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図書室の幽霊は占星術師《アストロロジー》  作者: 夜斗
第二章:『少年、決断す』
15/22

第15話

「萩月さんッ!」


 突然姿を消してしまった萩月さんを探し、校舎中を走り回った僕が最後に辿り着いたのは屋上だった。不自然に半開きだった鋼鉄製のドアを突き飛ばすように押し開くと、冷えた夜風が僕の頬を横切っていく。いつか来た時と同じ、空には煌々と月が輝き、昼時ともなれば奪い合い必至のベンチがまばらに並んでいるその広場の最奥。

 そこに――人影を二つ見つけた。

 蒼白い燐光を放ち、目の前の人物を見上げる萩月さんの姿と。

 そしてそれを冷たく見下している――大鎌を携えた黒羽里天音(クロハリアマネ)先輩の姿を。


「つくづくタイミングのいい騎士だね。それとも、これはお姫様の計らい?」

「先輩……」


 ゆっくりとこちらに向き直る先輩の瞳を見て、僕はゾッと背筋が冷えるような感覚を覚えた。

 空虚な――あらゆる光を吸い込み、一切の闇へと帰してしまうような暗い瞳。

 日常生活であんな風な瞳を見ることは滅多にあり得ない。あるとするなら、例えば家族や友達を亡くしてしまった時か、それとも――


「もう語る必要もないね。アタシはコイツを始末したい。だけど、アンタはそれを阻止したい。戦う理由として命を張るには……やっぱりイマイチな理由だね、朝日奈君には」

「先輩は、どうしてそんなに萩月さんを――」

「語る必要はないって、今言ったばかりだよな?」


 ドンッ、と重い音が響いたかと思った次の瞬間、僕の目前に先輩が肉薄する。その手にはもちろん、先輩の得物である大鎌を握りしめて。


「が――ッ!?」


 反応が遅れた所為で何の防御行動も取れず、無防備な僕の右わき腹に鋭い一撃が叩きこまれると衝撃で大きく横に弾かれる。ガシャン! と転落防止用の金網にぶつかり命拾いしたのも束の間、崩れ落ちた僕に向かって先輩は跳躍する。月光にギラリと鈍く閃いた刃に戦慄し、咄嗟に僕は横っとびして難を逃れる。僕を助けてくれた金網が、まるでバターでも切るかのようにいとも容易く両断されてしまった。恐ろしいまでの切れ味だ。あんなモノをまともに受けたら……考えるだけでもゾッとする。

 どうにか体勢を整え、先輩に迎え撃とうと斧槍を構えた――その瞬間。


「あぐッ……」


 ジン、と内から響いた鈍い痛みに左腕の握力を奪われる。忘れていたわけではなく、咄嗟に構えた故の事故なのだがとてつもなく痛い。顔をしかめた僕を見て先輩は薄く微笑を零した。


「……まだ、左腕は治ってないんでしょ?」

「アレはやっぱり、先輩の差し金だったんですか」

「別に正直に答える義理もないけど……まぁ、そう思ってくれてて構わないね。色々と捗ったけど、今はもう使えないよ」

「……先輩の『隠者』の力ですか?」

「自分の手の内を相手に教える人間が何処に居るんだか……アンタ、思った以上に馬鹿だね」


 襲いかかる大鎌に対抗すべく斧槍を一度構え直す。

 まるで弾丸のような速度で先輩は疾駆()け、そのまま勢いを乗せて思い切り上段に振りかぶる。それに応じるべく振るった斧刃と大鎌とがぶつかり合い、深紅の飛沫がお互いの頬を飛び交う。

 くるくると踊るように刃を操る先輩に対し、未だ慣れない武器に加え手負いで満足に振り回せない状態の僕が優位に立ちまわれるわけもなく、刃を往なす度後方へとじりじりと追いやられていく。ほんの少しでも気を抜けば一瞬のうちに両断されてしまう。かといって反撃に転じる隙は微塵も見当たらない。運よく見つけられたとしても、今の僕にそれを攻撃することが出来るだろうか。


「しっかし、よくもまぁ耐えるね。そんなに耐えて耐えて耐え抜いて、その先にアンタの勝算はあるの?」

「黙ってやられるわけには、いかないじゃないですかッ!」


 大鎌と斧槍の打ち合う音と共に浴びせかけられる先輩の言葉に、薙ぎ払いの一撃で返すものの先輩は大きく飛び退いてこれを回避する。

 ……ダメだ。このままじゃ埒が明かない。

 そもそも防戦を強いられているこの状況の時点で勝算はかなり薄い。そんなのは対峙している僕が一番分かっている。何か、何か逆転の方法は……


「……魔法、か」


 黒い甲冑に使ったあの魔法を思い出し、知れず小さく呟いてしまった。

 けど、これ以外に先輩に対抗する術が思いつかない。構えを解いた僕に、先輩の訝しげな視線が刺さる。


「諦めた……じゃないね。むしろその逆か。馬鹿な真似はやめてさっさと楽になっちゃえばいいものを」

「自分が成すべきと思ったこと、それを『正義』って言うのなら……」


 イメージする。

 僕が握る斧槍全体を、凍てつかせるイメージを。

 斧刃に、穂先に、鉤爪に。

 やがて僕の抱いたイメージに応えるかのように、僕の足元に幾何学的な模様が浮かび上がる。舞い上がる白い冷気に包まれた刹那――僕の斧槍がその姿を変えた。


「先輩を止めること、そして萩月さんを守ることが、今の僕の『正義』だ――ッ!」


 掴んだ斧 槍(ハルバード)の先端――すなわち、斧刃、穂先、鉤爪――全ての部位に、蒼く透き通る刃が付与されていく。そして上部と逆の方向には、新たに氷で出来たもう一つの斧刃を形成し、常時のほとんど倍のリーチを有す氷の斧槍(、、、、)が僕の手の中で静かに作りだされた。

 自分でも驚くほどの出来上がりに思わず目を丸くする。

 氷を纏わせたのに重さは変わらず、感触は普段の斧槍と何ら変わりがない。試しに振り回してみても、手にしっくりと来る感じは消えてはいなかった。


「驚いた。アレは偶然の産物だと思ってたのに……」

「これならッ!」


 今度は、逆にこちらから打って出る。

 僕の繰り出した即興の魔法に驚き戸惑う先輩に向かって低姿勢で駈け出すと、出来上がったばかりの氷の斧槍を斜めに振り払った。先輩も呆けっぱなしとはいかずこちらの攻撃に対応するものの、その顔には明らかな焦りが見えた。


「こんの……ッ!」


 ただでさえ攻撃範囲(リーチ)の広い長 柄 武 器(ポールウェポン)が、氷の刃を伴ってその長さを倍加させたのだから戦いづらさは相当のもののはず。横に広い攻撃範囲を持つ大鎌でも、ここまで伸長されては迂闊に攻め入れないはず。今までの防戦一方だった展開をひっくり返し、今度は僕の方が先輩を追い詰めていく。

 このままなら押し切れる。

 そう確信した僕を、先輩は嘲笑うかのようにニィッと口の端をつり上げた。


「調子に乗るのもいい加減にしなよ。アンタが“魔法”を使えるんなら、アタシだって使えるのが道理だろう?」


 渾身の袈裟切りを避け、二度三度バックステップで距離を取ろうとする先輩に対し僕は追撃を試みる。着地した先輩の足元からすくい上げるように払い上げ、蒼い軌跡を描きながら斧刃は――しかし空しく虚空を切り裂いた。


「な……んでッ!?」


 斧槍を空振りした事実よりも目の前で起こった現象に我が目を疑う。今、目の前には確かに先輩の姿があった。それなのにその姿は忽然と消え失せ夜風が通り過ぎていくばかり。右に左に視線を移しても、前後を見回しても先輩の姿は何処にも見当たらない。何処へ、消えてしまったのか?


「――ッ、上だ、朝日奈君!」


 萩月さんの声にハッとなって真上を見上げると――その先に不敵な笑みを浮かべる先輩の姿があった。振り下ろされた大鎌の刃を咄嗟に斧槍の柄で防ぐ――が、間に合わなかった。


「あぐ……ぅああッ!」


 湾曲した刃の切っ先が柄を越え僕の右肩に突き刺さる。激しい痛みと焼けるような熱とが混合し肩口が悲鳴を上げる。先輩を押し返そうと力を込めた途端、再びその姿が目の前で消えた。


「何が、どうなって……」


「アタシの姿が見えるかい? ……いや、見えるわけがないね。だってアタシがそれを隠してる(、、、、)んだから」


 不意に聞こえた声と同時に、今度は左側から不意打ちが飛び込んできた。声のお陰で反応こそ出来たものの攻撃を防ぐまでにはいかず、今度は思い切り左腕を切り裂かれてしまった。


「ぐぅ……ッ! これが、先輩の魔法って……」

「彼女は、自分の姿を魔法で隠している! 気をつけろ!」

「気をつけろったってどうやっ――がぁッ!?」


 次いで背中に奔った激痛にうめき声を漏らす。何時の間に背後に移動したのか、振り返る先に先輩は微笑を湛えていて――そしてまたフッと姿が消える。姿を消し、死角から現れては攻撃を繰り出しそれが終わればまた姿を消してしまう。常人では到底出来ない技――萩月さんは自分の魔法で姿を消していると言っていたが……


「見えない相手を、どうやって見つければいいんだよ!」


 四方に視線を巡らせても、背後や死角から攻撃されては備える意味が無い。どんなに周囲を注意深く警戒しても、結局は大鎌が襲いかかってくる。なら背後に意識を集中させたら? それも回り込まれたり別方向から攻撃を受けるだけで何の解決にもならない。思考する間も攻撃が止むことはなく、僕の身体には切り傷がいくつもいくつも増えていくばかり。皮膚が裂け、鮮血が零れ、痛みで斧槍を手放しそうになるのを堪えながら、それでも活路を見出そうと必死に堪える。

 何か、弱点――あるいは、付け入る隙があるはずだと信じて。


「ふふッ。そんなんじゃアタシを捉えることなんて出来やしないよ!」


 先輩の声に反応しどうにか攻撃を斧槍で弾く。弾いた直後、再び先輩の姿が闇に沈むようにして消えていく。またか――と何度目かの舌打ちをした、その時。


「……?」


 背後で感じた微かな音に足を止める。今のは……正体を確かめるべく、僕は斧槍を構えながら耳を澄ませてみた。


 ――トン、トンッ、トン。トトトト……ザッ、タタタタ――ッ。


 静かに耳朶(じだ)を打つそれが足音と気付くのにさした時間は掛からなかった。それは一定のリズムを刻むようにして、僕の周囲を走りまわっている。姿こそ隠せども足音までは隠せていない。先輩の“魔法”に付け入る隙を見つけた僕は目ではなく耳に意識を集中させていく。それまで全く分からなかった先輩の気配が少しずつ見えてくる。僕が視線を動かすと同時、先輩はそれに回り込むように走りだす。そして僕の動きが少しでも止まったところを見計らって大鎌の一撃を叩き込んでくる。動きの予測が出来てある程度なら対応は出来るようになったが、しかし防御出来るようになっただけでは振り出しに戻ったのと同じ。ここからもう一手、僕は先輩の裏をかかなくてはならない。


「ふん! 無駄な足掻きをそうやってさ!」


 途端に攻撃の激しさが増していく。今までよりも高速に、かつ的確に僕の死角を突いてくる攻撃に舌を巻く始末。防戦を繰り広げるうち、段々と右手に痺れを覚え始める。あまり長くは持っていられそうにない。斧槍に這わせた氷も少しずつ削られていて、既に斧刃に蒼い刃を残すのみとなっている。


「どうしたら……!」


 思考を巡らせる最中、ふと斧刃の刃に映る自分の顔と目が合った。これだけの戦闘を繰り広げている所為もあって、強ばった表情には緊張と疲れがにじみでている。これ以上戦うのは厳しい。次の一撃、それで決めないと下手をしたら立っていられなくなってしまうかもしれない。


「……そうだ」


 不意に思いついた策に、しかし成功するだろうかと思い止まる。

 実質、この武器を手にしておおよそ二日程度。そんな未熟の腕の僕が果たしてそんな器用な芸当が出来るだろうか。


「そろそろ茶番は終わりにしても、いいよね」


 (ささや)き声のようなものが聞こえたと思った瞬間、ゾクリと背筋を這いずる悪寒に身を強ばらせる。先輩もここで勝負を決めるつもりらしい。僕も覚悟を決めざるを得ない。

 僕は斧槍を、先端に近い部分で握りしめ直す。例えるなら、野球選手がバットを短く持つのと似ているのだろうか。斧槍の利点である攻撃範囲(リーチ)を犠牲にしてしまうものの、先輩の攻撃を受け止めるにはこれしか方法を思いつかなかった。

 耳を澄まし、先輩のおおよその位置を探る。

 耳朶を打つ靴音はさっきよりも断然早い。ハッキリと動きが分かるわけではないけど、その音が徐々にこちらに近づいてくると全身の緊張感がさらに高まる。

 勝負は一瞬、先輩の動きを予測して――足音が途絶えた。


「じゃあね、朝日奈君――ッ!」


 見上げると同時、大鎌を振りかざす先輩の姿が飛び込んでくる。頭上目がけての急襲は、ある程度予測出来ていた。出来ていたからこそ、僕は姿勢を低く保ち、短く握り直した斧槍を一直線に突き上げる。狙いは――先輩の振るう大鎌。斧槍と大鎌が交差するその瞬間、僕の右肩すれすれを大鎌の切っ先が滑った。


「な……ッ!?」


 息の掛かりそうな至近距離、先輩の端正な面が驚愕に染まる。

 何故か。

 先輩の振り下ろした必殺の一撃が、斧刃と穂先の間で受け止められてしまったからだ。自分でも信じられないほどに驚いてはいる。もし通常の斧刃のままであったら長さが足らず僕が一方的に打ち負けていたかもしれない。だが、今の斧槍には氷で伸長させた分の余裕があった。ぎりぎりとせり合う刃と刃。だが、ただ受け止めただけでは逃げられてしまう。

 僕はそのまま斧槍を持つ手を素早く右に捻って大鎌の刃が逃げないように抑えつけると、県の平均程度の身体能力をフルに稼働させ思い切り背負い込む。


「――ッ、うわああああああああああッ!!」


 それは、僕の全身全霊を掛けた背負い投げだった。

 別に柔道の有段者というわけでもないけど、この姿勢から出来る技など限られている。授業で身につけたような最低限の技だったが、呆気にとられた先輩を放り投げるには十分だった。使い手を失った大鎌は無機質な音を響かせ僕の足元に転がる。


「いっつぁ……くそ! 油断し……ッ!?」


 すぐさま起き上がった先輩の足元に、僕は自分の斧槍を力一杯に突き立てる。


「はぁ……はぁ……ッ、逆転しましたよ、黒羽里先輩」


 手には先輩のカードである『隠者』を握りしめながら、僕は静かに勝利を宣言した。

うむ、間に合った!

しかし『隠者』だからってインビジブル(透明化)ってのは安直過ぎるかなぁと悩んだんですが……むしろ変に凝ってダサくなるのも嫌なんで、結局シンプルに。


次話は出来次第投稿しますが、恐らく来週辺りかなぁ。

この後、新作の『コイヒメサクヤ』も更新するのでそっちもよろしく!


では、待て次回。

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