第10話
『続いてのニュースです。桜宮高等学校第二図書室で発生した謎の器物損害事件についてですが……』
寝起きの耳に響くハキハキとしたニュースキャスターの声を聞き流しながら、僕は出来たてのトーストにかじりついていた。サクッとした歯ごたえとふんわり広がる柔らかな香りと甘みに舌鼓を打ちつつ、僕は壁掛け時計へと視線を向けた。時計の針は午前六時半といったところ。普段の僕なら、もう少し夢の世界に浸っているところなのだが、今日に限っては三十分も早く叩き起こされた。原因は――
「さっきの連絡網は、この事件のことに関してか?」
新聞を片手で広げながらコーヒーをすする父さんの言葉に僕はゆっくり頷く。今しがた連絡網で回ってきた情報を、そっくりそのまま父さんに伝える。
「今日は臨時休校だって。事件の調査とかで警察が学校に入るから、一日生徒の立ち入りを禁ずって」
「そりゃそうだ。警官がうろうろしてる間の授業なんて集中出来んだろ」
「ついでにテストも延期とかにしてくれればいいのに……」
ニュースキャスターのコメントに次いで、隣に並んだ評論家たちが事件に関しての討論を始める。そんな様をぼーっと眺めながら、僕はトーストに追加のジャムを塗った。
……しかし、連絡網が回ってくるよりも前から、既に僕は学校で起こった事の顛末を知っている。知っているも何も、実質僕が件の当事者のようなものだ。昨晩起こった黒羽里先輩との理不尽な戦闘。ニュースで言っていた器物破損というのは言うまでもなく第二図書室のことで、それを壊したのは僕たちだ。
「…………」
昨晩の出来事を思い出し、僕は思わず食事の手を止める。かじりかけのトーストを皿に乗せ、ほうと息を吐く。新聞のすき間から覗かせた父さんの視線と自分の目線が偶然ぶつかった。途端に怪訝そうな顔を浮かべる父さん。
「なんだ、ボケーッとして。テストの自信が無いのか?」
「あー、うぅん……」
もちろん自信はない――断言するようなことでもない――のだけれど、今僕が考えていたのは、目前に控えたテストのことでも、休校になった学校の事でもなかった。小さく首を横に振って父さんに返す。
「……何でもない。突然休みになったから、何して過ごそうか考えてただけだよ」
残ったトーストを頬張り牛乳で流し込むと、早々にリビングから自室へと移動しベッドへと仰向けにダイブする。質素な天井を眺め、半身を起して左手側に視線を移す。その先に開けっぱなしのクローゼットがある。今は使わない冬物の服やコートやら、学校指定の制服は予備のものと合わせて二着ずつハンガーに引っ掛かっている。
徐にクローゼットへと足を向け、ブレザーのポケットに手を伸ばす。小さく触れた冷たい感触。取り出してみるとそこには、金属製のプレートのようなカードが一枚収まっていた。
上部にはローマ数字でXIと表記され、カード表面には天秤と長剣とを掲げた騎士の姿が描かれている。
「Justice……か」
そういえば、正義の意味ってなんだろう? 戦隊モノのヒーローの主人公はしつこいぐらいに正義に燃えているが、よくよく考えてみると『正義』という言葉の意味をしっかり把握していないような気がした。
……まさか、高校生で『正義』の意味を把握していないのって僕だけ? 妙な焦燥感に駆られて辞書をひも解いてみる。そこにはこう記されていた。
『正義』=道徳や道理にかなっていて正しいこと。正しい道義。
もしくはシンプルに『正しい意味』と記されている。
……あれ、道徳ってどういう意味だっけ。小学校の時授業の名前になってたよな。こっちも辞書で調べると、『社会的秩序を守るために、個人が守るべき規範』とあった。え、規範? なんかまた言葉が難しくなってきたような………………ぱたん。
「正義の味方って、意外とめんどくさい理由で戦ってるんだな……」
そんなめんどくさい理由のカードを、僕は何故引いてしまったのだろうか。
数日前の第二図書室。
僕がうっかり忘れ物をしたがためにノートを取りに戻る羽目となり、そして噂の幽霊少女と出会い差し出されたこのカードを手にした。
しかし、僕はこのカードを受け取ったあの時からずっと疑問に思っていたことがあった。
受け取ったカードは『正義』。
だけど、僕はこのカードが示すような『公正さ』や『誠実』を持ち合わせているとはとてもじゃないけど思えないのだ。僕はあくまで普通の高校生であり、特別正義感に満ち溢れているわけではないし、誠実かと問われても素直に頷けるような性格をしているとも思えない。
この『正義』という堅苦しくも重い言葉が、どうあっても僕と不釣り合いなのだ。
それなのに、僕はこの『正義』というカードを引いてしまった。
「……萩月さんなら、何かわかるのかもしれない」
僕にカードを引かせた張本人。
第二図書室で噂になっている白髪の少女こと、萩月真優。
彼女に訊ねれば、何か答えを得られるのかもしれない。
僕がこのカードを引いてしまった理由と、そしてこれからのこと。
「夜になっても、警察の人って巡回してるのかな……」
昼間は警察の人が調査やら何やら行動しているが、真夜中となるとどうなのだろうか。常識から考えると、暫くの間は警備のために何人かは学校に配置されるのかもしれないけど……実際、どうなのだろう。
「行って……みようか」
行って、彼女と話をして、また考えればいい。
あの時の問いにハッキリと答えていないけど、何となく心の中では決まっている。その答えを確固たるものとするためには、彼女と話をして決着を付ける必要がある。僕はベッドへと戻り、再び体を仰向けに埋めた。夜中に動くとあっては、今のうちに寝溜めする必要があるからだ。
「…………何か、気になるんだよな」
この感情は好奇心からなのだろうか。
平凡な日常からかけ離れ過ぎた超常現象に、知れず魅入られてしまった? いや、別に僕は危ない橋を渡るような人間じゃない。
ただ、何となくあのコが気になる。
「…………」
浮かび上がった答えに少々気恥ずかしさを感じ、僕は無理やりにぎゅっと瞳を閉じた。
しかし、寝起きの人間がそんなに簡単に眠れるだろうか。
気が付いたら、見事にお昼ご飯を食べそこなった。
本日より、第二章『少年、決断す』が開始となります。
相っ変わらずの亀ペースですが、読んでいただければ幸いです。
……欲を言えば、そろそろ何かコメントいただけたらいいなぁと思う次第で。
では、待て次回。




