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アルソートの決着(A面)

人類はその日、絶望を知ることになる・・・!(前振り)




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「おい全員構えろ!ヤツがくるぞ!!」

「バカッ、それより逃げるほうが安全に決まってんだろ!?」

「ありえない、あんな、あんなモノが居るなんて・・・」


文字通り血相を変えてやってきた三人組の冒険者に、一体なんなんだ、と後方に居た者たちは視線を向けた。

そして気付く。

彼らが銅の中でも最上位といわれる「森の刃」と呼ばれる冒険者パーティであることに。

いまだ若いが頭角を現しつつある剣士のフォロス、腕はいいが性格に癖のある狩人のロダ、偏屈魔法使いのサディールと、戦闘面でのバランスがいい上、個々の能力も突出した面々だ。

銀に近い彼らはこの街で銀の資格を得ようとやってきていたパーティだった。

街に近いところに出てくるモンスター程度は談笑しながらでも退治できるほどの腕前だ。

一端の冒険者では中々近づくことの出来ない不帰の森に近づき、更に彼らならば足を踏み入れることすら出来るだろう。

そんな実力者である彼らが慌てている。

それが構えろとも逃げろとも言っていることに、その場に集まった人族は動揺した。

彼らがそこまで言うのならば、この場に居るものにとって命の危険がある、ということに他ならないからだ。


「な、なにがあったのフォロス?アナタ飼いジルを捕まえにいくっていったきりじゃない」


一人待たされていた同じパーティーのエカリテがいぶかしむようにフォロスへと詰め寄る。

パーティーに欠かせない薬師であり、いささか弱気な面のある彼女には、普段であれば優しく答えただろう。

機嫌を損ねて毒薬でも盛られれば一貫の終わりだ。

しかし苛立ちを隠さないままにフォロスが声を張り上げる。


「なにがあった、じゃねえよ!バケモノだ、この街に出たっていうバケモノが人間を狩りにやってきやがった!!」


フォロスの言葉にざわめきが走る。

この街においてバケモノを差すものは一つしかない。

生半可な攻撃を弾くほどに固い外殻を持ち、ほとんどの魔法に強い耐性を持ち、それでいて斬りつければ強酸を撒き散らす・・・あの凶悪な魔物に他ならない。


― 得体の知れない魔物が再び、この街に現れた。


そのときの恐怖を思い出したものから我先に、と逃げ出す。

狩人という職業柄、何かと勘のいいロダが早く逃げろと捲し立てているのだ。

普段は軽口を叩くロダが必死になり逃げろ、と。

その姿に今逃げなければあの時の二の舞だ!と逃げ出すものは多かった。

何せ今この街にあの高名な「銀剣」はいないのだ。

人としての高みにあった銀クラスの冒険者である「銀剣」が適わない相手に、銅程度の冒険者がどうにかできるはずがない。


逃げていく人族に、ボロボロの亜人らはほんのすこしばかり安堵した。


未だ立ちはだかるのは精々その三分の一、といったところだろう。

それほどまでにあの魔物は恐れられていた。


勿論、亜人らとてそのバケモノは怖い。


だが抵抗を許されずに殺されようとするのと、戦える可能性がある魔物と対峙する方、どちらかを選べといわれれば彼らは迷う事無く後者を選ぶだろう。

戦って自分で道を切り開くのだ、と。

人に攻撃を許されないのならと防衛だけを続けているが、それとていつまで続けられるかは分からない。

時間がたてばたつほど、亜人らが不利になる。

それでも亜人らは諦めなかった。

心折れれば彼らは名実共に家畜にまで堕ちてしまうからだ。

そこに一つの言葉が投げかけられる。


「やあ諸君、ご機嫌麗しく・・・はないな。反吐が出そうだ、貴様らの愚昧さに。全くもって諸君らの愚かしさに腹立ち以外なにを感じればいいのか分からないほどだとは、いやはや、驚きだ。長らく生きてきてこのような思いは初体験だよ」


唐突に現れた痩身の男はそういい放った。

背後には絢爛豪華な銀の装飾の成された全身鎧フルプレートメイルを身に纏う、銀剣を携えた護衛を携えている。

くつくつと笑いを交え、軽口を叩くような口ぶりだが、声は地を這うように低く冷たい。

あれほど騒いでいた人族ですら自然と黙り込んでいた。

男の威圧感に誰一人として口を開けない。


それは人ではない、と誰もが感じ取っていた。


バケモノが来るといわれ身構えていたはずが、現れたのは痩身の男と護衛が一人。

しかし、皆はこれこそがあのバケモノだと感じていた。

見た目はどこにでも居そうな魔術師風の人である。

痩せぎすで、血色が悪く、ひ弱そうだ。

魔術師でありながら杖を手にしていない。

その上、身につけている高価な装身具は盗賊や荒事を好む者たちにとっては喉から手が出るほど欲しがりそうな、質のいいモノばかりと、いつ狙われてもおかしくない身なりだ。


だが、その場にいる者達はそんな大それた事をしでかす気にはならなかった。


存在感が違う。

次元が違う。

種が違う。

感覚の鋭い亜人らは近づいてきた時点で男の存在を恐れて静まり返り、感覚の鈍い傲慢な人族すらも男を前にすると恐怖のあまり黙り込んだ。

先ほどまでの騒々しさが一転して沈黙が周囲を飲み込む中、少しの間を置いて男が口を開く。


「・・・虚弱貧弱無知無能にして蒙昧な人間諸君、まず初めにこれだけは表明しておこうと思う・・・死にたくなければ亜人を全て私によこせ。これは提案ではない、命令だ」


男の黒い瞳は何を考えているのかを読ませない色だった。

全ての色を混ぜこぜにすれば、こんな色合いになるのかもしれない。

底のない暗い瞳と言動に、ひっ、とエカリテが悲鳴を上げて崩れ落ちた。

同時に、どんな事態に巻き込まれようと落ち着いた態度を崩さないサディールが怯えていることに、彼の仲間達も驚く。


「い、いい、いう事を聞くんだ、じゃないと私たち人間ごときがアレに生かしてもらえるはずがない!」

「はあ?何いってんだよサディール」


疾風の刃で頭脳担当のサディールは偏屈だが、その判断は適切なものが多い。

何より、壮年であることをおいても彼の知識量は深く多く、魔力に関しては人一倍鋭いというサディールは顔面蒼白を通り越し、土気色にまでなっている。

はらはらと数少ない頭髪が散っているのは気のせいではないだろう。

あと一歩でも痩身の男が近づけば平伏しそうなほどだ。


「馬鹿か!馬鹿なのかフォロス!?いや、お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃない。が、私の魔法を弾く魔物を従えているモノだぞ?いいか、私の魔法を、だぞ!!!」


甲高い悲鳴じみたサディールの言葉に、ようやくフォロスはあることに気付く。

人族の中において、サディールは単独で銀に届こうかというほど優秀な魔法使いだ。

まあその分やや歳を食っているし、かなり偏屈だが、その能力は人族の中でも間違いなく上位である。

単体ならば銀を取れる男がパーティーを組むのは、自分の能力を過信していないからである。

その慎重さがあるおかげで、彼らは相手の技量を見誤ったことが無かった。


フォロスが知る上で、サディールの魔法を無効化した敵など「いない」。


彼らは劣化竜と呼ばれるワイバーンと戦ったことがあるが、魔法に耐性があるというワイバーンにすら、サディールの魔法は効いていた。

普段ご高説を垂れているサディールのお陰で、魔法に疎いフォロスですら知っている。

魔法を無効化できるのは、それ以上に高い魔力を持っているものだけだ、と。

だからこそ、サディールの魔力の高さを皆が知っている。

彼の魔法が効かない敵は居ないのだ、と誰もが思っていた。

そうつい先ほどまで本人ですら思っていたのだ。


だが、ふと気付けば男の周りには影のように漂う三体の魔物が居る。


サディールの魔法を無力化できるほど高い魔力を持つ魔物が、三体。

魔力の高さは単純に威力に関係する。

サディールの火の魔法はやろうと思えば草原を焼き野原にできるほどだが、そのサディールよりも威力が強いとなれば、この街を火の海に沈めることすら不可能ではないだろう。

なにせ向こうは三体もいるのだから。

脳筋と揶揄されるフォロスや、楽天家と自負するロダですら、ざあっと全身から血の気が引くのを感じた。

これは勝つ負けるなんて次元の話ではない。

生かしてもらえるか否かである、と。


「あ、亜人をやれば大人しく引き下がるってのかよ・・・」

「私の話を理解できないほど諸君は・・・愚かなのか?」


男がため息混じりに呟くと同時に、背後に立つ銀の騎士から殺気が叩きつけられる。

ひい!と声をあげ、また何人かが逃げ出した。

そうでなくとも皆じりじりと後ずさり、男から距離をとろうとしている。


気付けば、最も男に近いのは「森の刃」の三人となっていた。

気の弱いエカリテは当に気絶している。


あの惨劇のあと、この街に近づく冒険者は減った。

高名な冒険者のほとんどは国に召抱えられており、フリーの冒険者は不帰の森に近いアルソートを襲った魔物に手を出すのは危険すぎると静観しているのだ。

つまり今の状態では「森の刃」が最も強い冒険者だ、といっていい程に、この街の防衛力は弱体化している。

男から叩きつけられる威圧感に最も早く屈したのはロダだった。


「や、やるよ!亜人なんざ全部アンタにやる!!だから見逃してくれよ、なあ」


卑屈な笑みを浮かべる姿に、男が冷ややかな視線を向ける。

だがそれでも生き残れればいいと、この選択は間違っていないのだと、ロダは話を続けた。


「な、なんだったら、世界中に散らばる亜人だってアンタのものでいい。なあ、それなら十分対価になるだろ?」


ロダは世渡りの上手い男だった。

直感から、自分の言っている言葉が間違っていないのだ、と感じている。

だが、だからといってバケモノに話が通じるとは思っていなかった。

少しでも気がそれてくれれば生き延びる機会があるかもしれない。

そんな藁にも縋る思いで饒舌に語る。

見逃せばアンタの言うとおり亜人をやる、と。


「ほう・・・世界中に散らばる亜人すら、私に捧げる、と」

「ああ当然だ!」


自分が生き延びるためなら亜人如き、というのは、この世界においてさほどおかしくもない考えだ。

自分の命と家畜の命、どちらが大切かといわれれば当然ほとんどの者が前者だろう。

勿論、ペットのほうが大事、という者もいるだろうが・・・この世界において、亜人とはその程度の扱いだった。

男の顔に笑みが浮かぶ。

それは笑みというにはあまりにも禍々しく、凶悪なものだったが、それを見た人族は全て平伏した。

生き延びるにはそれしかないと感じていたからだ。


「ああ、いいだろう。いいだろうとも。生かそう。諸君らを、生かしてやろうじゃないか。亜人を対価として」


残った人族の顔に安堵の表情が浮かぶ。

対する亜人らも、人族にこのまま使い潰されるくらいならば、と複雑な思いでそれを見ていた。


「なら、諸君らを生かす証に、首輪をやろう。私の隷属という証だ。・・・なに、喜んでくれるのだろう?生かしてやるのだから」


にいっとつりあがった口から吐かれた言葉に、人族が固まる。

男が上げた手の先には、魔力で作られたらしい首輪が幾つも浮いている。


生き延びるために隷属する。


それはつまり、今まで亜人にしていたことをされる、ということを指していた。

慌てて亜人を見れば、どこからかやってきた多数の影のようなものに導かれるまま、魔法で作られたらしいゲートをくぐっている。

その首には首輪がない。

高い魔力を持つ影が触れるだけで首輪がぽとりと落ち、解除されているのだ。

先ほどまでなんら人間と変わらない姿をしていたはずの男は、いつのまにか四つの異形の目を持つ異相となっており、じっと残された人々を見る。

その眼差しは間違いなく虫けらをみるよりも冷たい。


「生きたいのならば、つけろ。なに、お前たちがしていたことだろう?していたことをされるとは、思わなかったのか?思いもしなかったのか?」


今まで人族は強者だと思っていた。

そう信じていた。

だがいま目の前にしている男ーバケモノーに、勝てるとは、誰一人として思えなかった。

服従か死か。

目の前に浮かぶ首輪を手にした人族は、まるで絞首台の階段でも登るかのように絶望的な顔をしている。

それを見る男は目を細め、言葉を付け足した。


「だが・・・そうだな、一つ付け加えよう。私は逃げるものを追わない。今この場で逃げようと、私は追わないだろう・・・先ほどから逃げているものたちも、私は追いはしない。ただし、私の隷属にないのならば路傍の石のように扱う。首輪をしていなければ、私は踏み潰そうと、溶かそうと、切り刻もうと、燃やそうと、凍らせようと、埋めようと、気にしないだろう。なにせ私のモノではないのだから」


逃げたければ逃げればいい。

ただし、次に目にしたときに生かす理由もない。

そう告げる男に、これしか生きる道はないと各々が手にした首輪を身につける。

魔力で出来ているらしい紅いそれは首にぴたりと張り付き、すうっと掻き消えた。

なにかされたのか!?と周囲を見渡せば、首輪を身につけたものは全員、首にくっきりと紅い輪のような痣が刻まれていた。


それは「外す手段はないのだ」と一目で分かる代物だった。


亜人らの首輪は金属製だった。

鉄に呪印を刻んだそれは強引に外すことも出来るもので、命を掛けて破壊し、どこかへと逃げ出すものも決して少なくはなかった。

だがこれを外す手段はないだろう。

ぱちぱちぱち、と男が手を打ち鳴らす。

乾いた音が静まり返った街に響き渡り、影達もぱちぱちと手を叩く仕草をまねしていた。


「おめでとう。諸君らはこれで私のモノとなった。安心したまえ、私は自分のモノは大切にするほうだ。機嫌を損ねなければ、諸君らはいままでどおりの生活を送れるだろう。この街で。何かに怯えることも無く」


そうして首輪を付けた人族は、もうこれで逃げられないのだと実感したのだった。






とまあ、されたら嫌なことはしちゃだめよ!というお話でした。

B面はマガツ視点での補足です。

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