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図書室の幽霊は占星術師《アストロロジー》  作者: 夜斗
第1章:『少年、接触す』
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第5話

 満月とまではいかない、ほんの僅かに欠けた月が照らし出した蒼白い校舎は幻想的で、それでいて不気味なような何とも曖昧な雰囲気を醸し出していた。閉ざされた校門を強引によじ登って越えると僕はグラウンドをまっすぐに駆け抜けていった。


「学校に忍び込むなんて、初めてな気がするな」


 遠く記憶を遡ってみてもそんな経験はやはり無い。前に忘れ物を取りに行った時とは違い今の校舎は完全に無人で、廊下を歩くたびリノリウムの床に足音が響き渡る。目的地の第二図書室まで何事もなく辿り着き、僕が引き戸に手を掛けようとすると独りでに扉が開いた。


「うむ、約束通りちゃんと来たようだな」


 その先に悠然と浮遊する第二図書室で噂の幽霊、萩月真優が小さく微笑を浮かべていた。僕は前回の彼女との約束により、カードの特訓のため毎晩ここに来なくてはならなくなっている。


「早速特訓を始めよう。魔力のコントロールに加え、今度は君の武器の基礎を身につけてもらわないとな。では、カードを」

「わかった」


 萩月さんに促され、僕はそっと右掌を前に構え瞳を閉じる。僕自身の魔力を手の平に集めていく。魔力と言うものは彼女曰く『人の心の力が具現化したもの』だそうで、ニュアンス的には気合いとほぼ同義らしい。魔力と聞いて、僕は真っ先にロールプレイングゲームの(マジック) (ポイント)のようなものを思い描いていたのだけど、その実態はずいぶんと熱血的な力だったらしい。とはいえ不思議な力に変わりはなく使えば当然消費するとのこと。

 感覚としては見えない水の流れを手の平に集めるような感じだろうか。少しずつ、少しずつ。魔力の流れは僕の手の平の中で次第に大きく強くなっていく。やがてピンと張り詰めるような感を覚え、僕はそっと瞳を開きカードの名を小さく呼び顕現させた。


「――正  義(ジャスティス)


 白い光が瞬くと僕の手の中に棒状の物体が具現化される。二メートル程の柄に、先端には大きさや形状の異なる三つの刃。アンティークの甲冑に装備させれば似合うこと間違いなしの銀色の斧 槍(ハルバード)。僕が斧槍を具現化したのを見計らって萩月さんは一冊の本を開いた。


「さて、ここに中世ヨーロッパ時代の兵法書がある」

「……おかしいな。ここは日本の高校なんだけど」

「世界史の資料か何かだろう。図書室にあって珍しくもない」


 そんな資料を世界史の授業で一度たりとも見た覚えはない。僕の訝しげな視線なぞ露知らず、萩月さんは意気揚々とページを捲って、やがてその手をピタリと止める。


斧  槍(ハルバード)とは、先端に三つの刃を備えた長柄武器(ポールウェポン)の一種。先端の穂  先(スピアーヘッド)、幅広の斧    刃(アックスブレード)と、その反対側に備え付けられた鉤爪(フルーク)。この三種類の刃で、斬る、突く、引っかける、叩くと四種類の攻撃手段を持つ汎用性に富んだ武器だ」

「汎用性……って、要するに万能ってことだよね?」

「そうだな。幅広な刃は言わずもがな穂先は強固な鎧を貫き、鉤爪は馬上の兵を叩き落としたりハンマーの様に叩きつけたりしていた……と、この本に記されている」

「へぇ……」

「まずは基本の素振りからやってもらおうか。とりあえず、素振り一万回だな」

「いきなりハード過ぎやしませんか!?」

「さっさとヤレ」

「……はい」


 突如背筋に襲いかかる、まるで冷蔵庫に閉じ込められたような寒気に抗うことが出来ず、僕は彼女の言葉に従い図書室のど真ん中で斧槍を素振りするという何とも奇妙な行動をとる羽目になった。

 斧刃を振る音が図書室の静寂を文字通り切り裂いていく。二メートルを越える僕の斧槍は当然ながら重量があるのだが、不思議なことにそれほど重いというわけでもない。羽毛のように軽いとまでは言わないが、細い鉄パイプを振り回してるような程度にしか重量を感じない。カードの魔力で形成された斧槍だからだろうか。しかし、一万回も振り回せば僕だって疲れるのだけれど。


「それはさておき、随分と楽しそうな顔をしているな」

「え、僕が?」


 そんな顔しているだろうか。鏡もないし確かめようがないけど。


「そんなに日曜日のデート(、、、)が楽しみかな?」

「ふぉわ!?」


 思いもよらない言葉に手元が狂い、僕の手の中から斧槍が綺麗にすっぽ抜ける。斧槍はくるくると回転しながら優雅な放物線を描き、そのまま図書室の備品であるテーブルに直撃、深々と突き刺さってしまった。


「あ……あぁぁぁぁッ!?」

「まだ投擲(とうてき)練習の指示はしてないぞ。何をやっている」

「だ、だだだ誰の所為だと思ってんですか! 萩月さんが、その、突然変なこと言うから!」

「ここを何処だと思っている。この第二図書室は私の家のようなものだぞ。それなのに、君がトマトみたいに顔を真っ赤にさせながらあの女子と話してたのが悪い」

「うぐ……」


 とどのつまり、僕と先輩との会話は全て彼女に筒抜けになっていたということである。穴があったら入りたいとはこのような心境を言うのかと、まさかこんな真夜中に身を以て知らされることとなるとは夢にも思わなかった。


「確か、午後二時に駅前のフルーツパーラーで……だったかな?」

「ぷ、プライバシーの侵害!」

「ふん。幽霊にプライバシーも何もあるものか。それに、私だって聞きたくて聞いたわけじゃない」

「……」


 ごもっともだが、そういう時ぐらいは空気を読んで何処かへと移動していてほしかった。


「ところで、その……フルーツパーラーとはどういう所なんだ?」

「え? フルーツパーラーを知らないの?」


 萩月さんは女の子の幽霊なのに意外(?)である。すると彼女は唇を尖らせながらこう返してきた。


「場所自体は知っている。要するに果物重視の喫茶店のようなものだろう?」

「まぁ、ニュアンスは間違っちゃいないけど」

「それでどんな所なのかと訊いているのだ」

「どんなって……」


 頬を膨らませる萩月さんのその姿は、世間知らずで我儘なお嬢様そのものだった。掻い摘むほど言葉を選ぶような場所でもないし僕はシンプルに答えた。


「萩月さんの言うとおりそのまま果物重視の喫茶店だよ。フルーツポンチとかパフェとかそういうメニューばっかのお店」

「フルーツポンチ……パフェ……」


 途端に萩月の目が甘く蕩けたかと思うと次いで表情まで蕩け始める。萩月さん、甘いもの好きなのだろうか。頬っぺたをほんのり赤く染めながら萩月さんはうんうんと頷いている。


「ふ、ふむ。それはなかなか楽しそうな所じゃないか。朝日奈君、今度私を連れて行ってくれないか?」

「幽霊の君をどうやって連れてくってのさ」


 萩月さんは霊体なのだから、当然物に触れることも出来なければ食べ物を食べることだって出来ないはず。現に、僕が彼女に手を伸ばしてもすり抜けて空をつかむのが関の山――しかし彼女は僕を掴める理不尽――だろう。そんな彼女をどうやってフルーツパーラーに連れて行けと。こんな真夜中に無理難題は仰らないでほしい。


「連れていくこと自体は簡単だろう。私が君に乗り移ればいい」

「真顔で怖いこと言わないでよ」


 それってつまり呪われるってことと同義ではないか。


「なに、君に迷惑はかけないよ。ただ私がパフェを堪能する間眠ってもらう程度だ」

「お断りします。大事なデートだってのに、邪魔されてたまるもんか」

「……あぁ、そういえばアレが君の想い人だったか」


 先輩をアレとか言うな、アレとか。

 僕が反論しようかと首を萩月さんへと向けた瞬間、口にしかけた言葉が喉の奥につっかえてしまった。

 何故か?

 うっすらと目を伏せ、まるで斜陽に照らされたかのように儚げな彼女の表情を見てしまったからだ。声を掛けるべきなのか一瞬だけ躊躇し、やがて僕は恐る恐る口を開いた。


「えっと……急に、どうしたの?」

「いや、そうやって普通に生きている君が羨ましくてな」


 ふわふわと浮遊しながらテーブルの上辺りで体育座り――危うくパンツが見えそうになったので顔を反らす――した萩月さんは、ふぅと吐息を漏らす。


「私は、そういった普通の日常の生活が時々羨ましく思うよ。朝起きて、普通に学校に行って友達と遊んで……好きな人が出来れば一緒にデートに行くとか……ね」

「そうかな……? 普通ってそんな良いもんじゃないと思うけど」


 何故か普通を強調する萩月さんの横に、僕は迂回してから腰掛ける。


「朝日奈君は、普通が嫌なのか?」

「学力、運動神経、見た目も含め僕は日本一普通な人間なんだよ? 個性もへったくれもないし、ともすれば突出とした魅力だってないじゃん」

「……それは、少し違うんじゃないか」

「違うって?」

「例えるなら、今の君は平らな土の地面さ」

「……?」


 萩月さんの言葉の意味が分からなくてどう返せばいいのか悩んでいると、彼女はそのまま言葉を継いで言った。


「確かにまっ平らな地面のままでは確かに何の個性もない。だけど、それは逆にいくらでも耕せるということだと私は思う。自分の手で地面を開拓し、種でも埋めて育てればいつか花開くんじゃないか。もっとかみ砕いて言えば、今の君は努力次第で何にでもなれるということさ」

「…………」


 今の僕は、まっ平らな地面。

 何の努力もせず放置していれば平らな地面は恐らく平らなままだろう。しかし、彼女の言うとおり、ほんの少しでも手を伸ばしたら?


「今の君は平凡。しかしそれは同時に、これから何にだってなれる可能性を持っているということじゃないかい?」

「それは……」


 だけど、何をどう努力すればいい? 種をまくって、何の種をまけばいい? 種を知らなければ、開拓しようにも育むことだって出来やしないのでは? 思わずすがるような視線を萩月さんに送ってしまうと、しかし彼女は止め止めと首と手をとを一緒くたに振りこの話を中断させてしまった。


「……や、この話はお終い。さぁ、特訓再開だ。少なくとも自分の得物ぐらいコントロールできないような騎士では私が困るからな」

「ん、了解しましたよ」


 特訓再開……するのはいいんだけれど、僕はそんなことより気になることが一つ。


 この机、どうしようか。

次回、黒羽里先輩とデート回!

はてさてどうなることやら、です。


では、待て次回。

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