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第20話

 終業式は僕の怪我が完治して退院した翌日に執り行われた。医者は全治二週間のはずの僕の怪我がたった数日で治ったことに驚いていたけど、僕は運が良かっただけですよと適当に言い繕って病院を後にした。教室へ入るとクラスメイトから次々に声を掛けられた。心配してくれる人とか、何があったのか興味津津な人とかいろいろ。本当のことを話すわけもなく、病院の時と同様適当な言葉を選んで誤魔化した。

 終業式と言っても、その実先生の話ばかりで生徒側としては退屈極まりない。校長の挨拶から始まり、教頭の挨拶、そしてクドクドと降り注ぐ夏休みの注意事項。校歌斉唱で締めくくられ、おおよそ二時間ほど立ちっぱなしの足と腰がギシギシ悲鳴を上げているような気がしてきた。


「よっしゃぁ! 今日から夏休みだぜぇ!」


 SHRが終わって解散となった瞬間、高広の雄たけびが教室中に木霊する。二メートル越えの人間が吠えると妙な迫力がある。近くを一年生が見たら驚くこと請け合いだろう。

 雄たけびを上げた後、彼は僕の席に向かって猛進し僕の首根っこを掴んだ。


「うわ、おい!」

「樹、今日はお前の退院祝いやるからウチに来いよ!」

「え? そんな話聞いてないんだけど」

「つい昨日決まったの。高広のお父さんがやるって言いだして聞かなくてね。あ、樹くんのお父さんもお母さんも、私のお母さんとかも皆一緒でね」

「それってただ集まって飲みたいだけなんじゃ」

「細かいこと気にすんなって! 今日は寄り道しないでササッと帰ろうぜ」

「ぐぇ!? あ、ちょい待てたかひ――!」


 ぐいぐい絞め上げられて若干窒息気味なのを知ってか知らぬか、高広がそのまま強引に引っ張って教室を出ようとする。


「す、ストップストップ! 僕は、今日少し寄るところがあって……」

「あぁん? んなコト知るかよ。善は急げって言うんだし、さっさと帰ろうぜ」

「と、図書室に用があ――わぁッ!?」


 図書室、と僕が言った瞬間に高広の丸太のような腕から解放され、引っ張られていた勢いで彼より前方に転がってしまった。ブレザーにくっ付いた埃を払いながら立ち上がると、高広と鈴宮はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「ほぅ……今度はお前一人で行くのか?」

「なんだったら、ついて行ってあげてもいいんだよ?」

「ち、違うよ! 別に、先輩に用は何も……」


 終業式の時に先輩を探したのだけど姿は見当たらなかった。もしかしたら、と何処かで期待していたのだが、やはり先輩は転校してしまったのかもしれない。他に仲の良い先輩もいないから確認しようもないし、目の前の情報通に聞いたら聞いたでどうしてそのことを知っているのか追求されかねない。


「んー、じゃ先に帰ってるわ。どうせ昼過ぎには家にいるだろ? また連絡するから、そん時はすぐ来いよ」

「大丈夫。玉砕したって、すぐに私たちで慰めてあげるから!」


 二人とも親友なのに玉砕前提でいるのが悲しい。……と、悲しみに包まれている場合ではなくて、早く行かなくて。

 彼女がいる、第二図書室へ。



 ※


 この場所に訪れるのは、もう何度目になるのだろうか。

 桜宮高校第二図書室。白髪の少女の幽霊が出ると評判の場所であり、僕にとっては全てにおける始まりの場所。あの日忘れ物をしてここを訪れなかったら僕はどうなっていたのだろう。やはり平凡なレールをなぞって、平凡に生きて平凡な死を遂げたのだろうか。

 扉に手を掛けゆっくりと開く。埃っぽい匂いは相変わらずで、そして相変わらずの無人状態。カウンターに視線を向けてみても司書の先生や先輩の姿は見当たらないし気配もない。終業式が終わってからいちいちここに来る暇な人はいないのだろう。居たら居たで、今は少しだけ迷惑だけども。

 ワックスの掛けられた光沢のある床を歩いて何時か勉強に使った座席へとたどり着く。カーテンから零れた陽光がテーブルを静かに照らしている。陽の光と木のテーブルとは何と好相性だろう。流石は知的空間図書室である。


「……やっぱり、いないのかな」


 お目当ての人物は見当たらなかった。思い返してみても、彼女と話している時は全て陽が落ちてからだった。彼女の性質上それが基本なのかもしれないけど何となく少し寂しかった。ここに来れば、もしかしたら会えるような気がしてたのに。


「こんなところで、何をしているのかしら?」


 そんな声が聞こえたような気がして振り返る――しかし、そこには半分開いた扉があるだけで何も無かった。


「……」


 空耳、だったのだろうか。まだ怪我の影響もあって疲れているのかもしれない。

 会えないのであれば帰ろうか。そう思い踵を返したところで――風が吹いた。


「私はこっちだよ、朝日奈君」


 カーテンがふわりとはためき、吹き込んだ爽やかな夏風が図書室内の沈んだ空気を浄化していく。陽光の照らすテーブルに、一人の少女が頬杖ついてこちらを見つめていた。白髪は真珠のように煌めき、群青色の瞳は太陽を吸い込んでその輝きを一層引き立たせている。


「まだお昼なのに、オバケって出てくるんですね」

「試験も仕事もないしね。昼夜の感覚なんて無いようなモノだよ。さて、何の用かな朝日奈君」

「えっと……」


 実を言うと本当に、彼女に言いたいことがあるわけじゃない。ただ何となく会えるような気がしてここに来たのであって、何ら特別な言葉は用意していなかった。彼女の斜め向かいの席に腰を下ろし、僕は思い付いた言葉を何となしに呟いた。


「……ありがとう、萩月さん」


 群青の瞳が真ん丸に見開かれるのを見て僕は小さく微笑んだ。彼女でも驚くことがあるんだなぁと感心しながら。


「な、何をいきなり……? 君に感謝されるような筋合いはないと思うけど?」

「そう……かな。前に応急処置もしてもらったし、倒れた僕のために先輩を呼んで助けてもらったり色々と感謝しなきゃいけないことがあるような気がするけど」

「それは君が、私を守るための騎士だから当然のことをしたまでだよ」

「それでも、ちゃんとお礼言わなくちゃ」

「ふむ……」


 命を助けてもらっているのだから、僕としてはこんな口頭だけの感謝だけでは足りないぐらいだ。それ以上の何かで返すことが出来るのなら、何だってするつもりでいる。それを伝えてから今日はそれを伝えてから帰ろうと思う。


「まだ、萩月さんを狙う人は来るんだよね」

「恐らくな。そして、そんな輩から身を守るために君がいる」

「うん。……僕は、萩月さんを守る騎士だからね」

「もう理不尽とは思わないのかい? ここで逃げたいと思っても、私は責めないよ?」

「『正義』って、そんなに簡単に曲がったりしないものだよ。だから――」


 取り出した『正  義(ジャスティス)』のカードを見つめながら、自分にも言い聞かせるように言葉を紡いでいく。


「僕はちゃんと『正義』を貫く。萩月さんを守るのが、僕の『正義』だから」


「そこに、是非ともアタシも加えてほしいもんだね」


 声と共に現れたのは黒羽里先輩だった。艶やかな長い黒髪をかき上げながら、こちらに向かって優雅に歩いてくる。先輩の登場に驚いたのは他ならぬ僕であり、切れ長の瞳に見つめられた瞬間心臓が飛び出しそうな勢いで跳ね始めた。


「なッ……せ、先輩! 何時の間に!?」

「ついさっき。しかし朝日奈、何もこんな日にまで寄ることなかったんじゃない? 物好きというか何というか」

「いや、まぁ……ホントに先輩の言うとおりなんですけど」

「黒羽里天音……」

「もうアンタを狙ったりはしないよ。アタシは、朝日奈に一緒に戦わないかって誘われただけさ」

「それじゃ……!」

「力の持ち腐れってのもアレだし、アタシなんかでよければ協力してあげるよ」 

「…………ふむ」


 萩月さんは怪訝な表情を浮かべていたけど、やがて納得したのか小さく首肯する。


「まぁ、戦力は多いに越したことはないからね。よろしく頼むよ、黒羽里天音」


 こうして黒羽里先輩も僕たちと共に戦うメンバーに加わってくれた。僕だけで彼女を守り抜くのはやはり厳しいものがある。だけど先輩の助力があれば、前よりはもっと戦えるかもしれない。戦闘には勝てなくても、最悪萩月さんを守ることが出来るかもしれない。

 戦う力――今の僕には、彼女を守るための力がある。

 まだまだ使いこなせなくて騎士と胸を張ることは出来ないけど、それもいつか使いこなせるように僕だって成長してみせる。


「さて……顔合わせはこれぐらいでいいか? 朝日奈、このあと少し付き合いな」

「付き合……え、はあ!?」

「バーカ、そっちの意味じゃないっての。帰りに寄り道するだけだ、ほら行くぞ」

「……呑気な君たちが羨ましいよ」


 今までのイメージを崩壊させるような勢いで先輩は僕をずるずると引っ張っていく。いったい何処へ寄り道するのだろう。というか、先輩と一緒に帰って噂とかされたら恥ずかし――


「は、萩月さん!」

「ん……何だい?」

「えっと、その……また今夜!」


 半ば呆れていた彼女の顔が――笑ったような気がして。

 僕も何だか嬉しくなって、笑って返した。引きずられっぱなしな所為で、ひどく様にならなかったけど。

残りを一気に投稿します。

少々お待ちを。

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