フラグを立てない、と思った時点でフラグは立っているのだよ!!(某人いわく)
あっさりと順応し、一話の間に軽く数年、数十年以上経過しちゃってます。
のんびり自炊ライフを送る本人の「どれくらいたったっけなぁ?」なテキトーさがウリです、多分。
これはええとあれだ・・・主人公補正?
ちょっとシリアス風味。
ごぼごぼ・・・
「うーんと、今日の実験に使うには、ちょっと減ってきたかなぁ・・・。明日収穫に行こうと思ったけど、今日行こうかな?明日にしようかな?」
一人で暮らしている時間が長いと、どうしても独り言が増えてしまうのが悩みだ。
いや、今のところ一人暮らしだからいいけどね。
マガツになる前の私も一人暮らししていたから、元々独り言が多かった方だった。
だって喋らなかったら一日中喋らないとかもザラだったからなー・・・連休で二、三日引きこもってコンビニに出かけたら舌がもつれて動かなかった、っていう経験が何度かある。
仕事以外ではぼっちだったからなぁと思うと、自分の交友範囲の狭さに視界がぼやけてきた。
・・・あ、そろそろ鍋が煮えてきた。
さくっと思考を切り替え、独り言をこぼす。
だから部屋の中には私があれこれ呟く声と、煮えたぎる鍋の音しか聞こえなかった。
それにしても・・・ここにきてからますます拍車が掛かったようだ、と窓の外から見える、手入れが行き届いているお陰で青々と茂った果樹園を見つめた。
畑は思った以上に果樹園として立派に育っていた。
一部ではちょこちょことハーブも育て始めていて、なんとか軌道にも乗っている。
ハーブは基本的に殆ど育ちにくい種類ばかりですぐダメになりやすいが、新しく手に入れたスキルと土壌との相性がいいらしく、すくすくと育っていた。
これで料理に幅が出来るというものだ。
牧場も、森で捕まえた野良山羊(?)がいい具合に繁殖してくれていて、生活も豊かである。
何せ肉が欲しければ森で獣を捕まえればいいし、鳥の巣から卵を失敬したり、牧場の山羊から乳を頂戴したり、たまに川で魚を釣ったり。
肉も魚も乳も手に入るのだ。
野菜ばっかりは食べれるときと食べれないときのムラがあるから、食べれる野草探しも鋭意続行中である。
この一人暮らしを初めてどれぐらい経ったかは忘れたが、中々にハードな日常生活でスキルはばっちり上がっていた。
主にサバイバル関連で。
【お料理好き】 →【我が家のコックさん】お料理の腕はもうプロ級!まあ、神様が喜ぶほどではないんだけどネ
【土いじり好き】 →【緑の手の持ち主】どんな植物でも育てられるよ、やったね!育ちにくいものでも育てられるからガンバ♪
【ブリーダー】 →【伝説の仲人】どんな番でもバッチこい!・・・人間もお手の物だったりするんだなこれが(笑)
【お家が一番】 →【自宅警備員】外に出たくないでござる、外に出たくないでござる!家の中は聖域なのでステータスアップも当然ですよね
【器用貧乏】 →【指先の魔術師】器用さに磨きがかかった!扉の開錠もお手の物
【魔術の心得】 →【中級魔術師】魔術師ランク4 まあまあ魔術師らしいでしょう
せっせと練習していただけあり、戦いではどうなるか分からないが、魔術師としてのランクは悪くない・・・と思う。
更に、私はとても画期的な新しいスキルを手に入れていたのだ!
【脳内図書館】一度読んだ本の内容を忘れない。魔術書も同様。よかったねレアスキルだよ!
これが恐ろしく便利だった。
魔術書は籠められた魔力を開放することによって、ランダムに崩壊する。
ようするに使い捨てだ。
スキルブックは繰り返し読めるというのに何故か魔法書だけは必ず壊れる。
知力が高ければ習得する速度が上がり、崩壊するまでに読みきることも出来る、が、習得するまでが長かった。
それまでに何冊読み潰すことか・・・。
物資の限られたこの環境の中で、私は悩んだ。
時間だけはあるから悩んで悩んで、眠る間際にふと捻り出した答えが「ゲーム中とはいえ今は現実なんだから書き写せるんじゃないか?」というものだった。
思い立ったら即実行。
時間だけは腐るほどあるし、失敗したとしても私のその心意気は無駄ではない、はず。
そう思って「書き写す」ことだけに集中して、机の中に仕舞われていたペンを片手にその辺に転がっていた真っ白な本(転がっていた本の幾つかは何故か白紙になっていた。不思議!)に書き写してみた。
幸い、魔術書はどういう訳か読める文字で書かれている。
緊張感からぷるぷると腕を震わせながら書き記していると、いつの間にか伸びた触手もどこからか手に入れたペンを握って白紙に書いていたりするが・・・そんなことに気付かず、私はずーーーっと描き続けた。
人力プラス触手力(七本)で合計八馬力程度だろうか?
その結果、手先を使ったのがいいのか、頭を使ったのが良かったのか、この新しい画期的なスキルを手に入れたのだった。
私凄い。
ちょー凄い。
誰も褒めてくれないので自分で褒める。
ちょっと格好悪いが私一人しか居ないしね、ココ。
「ぶつぶつぶつ・・・よし、いこっかなぁ。思い立ったが吉日ってね~」
ずるずると引きずる触手を引っ込め、念のためにアミュレットを持つ。
魔具創作のスキルを持っていたため試しにと幾つか作ってみたところ、思った以上にいい性能のものが作れることに気がついた。
勿論それらの材料は普通のものではなく魔力が籠められているものでなければ十分な威力を発揮できないが、幸いにもチロから引き継いだ素材の中にそういったものはゴロゴロしていたし、森で拾った綺麗な石なんかは不思議と高い魔力を秘めていたため魔具の元としては問題ないどころか適任だった。
魔具であるこのアミュレットには「持ち主の姿を変化させる術」と「自身の体重の軽量化」をさせる術がこめられている。
なくても平気だけれど、どこでなにがあるかわからないとなると念のために持つことにしたのだ。
MPは多いが、集中が途切れれば術が途切れてしまう可能性があるのだから。
ついでに増えた足をしっかり人間らしい二本にまで減らし、大きさを人間大にまで縮め、腕が二本になったかを確認する。
鏡に映る四つ目の形相に、ああ、と目を見開いた。
「・・・っと、ニンゲンは目が二つだったなー。口も牙が覗いちゃダメだし。最近こればっかだから忘れそうだった・・・」
曇らないよう毎日磨いている鏡でちゃんと人間らしいか確認して、普段着用のローブとの上からいつものポーチを腰につける。
そこにいるのは長身痩躯の、くすんだ灰色の髪に濁った黒の眼をした陰鬱そうな男で、もはや見慣れた「マガツ」のものだった。
これでもし人に出会ったとしても怖がられることはないだろうと、私は意気揚々に森へと足を伸ばしたのだ。
万全の準備をしたからなのか。
それともそういうタイミングだったのか。
私はなんかフラグをたてちゃったようだった。
「ど、どうしてこうなった」
森にて錬金に使う植物などを取りにきたら、死体に出会った。
って、ちょっと違うか・・・見つけたのは今にも死にそうな人間だった。
瀕死の相手の上空にて浮かぶHPバーは一ミリあるかないか。
どこからどう見ても死に掛けで、放っておくと数分くらいで息絶えるだろう。
「・・・死んでたら身包み剥いで食料にするんだけど、生きてるのにトドメっていうのはヤだし、いい加減この世界の情報くらい聞いておいたほうがいいかなぁ」
死んでいれば心置きなくアイテムは貰い、腐っていようが居なかろうがその死体はおいしく戴く。
それがこの森で生きていくコツだった。
余談だけど、私の精神的な打たれ強さの甲斐あって【異次元の胃袋】というものを手に入れていた。
腐ったものでも気にせず食べられる素敵なスキルである。
お陰でどんなものでも-文字通り鉄であろうが木片であろうが腐っているものであろうが何でも-食べれるようになり、オマケとして毒・麻痺無効などを手に入れていたりするが・・・単なる副産物である。
サバイバル生活にはとっても便利だけどね!
閑話休題。
時折森を散策すると人間の死体に会う事もある。
とはいえ極稀で、人間であろうが「食べ物」という認識になってからは大事な食料として歓迎していた。
何度か人肉を食べたせいか【人肉好き】という謎のスキルを得ていたりするが・・・別に食人鬼のように人を襲っているわけではないので気にしないでおく。
ゲームでは普通に食材扱いだったし、単に貧乏性なだけなのだ。
それに面倒くさがりだし。
だから相手には悪いが死んでいてくれれば心置きなく冷静に対応できたのだが、半死半生とはいえ生きている相手に出会ったのは初めてのことだった。
悩みつつも目の前の男は本当に今にも死にそうなので、持ってきていたポーションをぶちまけてみる。
ばしゃっとぶちまけたのはごくごく微量しか回復できない試作ポーション(失敗作)で、HPバーの残り一ミリだったのが五ミリくらいになった。
失敗作とはいえそれなりに効き目があるみたいだ。
・・・ちゃんとポーションになってるのが凄いなぁ、と自分で作っておきながら他人事のように感心してしまう。
や、一応ポーションとは分かってるけど、どういうポーションかまでは知らなかったからさ。
手持ちの試作ポーションが一気に鑑定されたのがわかり、ほっとする。
そして気付いた。
倒れている男の頭からポーションをぶちまけたため、ぽたぽたと水滴が顔を伝い、死に掛けの相手が若い男だと分かる。
血で薄汚れていて分からなかったけど、これ、天然の銀髪ってやつじゃないだろうか?
まじまじと見ながら気になったので、ローブの袖で顔をぬぐってみる。
あんまり上等そうじゃない鈍い鉄色の西洋甲冑を身に纏った若い男は思った以上に綺麗な銀髪をしていて、整った顔立ちが露になった。
それも「驚くほどのイケメン」だ。
ファンタジーにありがちな外国人らしい彫りの深い顔立ちで、けれどくどくない、美術館で飾られていてもおかしくないほどの正統派なイケメンである。
その鎧などの見た目からして騎士か、それに順ずる職業についているのだろう逞しい体つきだ。
傷は若干癒えたとはいえ、使ったのは失敗作の試作ポーション。
流石に万能回復薬のように全快するはずもなく、意識が戻るほど良くなった訳ではない様だ。
「・・・運ぶの?私が??まあ荷物と考えれば・・・kgまでは軽々だけど、乙女が運ぶなんて」
ぶつぶついいつつも、私自身がもう乙女でないことなどとっくの昔に思い知っている。
むしろ人間ですらない。
しかしそれでも主張くらいはしておきたかったのだ。
久々似合った人間に対して、もしかしたら浮き足立っていたのかもしれない。
ひょいっと持ち上げた相手は装備の重量を合わせて百キロ近いだろう。
それを軽々ともてるようになったのは成長したというべきか、人間離れしたというべきか・・・まあ、この程度なら採取したものを合わせても全く負荷にはならない。
ポーチには既にずしりとした重さを感じさせるほど材料を収穫してあり、問題がなければこのまま帰っても良さそうだった。
「じゃあ、初めてのお客さんを連れ帰ってみましょうかね。・・・あ、これじゃオカマに思われるかな?」
マガツの姿はどこからどう見ても男。
しかしマガツの中身、魂は私「曲津千尋」という女性のものだ。
今まで一人で暮らしだったから全く気にしていなかったけど、誰かと出会った際にもこれでは要らぬ警戒をさせるかもしれない。
とはいえ、生まれてきてこの方ずっとこの口調だったのを今日からすぐに変えられるはずもない。
絶対に何処かでボロが出てしまうだろう。
それくらいなら口数を抑えてごまかそうかな、と思った。
-----
----------
-----------------
俺は全身の痛みで目を覚ました。
・・・痛み?
・・・痛みだと!?
体に走る痛みは確かに生きているからこそ感じるもので、身じろごうとするだけでぴりぴりと皮膚が引きつる。
つまりはまだ俺は死んでいないのだ。
あれだけの深手を負って死んでいないのか、と目を開けれは、そこにあったのは小奇麗にされた・・・けれど本の溢れる無機質な部屋だった。
見覚えがない部屋に目を細める。
ランプに照らされる白い石造りの壁。
青灰色の石畳が敷かれた床には直に本が積まれている。
薬草を煎じているような匂いが僅かに漂っていた。
目だけを動かせば、視界の端に細長い人影があることに気付く。
「だ・・・れだ」
俺が足を踏み入れたのは不帰の森。
そこに足を踏み入れてクリアした者は無く、奥へと進み帰ってきた人間はいない。
だからこそ俺は追っ手を振り切るために森へと逃げ込んだ。
深く多い茂った森自体に魔力があり、もし踏み入れたのなら森が、生物が、牙をむくからだ。
そんな場所に住むなど常人ではない。
椅子に腰掛けているらしいローブを纏った痩身に、隠者か?とあたりをつける。
声に気付いたのか振り向いた顔は脳裏に描いていた老人のものとは違い、思ったよりも若く、そして陰鬱な影が色濃い。
まるで世の全てに絶望したかのように。
髪色は白というには暗く、黒というにはくすんで明るい灰色で、年寄りにも、若い男のものにも見える。
ただしその瞳だけは深淵を覗いたかのように底のない黒だった。
「目が覚めたか」
隠者が口を開く。
神経質そうな声がぶっきらぼうに掛けられた。
助けてくれたのはこの男、なのだろうか。
いや・・・間違いなくこの男なのだろう。
薬湯作っていたらしい隠者が手を止め、室内にはただ静かにくつくつと鍋の煮える音が響いている。
「ここは・・・」
「・・・森の中ほどにある私の家だ」
「森の中ほどに、家?こんな場所に貴殿は住まわれているのか!?」
「住み心地は、いいが」
驚く俺とは対照的に、隠者は何がおかしいのかといわんばかりに目を細めた。
通りがかった隠者が森の端に住むのならば、分かる。
この森に着かず離れずの距離を保ちながら村はいくつか点在し、時折流れてくる森からのお零れを頂戴しているからだ。
迷い出てくる魔物を倒すだけで手に入れられる財は多い。
その毛皮も、肉も、体内にて蓄えられた魔力によって練り上げられた魔石も、全てに価値がある。
だからこそこんな辺鄙な場所から近い―とはいえ五日ほどの距離だが―所にギルドがあるのだから。
だが罷り間違っても「森の中に住む」ものなどいない。
森の魔力はもはや瘴気といっていい状態であり、魔物しか存在しないからだ。
普通の人間が足を踏み入れれば獣や魔物に襲われて死ぬか、魔力に当てられて狂うか、魔物となる道しかない。
だからこそ滞在できるのは精々一日二日と定め、探索するのだ。
最長でもこの森に滞在したのは五日程と聞いているが、その最長記録を持つものも最終的には狂ってしまい、どこかに逃亡したといわれている。
そんな場所に住むなど狂気の沙汰だ。
・・・なのだが、彼の目の前にいる隠者は住み心地がいいとすらいった。
確かに魔術師にとっては必需品とも呼べる魔力に溢れた品々のあるこの森は、宝の森だろう。
もしここに住む事が出来るならば・・・快適以外でも何者でもない。
俺は改めて目の前にいる隠者が只者でないことを悟った。
何せこの森に住み着くほどの人だ。
俺は初耳だし、きっと誰も知らないに違いない。
「では、貴殿が俺を・・・」
「目の前で死なれては困る」
すっと目線が下がる。
死に掛けたところを助けられた上、更に手当てをされている。
なのに俺は礼も言わず寝たままだった。
失礼だったと思い至り、慌てて体を起こそうとし・・・違和感に気付く。
体の左半分に感覚がない。
体を起こそうにも麻痺したかのように全身が重い。
左手を動かそうと集中してもだらりと投げ出された腕はぴくりとも動かなかった。
急に左半身を襲う喪失感。
左手が使えないだけならまだいい。
しかし感じる違和感は「俺の体はもう半分ほど死んでいるのだ」と訴えている。
俺は右利きだ。
隻腕の剣士が居るのだから、右手が無事なら何とかなるだろう。
だが、剣を振るには重心が大事である。
左半身が麻痺したとなると日常生活すらおくれない可能性があるのだ。
俺にたった一つだけ残されていたのは剣だけだというのに、もはや剣すら握れないのか!?
そう混乱する俺を宥めるよう、静かな声が掛けられた。
隠者の声は不思議と俺を落ち着かせ、一歩近づいた彼の手に見慣れないものが納まっていることに気付いた。
「これは」
「・・・痛み止め、のようなものだ」
「痛み止め・・・?」
冷静になるためにもその瓶を受け取る。
大降りの、奇妙な形をした瓶は見慣れないものだった。
丸い形に細長い飲み口をつけたような、そんな形だ。
そんな瓶も、そんな青色の液体も、見たことがない。
毒薬だといわれたら納得できるような色合いである。
だが俺を助けた隠者が痛み止めだというなら、そうなのだろう。
少なくともこの隠者はわざわざ俺を助け、手当てをし、痛み止めまで提供してくれている。
俺が無知なだけでもしかすると知る人ぞ知る高名な魔術師かもしれない隠者に対し、厚意からの彼の申し出を断ることが出来るはずもなく、意を決して飲み干す。
予想に反して、喉越しはいい。
さらりとした口当たりとほのかな甘さが広がり、痛みが薄れていくのが分かった。
驚く俺を尻目に隠者は言葉を続ける。
「お前は何故ここに来た」
「俺は・・・俺は追っ手から逃げるために」
「追っ手?」
そうだ、追っ手だ。
俺の家族を、家を、滅ぼした連中が・・・俺の身を求めて追ってくるかもしれない。
外で俺を殺すなら、あの連中だけでも問題なかっただろう。
だがここは不帰の森。
人数を増やすか、腕の立つもので改めて足を踏み入れねば・・・如何な連中とてここまで辿り着けないだろう。
しかし俺の事情を話してしまえばこの隠者をも巻き込んでしまうだろうというのは簡単に予想できた。
僅かばかり悩み、やはり話さないほうがいいだろうと隠者を見つめる。
隠者は相変わらず感情の無い顔で俺を見ていた。
「恩人よ、申し訳ないがこれ以上聞けば貴殿の身が危うくなる」
「・・・」
「俺は追われている。今俺を追っていた連中でこの森の奥地にまで追ってくるほどの手馴は居ないとは思うが・・・俺の事を聞けば巻き込まれるのは確実だろう」
濁った黒々とした瞳がじっと俺を見つめた。
それは事実か?とでも言いたげに。
まるで表情の変わらない顔だが、心の中を探られているようでどこか後ろめたくなる。
実際には面倒ごとになど巻き込まれたくないと思っているのかもしれないが。
いや、それは俺の願望なのだろう。
隠者は嫌そうな素振りすら見せぬままなのだから。
本心の見えぬ隠者に俺はどう接すればいいのか悩む。
だが巻き込まないほうが彼のためだと思った。
黙り込んだ俺に対して隠者がそっけなく声を掛ける。
「・・・私は、外の事情を知らない。だから、お前の事を聞いたとてどうでもいい。追っ手はこない、それでいいのだな」
「多分、大丈夫だろう」
隠者はもう興味がないとでもいうようにあっさりと言葉を切った。
次の対象は俺自身らしく、傷の具合を聞かれる。
死に掛けていたとは思えぬほど傷は癒えていた。
連中の腕もなかなかなもので、もしこの隠者が居なければ俺は確実に息絶えていただろう。
俺はあのとき死を覚悟したほどだ。
だが、痛みこそあるが切り裂かれた腹の傷は今では薄皮が張っているほど癒えていた。
本来なら在り得ない状態だ。
連中に襲い掛かられ、鎧ごと切り裂かれた腹から臓物が零れたのをしっかりと覚えている。
押さえた手に感じた俺自身の臓腑の生温さも。
・・・だが、この傷の具合から言ってあとは安静にしているだけで癒えるだろう。
大丈夫です。と答えると、なら、と隠者は言葉を続ける。
「お前はどうする。口ぶりからして、森の中を一人では出歩けないように聞こえるが」
「俺には元より不帰の森を抜けられる程の技量はない。もしそれだけの腕があったとしても・・・左半身が・・・動かない」
「・・・」
「恩人よ、もし貴殿が名立たる賢者ならば俺の体を治す方法を知らぬだろうか?死に掛けていた俺を助けるほどの腕前ならば、もしや、もしや貴殿にはなにか手があるのでは・・・?」
賢者と呼ばれる人間でも人を癒すほどの魔法を持つものは居ない。
魔術師とは得てして破壊することのみに長けているからだ。
もし癒すことができるのならば、それは聖者だ。
それこそ神の使い。
いいや、神の化身とすら言える。
夢物語と笑われるかもしれないが、だが己の身に起こった事柄を思えば、もしやという思いがよぎった。
あれほどの痛み止めがあるという話は冒険者の間でも聞いた事が無い。
それにあれだけの深手を癒したのはもしかすると魔法か、それに近しい技なのだろう。
縋るよう隠者を見上げる。
この御方なら、と。
癒しの力を持つ聖者は世界にも数人しか居ない。
貴重な彼らは国に召抱えられ、王族か要人にのみ力を振る。
それでももしかしたらと思ったのだ。
こんな場所に住む隠者は、そんな連中から逃げて住み着いたのではないか、と。
しかし隠者の眼差しは暗く濁ったまま変わらない。
「何がしたいのかわからん。お前は、何がしたい」
「・・・っ!?」
「追われて森に逃げた。森から出る腕前はない。だが体は治してほしい。・・・何をしたらいいのかが分からん」
隠者にそうはっきりと言い捨てられて俺は言葉に詰まった。
俺は何をしたいのか?
俺の平穏な生活はある日打ち砕かれ、追われ、生きるために逃げた。
逃げた先にあったのが不帰の森で、一か八かの賭けだった。
撒くことができればよし。
撒けずとも、己の体は「奴等」に渡らないだろうというやけっぱちなものだった。
逃げることに疲れていたのかもしれない。
しかし生き残った。
生き残ってしまった。
体が癒えれば逃亡生活は続く。
死んでしまえば全ては終わったが、俺の時間はまだまだあり、隠者は「どうしたいのか」と訊ねてくる。
偽らない本心を言え、と。
恐る恐る口を開けば、口をついて出るのは我ながら己にばかり都合のいい見苦しい言葉だ、と浮かぶ自嘲をかみ殺す。
「お、れは・・・俺は、ただ、平穏な暮らしができればよかったのです。家族と共に、平穏に暮らせれば。ですが、俺の体に流れる血は今や奴等が血眼になって追うでしょう。生きる限り、追われるでしょう。ですが、もし生きて森から帰れるならば、殺された家族の仇を取りたいです。せめて、亡骸を・・・葬ってやるくらいはしたいのです」
そういうとこみ上げる涙と嗚咽を隠すよう、何とか動く右腕で顔を覆った。
噛み殺しきれない嗚咽が部屋に響く。
隠者は何も言わない。
見苦しいと思っているのだろうか。
なんと傲慢なと思っているのだろうか。
それとも・・・哀れんでいるのだろうか。
実際には数分だっただろうが何時間にも思えるほどの間があり、隠者は口を開いた。
「これは賭けだ。乗るか」
「は・・・」
「私には癒す呪文も、道具もある。だが、お前はそれだけで生きていけないだろう。お前が欲しいのは生きていけるだけの力と体。欲しいか?それが」
平坦な声で隠者は告げた。
力が欲しいか。
強い体が欲しいか、と。
それはどう聞いても悪魔の言葉にしか聞こえないものだった。
掛けろ、といったのだ。
こんなときに何を掛けるかなど決まっている。
命だ。
今の俺にそれ以外の掛けられるものなどない。
だが、今の俺には神からのお告げともとれる言葉だった。
何であろうと可能性があるならば縋りたい。
それが、悪魔の言葉であろうとも。
それに何よりも、目の前の隠者は瀕死の俺を何も言わず救ったのだ。
悪魔の甘言にも似た言葉に身を任せるだけの、ちっぽけで一方的な信頼が、そこにあった。
「隠者、いえ、賢者殿、俺には可能性がありますか?」
「覚悟があればいい。私も持てる力で支える。ただ、合わなければ死ぬだけだ」
「・・・ああ、有難うございます賢者殿。俺に機会を与えてくださって。ここで貴殿に救われたのも、何かのお告げだったのでしょう」
隠者、いや賢者様に死ぬと言われているにもかかわらず、俺は微笑んだ。
これほど恵まれたことはないと。
これは正しく神のお導きなのだろう。
口数少ない賢者は何も言わず、あるものを取り出した。
鎧だ。
俺が身に着けていた鋼の鎧とは似ても似つかない、銀色の、精巧な細工のなされたそれからは目に見えて分かる程の魔力が渦巻いている。
マジックアイテム。
それも、間違いなく神依の代物だ。
魔力が目に見えるなんていう代物は今まで見たことが無い。
そうでなくとも美術的価値のありそうなそれを音もなく取り出した隠者は、鎧を俺の横へと置いた。
本来なら兜―頭の先―から具足まであるのだろう鎧は、上半身だけのフルプレートだけが置かれている。
「それは生きている鎧だ。適合すれば強靭な肉体と、魔術を跳ね返す守りを、何者をも凌駕する力を得るだろう。不老不死に近くなるともいえる。だが合わなければ死ぬ。それを一度身につければ二度と脱ぐことは出来ない。そして・・・私が傍らで癒したとて地獄の責め苦を永らえるだけかもしれない」
「試させて頂くだけで光栄です、賢者殿」
「・・・・・・・私は、嘘を言っているのかもしれないぞ」
「いいえ。賢者殿はとてもお優しいお方です。俺のようなものに不釣合いな神依級の魔具を使わせて頂くだけで、身に余る光栄ですから」
そう語る俺に、賢者は初めて表情を変えた。
神経質そうな細い眉を片方だけ器用に吊り上げたのだ。
身の程知らずがと思ったのか、気まぐれだと笑ったのかは分からない。
だが隠者は俺に機会をくれた。
確立は低くとも、俺に力を得る可能性が出来たのだ。
右手を伸ばして指先で鎧に触れる。
指先から恐ろしいまでに凝縮された魔力と、猛々しい何かの「意思」を感じた。
ああ、確かにこれは「生きて」いる。
屈したものを喰らい尽さんという鎧の意思が感じられた。
触れるもの全てを喰らい尽さんとする鎧は恐ろしい。
見た目は美しい白銀の鎧でありながら、内包するモノは限りなく「魔」に近いように思えた。
だが俺は怯む事無く、上半身裸のままで鎧を手にする。
機能を失った左半身は全く使えず、片手では鎧を纏うことなど難しいだろう、と思っていた俺の思いを裏切るよう、嵌めた傍からぎしりと鎧が体に巻きついていく。
生きている、というだけあり、意志があるかのようにそれは纏わりついた。
「・・・っ、----!?!!」
べき ばきばき
ごりっ
体に直接、鎧から伸びた「何か」が突き刺さる。
見事な装飾のなされた銀の鎧はぐにゃりと姿を変え、一気に俺の体を侵食し始めた。
神経を直接撫でられるような痛みが全身を襲う。
腹を切り裂かれた時よりも遥かに死を感じさせる俺の体を蝕む銀の魔手に、思わず獣じみた声が上がる。
「あ、ぐっががGugaaaa!!!!」
「・・・汝に祝福あれ」
隠者が呟く。
隠者は恐れるような、泣きそうな、嘲笑うような、そんな顔で俺に言葉を掛けた。
どこからどー見てもマガツさんが悪人という、ね。
こう見えて本人パニックになってるからなんですよ!とフォローを入れてみる。
騎士さんはイケメン。
超イケメン。
だけど千尋さんの好みではないようです(笑)
そして次で騎士さんがジョブチェンジ。
マガツもある意味ジョブチェンジ。
次からは安定のまったりモードで。