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図書室の幽霊は占星術師《アストロロジー》  作者: 夜斗
序章:『少年、邂逅す』
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第1話

 例えば、このクラスを一つの森に例えるのなら、ここに集まる生徒は皆クラスという森を作る木々ということになる。もちろん木々にはそれぞれ個性があって、例えばアイツは背が高い、コイツは他よりちょっとずん胴で、向こうの奴はクラスの人気者で、窓際の奴はいつもボーっとしていたり。他にもまだまだ色んな奴がいて、化粧の濃い女子とか、やたら騒ぐ男子、髪を染めた奴に不貞寝(ふてね)してる奴。

 そんないろんな木々(、、)に紛れて、僕はひっそりと教室の中央、黒板がよく見えるかと言えばそうでもないし、かといって居眠りするには教卓にやや近い、そんな中途半端な席は、正しく中途半端な僕に相応しい席と言えた。

 僕の名前は朝日奈(アサヒナ) (シゲル)

 この桜宮高等学校に通う、至って普通の――いや、むしろ普通過ぎて自分でも嫌になるくらいの二年生だ。

 身長と体重は学年平均とほぼピッタリ一致し、学業においても中の上でも中の下でもなく中の中、これまた学年平均ピッタリの成績しか取ったことが無い。ならば容姿はどうだろうか。高くも低くも無い身の丈に、まぁそれだけ付いていれば十分だろう? とでも言いたげな、これ以上の成長の兆しが見えないようなか細い四肢。運動に関しても可もなく不可も無く。ある程度はこなせるが、逆に言えばある程度までしかこなせない、つまり僕は、超が付くほどに平凡な男子高校生である。

 クラスという森の中の平均中の平均、それこそキングオブ平均と自称できそうな僕は、その性質から否応なしに影の薄い存在だった。かといって、特別友達が少ないだとか、誰かに(いじ)められているとかそういうこともない。本当に、お話に出てくる通行人Aのような……いや、通行人Aなら多少の台詞はあるだろうから、恐らく通行人EとかFのほうがシックリくるかもしれない。


「よう、樹」

「高広」


 僕が首を上げると、遥かにそびえる巨人が一人……いや、巨人ではなく僕と同じクラスの大瀬 高広(オオセ タカヒロ)が立っていた。高校生で二メートルを越える長身という若干化け物じみた彼は僕の数少ない幼馴染の一人でもある。かれこれ幼稚園からの付き合い、所謂(いわゆる)腐れ縁。制服がはち切れそうなほどの肩幅と長身に見合った頑強な肉体は、彼が毎日通っている陸上部の活動以外に、家の酒屋さんを手伝ったり自主トレを欠かさなかったりという(たゆ)まぬ鍛錬の賜物だ。


「今から、空いてっか?」

「あれ、今日部活じゃなかった?」

「期末試験前だからって休みだ」

「あぁ……試験」


 今の今まで呆けていたせいで期末試験のことをすっかり忘れていた。夏休みを守る最後の砦、期末試験。別に忘れていたからと言って余裕があるとかそういうわけもなく、僕とてきちんと勉強しないと成績に響くのだが、今までどんなに頑張っても平均以上の点数を取ったことが無いので実は半ば諦めていたりする。

 でも、高広から勉強の誘いが来るなんて珍しい。何かあったのだろうか。スポーツ万能な半面、彼は数学とか科学のような頭を使う科目が苦手ではあるが、自分から勉強しようと提案するほど勤勉というわけでもないはずだ。

 すると、高広が僕の脇をコンコンと突っついてきて、


「ほれほれ、今図書室に行けば憧れの先輩が読書してるころだろ?」

「んなッ……!」


 ニヒヒ、とあくどい顔を浮かべた。僕はカーッと頬が熱くなるのを自覚しつつ、高広の(すね)に軽く蹴りを喰らわせてやった。


「ば、馬鹿。試験の勉強しに行くんだろ? 先輩はその、関係ないし」

「何言ってんだ、滅多にないチャンスだろ? それに、木曜日の放課後の第二図書室の当番は先輩だってお前が言ってたんだろうが」

「だ、だけどさ」

「今年で先輩は卒業だろ? 卒業する前に告白しちまえよ。ついでに当たって爆発しろって」

「爆発してどーすんのさ!」


 残念ながら二発目の蹴りは外れてしまった。他人の色恋沙汰をニヤニヤ見つめるだけというこの幼馴染の嫌な癖は昔からで、小学校の時も中学の時も、コイツは僕の告白を草葉の陰――当時、本当に公園の茂みの中に隠れていた――でガン見していたという、悪趣味としか言いようのない癖だ。


「なになに? 何の話~?」

「お、いいとこに来たな鈴宮」


 僕と高広の話に割って入ってきたのはもう一人の幼馴染、鈴宮 夏鈴(スズミヤ カリン)。茶髪のショートヘアがよく似合う小柄で可愛らしい女の子だけど、噂話好きでミーハーなのが玉にキズ。


「コイツが先輩に告白するって話をしててだな」

「え? 樹クン、ついにリア充の階段を一歩踏み込むのね?」

「ち、違うってのに……!」

「だからよ、ついでに放課後に第二図書室で勉強するんだ。鈴宮も来るか?」

「勉強はついでかよ!?」

「うん、いいよ。私も部活はお休みだし、付きあったげる」

「鈴宮まで……」


 結局、コイツらは二人して僕を玩具にして楽しみたいだけだろう。二人が顔を見合せた時の、嫌らしい顔が憎いったらありゃしない。でもまぁ……先輩のところに行く事に関しては僕にとって悪い話じゃないんだけど。


「そうと決まれば行こうぜ。ほれ、さっさと片付け始めろよ」

「……わかったよ」


 机の上の筆記用具やら教科書を鞄に詰め込むと、僕たち三人は教室を出て第二図書室のある三階へと向けて歩き出した。

 この桜宮高等学校には、珍しいことに第一第二と図書室が二つ存在している。

 第一図書室はこの教室と同じく二階に位置しており、こちらは極々一般的な図書室。そして僕たちが今向かっている第二図書室というのは一つ上の三階に位置しており、主に自主勉強や調べ物をするのに適した、どちらかというと資料室というニュアンスの方がしっくりくる場所だ。第一図書室では流行りの小説やライトノベル、週刊誌なんかも完備しているが、それとは対照的に第二図書室には娯楽向けの本は一切置いてない。故に、この学校の生徒の大半は前者である第一図書室を主として使い、後者である第二図書室を利用する人は前者に比べれば少ない。そのため静かに勉強に励めるという利点がある。

 しかし、第二図書室にはこんなウワサ話が存在していた。


「そういえばさ、第二図書室には白髪の幽霊が出るってウワサだよね~?」

「まぁたその話かよ」


 その手の話は飽き飽きだ、とでも言いたげに高広がやれやれと首を振る。鈴宮の言うとおり、実は少し前から第二図書室にはこんなウワサ話が存在していた。


「夜の第二図書室には、好きな男の子に見捨てられて自殺した女の子の霊が出るんだよ~。夜な夜な女の子は、図書室で好きな人の代わりになる誰かを連れ去ろうと……って、あいたッ」

「その話、三十三回は聞いたぞオイ。いい加減飽きないのか?」

「だって、ホントに見た~って話何度も聞くんだよ? 霊媒師さんが来てお祓いしたって話もあるんだから」

「目に見えないもんは信じられんな」

「高広は幽霊怖いだけでしょッ」

「ぉまえなぁ……」

「ねぇねぇ、樹クンはどう思うのさ?」

「えぇ? 僕に言われてもなぁ」


 その手の話の胡散臭さが苦手な僕には正直どうでもいい話だ。曖昧に言葉を濁して流したところで、目的地の第二図書室が見えてきた。


「失礼しまーす」


 引き戸を開け放つ瞬間、ふわりと漂う古びた埃っぽい匂いが鼻孔を刺激する。流行りの本など一冊もないのだから仕方ないのだが、それがかえってある種アンティークな雰囲気を醸し出している。僕がこの場所を密かに好む理由の一つであり、もう一つの理由は受け付けカウンターで静かに読書をしていた。


「お邪魔しますよ、先輩」

「……ん」


 高広の気さくな挨拶には一目もくれず、先輩は仏頂面のままページを捲る。

 黒羽里(クロハリ) 天音(アマネ)先輩。

 漆のように艶やかな黒髪に、凛とした切れ長のまつ毛。漆黒の夜のような雰囲気を持つ彼女は、僕たちの一つ上とは思えないほどに大人びて見える。ほんの僅か姿を見るだけで僕の心臓が早鐘を打ち始めたのが分かる。


「ほれ、何か言ったらどうだよ?」

「せ、せせせっせ……先輩!」


 緊張で上ずった僕の声に、先輩はジト目を向けてきて一言。


「図書室では、静かに」

「……はい」


 当たって砕けはしなかったものの、何だか心にヒビが入ったような心地だ。ぽん、と肩に手を置いた親友の眼差しが辛い。


「……最初から、俺はこうなるって信じてたさ」


 脛を蹴っ飛ばした。勝手に振られたと決めつけるなこの野郎。


「で、今回の試験範囲はよ」

「だからさっき言ったじゃない。教科書四十二ページから、この設問までだって」

「おうおう。んで、この式はどうやって解くんだっけ?」


 もちろん、先輩の注意通り僕たちはなるべく静かに、小声で会話しながら勉強を進めていった。分からないところは鈴宮に質問――言い忘れていたが、彼女は学年主席というスペックの持ち主である――し、それでも分からなければ参考書や辞書で丁寧に教えてくれる。彼女は非常に出来た子で、将来は学校の先生とかが似合いそうである。……と、脱線してしまった。僕も勉強に集中しなければ、と言いたいところなのだが、どうしても先輩の事が気になる。チラと横目で様子を見てみると、依然として仏頂面のまま本を読んでいた。傍目から見ると読んでいるというか、ただ眺めているだけにも見えるけど、それが彼女のミステリアスな雰囲気を演出しているようにも思える。


「やれやれ。こいつは先輩にお熱で勉強に集中してねえぞ」

「ち、違うって」

「ほらほら、下校の時間まではみっちり手伝ってあげるんだからさ、ちゃんと頑張ってよね」

「へ~い」


 カリカリとノートをなぞるシャープペンシルの音だけが第二図書室に響く。ふと気付いたのだが、今日の利用者は僕たち三人だけで、先輩を除いて他に誰もいなかった。まぁ、さっきも言った通りほとんどの生徒は第一図書室を主に利用するのだから仕方ない。仕方ないのだが……


「……ん? どうしたよ、樹」

「うぅん、何でもない」


 微かに覚えた違和感をただの気のせいだと振り払い、僕は再びテスト勉強に意識を戻す。


 それからおおよそ二時間後、校舎全体に下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 初めましての方、初めまして。

 そうでない方、お久しぶり。

 こんばんは、夜斗です。

 

 本日より作者オリジナル長編『図書室の幽霊は占星術師』を公開いたします。

 相変わらず行き当たりばったりな作者ではありますが、どうぞ応援よろしくお願いします。

 更新頻度に関してですが、不定期更新とタグに在りますが、出来れば一週間に1話ずつを目指しているつもりです。


 感想やご意見、誤字脱字など、何かコメントいただけたら幸いです。

 では、次話にまたお会いしましょう。

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