の壁をよじ登ればなんとかなるか、と思ったのも悪かったのだろう。

落ち着いて周囲を見渡す。

狭い場所に密集して立てられた建物が多く、ごちゃごちゃとしている印象がある。

レア素材の宝庫である不帰の森目当てで何かと人の出入りが激しい街らしいが、この辺りは人気がほとんどなかった。

時折遠巻きに亜人らが見ているだけである。

どうやら亜人区域が近い、街のはずれに来てしまったようだった。


そして通路の前にも後ろにも、私を逃がすまいと立ちはだかる男たち。


その中の一人は困ったことに見覚えのある顔だった。

本ッ当に・・・こいつらは自殺志願者か!?といいたくなるほど私に突っかかってくる。

あれか。

これは私の運の値がたったの「1」だからだろうか。

確かに運の値が「1」だと階段から足を踏み外したり、仲間を連れていると「うっかり」で攻撃を喰らうことはある・・・らしい。

ウロボロスは「うっかり」を発動させたことないけどね!

でも幾ら運の値が低いからといってこんなにもホイホイと何かを釣り上げた事はない。

森で引きこもりをしていた時だってこんなにもエンカウント率は高くなかったはずだ。

うんざりとした私がため息を零せば、怯えているとでも勘違いした連中がぞっとするような猫なで声で話しかけてきた。

マーカス兄弟とやらの見覚えがあるほうは確か・・・ドルフとかいったか。

痛んでいるっぽい赤毛の、見るからにチンピラ臭い男だ。


「学者さんよぉ、アンタ、金もってんだろ?それを俺らに譲ってやろうとか思わねーの」

「今ならやさしーく言うだけですむぜ?」

「ま、カードに入れた分も貰うがな、ぎひひ」


言われて、ギルドで換金した際に見られていたらしいというのに気付く。

ウロボロスも警告してたっけな。

・・・っていやいや、そうは言っても酒場から鑑定or振込みカウンターはかなりの距離があったはずなのだが!?


これはアレか。


身包みを剥がされる突発イベント的なヤツか?

新人冒険者を脅して身包みをはぐ程度のことは奴らにとって当たり前のようで、むしろ素直に従えば命は取らない、のだそうだ。

嘘付け、とにやけた顔の連中を睨み付ける。

亜人ならどうなるかは知らないと言っているのを聞く限り、私を亜人だと思っている連中は、私から身包みをはいだうえ、ボッコボコにするつもりらしい。

安い勉強代だろうと下卑た笑いが周囲にこだまし、私はその考えが的中していることに頭が痛くなってきた。


私のギルドカードが黒、つまりはランクなしだからか、奴等は大層私を舐めきっていた。


本当に才能のないランクなしならそうされても仕方ないかもしれない。

だが私は今でこそ人の姿をしているが、実際にはどこからどう見てもモンスターとしかいえない姿である。

自分で言うのもなんだが。

確かに身体能力も人間並みに落としているのでザコに思われるかもしれないが、これでも不帰の森を生き延びていた魔術師である。

魔力だけなら威張れる桁で、誰にも負けない魔力量を持っているのだ。

私がカウンターで本性をぽろっと醸し出していたから、そんなに弱くないと気付いたと思ったんだが・・・どこにでも鈍感なヤツはいるようだ。

連中はまだ私が狩られる側のカモだと信じ込んでいる。


近づこうとする連中にどうしたものか、と周囲を見渡す。


路地は狭く、男二人が並んだだけですれ違えないほどだ。

薄暗い上に亜人区域に近いからか人気も少ない。

ま、悪名だけは名高いこいつらに歯向かおうとするスキモノも少ないだろう。

それが彼らに辛く当たられている亜人さんたちなら当然、係わりたくもないだろうな。


・・・さて、私は元々魔力だけは腐るほどあるが、今の「私」の身体能力は常人以下だ。


旅慣れしているスキルがあるから道中では特に不自由を感じなかったが、今ならこいつらと身体能力を比べても劣っている自信がある。

ただでさえひ弱で頭でっかちな魔術師を選択しているうえに、ちょこちょこっと他にポイントを振っているとはいえ、その虚弱っぷりは私から魔力を取ってしまったら動物相手でも苦戦してしまうほどである。


「今」はね。


そんな私が真っ向から向かい合えば、クズとはいえ銅ランクの冒険者である連中に勝てるはずがない。

間違いなく私の方が不利だろう。

となればやはり私が取る手段は有り余るほどの魔力で放つ魔法だが、何の術をつかっちゃおうか、と覚えている術を反芻する。


ハデに木っ端微塵にするか。

いっそ細切れにしてあげるか。

氷の彫刻にでもして見せしめにするか。

燃やして人間松明にするか。

徐々に身体を削っていくか。

私ですらどこに行くか分からないドアを作るか。

毒にして苦しみもがくのを眺めるか。


考えても考えても、どれもいいアイディアに思えて絞りきれない。

なにせファミレスなどでも悩むだけ悩んで、結局いつもの食べなれたものにすることの多い私である。

いっそウロボロスにスパンッと真っ二つにしてもらえれば、楽だろう。

あー早くウロボロスがこないかなぁ・・・、なんて、置き去りにした私が言うのもなんだが。


「おんやー、返事がないなぁ学者さんよ」

「ってことは手荒になっちまうが仕方ねぇよな」

「大人しく渡してりゃ、さっきのネエチャンたちも痛い目をみなかったってのに」

「・・・?」

「そうそう、さっきも受付の亜人らにばら撒いてただろ?亜人ごときが大金もってるなんて許されるとでも思ってんのかよ」


そういい、一人がポケットから金貨を取り出した。

私にとっては見慣れた、けれどこの世界においてレアな金貨。

今それを持っているのは彼女たちしかいない。

さっきギルドであげたエルフの美女ルーアと、兎耳の女性のリュリュだけ。

黙り込む私に対して未だにあーだこーだと好き勝手言っている連中に、昨日から短くなっていた堪忍袋の緒がぶちっと切れた。


「・・・貴様らのような下種なら、消えても問題は無いようだな」


はたからみたら私、絶体絶命のピンチ、とか思っちゃいますよねー。

ですよねー。

でも、考えてみて欲しい。


今の「私」は追い込まれているが、それは彼らだって同じだ。


退路を絶たれている?

いやいや、私を舐めきった連中はただ立ち塞がっているだけだ。

目撃者なしという状況は、私だって待ち望んでいたことだったというのを・・・連中は全く気付いていなかったようだが。


胸に下げたアミュレットを外す。


アミュレット自体も私が有り余る時間でこだわって作ったため、見た目はアンティーク風でくすんだ金の台座に、握りこぶしほどもある大振りの血の色にも似たルビーをはめ込んだものになっている。

見るからに高そう―金目のもの―に見えるアミュレットに、連中の視線が釘づけになった。

きっと観念して渡す気になったのだろうと思うだろう、奴等は。

実際には処刑宣告なのだが。

こきこきっと首を軽く回し、さて、と連中に向き合う。


「貴様らは私が弱いのだといったな。そうだ、私は弱い。・・・が、それは今の「私」だからだ。実際には人間ですらないしな」

「亜人だろ、ランクなしとか亜人以外にありえねえよ」


げひゃひゃ、と笑う男。

どうやら私を嬲ることになんら罪の意識を感じていないようだ。

そして亜人だから持ち物を取り上げてもなんの罪にも問われないのだ、と胸を張っている。

どこまでも腐りきった野郎共だな、おい。

ここまでクズだと私も良心の呵責とやらを感じないというのは、喜ばしいのか、嘆かわしいのか。


「そうだな、広く言えば当てはまる。さて、どれほど弱いのか、といったな。折角だから諸君に判断いただこうか・・・」


手にしたアミュレットを、腰元のポーチにこれ見よがしにしまいこむ。

これで奴等は私がここに貴重品を隠している、と分かっただろう。

分かったところで無駄なのだが。

そのポーチをなくさないよう、更に魔法で異次元に収納する。

これで取り出せるのは術者である私だけ。

残ったのは身一つの私である。

連中はこれで私に遠慮なく暴力を振るえる、と喜んだようだが、そうは問屋が卸さない。

もう心残りはないなと変身の術を解除する私に対して、地面がみしりとひび割れ始めた。

ギルドの木製の床と違い、石で舗装された道は硬い。

しかし、私にとっては霜の上を歩くのと変わらない強度でしかない。

本来の私の姿だと石畳が悲鳴を上げるほどの重量を持つ、という事に連中はやっと気付いたようだった。


「「「は?」」」


ぽかん、と呆ける男たち。

目の前でぼこぼこと膨張していく私に連中の眼が驚きで見開かれた。


だが、私の変化はまだまだ序の口である。


私の体はまず縦に伸び、続いてぼこぼこと腰から下が伸びていく。

窮屈だった重い枷を外せたことへの喜びに、私は無心になって体の隅々にまで魔力を漲らせた。

ばきばきと解されている身体は開放感に溢れ、軽い。

上半身には元は脇腹であった部分から肋骨のようなモノが伸び、2対の鎌状になり飛び出す。

ごぽ、ぐぼ、と粘着質な音を立てて大きくなっていく私と同時に、貧弱なただの骨で出来ていた鎌だったものも、だんだんと硬質で鋭い鎌へと変化していった。

ぎらりと鈍く光を反射する鎌には見るからに毒々しい光沢がある。

これだけで武器になりそうなほど立派なものだ。


しかし私の武器はこれだけではない。


すっぽりと体を覆っていたはずのローブは変化していく私の体に取り込まれ、ぬらぬら、てらてらとした光沢のある黒い身体があらわになる。

ずるりと伸びた下半身はムカデのようで、歩肢と呼ぶらしい8対の足は巨躯を支える割に少なくも思えるが、これでなかなか足の使い方というものは難しいのだ。

元々触手で慣れていたからこそ、8対16本の足を操れるわけで・・・。

不安げなくしっかりと身体を支えられるほど強靭で、どんな悪路でも問題なく歩ける力強い足。

巨大な体躯に背面を覆う硬い装甲、胸部の鋭い鎌、そしてトドメが尾にあたる部分にあるサソリのような毒針。

体液は強酸性と強い毒性を持つため、私自身が何をせずとも周囲に多大な被害をもたらすことも出来る。


色んな害虫を一緒くたにし、攻撃的にしたような奇妙な生物・・・それが私の本来の姿だ。


計ったことはないため自分の大きさなんてよく分かってなかった私だったが、森の中ではそこそこ大きい若木と同じくらいの大きさだったはずだ。

森でどったんばったん暴れて更地にしたくらいだから、この体躯に見合った力はあるはずである。

いざ元の姿になってみると、私の身体は二階建ての建物よりもやや大きいようだ。

巨体の割にどちらかといえば細長い身体だったが、それでも成人男子二人が並べる程度の細い路地を一杯にするほどで、ぎりぎり隣り合う建物を破壊しないサイズらしい。

少しでも身じろぐだけで、ぎしぎしと建物が削られる音がする。

・・・まあ、どのみちあまり身動きできないようだが。


「ひっ、ば、バケモノッ!!」


久々に元の姿になった私はいつのまにか彼らを見失ったことに気付いた。

声だけはするので、どこにいったかな?と目線を下ろす。

生物上の弱点である柔らかい頭部は天然の装甲である硬い外殻に覆われており、左右に広い視野を持つ双瞳を持つ右側と、左側は眉辺り、普通の眼の辺り、頬の辺り、と上下に広い視野を持つ三つの眼がある。

鼻や口といった普通の動物が持つような凹凸や器官はなく、私にあるのは四つの眼だけだ。

前方の二人を目で捉え、感覚器官である触覚で後方の一人をキチンと捉えておく。

見下ろしてみれば、彼らは結構下の方に居た。

普通の人間だと驚いたことに今では私の足先―っていうか、歩肢?―ほどの大きさでしかない。

足先だけでぷちっと串刺しとか、押しつぶしが出来そうである。


『ばけもの?シツレイダナ、貴様ラヨリハひとトシテノるーるヲ守ッテイルツモリダガ?』


我ながらどこから声を出しているか分からないが、声は出る。

少々片言気味だが。

紳士的に構える私に対して、連中は面白いほど怯えていた。


「こんなバケモノがギルドカードを・・・っ」

「ま、まさか、魔物が街を乗っ取りにきたんじゃ!?」

「人語を解す魔物は上ランクだぜ、それこそ、こんなデカブツとなりゃ・・・銀ランクの手が必要じゃねえかよ!!」


ふーん、要するに、魔物の中でも言葉を話す連中―魔族っぽいヤツ―は強いわけだ。

その判断基準が「人語を解するか」なわけね。

そりゃ、今の私なら魔物にしかみえ・・・あれ?

ステータス欄に変化があるのは、気のせい、じゃないよねコレ。

ちかちかと点滅しているのは種族名だ。

暫く見ていると完璧に変化した。


【古の種族】    →【古代神の末裔】

【名状しがたきモノ】→【異なる神性】


・・・な、なんだと。

これってランクアップではなかろうか!?

種族名が変化するなんて初めての経験で、嬉しさのあまり身体をくねらせてしまった。

もしかして私、進化できるんじゃないだろうか?

行く行くは飛べるかも・・・とか思うとなにそれ素敵!と巨体で小躍りしてしまう。

私的にはちょっとした動きだが、周りにとってはそんなものではなかったらしい。

それだけで周囲に軽い地響きが起こり、建物が軋み始める。

どこか遠くからは悲鳴のようなものも聞こえた。


私は慌てて体をちぢこませ、改めて自分が巻き起こす被害を思い知った。


森を更地にした力は街中でも遺憾なく発揮されるらしい。

これはアレだ。

街中では本性出しちゃいかんな。

久方ぶりの本性に気が抜けてしまうが、あれだけ偉そうな口を叩いていた連中は私が小躍りしただけで怯えきっている。


鶏にケンカを売ったらコカトリスだった、的な?


連中は逃げようとしたが、後始末を忘れていたのに気付いた私は後ろの男は毒針で、前の二人は伸ばした鎌で串刺しにして引き止める。

たったの一撃でチャリン、という音と共にアイテムとお金になったのに驚いた。


・・・ナンデスト?


今のは攻撃じゃなくて引きとめだったんですけど???

彼らは断末魔の一つもあげず、あっさりと、それこそたったの一行ほどで退治されたのであった、まる。


「・・・ナントイウ弱サダ」


こんな身なりでバケモノの私だが、元の能力値になっても相変わらず魔法特化型なのだ。

こうみえても。

森を更地に出来ても「それとこれとは別だろう、多分」と思っていたのだが、ある程度能力が強化されている・・・らしい。

この姿なら単純な攻撃力でも2対の鎌で2回攻撃だからそれなりに強いだろうが、銅ランクという、この世界でもそこそこのランクの人間が一撃。

しかも引き止め程度のもので、一撃死。

奴等が銅ランクという中堅でありながら弱かったのか。

それとも新たなランクアップ?で私が強くなったのか。


・・・きっと、奴等が弱かったんだ、そうに違いない。


さくっと人を殺してしまった私だが、【極悪非道】のスキルを手に入れてしまっている私がこの程度のことに揺らぐはずもない。

善人だったら心が痛むが、連中はどうでもいい存在だったし。

むしろ清々した気分だ、なんていうのは人間離れした感性なのだろうか?

そんな考えを振り切るよう頭を振り、周囲が私の存在に気付きそうだと察知する。

久々に本性に戻ったためもう少しばかり寛いでいたい気もしたが、目撃者が出る前にさっさとヒトの姿に化けることにした。

路地の壁が歪んでいたり、地面が陥没していたり、血の跡がまざまざと残っているが無視しておく。

・・・自分で言うのもなんだが、明らかに一戦ありましたという光景だなぁ。

死体は残っていないから、ある意味証拠隠滅は出来ている気はする。


魔法で一瞬のうちに私はいつもの「マガツ」に戻った。


酷い状態の路地だが、明らかになんらかの巨体が暴れた惨状に、私が関与したと思うものは少ないだろう。

改めて魔法の便利さに感嘆する。

魔法ってのは便利だ。

あれだけの巨体を縮めることが出来るし、体重をごまかすことも出来るし、アイテムも隠せる。

身に着けていたローブ一式なんかも戻る前そのままで、これらはどういう原理なのかよくわからないが・・・便利だ。

もし一々破けていたら面倒だっただろう。

主に私の精神面的な意味で。

いやもしかすると今の状況に馴染んでいるくらいだから、裸にも慣れるかもしれない。

そうなったら私の乙女心は消えうせたも同然だなと苦笑し、魔法で収納したポーチを呼び戻して改めて腰にしっかりと装着する。


あれだけの開放感のあとはやはり大分窮屈に思えるが、私はモラルは守る人間である。


元人間だけど。

現化物だけど。


無駄に争いを生むのは好きじゃないので、とりあえずこれからもどんなに窮屈とはいえ旅の間くらいは周囲の皆さんに迷惑を掛けないよう人型で過ごすのがデフォルトだろう。

さて、あとは残された戦利品を回収して・・・


「主ぃいい!!!」

「っ!?」


私の気配を追ってきたウロボロスが今になって追いついたようだった。

心配のあまりかフル装備(全身鎧装着済み)のガチムチ騎士にがしぃっと飛びつかれたが、貴兄はお忘れではないだろうか?


人間としての「私」は吹けば吹き飛ぶような軟弱男子である。


つまり、飛びつかれれば吹き飛ぶのも当然だ。

それがイケメンとはいえ剣を扱うようなガチムチ騎士に全身全霊でされたのならば、私にとってトラックに衝突されたようなものである。

あっけなくぽーんと吹き飛んだ私は近くにあった木箱に突っ込んだ。

・・・おい。


「あ、あああ主ぃ!?」

「・・・」


せいぜいLV10程度の虚弱貧弱無抵抗魔術師の私。

対するLV40台のチート仕様の騎士サマ。

私の21ぽっちりのHPと、濡れた紙ほどに脆い防御力は、ウロボロスに頭を撫でられただけで減るほど貧弱だ。

そんな私がじゃれ付き程度とはいえ、全力でタックルしてきたウロボロスの攻撃に耐えられるはずもなく・・・。


「主ィィイイイ!!!」


まさかの初死は、うっかりでもなんでもなく、仲間からの突っ込みでした。

いや、これもある意味でうっかりだろう。


―・・・これが運「1」の恐ろしさか。


わんこ属性の騎士にまさかドジッ子属性とか、ないわー。

薄れいく意識の中、続きから、の選択肢があるといいなと意識はフェードアウトしていったのである。




本人の運の低さは、アイテムである程度カバーでき、普段はそれで補ってます。

箪笥の角に小指→物理攻撃無効

階段から転落→衝撃無効

でも「うっかり」ばかりはどうにもならない。


グラスアサッシンとか、ペンドラーとかの蟲系モンスターとか可愛いくて好きです。

ちなみに、マガツは家では半魔状態で、ほぼ人型でローブの裾とかから触手がうじゃうじゃ。

本人曰く「便利だから」だそうだ。


そしてウロボロス、力加減はまだ慣れていないという衝撃のオチ。


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