番外◆アルソートの天災 編◆
今回はちょっと別視点。
シリアス。
多分ここでしかヘタレていないわんこ騎士が見れない(主がいなければ、イケメン騎士なのに)。
アルソートの街は騒然としていた。
不帰の森に近いとはいえ、街自体は冒険者でにぎわう、比較的安全な街だった。
場所柄、何が在っても対応できるようにとある程度の冒険者を滞在させているため、そこにいる冒険者の質はともかくとして、安全性だけは確かな街だったのだ。
しかし今アルソートの街には普段とは違う悲鳴と喧騒だけが木霊している。
突然街に現れた魔物。
それは何の前触れもなく亜人区域に近いところに出現し、見境なく破壊を始めた。
巨大な身体は最強の魔物と呼ばれるドラゴンにも引けをとらぬ巨体であり、恐ろしく硬い外殻を持つため、生半可な攻撃は全て跳ね返されてしまう有様だ。
物理攻撃に耐性があるなら魔法には弱いだろうと何人かの魔術師が術をぶつける。
しかし、魔法を浴びせても大して魔物には怯んだ気配は全くなく、魔法にも強い抵抗力を持っているようだった。
巨体の割に動きも素早く、それだけでも苦戦するような相手だ。
だが、その魔物の脅威は暴れるだけで建物を破壊する巨体でも、少し動かすだけであらゆるものを切り刻む鋭い鎌の腕でも、長く伸びた猛毒の尾でもない。
ただそこに居るだけでしゅうしゅうと立ち上る瘴気は、毒を伴っていた。
時間が立てばたつほど、状況は悪化する。
なぜならばその魔物からは毒液が滴りおちていたからだ。
大きく開かれた顎からは毒液を垂れ流し、地面に垂れた瞬間にじゅうっと焦げた嫌な臭いを立ち上らせている。
それも耐性の無いものはそれだけで命を奪われかねない強烈な毒性だ。
魔術師らが炎で浄化しようにも、その毒はあらゆるものをうけつけなかった。
あるだけで危険なそれは、その上、触れれば溶ける強酸度を持っている。
しかし、辛うじて炎で侵食されていく速度を落とせていることが救いだった。
戦闘に特化した身体をもつ異彩を放つ魔物は、攻撃して斬りつければ毒液を垂れ流し、魔法を弾き返し、更に周囲を破壊していく。
ギルドは迅速に動いた。
こればかりは、不帰の森という場所に警戒していたのが幸いした。
歯が立たないと判断されたランクの低い冒険者らは住民らを扇動し、無事に外へ脱出できるよう護衛に当たっている。
そうでなくてもサポートできる技能を持つ者らも尽力し、魔族を討伐するべく奮戦する銀ランク保持者たちだが、彼らもまた、意外な相手に困惑していた。
「ソリュート、なぜお前がそこにいる!」
皆が間合いを取り警戒する中、たった一人だけが魔物の前に立ちふさがっていた。
うなだれながら魔物の鎌を、足を、よけ続ける銀色の騎士。
彼は今現在のこの街において最も腕の立つ男であり、ギルドにおいても高ランクの評価を受けている男だった。
見慣れぬ豪華な銀の鎧。
シンプルでありながら機能美を兼ね備えた銀の剣。
彼の銀髪と研ぎ澄まされた刃にも似た相貌から「銀剣」と呼ばれていた男は、今や文字通り銀の騎士となっていた。
同じく銀ランクのミルド・クオリアが話しかけたが、返事は無い。
ミルドとソリュートは何度か組んだこともあり、親交も深い間柄だ。
ソリュートの腕前は知っているが、いくらドラゴンを倒したことのある男とはいえ、相手の能力は限りなく凶悪である。
斬りつければ毒を垂れ流し。
離れれば毒より立ち上る瘴気が周囲を覆う。
どちらにしても、長時間居続ければ危険なのは間違いない。
そう思い、引け!と声をかけたのだが、ソリュートは振り向きもしない。
思わず舌打ちをする。
ミルドという男はやや粗野な部分はあるが、仲間と認めた人間を見捨てられるような人間ではなかった。
むしろ、一度懐に入れた相手に対しては優しすぎる男である。
日に焼けた黒髪をがしがしとかきむしり、声を上げる。
ミルドはソリュートには貸しがあった。
それこそ他愛ない、飯をおごってもらっただの、酒をおごってもらっただのという些細なことだ。
しかしミルドはまるで命を投げ捨てるかのように最前線に立つソリュートを、放っておくことができなかった。
確かにソリュートは強い。
通常であれば何人かでパーティを組んで討伐に当たるドラゴンを単体で屠れる技量を持つ男である。
だがたとえ金ランクに近いソリュートであろうと、今の現状で最前線に立つことは自殺行為にしか見えなかったのだ。
「オイ、この馬鹿野郎が!お前一人が踏ん張ったってお前が死んだら元も子も・・・」
「・・・だ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいで主が、主の怒りを・・・」
仲間の魔術師の助けを借り、炎の嵐で一時的に広範囲の瘴気を拡散させたミルドがソリュートへと駆け寄る。
ミルド自身もブスブスとこげた臭いをさせながら何とか辿り着いたのだが、しかし何かを呟くソリュートには聞こえていないようだった。
青銀色の瞳はじっと正面に居る魔物へと向けられている。
その表情は今まで見せたことの無い、青褪めたものだった。
「・・・ソリュート?」
少なくとも友と呼べるはずの相手がまるで別人のように見えたミルドは思わず呟いていた。
元々ソリュートは優しい男だった。
困っている人の助けになるのなら、と特にもならないような依頼ばかりを受けるようなお人よし。
剣の腕は十分なはずだが、更に強さを求める男でもある。
人間味溢れる、優しい男。
そんな友の顔が・・・一瞬だけ別人のものに見えた。
「否、俺は・・・俺はソリュート=ウロボロス。我が身は主が剣、我が身は主が盾!!・・・下がれミルド、他の奴等も一緒にな。俺は主の怒りを静めることに専念する」
凛としたソリュートの声が、何処か遠くで聞こえる。
「主、だあ?」
「鈍いフリをするな、ミルド。お前なら俺がもう元の俺ではないと気付いているだろう」
ふっと笑みを零すソリュート。
自分のほうを向いたことによって、そこで初めてミルドはソリュートの顔の左半分を見た。
ミルドにとって呆れるほど整った顔立ちはもう見慣れたものだったが、顔半分は見慣れぬ銀の兜のようなものに覆われていた。
窪んだ眼窩からは赤い燐光が煌々と光り、人ならざるもののような気配がある。
いつぞやに退治した魔物にも勝るとも劣らない-いや、それ以上の強者の-気配に、一瞬だけミルドは警戒を強めた。
そんなミルドにソリュートは苦笑し、頭部が蠢く銀によって包まれ、赤い二つの瞳がミルドを射抜いた。
「俺は、あの方と共に在ると決めたのだ。他ならぬ俺によって」
「おい待てよ、オイ!!」
銀の剣をしまい、柄の部分だけに見えるそれを手に取る。
今まで沈黙を守っていた剣は、持ち主の意思に応じて氷の刃が姿を露わにした。
急に吹き付ける冷たい風にぶるりと身体を震わせたミルドだったが、吐く息が白く色づいていることに気付く。
「お前・・・っ!?」
「早く行け。ここはこれからあらゆるものを凍て付かせる空間になるぞ」
そう言うとミルドを振り切るよう、ソリュートは歩み始めた。
相当な重量があるはずの鎧を纏いながらも、その足音は一つとして周囲に響くことはない。
腰に携えた、柄の部分しかないように見えるソレを手に取る。
ソリュートの手の中で徐々に姿を現し始めるのは、青白い光を纏う透明の刀身を持つ剣だ。
それと同時に、ひゅおう、と冷たい風が周囲を撫ぜていく。
ひゅぉぉおおおお
刀身に纏わりついていた風が、冷気を伴って吹き荒れる。
唸る風はますます気温を下げ続け、吐く息が白く輝くほどだ。
そんな中でも全身鎧姿のソリュートは白い息すら吐かず、佇んでいる。
急激な気温の低下にミルドはぶるりと身体を震わせた。
「これが最終警告だ。立ち去れ、ミルド。ここは更に温度を下げていくぞ」
「お前は・・・ソリュートなのか?それとも違うのか?」
「俺はソリュート=ウロボロス。それ以外の何者でもない」
そういうモノなのだと告げるソリュートに、ミルドはがちがちと震えながらそうか呟く。
凍りつき始めた地面に足を取られながらもミルドはその場を立ち去っていった。
残るのは白銀の騎士、ソリュートのみだ。
「・・・主、俺に出来るのは、貴方の言っていた言葉を思い出すことだけです。寒いのは苦手だ、というその言葉だけを」
吹雪く周囲には一切生命反応がないということを、ソリュートは感覚として知っていた。
ウロボロスに半分意識を委ねながら、握るコールドペインに力を込める。
もっと強く吹雪け、と。
「主」が寒ければ眠りたくなる、といっていたことだけを頼りにコールドペインを吹き荒れさせるソリュート。
周囲は白銀に覆い尽され、白く染まっていった。
吹雪がやんだことに気付いたミルドは、慌てて魔物が居た場所を目指した。
アルソートの町は南にあるため、雪が積もることは無い。
しかしソリュートによって積もった雪はミルドの膝ほどまであった。
吹雪に襲われたアルソートの街だったが、発生源がなくなった今では空にて燦々と輝く太陽だけで二、三日中に溶かしきってくれるだろう。
無邪気な子供らは初めて見る雪にはしゃいでいるほどである。
足を取られながらミルド向かった先には・・・何も無かった。
あの巨大な魔物も、ソリュートも、跡形も無く消えている。
あるのは積もった雪だけだ。
「ソリュート!」
声を張り上げる。
もしや雪に埋もれたのかと思ったが、そうだとしてもあの巨大な魔物は目立つはずだ。
だというのに元々いなかったかのように姿は無い。
避難しながらも街の様子をしっかりと見ていたミルドは、あの巨体が街から出ていないのを確認しているつもりだ。
そう思い周囲を見渡すミルド。
そんな彼の後を、もこもこと着膨れた小さな影が一生懸命追いかけていた。
「ちょ、ミルド、まってよぉ!」
「ルルナナ、この辺溶かしてくれ!もしかしたらソリュートのヤツが埋まってるかもしれ・・・」
「それは無いよぉ。あのおにぃさんの気配なんてどっこにもないんだモン」
猫耳フードの少女がそういい、よいせとミルドの身体をよじ登る。
柔らかなピンク色のフードからはみ出た金髪はキラキラと輝き、いたずらっ子そうな青い瞳がくるくると表情を変える。
愛らしい少女は大分小柄で、ミルドならば膝程度の深さであっても彼女にとってはお腹の辺りまである高さのため、寒いのだ。
寒い~といいながらよじ登るルルナナは何とか肩車の体勢にまで漕ぎ着け、暖を取るためにしっかとミルドの頭に抱きついた。
ミルドのややクセのある赤味がかった黒髪に顔を埋め、ルルナナがぽつりと呟く。
「ボクだってちゃんとサーチしながら来たんだよ。獣人街には生命反応あるけど、この辺にはないし、それにおにぃさん・・・初めッから生命反応なかったんだモン」
「は?」
「ホントだよ~。あのおにぃさん、生きてないよ。じゃなきゃあんな鎧でこんなさっむい中、歩けるわけないでしょー」
積もった雪の中に立つミルドだが、ズボンにじわじわと溶けた雪が染み込んでいき、時間が立てばたつほど更に寒くなっていく。
服でこれなのだ。
温度をそのまま伝えてしまう金属の鎧-それも全身鎧-ならば、全身の体温を奪われて、凍死していてもおかしくないだろう。
「・・・」
「行こうよミルド~、ボク寒いのやだーーー」
ぷらぷらと足を揺らすルルナナ。
しがみつくルルナナが冷えていることに気付いたミルドは、そうだな、とその場を立ち去ることにした。
あれはソリュートだったのか?
答えは是だ。
あれはミルドの良く知る、お人よしでありながらただひたすら剣の腕を求める男、ソリュートで間違いない。
しかしそうだと言い切るにはソリュートの言葉がそれを否定する。
ソリュート・ディヴァルヴァではなく、ソリュート=ウロボロスと名乗った表情も、見慣れたものでありながら別人のようなものだった。
安全だということを知らせるために狼煙をあげ、これで役目は終わりだと、さく、さく、と雪を踏みしめながら宿を目指す。
「・・・ルルナナ、身体が温まるように何かスープでも頼むか?」
「はいはーい、ボク、ホットココアがいい!!」
「はは、たまには俺も付き合うかな」
「じゃあ、クッキーとかも頼も!ちょっと大人なクッキーとかと食べるとおいしーよ」
街に訪れた天災は、ミルドの証言により銀剣のソリュートが退治したのだという結論に達した。
ギルドはソリュートの功績を称え、金ランクへの昇進を認めた。
しかしソリュートはいつまでたっても街に戻ることは無く、ギルドはソリュートがあの魔獣と相打ちになったのだろうという結論に達することとなる。
生きているのだろうと思うミルドはその事に関して何も言わず、銀剣のソリュートは栄光の金ランク保持者となったのだった。
ミルド・クオリア。
チョイ悪親父風な、かっちょいいオッサン。
でも40代くらい。
赤っぽい黒髪に、茶色の目。
口は悪いが仲間には優しいオッチャン。
ルルナナ。
猫耳フードの美少女魔法使い。ロリ。
人族だけど猫耳フードが可愛いのでお気に入り。
将来の夢はミルドのお嫁さん。
お、終わりじゃないですよ!?
次からはマガツ視点に戻り、そして同じくヘタレに戻るウロボロス・・・。