マイペース
「改めまして、久世浩也です。こんな恰好で申し訳ありません。今日はバイトの面接に伺いました」
相手がいかにラフな格好であっても、形式は守るべきだろう。俺は自己紹介を始める。
「ああ、こりゃどうも。ボクの方こそこんな恰好で失礼いたします。大橋かなえです」
見た目の割に常識はある人のようだった。予想以上にまっとうなあいさつが得られた。
「さっそく今回のバイトの件なんですが……」
俺が切りだすと、大橋と名乗った面接官は片手をあげてそれを遮った。急に本題に入りすぎただろうか?
「本題の前に、久世さんお腹すいてません?」
「えっ? いやそうでもないですが」
今朝は2限からだったので、遅めの朝食を講義室でとった。だからまだそれほど腹はすいていない。
「そうですか。でも残念。ボクはお腹がすいてしまったので、本題の前に食事をとらせてもらいます」
前言撤回。この人、おかしいわ……。
大橋と名乗った女性はまったりとコーヒーを飲みながら、クロワッサンとサラダのランチセットをパクついている。俺はというと所在なく体面に座っているしかない。
「食べます?」
唐突に向かいに座っている女性からお誘いを受けるが、見ず知らずの女性のランチセットを誘いに乗って食べるバカなどいるはずもない。
ランチセットを食べ終え、椅子に深くかけながら、つまようじで歯をシーハー始めた面接官を前に、俺は我慢できず声をかける。
「あの、バイトの件なんですけど!!」
「ふえっ!?」
俺が声をかけると、驚ききってキョトンとした顔をして見せる面接官。
コイツ、今俺のこと忘れていやがったな……。
内心では相手のマイペースさに怒りがこみ上げてくるものの、それを無理やり押さえ込んで、俺はひきつりそうな営業スマイルで言う。
「そろそろバイトの業務内容の方……」
「合格です!!」
「はい?」
「ですから合格です。久世さん完璧です。ぜひバイトとして雇われてください!!」
ちょっと待て、だからなにがどうなって、その前に業務内容とか、俺の拒否権とか!!
完全に相手のペースに惑わされて、俺は目を白黒させた。