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とある私の一大決心

マガツさん、街に行く、編。

途中街視点でのもありますが、マガツの雰囲気がまず一度目にしたとたん、人、亜人問わずにビビるものだった件。

(本人のみ知らず)






私は遠見の術で目の前に広がる光景に息を呑んだ。

街が静まり返っている。

なんでこんなに静かなのか、状況がすぐには理解できなかったけれど、その異様さだけは感じ取った。

遠見の術で見た街の中は人っ子一人歩いていなかった。

どこからかやってきた行商人も、一山あてようと意気込む冒険者も、店先で働かされている亜人たちも、生活している人々の姿もすらない。


アルソートの街は大きい。


不帰の森のお陰で冒険者の出入りが多いからだ。

あちこちで人気に溢れて賑やかにしていた街は、まるで何かを警戒するかのようにピリピリしている。

人の出入りを制限していた少し前までとは違う緊張感だ。

なんでだろう、と少し視点を移動させると、みんなしてある場所に集まっているのが見えた。

街の外れの、吹き溜まりとして扱われていた亜人区域に武器を構えた人たちがギラギラとした目で集まっている。


亜人区域の出入り口は三つある。


一つはこの間私が破壊した細い路地。

一つは本道っていうのがぴったりな、人が並んで歩けるほど大きい通路。

一つは細くてあちこちに入り組んだ路地だ。

細い路地はバリケードが築かれて、そう易々とは壊せないようにされていた。

残る大きい通路は手に武器を持った人たちと、鱗や硬い皮膚で攻撃を凌いでは追い返そうとしている亜人たちが入り乱れていた。


「・・・っ!?」


怪我をしている。

地面に倒れて動かない人が居る。

私は迷い混んだ人を食べたことがあるし、魔物を殺した事だってある。

この間は人だって殺した。

なのに生々しい争いの光景に言葉が出なかった。

一体なんでこんな事に?


「主・・・?」


私の気配が変わったことに気付いたウロボロスがそっと声を掛けてきた。

遠見の術は術者にしかその光景を伝えることができない。

だけどこの状況をどう言い表わせばいいかが分からなくて、近づいてきたウロボロスの手を掴んだ。

術を唱えた術者にしか見えない光景だったが、ウロボロスの半分は私の「所持品」でもある。

一か八かの思い付きでの行動だったが・・・それは功を奏したらしい。

私が見ている光景を同じく見つめることとなったウロボロスが、浮かび上がる光景に息を呑んだ。


「ウロボロス、これは・・・何が起こった?」

「そ、うですね・・・亜人と、冒険者らしいやつらが争っていますね。いえ、見たところ一般市民も混ざっているようです」


遠見の術はあくまで偵察につかう術だ。

ゲームでは今居るフロアに敵が居るか居ないかをマップに映し出すだけのものだった。

たとえ遠くとも思った場所の光景を見ることができる、と気付いたのはこの世界に来てからで、それも偶然発見したものだ。

行った事のある場所しか見ることができない。

だから視点を移動させても、私が見たことのある場所しか映すことは出来ないのだ。

私の視界には鮮明な映像が浮かび上がっており、見ることは出来るが流石に音声までは届いていない。

ただし敵と味方のマーキングという機能は同じようで、防衛を続ける亜人らは中立を意味する緑、攻撃を続ける冒険者らは赤く、右上のほうにレーダー表示(?)されている。

つまり、私にとっても冒険者らしい彼らは敵だ、ということだ。


・・・どうにかして音声を聞き取れないだろうか?とは思うものの、やはり音は一切響かない。


一度あの街に行ってみた方がいいんじゃないのか?そう思っていると、少し遠いところで青い点が幾つかの赤い点から逃げているのが見えた。

視線を動かす。

青は仲間、という意味のマーキングだ。

この世界において私にとって仲間といえそうなのは・・・ウロボロスだけだ。

何かあったかな?と移動した先には、やや小柄で青みがかった毛並みの猫の亜人が必死に逃げていた。

その隣にはやや大柄なサバトラ模様の猫の亜人が付き添っている。


・・・クゥじゃないか、あれ!?


あの街で助けた、むかし私が飼っていた猫に似ている猫の亜人だ。

彼女を気に掛けたことによって、多分無意識にマーキングを振っていたのだろう。

痩せ細った体で必死に逃げるクゥだったが、猫の亜人ということもあり敏捷性に優れてはいても、血走った目で追ってくる連中を振り切れるほど体力があるようには見えない。

危惧していた通り、クゥが足を縺れさせて転んだ。

ころころと転がる体をサバトラ模様の亜人が拾い上げ、走る。

ふさふさとして太い縞々模様の尻尾は苛立たしげに揺れていた。

ああよかった、逃げ切れそうだ。

そう思う私の目の前で、追う連中の一人が何かを取り出した。


―・・・ナイフだって!?


ぎらりと光を反射するソレの切れ味は確かそうだ。

だが逃げるのに必死な彼女たちは気付いていない。

私には何が起こっているのか分からないけれど、このまま何もせずにはいられなかった。

壁に下げられているカバンを手にし、振り返る。


「ウロボロス、飛ぶぞ。準備はいいか」

「武装ならば既に整えております」


エプロンを捨て去ったウロボロスはいつの間にか銀剣を携えていた。

ズボンと麻のシャツというラフな格好から一転し、ウロボロスまで身につけている。

心強いな、と笑えば、ウロボロスも笑って、頭部まで銀に覆われた。

すぅっと何処からとも無く沸いて出たイビルシェイドの一匹に出かける、と伝えておく。


『オデカケ?』

「皆で家を頼んだぞ」

『掃除スル』

『カタヅケル』

『先、ムコウデ、マッテル』


すすすと湧いて出た彼らに見送られながら、私はアルソートに辿り着いたイビルシェイドが待っている、という言葉に頷きながら術を発動させた。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□




― 亜人がこの街に災いをもたらした。


誰かが呟いた言葉は、他愛ない悪態だったのだろう。

亜人を毛嫌いする誰かの呟いた言葉。

それは平時であれば聞き逃せたのかもしれないが、数日前の悪夢を知る人々にしてみれば、それこそが事実だとして静かに浸透していった。

人族以外への敵意がゆっくりと、しかし確実に高まっていく。


勿論、全ての人々が亜人を敵視しているわけではない。


だが冒険者が一部とはいえ亜人を排除すると立ち上がり、それに呼応する人々が増えたのも事実だった。

やつらが居る限り安心して過ごすことができないと一部の冒険者が、人々が、武器を手にぎらついた目で亜人を追う。

首輪を付けられた彼らに出来る事といえば、身を守るくらいだ。

この街にいる亜人は全て「人間に攻撃をしてはいけない」という枷を嵌められている。

身を守るのが精一杯の抵抗だった。

しかし抵抗をする姿に誰かがまた叫んだ。


― 奴らはまた何かを企んでいるぞ、と。


そうしてある種の恐慌状態に陥ったアルソートは、亜人を排除しようと殺気立ったものたちと、係わりたくないと閉じこもるものたちとに分かれた。

街をうろつく者たちは亜人を見つけるなり武器を向ける。

家に閉じこもった者たちは何もしない。

助けも、追い払いもしないまま、ただただ嵐が過ぎ去るのを待つように閉じこもっていた。




そんな中、運悪く猫の亜人が逃げ遅れたのは、妹として可愛がっている亜人を助けるためだった。




青みがかった毛並みの亜人は粗末なぼろきれに身を包み、息を切らせながら必死に手を引いて走っていた。

手を引かれているほうは駆け足といった様子だが、サバトラ模様の亜人の一歩は大きく、すぐ彼女の足に追いついた。

サバトラの首に掛かった首輪がじゃらじゃらと耳障りな金属音を立てる。

強健な肉体から「冒険者」として前衛をさせられていたサバトラはあちらこちら傷だらけで、鎖で繋がれたまま牢に放り込まれていたのを、小柄な猫の亜人が助け出したところだった。

サバトラの薄灰色の毛並みには乾ききっていない血がこびり付いている。

痛々しい傷跡が刻まれていたが、軽く手当てだけはされていた。

そのお陰かしっかりとした足取りをしており、どうやら見た目ほど深い傷ではないようである。

背後から追う人間たちは彼女たちの足では振り切れそうで振り切れず、着かず離れずの位置を保っていた。

なんとかこの先の路地に駆け込めれば逃げ切れるだろう。

もう少しの辛抱だ、と顔を上げる。


「ジル、大丈夫にゃ?」

「・・・ん」

「とりあえず、えと、逃げてから、お家にもどろ」

「ん、クゥ姉」


こくりと頷くのはジルと呼ばれたサバトラ模様の亜人だ。

クゥと呼ばれた小柄な猫の亜人は安心させるようにこりと笑い、そして・・・転んだ。

咄嗟に受身を取ったものの、勢い転がる体はそう簡単には止まらない。


「う、うにゃにゃにゃにゃぁ~!?」

「クゥ姉・・・大丈夫?」


たたた、と小走りになったジルがクゥを片手で捕まえ、小脇に抱えたまま駆け出す。


「うにゃ!?ジル、ジル、重いから放すのにゃ!あにゃたはまだ傷がいっぱいで・・・・」

「クゥ姉を走らせるより、自分が走ったほうが速い」


きっぱりと言い切るジル。

確かにクゥよりも大柄で、冒険者として引き抜かれるほど身体能力に秀でているジルのほうが怪我をしているとはいえクゥの何倍も足が速かった。

少しずつではあるが、追ってくる人間たちが徐々に離されつつある。

このままジルが走り続ければ撒く事ができるだろう。

ぐ、と足に力を込めた瞬間、ジルの背にナイフが突き刺さった。


「・・・っ!!」

「じ、ジル!?」


息をつめながらもジルの足は止まらない。

ここで足を止めれば確実に死が待っている・・・生きるためには走らねば。

痛みなら堪えきれる、と背にナイフを刺したまま、ジルは走った。

心配そうに見つめるクゥの体は軽く、華奢で、年上とはいえ頼りない体つきだ。

けれど芯の強い彼女は飼い殺しにされようとしていたジルを助けた。

その結果、血走った目のかつての「飼い主」に追われようと、彼女のためにも逃げ切ってみせるというのが今のジルに出来る精一杯のことだった。

ひゅっと風を切る音に気付いたジルは大きく飛び上がる。

軽い身のこなしでその一投は避けたが、追っ手は一人ではない。

幾度も投擲されるナイフをジルは見事な身のこなしで避ける。

背後からは悪態をつく声が聞こえた。


逃げ切れるかもしれない。


ジルはほんの少しばかりそう思った。

背後から響く声が聞こえるまでは。


「燃え盛る火炎よ、わが意思となりて敵を貫け・・・フレイムアロー!」


魔法使いの一人が術を放った。

ナイフならばまだ避けることが出来る。

当たったとしても、硬い毛並みでそうそう痛手にもならない。


だが「魔法」ならば別だ。


頑強な体を持つ亜人ー特に彼女のような獣人ーらは、防御力に優れている反面、魔法には弱い。

必死に避けようと動いても、フレイムアローは威力こそ一撃で命を奪うほど高くはないが、追尾能力を持っている。

追ってくる炎の矢にジルが身を強張らせた瞬間・・・ゆらりと背後から何かが現れた。


それは半透明な黒い影だった。


のっぺりとした平面であり、大まかなシルエットは上半身だけの人に近い。

顔に該当する部分は目だけが赤い燐光を放ち、鼻も口もなかった。

しかしすっとジルの前に割って入った影がフレイムアローを受けた瞬間、その影の前で魔法が霧散する。

何事も無かったかのように枯れ枝のように異様に細い手が胸元を払った。

そしてくるりと影が振り向く。

その先には男が居た。


「なにを、している」


押し殺したような声が周囲に響く。

声の持ち主はローブを纏った男のものだった。

鋭い目つきは冷ややかで、薄い唇が不愉快そうに歪められている。

気の弱いものならば一目で悲鳴を上げてしまうだろう凶相だ。

更に、血の気のない土気色の肌や、滲み出る禍々しい雰囲気などが男を更に近寄りがたくしている。

長身でありながら身長とは相反して痩せぎすな体は、蘇った死人めいてすら見える有様だ。

背後には見事な銀の装飾の成された鎧を身に纏う騎士を控えさせていた。

男の声は呟くような声音であったが、離れた場所に居る冒険者らの耳にも届く。

しかし誰も何も言えなかった。

男の印象が強烈過ぎたのだ。


沈黙に苛立ったのか、男が一歩足を踏み出す。


男に気圧され、張り詰めていた糸が途切れたジルはクゥを庇うようにしながら、その場にへたり込んだ。

直視してなお、気を失わなかったのは、ジルが幾度も視線を潜り抜けた戦士だからこそだった。


この男は違う。

何かが、違う。


生き物として違うのだ、と本能が訴えている。


この恐ろしい男を見ないように、と抱き込んだクゥが、どうしたの!?と胸でもがいているが、ジルは力を緩めなかった。

冒険者として外で魔物と戦ったことのある自分が怯えるのだ。

クゥでは気を失ってしまうかもしれないと耳を伏せ、恐怖心から尾を膨らませながらも、ジルは精一杯の抵抗を見せた。


対する冒険者らは呆気に取られている。


何もない場所から湧いて出た魔物、そして突如として現れた男。

魔物は魔法を浴びてもなんらダメージを負った気配がない。

ゆらゆらと浮いている魔物は攻撃を仕掛けてくる気配も無く、亜人の前に立ちはだかっていた。

男は魔法か何かで現れたのだろう。

だが、冒険者らが仲間の魔法使いに視線を向けたところ、そこには呆気にとられた魔法使いがいるだけだった。

ありえない、とでも言うように、ぱくぱくと口を動かしている。


「なにをしている、と聞いたのだ。・・・答えろ」


苛立ったような声だった。

一瞬気圧された冒険者らだったが、血の気の多い男が悪態をつく。


「俺らの所有物が逃げ出しただけのことだ。テメエにゃ関係ねぇだろ!」

「・・・所有物、か。ならば私が買おう。合わせて金貨一枚でどうだ」


その言葉に冒険者らは目を見張った。

身体能力の秀でた亜人でも銀貨五枚と言ったところだ。

それでも十分高価である。

彼らが買った灰色の毛並みの亜人は、買った当初はまだ子供だったという事もあり銀貨二枚で買えた。

ある種の賭けではあったが、戦闘で使い物にならないのならメスなら他の使い道がある、という理由で買ったのだ。

結果は大当たりで、彼らの盾として、撹乱役として、荷物運びとして、いい働きを見せている。

能力の高い亜人は高く取引できるいい「道具」だった。

それが、目の前の男は合わせて「金貨一枚」と言い出した。

彼らの持つ亜人は高くても銀貨十枚になるかならないかだろう。

男の提言した値段は間違いなく破格値だ。


「不満か。・・・ならば三枚でどうだ」


痺れを切らせたらしい男が更に金額を吊り上げた。

金貨三枚・・・そう簡単には手に出来ない大金だ。

山分けにしても一人金貨一枚は手に出来る。

顔を見合わせた冒険者らは一気に表情を崩し、それならば元が取れる、と下卑た笑みを浮かべた。


「それならいいぜ。そのガキもつけてやるよ」

「・・・そうか」

「アンタ、今のこの街でそんなことしでかすなんて大したヤツだよ」


あざ笑うかのような冒険者らに、男がぽつりと呟いた。


「この街で何が起こっている」

「はぁ?何いってんだテメエ」

「っはは、知らないのか。この街じゃ今、亜人狩りが行われてんだよ。少し前にこの街でバケモノが現れてよ、それを呼んだのが亜人だってウワサだ」


一人が手にした金貨に気を良くし、ぺらぺらと喋りだす。

笑いながらそう答えた冒険者に、そうか、と男が短く答えた。

その目が薄い灰色から、混沌を塗りこめたような黒へと変わったことに気付けたものはいなかった。




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□





人間、あんまりにもブチ切れると冷静になるものだ。

へへへ、と笑いながら金貨を受け取った男たちを睨み付ける。

元々の顔つきが凶悪なので対して変わらないかもしれないけど、魔法使いらしい男だけは怯んだ。

ああそうだ、と私は最後に口を開く。


「お前たちは亜人がバケモノを呼んだ、といったな。それは間違いだ」

「ああ?」

「亜人だろ、ってか、そんなのどうでもいいけどな」

「・・・そうか、どうでもいいか。そうだな、死に行くお前たちにはどうでもいい話、だな」


自分の意思で術を解く分には、一切ペナルティがない。

一応何かあったらまた凍らせてくれと伝えたウロボロスは、基本的に私の行動に対して関与しないことになっている。

何を言っている、と困惑した顔の連中に、私はローブのフードを外した。


「その時のバケモノを見たものはいるか?」

「今、この街にいるやつは全員みてるだろ」

「次あんなバケモノがきたらヤバイって話だぜ」

「お、おい、お前ら・・・はやくにげ」

「それは・・・こんな姿をしていたんじゃないか?」


今度はこちらが笑う番だ。

にやりと笑って術を解く。

アクセサリ系は今回、予め全部しまってある。

今掛けてあるのは姿を変える術だけ。

体重も何もかも、元のまま。


ぞわぞわと肌が粟立っていくにつれ、私の姿が変わり始めた。


ぽかん、としていた男たちの顔が引きつっていく。

ここは大通りだから元の私でも余裕で歩けるだろう。

そんな気軽さで私は一歩一歩男たちに近づく。

歩くごとに地面がびしり、と悲鳴をあげた。


「う、うわぁあああ!?」

「ひぃいいい!で、で、出た!!!」

「~~~っ!!」


慌てて逃げる男たち。

多分あの先に他の冒険者も居るのだろう。

たった二、三歩で逃げ出した男たちには呆れるしかない。

いや、それだけ危機管理能力が高い、ということなのかもしれないが。


まだ人間の姿を少し保ったまま、へたりこんでクゥを守るよう抱えているサバトラ模様の子をじっと見る。


ぶるぶる震えながらも気丈に振舞っている。

・・・まあ怖いよね、こんなバケモノが側に居たら。

うん、怖がられても仕方ない。


「・・・うろぼろす、コノ子タチヲ逃ガシテオケ」

「はっ」

「うみゃ!?じ、ジル、はにゃして~!この人、わたしの知ってるひとにゃ!」


ぴんっと耳を立てたクゥがじたばたともがいて、私のほうを見た。

あ、いや、今は半人ならぬ半蟲状態だし、人間になったほうがいいんじゃ・・・。

そう思う私を尻目に、驚いたことに今の私を見ても気にしないクゥがにっこりと笑った。


「やっぱりあの時の人にゃ!」

「ヒ、久シイナ」

「あの時はありがとうございましたにゃ。それに、今のも、あの人たちをおいはらってくれて・・・」

「く、クゥ姉!?」


するんっと腕から逃げ出したクゥを庇うよう立ちはだかるサバトラの子。

立ち上がると私くらいあって大きいけれど、声はまだ子供のものだった。

どうもこのちっさいクゥがお姉ちゃんで、大きいこっちの子は妹らしい。

・・・この子、女の子だったのか。


「ジル、この人は命の恩人にゃ。怖い人じゃないのにゃ」

「で、でもクゥ姉、この人、普通じゃない」

「でもいい人にゃ」

「・・・ありがとにゃ」


どうしたものかと私とクゥを交互に見つめたジルという名の妹さんは、小さくぺこりとお辞儀をした。


・・・にゃ、いただきましたーーー!


どうもこれ、この猫っぽい亜人たちにとっての鈍りの様なもののようだ。

かわいいなあ、モフりたいなあ、と和みながらも、私の意識は亜人区域のほうにも向いていた。


向こうではまだ抗争が続いている。


人間の形はまだとっているが、半人状態と半蟲状態は大きく違う。

前者は人に色々くっついたりしてる状態だ。

ちょっと手が増えたとか、触手がこっそり出てるとか、その程度。

後者は人のカタチで蟲の状態だ。

顔にはもう目は四つあるし、体のあちこちに硬い外殻が浮かんでいるし、ローブの下には鎌手ができているし、な私は少し戸惑う。

クゥとジルを逃がしたとする。


でもまだこの街には数多くの亜人がいる。


彼らが迫害される理由は私だ。

私のせいで彼らは襲われている。

今みたいに金で何とかなるならいい。

そうでなくとも、色々と脅してこの街でこんなことが起こらないようにしてやろう、と私は決心している。


でも、下手をすれば、私の噂が遠くまで広がり、まだ見ぬ地の亜人らまで迫害されるかもしれない。


・・・と、亜人区域に新たに三つの点が増えた。

きっと先ほどの冒険者らだろう。

私のことを言いふらしているといいのだが・・・と、光点の動きを見つめる。

私の存在が脅し、になれば、少しは彼らの立場も改善されるだろうから。


「・・・サァ、二人共、逃ゲナサイ」

「あの、あなたはどうするんですかにゃ?」

「私ガ起コシタ災イダ。何トカシテミヨウ」

「・・・ボクらが住める場所があれば、窮屈な思いをしなくていいのに」

「亜人ノ街ハナイノカ?」

「人間たちに気付かれないよう、どこかに隠れ里を作ってる、という噂は聞くにゃ。でも、冒険者らに見つかったら・・・みんな捕まるから、ないのにゃ」

「ボクもそうしてここに来たほうだから」


そうか。

冒険者はどこにでも沸く。

人間たちから逃げるよう森や山に住み着いたとしても、見つかれば全員が奴隷として・・・捕まるのだろう。

ん?

ということは、彼らが住める場所を作ればいいんじゃないのか?

彼らが住めるような場所。

人間が早々近づかない場所・・・といえば、私にとって一つしかない。

あそこならよっぽどの事がない限り誰も来ることができないはずだ。

ふよふよと浮いているイビルシェイドを手招きする。


「・・・・」

『・・?』

「・・・・・」

『!』


ひそひそとあることを伝えると、こくりと頷いてくれた。

よし、これである程度なんとかなりそうだ。

イビルシェイドの伝達能力は凄いからな。

きっと向こうでも動いてくれているはずだ。


「サテ、ソレデハ・・・始メルトスルカ」


ああ、でもまずは人間に化けなおしてからのほうがいいかな?

そのほうが驚きは大きいだろうから。


これから私がすることは、私にとって大きな賭け以外の何者でもない。


でも、こうなったのは私のせいだ。

見過ごすことが出来ない以上、私は私に出来ることをする。

そうして意を決した私は、抗争が続いている亜人区域へと足を向けたのだ。




ちなみに、サバトラ→灰色系の毛並みのトラ模様。

トラじゃないのは、耳がまるっこくないから。

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