『婚約破棄されたので、王子に「蛙化現象」の呪いを贈りました ~聖女を見るたびヘドを吐け~』
「――よって、ルクレツィア。不敬かつ残虐な悪役令嬢であるお前との婚約を、本日限りで破棄する!」
魔法学校の卒業式。荘厳な大聖堂に、アルベルト王子の怒声が響き渡った。
シャンデリアの眩い光が、彼の腕にしなだれかかる“聖女”マリアを照らしている。周囲の貴族生徒たちは、面白い見世物でも見るようにこちらを窺っていた。百合の香水の甘ったるい匂いが鼻を刺し、私は吐き気を覚える。
悲しい――のではない。
胸の奥で煮えたぎっていたのは、理不尽への怒りだった。
「……私の罪だと仰るのですか? その女の自作自演でしょう」
「黙れ! 言い訳とは見苦しい! マリアの爪の垢でも煎じて飲むがいい!」
怒鳴る王子を見た瞬間、私の中で何かが“パチン”と切れた。
愛しいと思っていた金髪は、急に油を吸った生ゴミみたいに見えた。甘く聞こえていた声は、黒板を爪で引っ掻くような不快音へ変わる。
(……あぁ、もう無理ですわ)
「ルクレツィア、その反省なき態度――」
「あー、喋らないでくださる?」
私が冷え切った声で遮ると、空気が凍りついた。
私は右手を掲げる。指先からどす黒い魔力が煙のように立ち上り、大聖堂をざわめきが包んだ。
「な、何をする気だ!?」
「“愛が冷める呪い”を差し上げますわ。俗に言う――蛙化現象、ですわね」
次の瞬間、吹雪のような冷気が渦巻き、魔力が王子を包み込む。
だが傷一つつかない。
アルベルトはきょとんと瞬きをした。
「……? 何も起きていないではないか。ハッタリも大概――」
「アルベルト様、大丈夫ですか……?」
不安げに潤んだ瞳で、マリアが彼の袖を掴む。
その瞬間だった。
「うわあああっ!! 触るな!!」
王子は絶叫し、彼女を突き飛ばした。
「えっ……?」
「気持ち悪い! その媚びた声が耳にまとわりつく! 涙目を作れば可愛いとでも思っているのか!? ぞわぞわする、寒気がする!!」
彼は狂ったように腕を擦り始める。さらにマリアの香水の匂いを吸い込んだ途端、顔色が土気色に変わった。
「おぇっ……オロロロロッ!!」
盛大な嘔吐音が大聖堂に響く。
「く、臭い……ッ! 甘ったるい! 無理だ、死ぬ! なんなんだこの女!!」
「ア、アルベルト様ぁ!?」
マリアは涙声で縋るが、王子は彼女を見るたび鳥肌を立て、悲鳴を漏らした。
愛そうとするほど、嫌悪感が全身を引き裂く。
それが私の呪い。
私はその惨状を見下ろしながら、静かに息を吐いた。胸のつかえが消え、代わりに甘い爽快感が広がっていく。
「さようなら、アルベルト様」
私は優雅に微笑む。
「一生、“最愛の聖女様”に吐き気を催しながら生きてくださいませ」
蒼白な王子と泣き崩れる聖女を背に、私はドレスの裾を翻した。
コツ、コツ、と大聖堂に響く靴音は、驚くほど心地よかった。




