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図書室の幽霊は占星術師《アストロロジー》  作者: 夜斗
第1章:『少年、接触す』
8/22

第8話

 敢えて言わせてもらうのならば……図書室とは、須らく本を読むべき場所であって決して、斧槍や大鎌を振り回して戦う場所では――断じてない。


「うッ、く……はぁッ!」


 具現化させたお互いの得物がぶつかり合い火花を散らす。先輩の繰り出す一撃一撃が、重い。まるで金属バットで殴り合っているかのような、響く衝撃に自分の手の感覚がジンジンと痺れて思わず柄から手を離しそうになってしまう。さっきの一撃もそうだけど、とても女の子の攻撃力とは思えない。これもカードの成せる力なのだろうか。


「ほらほら、そんなんじゃアタシには当たらないよ?」

「わかってる……けどッ!」


 息切れ一つ見せず軽々と大鎌を躍らせ、止め処なく攻め続ける先輩に僕は斧槍を縦に横に動かすだけで防戦一方。僅かに隙のようなものを見つけて穂先を突き出そうものなら、真横から大鎌が引っ掻いてくる。

 正直言って、やり辛い。

 相手が剣のような武器であれば、斧槍の鉤爪の間にでも挟んで叩き折ろうとすればたぶん、折れる。でもそれは相手がまっすぐ上段から斬りかかってくれればの話であって、先輩の大鎌は基本的に左右どちらかから来る。長物特有のこのリーチのおかげで、挟み込もうだなんて余裕はない。


「う……ぐッ」

「初心者にしちゃよく戦えてるじゃないか。今からでも遅くはないよ、降参するかい?」


 答えさせる気があるのかないのか。会話の最中にも関わらず先輩の鋭い一撃が間髪入れず連続で叩き込まれていく。袈裟斬り、横薙ぎ、回転斬り。アクション映画の殺陣とじゃ比べられないほどの迫力と気迫。それこそ、今まさに自分の身に危険が迫っているのだから当たり前だ。

 大鎌から逃れるため、僕は先輩に背中を向けないようバックステップして距離を取る。迂闊に背後を取られでもしたら、確実に死が待っている。こんなところで、訳も分からぬまま死ぬのは御免だ。

 息を整え、斧槍を持つ手を強く握り直す。喧嘩とは違う。命の奪い合い。でも、どうしてこうなってしまったんだろう。心の中で自問する声が、空しく響く。


「そぅら!」

「……いッ!?」


 ヒュッという風切り音に身体がビクッと反応してしゃがみ込みすんでのところで回避。ほんの少し回避が遅れていたら、自分の胴体に別れを告げる羽目になるところだった。再度距離を取り、整えかけていた息をもう一度直す。先輩は大鎌を肩に乗せ、フンと鼻を小さく鳴らす。


「なぁ、どうしてアンタは戦うのさ?」

「どうしてって……そんなの、死にたくないからでしょ!? 現に先輩に――」

「違う違う。もっと根っこの話さ」

「根っこ……?」


 戦闘は一時中断、ということなのだろうか。先輩は鎌を肩に乗せたまま突然話をし始める。


「まさか、本当にあのお姫様を守るためだ……なんて、言うわけないよね」

「それは……」


 戦う理由? そんなのは今まさに目の前で襲いかかる先輩が理由だ。死にたくないから戦うだけであって、今の僕はそれ以上の理由なんて持ち合わせていない。

 言葉に詰まる僕を見かねたのか、先輩は呆れたように息を吐くと首をやれやれと横に振った。


「……驚いた。まさか本当に何の理由も無しに戦ってたなんて」

「ぼ、僕は巻き込まれて仕方なくここにいるんです! 突然幸 運 の 総 符(フォーチュン・スコア)だとか所持者だとか言われて、おまけに先輩が――」

「そうなのかい? お姫様?」


 侮蔑を含んだような視線に萩月さんの表情が曇る。彼女の反応に、先輩はさっきよりも大仰に首を振った。


「ってことはつまり……この願いを叶える力を持つ幸 運 の 総 符(フォーチュン・スコア)を、ただ単に朝日奈君に差し出したってわけか」

「わ、私は……!」

「あー、はいはい。これ以上は特に興味無いから黙ってていいよ」


 何か答えようとした萩月さんを強引に遮り、視線を僕に戻しツカツカと向かって歩き出す。鎌は肩に乗せたままで、僕も今は斧槍を杖のようにして身体を支えている。


「結論からすると、アンタはあのお姫様の我儘に振り回されたってことになるね。可哀想に。普通の日常生活が一変、この汚くて血生臭い世界に片足突っ込んじゃったってわけか……」

「……」


 先輩の視線が、不意に僕へと移り変わる。何処か、憐れんだような冷めた眼差し。


「……もう、戻れないね」

「――え」


 黒羽里先輩の全身に、突如夜の闇が一斉に圧し掛かると次の瞬間先輩の姿がフッと霧を払うかのようにかき消えてしまった。思わず我が目を疑い、右へ――虚ろな萩月さんの姿がそこに。左は――崩壊しかかった書棚が横倒しになっている。もう一度右へ視線を動かすと、萩月さんの表情がハッと強ばるのが見えた。僕、というより僕の後ろを見ているような――


「朝日奈君、避けてぇッ!!」

「遅いよ」


 ゾクリ、背筋から全身に這いよる悪寒にも似た不快感。振り返らなくてもわかる。轟と唸りを上げる風切り音。迫りくる大鎌の切っ先が、僕の視界右端に突如として閃く――!


「あ――がああぁッ! はッ……!?」


 持てる瞬発力を全て爆発させて飛び退こうとしたけど、手遅れだった。

 先輩が振り下ろした大鎌は僕の右肩から斜めに切り裂き、鮮血と、激しい痛みと熱とが一緒くたに襲いかかる。意識がふっ飛ばされるよりも先に、僕の身体自身が吹き飛ばされ別の書棚に顔面から叩きつけられる。


「やれやれ。避けなきゃサクッと楽になれたのに……」

「せ、せん……ぱ……」


 霞む視界の向こう、こちらへゆっくりと近づいてくる先輩の姿がかろうじて見える。大鎌を肩に担ぎ、ひどく冷淡な表情で僕を見降ろしている。殺気のこもった冷やかな眼差し。今まさに僕は死の間際を迎えようとしている。

 滅茶苦茶だ、と思った。

 訳も分からず巻き込まれて、訳も分からず殺されようとしている。

 先輩が、僕の目の前で上段に大鎌を構える。

 刃に映る僕の顔の情けなさといったらない。あんな空虚な顔をして僕は殺されるのか。少し、いやかなり嫌だ。嫌だけど、この身体は既に思うようにいうことを聞いてはくれない。


「そいじゃあ……さよならだね」


 大鎌の切っ先が月光を反射して煌めき、光で一瞬目が眩む。そのまま目を堅く瞑った。殺される。死ぬ。脳天目がけて刃が奔り、そこで僕は終わる。そう確信して身を強ばらせて、どれぐらい経ったか。一向に大鎌が襲いかかる気配はない。

 何故? 先輩は何をしている?

 首だけ動かすのがやっとの力で見上げる。


「そりゃ、何の真似さ」

「…………」


 僕の目の前には、白銀の髪の少女が両手をいっぱいに広げて先輩に立ちはだかっていた。

 注視しなくても分かる、彼女の身体の震え。

 彼女は恐怖している。それなのに、恐怖している身体を無理やり動かして僕を護ろうとしている。

 目頭が熱くなって、視界が、どしゃ降りの雨の日のような視界になった。


「まさか、お姫様はまだ我儘に振り回すつもりなの? そうまでしてソイツを頼る理由は何なのさ」

「…………」

「呆れた。言葉も出ないよ。面倒だから、まとめて片付けてや――!?」


 割って入ってきたのは、けたたましく鳴り響く警報機のベルだった。萩月さんの人差し指は、いつの間にか図書室に設えてあった火災報知機のボタンを貫いていた。チッ、と舌打ちする先輩の苦い表情。


「見つかると色々厄介だね……ま、もう虫の息だ、放っておいてもソイツは死ぬだろうし今は一旦退いてあげるよ。……次は、無いからね」


 大鎌をカードの姿へと戻し、黒髪をなびかせながら崩壊しかけた第二図書室を出ていく先輩。

 僕は、助かった……のだろうか。


「朝日奈君、ちょっとでも動ける?」

「うッ……ぐ……ん。な、何とか立てる……」


 斧槍に寄りかけるような形ではあったけど、何とか立てる。それでも、萩月さんの肩を借りないと歩くことは出来なかった。非常時とはいえ、女の子の肩を借りるというのは何だか恥ずかしい。誰の目もないというのに、瀕死の重傷なのに。


「少し……少しだけ移動するから、我慢して。そうしたらすぐに治療するから、だから」

「……な、何?」


 顔を見上げる。

 血の気の失せた唇から絞り出した消え入りそうな声と、涙をいっぱいに溜めた群青色の瞳。 


「お願いだから、死なないで」


 第二図書室を出て、廊下をよろよろと歩き続ける。

 遠くで、パトカーと消防車のサイレンが二重に響いているのが聞こえた。図書室に人が来るのも時間の問題だろう。しかし、萩月さんは何処へ向かうつもりなのだろう。保健室は一階で、ここは三階。このままじゃ下りている間に鉢合わせになってしまう。

 しかし、彼女は僕の予想した場所とは正反対の方向――屋上へと続く階段へと向かっていた。


「屋上……? なん……で……?」


 最後の方はほとんど言葉にならず、気が付くと僕は、暗い闇の向こうへと意識を落としてしまった。

こんばんは。

にじふぁんが終了となってしまいましたが、もちろんオリジナルである『図書室の幽霊は占星術師』は終了しませんよ。

そういえば、よくラノベのタイトルって略称で呼べたりしますけど、このお話の場合はどうやって略したものだろう?

『バカテス』や『はがない』のニュアンスでいくなら……『図書アス』?

微妙な語呂だなぁ……;


では、待て次回。


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