表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書室の幽霊は占星術師《アストロロジー》  作者: 夜斗
第1章:『少年、接触す』
6/22

第6話

 そして迎えた日曜日。

 初夏を過ぎた太陽は容赦なくコンクリートの地面を照らし、道往く人は各々タオルやハンカチで汗を拭いながら忙しなく歩いていた。

 僕は待ち合わせ場所である噴水広場の時計に目を向ける。現在の時刻午後一時三十分ちょうど。約束の時刻より三十分も早く着いてしまったのは、今日のデートが僕にとって特別だからだ。


「……ちょっと地味かな」


 視線を落とし、僕は噴水で揺れる水面に映った自分の姿を見つめた。ラフなジーンズに多少ロゴの入ったTシャツとベスト。首にはアクセントとして以前鈴宮に誕生日プレゼントとしてもらった小さなチョーカーを付けている。傍から見られたらナルシストと見紛われてしまうのではないかと思われるぐらいに、何度も何度もポーズを変えたりして自分の姿をチェックしてみる。ファッションセンスの欠片もない僕だけど、今日に限っては出来得る限りのお洒落せざるを得ない。とはいえ、普段から気を遣うほどのセンスは持ち合わせていないので実質『ちょっと気合いの入った普段着』だ。


「でも、まさか先輩の方からデートに誘ってくれるなんて夢にも思わなかったなぁ。今日は精一杯楽しんで、それから今日こそこ、ここ……こ……ッ」


 そこから先の言葉を出すのが恥ずかしくなって全身が火照る。恥ずかしくて体をくねらせる今の僕は、後ろ指差されても文句の言いようの無い変質者にしか見えないだろう。……何か嫌だ。首をぶんぶん振って一度平静を取り戻す。


「誘った私より先に着くなんて感心だな、朝日奈君」

「せ、先輩ッ」


 僕が到着してからおよそ十分後くらいだろうか。正面入り口から黒羽里先輩がゆったりとした歩調でこちらに歩いているのが見えた。首もとにフリルをあしらった純白のブラウスに、黒のジャケットとロングスカートという出で立ち。さながら漆黒のドレスを纏った令嬢を彷彿とさせる姿に、僕の視線が文字通り釘づけにされてしまう。


「……そんなにじろじろ見るんじゃない。恥ずかしいだろ」

「す、すみませぇンッ!」


 緊張のせいでつい力んでしまったのか僕の声は予想以上に張り、周囲を歩いていた人たちの注目を一気に注目させてしまった。


「こらッ……! も、もう行くぞ。時間を無駄にしたくないからな」


 と、そのことを知るのは少し後のことであり、僕は先輩の声を聞いてハッと我に帰ると、突然体が勝手に動き出したことに驚き足をもつれさせてしまった。転びそうになったその先、僕の右手首に誰かの腕がぎゅっと掴んでいた。ここで誰か? と頭を悩ませるのは無粋だ。だけど人は、突然自分が予想だにしない出来事に直面すると、存外頭の中身が正確は反応をしてくれないものだ。証拠に、僕が先輩に手を引かれ歩いていると気づくのに十秒弱掛かってしまった。


「え、え、ええッ!?」

「あのフルーツパーラーは人気だからな。早く行かないと席が埋まってしまう」


 つかつかと小気味いいヒールの足音と、僕のたどたどしい足音とが織りなすちょっとずれたハーモニーを奏でながら僕と先輩は広場を出て歩き出す。喧騒に混じって吹き抜ける風が僅かな芳香を漂わせている。これは香水? それとも行き交う人の匂い? いよいよ夢  現(ゆめうつつ)と区別が付きづらくなってきた。この瞬間を味わえただけで、僕はもう死んでもいいかもしれない。


「さて、どうにか席を取れたな」


 再び我を取り戻したかと思うと、僕はフルーツパーラーの一席に腰を降ろしていた。いつの間にお店に? ほんの数秒前までは噴水広場の前で先輩に手を引かれて、そこから……そこから先の記憶がごっそりと抜け落ちていて何も覚えていなかった。

 少々歩いて乱れてしまった黒髪を優雅に掻きあげながら、先輩はメニューに視線を落としている。


「あ……」


 色鮮やかなフルーツで彩られたメニューを見つめる先輩の口元が、フッと軟くつり上がるのが見えた。傍から見たらそれはただ微笑を浮かべただけに見えるかもしれない。だけど、僕にとっては先輩が見せた初めての微笑みだった。胸の鼓動が、まるで戦艦が主砲を発射したかのように思えるほど激しくドクンと大きく鼓動する。勢いで口から本当に心臓が出そうだと思ったのは言うまでもない。


「これだけ美味しそうな物が並ぶと、思わず目移りしてしまうな。朝日奈君は、もう決めたか?」

「い、いえはい!」


 まだメニューすら見てもいないのに肯定と否定の返事がごっちゃに出てしまった。慌てふためくなんてレベルを通り越して、これでは流石に情けなさ過ぎる。台本もリハーサルも何も無しのぶっつけ本番で武道館ライブするような……もっと有体に言えば滅茶苦茶に、それはもう言葉では語りつくせないほど僕はがちがちに緊張しっ放しだった。

 と、メニュー越しに先輩の冷たい視線に気づく。


「なぁ、朝日奈君」

「な、何ですかッ」

「……もしかして、私が苦手だったりするのか?」

「は……えぇ!? いえそんな、滅相もない!」


 未だかつて、日常会話――しかもデートにおいて『滅相もない』だなんて叫ぶ高校生はいたのだろうか。そんな僕の素っ頓狂な返事の所為で、先輩の表情がカチンと凍りついてしまった。マズイ。僕の情けない一言によって大事なデートに傷をつけてしまった。このままでは確実にこのデートは“失敗”してしまう。どうにか取り繕わなきゃ。僕はその一心で全国平均の頭脳をフル回転させ言葉を探して――


「……くく」

「え……っと、先輩?」


 何故か、口元を手で小さく覆いながら体を小刻みに震わす先輩。恐る恐る僕が上目遣いになって様子をうかがうと、やがて先輩は堪え切れないといった具合にくすくすと笑い声をあげ始めた。


「ふふッ、あっははは! なんだその『滅相もない』って? そんな言葉、本の中か映画でしか見たことが無いぞ?」

「す、すみません……」

「……さっきから、謝ってばかりだな。そんな風にされてしまうと、誘った私の方が申し訳なくなるのだけど」

「す、すみま……や、あの、えっと」


 さながら、今の僕は『しどろもどろ』を体現していることだろう。目の前には憧れの先輩。学校で高嶺の花を眺めている時と違い、先輩は僕の目の前で、笑ったりちょっと怒ったり、今まで見たことの無いような表情を見せてくれている。だから僕は余計に緊張してしまう。遠すぎた高嶺の花が、いきなり空から落ちてきたかのような千載一遇のこの瞬間を、心の何処かで小さく期待していたくせに、いざ現実となってみると僕の心と身体が思うように動いてくれない。

 これを、この瞬間を、俗に恋と言うのではないだろうか。


「あ、あの……!」


 時は来た。今この瞬間にこそ、僕は思いの丈を打ち明けるべきなのだ。勇気を振り絞れ、拳を握れ。僕は今ここで先輩に告白するんだ。だから――


「先輩、実は僕――」

「ところで、今日誘ったのには……ん?」


 僕の声と先輩との声が重なりぶつかる。僕も先輩も言いかけた言葉を喉の奥にしまい込むと、お互いに一瞬気まずい顔になって、それから、


「せ、先輩から先に」

「朝日奈君からどうぞ?」


 全く同じ意味の二の句を告げた。ここに来て、まさか日本人特有の譲り合いの精神が僕の決意に立ちはだかろうと誰が予想できたか。いや、普通出来ない。


「じゃあ、遠慮なく私から」

「は、はい……」


 飛ぶ鳥を落とすような勢いで僕の戦意が薄れていく。喉の奥まで出かかっていた告白の言葉は、今はもう既に腹の中まで落ちてしまったことだろう。たぶん、この後食べるフルーツと一緒に消化されそうである。


「今日私が君を誘ったのには、もちろん理由がある」


 メニューをたたみ僕の前で両の手を組むと、一瞬のうちに表情が険しくなる先輩。気迫……とでも言うのだろうか、先輩の頑なな表情からはただならぬ気配を感じる。やがて、桜色の唇が小さく開いた。


「第二図書室の幽霊の噂は知っているね?」

「え、はい。噂好きな友達から聞いてますけど」


 実際に噂の幽霊に会っていますけど。……何て言ったら確実に怒られそうな空気だったので言わない。そもそも冗談を言うような性格ではないし、仮に言ったとして信じてもらえるわけがないだろう。それに、これ以上ポイントを下げる行為は絶対に許されない。

 しかし、今になって第二図書室の幽霊の話とは何事だろうか。それぐらいなら桜宮高校の生徒のほとんどが知っているはずだし、それなら別に僕である必要性は無い。


「では……この噂話が本当だということも、知っているな?」

「……え?」


 突然先輩の声のトーンが低くなったかと思うと、漆黒の瞳が鋭く僕を射抜く。まるで獲物を追い詰めた狼のような獰猛な瞳に僕はたじろいで背中を座席にぶつけた。


(とぼ)けても無駄だからな。君が彼女と接触し、カードの所持者となったということも、既に私は知っている」

「な、何を突然に……」


 どうして先輩がカードのことを知っている? どうして僕が彼女と出逢ったことを知っている? どうしてそんなことを先輩が? 幸せだった現実から非現実に叩き落とされた瞬間、僕と先輩との席だけ別の時間が流れているような不快な感覚が包む。驚き過ぎて言葉も出ない僕を前に、先輩は微笑(わら)っていた。


「先に宣言しておくよ。私は大アルカナ9番目のカード、『隠  者(ハーミット)』の所持者で……君の敵となるかもしれない(、、、、、、、、)人間だ」


 先輩はジャケットの内ポケットから、見覚えのある小さなカードを取り出し指で挟む。

 カードの中で、今の先輩と同じような薄い笑みを浮かべる外套姿の女性。手にしたランプの仄明かりに照らし出された彼女の素顔は、何故か少しだけ悲しげに見えた。

カードの所持者であることを明かした、黒羽里の真意やいかに?


やっぱサブタイトルないとちょっと寂しいっすねぇ……;

次話は来週の何処かで。

少し更新速度が落ち気味なのは、別のお話のプロットに浮気してるからです;


あ、東方の二次創作のことではないのであしからず。

では、待て次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ