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毒を持つ娘と、毒を食う獣魔王 ~偽りの愛と復讐劇~  作者: 桜咲かな


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第12話 アディール王国へと

 謁見の間を出た二人はゼンティの部屋へと戻った。


 部屋を真っ直ぐに進んだ奥にある、横長の大きな黒いソファにゼンティは腰掛ける。思えば、初めて会った時も彼はこのソファに座っていた。

 だが今は立場が違う。ゼンティが少し端に座ったので、リィラはその隣に座る。


「ねえ、ゼンティはどこへ行くの?」


 リィラが隣のゼンティに顔だけを向けて問いかけると、ゼンティも目を合わせてきた。今ではもう魔物の赤い瞳は怖くない。


「アディール王国だよ。せっかく王子の体を手に入れたからね」

「え? アディール王国って……?」


 アディール王国では、王子センティが死んだ事実は公表されていない。そして実際、今こうして魔物に体を奪われて生きている。

 以前、ゼンティが言っていた『復讐』という言葉を思い出したリィラは嫌な予感がした。


「ゼンティ、私にちゃんと話して。私はあなたの妻だから」


 リィラは真っ直ぐな紫の瞳をゼンティに返した。今では完全な『餌』扱いはされていない事はリィラも分かっている。


 ゼンティに愛があるのかは分からない。それでも毒を吸われる時も、夜の激しい行為の中にも『優しさ』を感じ始めていた。


 ……かと思うと、ゼンティは微笑しながら眉を少し下げて困った顔をした。こんな表情は初めて見る。


「僕はアディール王国に復讐しに行くよ」

「復讐って……何があったの?」

「全部は話せない。まず僕がアディール王国を支配する。なるべく人は殺さないよ」


 つまりゼンティはセンティ王子になりすまして、アディール国の王位に就くつもりなのだ。そんな事が可能なのだろうか。


 しかしリィラは、センティの『妹を頼む』という言葉を思い出した。センティに妹がいるなら、王女として強い権力を持っている。

 ゼンティはきっと復讐に邪魔な存在には容赦しない。センティの願い通り、リィラは王女を守りたいと思った。


「ゼンティ、お願い! 私も一緒にアディールに行く!」

「……リィラちゃん?」


 ゼンティは瞳を赤い満月の形に見開いて驚いている。こんな表情も初めて見る。

 今まではリィラが『お願い』と言えばゼンティは何でも叶えてくれた。とはいえ、今回ばかりは難しいかもしれない。


「だって私は、えっと、ゼンティの携帯食でしょ!? 万が一の非常食にもなるから! 絶対に一緒の方がいいから!!」


 やっと妻の自覚が芽生えたのに、すぐに餌であることを自ら主張し始めたリィラであった。

 必死に懇願するリィラがおかしくて、ゼンティは吹き出して笑う。


「あはは! 当然、そのつもりだよ。リィラちゃんの毒が吸えないなんて僕が耐えられないからね」


 ゼンティは最初からリィラから離れる気はなかった。考えてみればリィラ依存症なのだから当然であった。

 ゼンティは赤の瞳を妖艶に細めてリィラのパープルアイに近付く。


「それにリィラちゃんだって、僕に吸われたいでしょ」

「な? そんなこと……」

「ふふ。いつも気持ちいい顔してるくせに」

「そんなことない!」


 まるでリィラもゼンティ依存症だと言われているみたいで、リィラは羞恥心に耐えられない。

 リィラがムキになればなるほど、ゼンティは楽しそうに笑う。


「じゃ、試してあげるよ。絶対に気持ちよくなるからね」


 リィラの白い頬をゼンティは両手で包む。リィラが手の平の体温を頬で感じるよりも前に、熱い唇が重なる。


 濃厚な花の蜜を味わうようにゼンティは瞳を閉じながら、リィラの思考すらも激しく掻き回していく。


(……ゼンティ……)


 今では確かにゼンティの行為に不快など感じない。自分の毒がゼンティを悦ばせているのだと思うと身体の芯がゾクゾクと震える。


 それは物理的な気持ち良さとは違う、心理的な快感。この感じを何と表現していいのか分からない。

 気付けばソファに押し倒されていたリィラは、目を閉じてゼンティに身を任せていた。

 ……その時。


「ぴゃん!」


 聞いた事もない小動物の甲高い鳴き声が聞こえてきた。驚いたリィラは閉じていた瞼を一気に開く。

 同時に、唇は重ねたままの状態でゼンティの赤い瞳と目が合う。リィラが体を起こそうとしたので、仕方なくゼンティは口付けを終わらせた。


「今の鳴き声……なに?」


 リィラがソファに両足を下ろして座ると、その膝の上に小さな黒い動物がピョンと飛び乗った。


「ヒメちゃん!? ヒメちゃんの鳴き声なの?」

「ぴゃん!」

「可愛い……」


 ヒメの鳴き声を初めて聞いたリィラは、その可愛さに思わず頬が緩んでしまう。

 子犬のようにフワフワとしたヒメの背中の黒毛を撫でながら、ふと正面を向くと、そこにはいつの間にかアレンが立っていた。


「アレンさん? いつの間に……」

「……ゼンティ様。準備は整いました。いつでも出発できます」


 アレンは普段の黒いスーツではなく、簡易的な銀の鎧を装備している。まさに近衛兵の出で立ちだ。

 ゼンティは満足そうに口元を歪めて笑うとソファから立ち上がった。


「よし。全員揃ったし、さっそく出発するよ!」

「……え!?」


 そんなゼンティを見上げてリィラは戸惑う。リィラの膝の上にはヒメが乗っているので立ち上がれない。


「ゼンティ、ちょっと待って。今から行くの? アレンさんとヒメちゃんも一緒に?」

「うん、そうだよ。ヒメはアレンから離れたくないんだって。あはは、僕たちみたいだよね!」


 問題はそこではない。まるでいつもの散歩に行くような軽いノリでアディール王国に乗り込む気でいるのだ。大胆不敵すぎる。


「作戦とか立てないの!? 私はどうすれば……」

「別に大丈夫でしょ。リィラちゃんは僕に話を合わせてくれればいいよ」


 ゼンティの自信はどこからくるのか。確かにゼンティの体は王子そのものだし、王子の記憶も所有している。完璧に王子になりすませる。


 アディール王国ではアレンは死んだ事になっているが、実は生きていたと言えば誰も疑わないだろう。ヒメに関しては普通の子犬にしか見えない。


 しかし、これからゼンティが行うのは復讐であり侵略行為。それらが何をもって達成となるのか……リィラには想像もできない。

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