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図書室の幽霊は占星術師《アストロロジー》  作者: 夜斗
第二章:『少年、決断す』
11/22

第11話

 ニュースで報道されていた器物破損事件から一夜明けたばかりの桜宮高等学校。

 事件の直後だから厳重な警備が施されているのかと思っていたが僕の予想は外れ、少なくとも校門付近に警官らしき人の姿は見受けられなかった。

 慣れた所作で校門を乗り越えグラウンドを一直線に走る。ほんの数日前に忍び込んでからすっかり得意になってしまっていた。小さな罪悪感をグッと飲みこんで、僕はなるべく物音を立てないよう慎重に後者に侵入する。昇降口から抜けて階段を上り、三階フロアへと移動しようとした瞬間、突然僕のいる踊り場へ向けて小さな明かりが照らしだした。


「……? 誰か、いるのか?」


 聞き覚えのある低い声と近づいてくる足音に、僕は咄嗟に伏せて身を隠す。僕の頭の上ギリギリを懐中電灯の光が二度三度と横切ったがそれ以上こちらに近づく気配はなく、足音はゆっくりと二階フロアの奥へと吸い込まれていった。周囲を数回見回して、安全を確認してから静かに立ち上がり息を吐く。


「用務員さんか……事件の所為で夜間の見回りをやらされてるんだな、きっと」


 僕がこの学校の生徒で用務員さんと顔見知りなのは当たり前。見つかったら面倒なことになるのは明白なので、上手くやり過ごせたことにホッと胸をなで下ろす。気を取り直し第二図書室のある三階へと再び足を進める。さっきよりも慎重に足を忍ばせていく。

 三階の踊り場を抜けてすぐに右に曲がり図書室の扉を目に留める。そこで、刑事ドラマの中でしか見たことが無いような進入禁止を促す黄色いテープのような帯のようなものが第二図書室唯一の出入り口を堅く閉ざしていた。


「破ったら……バレるよな」


 指紋から個人を特定されて逮捕……なんてことが自分の身に降りかかるのかと思うと少しゾッとする。どう入ったものかと考えを巡らせようとしたその時、不意にカラカラと小さな音を立てて第二図書室の扉が独りでに開いた。ぽっかりと口を開いたその闇の奥をうかがい知る事は出来ず、加えて往く手を阻む黄色いテープ。ごくりと唾を飲み込むも、どうにも僕は二の足を踏めず躊躇してしまう。


「……しい…………やって……も……」


 と、闇の向こう側から何か小さな声が聞こえてきて僕は顔を上げる。この時間この場所で、声を発する人物は恐らく彼女一人だけ。つまり、彼女はこの第二図書室にちゃんと居るんだ。そんな小さな事実を知っただけに過ぎないのに、途端に滑らかに動き出す僕の両手両足。『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープをくぐり抜けたその先、白髪の少女が闇にぼんやりと浮かび上がるようにして見えてきた。未だ破壊されていない四角いテーブルに着き、小難しい顔を浮かべながら机上に視線を落としている。テーブルの上には、様々な模様の描かれたカードが何かの法則なのか円形状に並べられていた。


「…………」


 彼女の神妙な面持ちに尻込みしてしまいなかなか思うように声が掛けられない。彼女の鋭い眼差し、カードに伸ばす一挙一動に、思わず固唾を呑んで見守る僕。

 不意に、何の予兆も無く彼女の顔がクッと斜めに持ちあがり、その群青の瞳に僕の姿を射抜くようにして映しだした。


「うおわッ!」

「……なんだ、朝日奈君か。こんな時間にこんな場所で何をしているの?」


 僕の突然の来訪に何の感慨もないらしく冷淡な反応と細められる瞳。昨晩の彼女は何処へやら。僕は彼女の正面に当たる席に腰を下ろすと、テーブルに並べられたカードたちに視線を向けた。


「また、タロット占い?」

「本を読む以外、これぐらいしか趣味が無いものでね」


 広げられたカードを手元へと手繰り寄せ、再び山札へと戻し慣れた手つきでシャッフルしていく。そんな様を僕はぼんやりと見つめ、見つめる僕の視線を厭わず扇状にカードを広げていく。たぶん、この並べ方も占いに必要なものなのだろう。よくは分からないけど。


「私は今、君を占っている」

「え? 萩月さんのことじゃなくて……?」

「…………」


 むすっとした視線に睨まれ言葉に詰まる。何か気に障る様な事を……しまった、名前か。


「……本当に。君は何というか生真面目だな。まぁいい。さて、自分の事は占わないのかという話だけど、基本的にそれはタブーとされているんだよ」

「え、なんで? こういう占いって、自分以外の人しか占えないの?」

「そうだな……では、仮に君が占い師になったとしよう。ある日の君は『第二図書室で偶然出会った絶世の美少女に恋をし両想いになれるかどうか』をタロットで占ったとする」

「あの……第二図書室の美少女って? というか、妙に具体的なのはなんで?」


 萩月さん――もうこのままで通そう――はまるで耳にしてなかったかのように僕の言葉を華麗にスルーして話を続ける。


「すると、君の想いとは裏腹にカードは残酷な暗示を告げる。例えば『星』の逆位置、理想への躓き、願い叶わず。君には高根の花だ諦めろ、身の程を知れとな」

「はぁ……」


 何故か彼女はテンション高めのご様子で、話をする表情が妙に真に迫っているというか何というか。


「しかし、彼女に恋焦がれ暴走した君はカードの結果を良しとしなかった。占いの結果を受け入れられなかった君の取る行動は?」

「えっと……落ち込む?」

「……普通はそこで占いをやり直す(、、、、、、、)、というがセオリーなのだけど。まぁ、占いをあまり信じなかったり、そこまで固執しない人間の反応なんてそんなものかしら。大方、毎朝の星座占いもアテにしてないんでしょう?」


 大いに図星である。今日一番のラッキー星座に選ばれて悪いことを経験したこともあるしその逆も然りで、どうも僕は占いには無頓着である。目の前の彼女に出会うまでは、だけど。


「自分を占って悪い結果を見てしまうと、人は自然とそれを認めず占いをやり直したり、カードのリーディング――導かれたタロットカードのイラストからそれが指し示す未来を読み取ったり解釈したりすること――を無理やり捻じ曲げてしまう。これじゃ、占った意味が無くなってしまう」

「でも、ちゃんと受け入れる人だっているんじゃ」

「どうかな。人って存外我儘な生き物だから分からないわね」


 どこか達観した様子の彼女に僕は二の句が出せなかった。


「だから、自分を占っても大抵は意味が無いのよ。大抵、占いをする人は結末を受け入れるほど強くないから」

「それじゃ……さ。どうして僕を占ってたの? 僕の、何を占ってたのさ?」

「……」


 言うべきかどうか迷うような表情を浮かべながら短い沈黙。首を傾いで、顎に指当て思案するポーズは、占星術師と名乗っただけあると思わせるほど様になっていた。

 やがて顔を上げ僕を正面から見据える。


「君が、私の敵となるかどうかを、占っていた」

「……僕が、萩月さんの敵?」


 言葉の意味が分からなくて呆然としていると、萩月さんは少々表情を険しくさせたから口を開いた。


「……もしかしたら、君が彼女の元へ行ってしまうんじゃないかと思ってね。私はまだ、昨日の返事をもらっていない」

「…………」


 制服のポケットに手を伸ばし冷たい感触が指に触れる。言わずもがな『正義』のカードだ。昨晩、僕は屋上で彼女と向かい合い話を交わしていた。


『朝日奈君の『正義』のカード……私に、渡してほしい』


 取り出した『正義』のカードが夜光に反射して鈍い銀色に煌めく。このカードが僕の手元にあるのは、昨日の彼女の言葉に首を縦に振らなかったからで、しかし結局のところ僕はハッキリとした答えを彼女に返していない。

 まだ、答えは決まっていない。けれど今日ここに来たのは、その答えを得られればと思っての行動だ。


「占いの結果は……どう出たの?」

「何度やっても、『運命の輪』の正位置」

「そのカードの意味を、萩月さんはどう読んだの?」

「……私は、『君の分かれ道』と読んだ。私に協力してくれるか、或いは彼女に協力するか、だ」


 萩月は胸の前で腕組みし、硬い表情で言葉を継いでいく。


「君は恐らく『正義』のカードを自分だけの物にして何かしようと企んだりはしない。行動をするなら、自分以外の他の誰かの意思が無ければ君は動かない……と、私は思っている。違うかな」


 小さく頷く。彼女の言うとおり、僕にそんなつもりはない。現に僕はその助言(意志)が欲しくてここに居るのだから。


「だから、ここが君にとっての『分かれ道』なんだ。その先の未来はまた、別途で占わなくては分からないけど」

「……凄いね。タロットカードだけでそこまで分かるんだ。僕の性格までもほとんど当たってて、ちょっと驚いた」

「そりゃあ、性格ぐらい毎日君を見ていれば――」

「え?」


 何故かごほんごほんと激しく咳払いして話を仕切り直す彼女。心無し顔が赤いようなそうでもないような。


「あ、改めて昨日の返事を聞きたい。私にカードを返してくれるのか、それとも……」

「……えっと、返事をする前に一ついい?」

「なんだ?」

「僕がどうするべきかを、占ってくれる?」


 僕の言葉に萩月の眉がピクと小さく跳ねると、困惑と疑問がない交ぜになったような表情を浮かべた。


「……もし、私の側になれと故意に読んだら?」

「そんなこと、君はしないと思うけど」

「根拠は?」

「特にないかな。だけど、君は嘘をつかないと思う」

「そう……か。ふふッ、ではお望み通り占ってあげようか」


 山札へと戻したタロットカードをシャッフルし、今度は特に広げもせず山札のままポンと僕の目の前に置いた。また並べたりしないのだろうかと僕が眺めていると、彼女は小さく微笑を浮かべ山札の一番上を指でちょんちょんと突いてみせた。


「ワン・スプレッド。山札から一枚だけ引いて、そのカードを読み取る最もシンプルな占い。さ、一枚引いてごらん。無駄に緊張せず、御神籤か何かだと気軽に思えばいい」


 山札の一番上のカードを指で掴み、するりと一枚だけ引き抜く。

 僕の引いたカードは、奇しくも自分の持つカードと同じ天秤を掲げた騎士のカード『正義』だった。カードも意味は『公正さ』や『誠実』。平凡な自分には程遠い意味を持つカード。


「つくづく『正義』と縁があるんだな君は」

「どうなのかな……僕は別に、正義に燃えるヒーローに憧れたりはしないんだけどな」

「正義とは、自分が成すべきと思ったことを指す言葉でもある。自分が正しいと思えば、それは全て正義と言い変えることはできる。少々、強引ではあるけど」

「自分が成すべきと思ったこと……か」


 ふと、僕は彼女と初めて出会ったあの日の夜の出来事を思い出す。

 彼女は、困っている。

 幽霊という不安定で弱い自分を護る存在が欲しいと彼女は言っていた。そして僕には、彼女を守るだけの力を偶然とはいえ手に入れてしまった。

 守れる力があるのなら、守るべきではないのだろうか?

 ポッと、胸の奥底で小さく炎が灯るかのように、何時しか僕の心の中に生じた小さな使命感。

 しかし、命を張る理由がそれだけでいいのか。

 躊躇う気持ちもないわけではない。けれど、僕はこれでいいと自然に決意出来た。


「最初は理不尽だと思ってたけど……決めたよ。僕なんかでよければ、君を守る騎士として萩月さんの傍にいるよ。それで、いいかな」


 僕としては本心なのだけど、傍から聞けばやたら気障(きざ)に聞こえそうな台詞が飛び出してしまい、意識した所為もあって耳の辺りがカッと火照って恥ずかしい。

 対する萩月さんの顔はポカンと数秒呆けて、それからニンマリと口元を引き上げる。


「ふふッ、よくぞ決意してくれた。嬉しいよ朝日奈君。これで正真正銘、君は私を守る騎士と相なったわけだ」

「うん。……あ」


 この時、僕は何の脈絡もなくあることを思い出し思わず声を漏らす。突然声が出たもんだから、目の前の萩月さんの笑顔が途端に怪訝な顔に。


「ん? どうした、何か意見でもあるのか? 主君となった私としては、やはりここは君の意見もある程度は許容せねばならんか?」

「いや、えっと……さ。騎士になったばかりでこんなことを言うのはすっ――ごく申し訳ないんだけど」


 萩月さんの騎士云々の話よりも重大な、僕の脳裏に過ぎったある出来事。

 彼女を守るということも大事だが、学生本分としてはこちらも譲れない重大事項。


「騎士になるって話はその……期末テスト終わってからじゃ、ダメ?」


 その日、僕は初めて大百科事典の角が凶器になり得るとこの身を以て体験したのである。

お待たせ(?)しました。

図書室の幽霊は占星術師、第11話です。

……しかし、朝日奈君はとっても真面目ですねぇ(苦笑)


次話は来週予定です。

では、待て次回。


PS

……これを読んでタロットカードに興味を持った方々、自分のカードとか知りたくなりませんか?

も少ししたら活動報告で、簡単なタロットカードに関する小話を書くので、よかったらご覧くださいませ。


咲ーいーてー、咲いて月にお願い~♪

穏や~かな影に薄化粧~♪

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