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第7話:とろけるイチゴ大福と、ポケットの中の特等席

「ピピッ? ピピピッ!」


 朝一番、新米冒険者の二人組がダンジョン調査へと出発し、ペットホテル『アルカディア』での本格的なお留守番がスタートした。

 最初こそ大好きな飼い主の姿が見えなくなって寂しそうに鳴いていたチビ・グリフォンだったが、その寂しさは一瞬で吹き飛ぶことになる。


「はい、可愛いお客様たち。ここに座ってみてくださいねぇ」


 メリンが用意したのは、彼女の最高級ウールを贅沢にブレンドして作った『特製ふかふかクッションベッド』だ。

 その上にちょこんと乗せられた瞬間、ウール・スライムはプルンと身体を震わせ、チビ・グリフォンはあまりの心地よさに「ピィ……❤」と早くもうっとり目を細めた。まるで雲の上に浮かんでいるかのような極上の柔らかさに、二匹の警戒心は完全に消滅したらしい。


 特にチビ・グリフォンは、俺が歩くたびにその愛らしい瞳でじっと動きを追いかけ、ついにトタトタと短い足で駆け寄ってくると、俺のエプロンの胸ポケットに自らスポット飛び込んできた。そこから顔だけをのぞかせ、ここが自分の特等席だと言わんばかりに満足げに喉を鳴らしている。


「あらあら、すっかりレントさんに懐いちゃって。可愛いわね」


 カルラが厨房から、お盆に乗せた二つの器を運んできた。


「はい、朝ご飯の時間よ。グリフォンちゃんには細かく刻んだ新鮮な大麦肉。スライムちゃんには、ハーブ水を少し混ぜた特製の糖蜜よ」


 器が置かれた瞬間、胸ポケットのチビ・グリフォンが「ピピッ!」と大喜びで飛び出し、一心不乱に肉を突き始めた。ウール・スライムの方も、プルプルと弾みながら糖蜜を体内に優しく取り込んでいく。


「……うん、素晴らしいな。カルラのご飯のおかげで、二匹の体内魔力が綺麗に活性化し始めている。毛並みを整えるには、今が最高の状態だ」


 俺の目は、すでにプロのトリマーのそれに切り替わっていた。食事がもたらす生き物の細かな変化すら、俺の眼は逃さない。俺は特製の木彫りクシを握り直し、まずはウール・スライムの前にしゃがみ込んだ。


「よし、昨日よりさらに念入りに毛流れを整えてあげるからね」


 フワフワの長毛にクシを当て、滑らかに滑らせる。乾燥しがちだった表面の水分バランスを、指先のフェザータッチで絶妙にコントロールしながら、絡まったウールを一本ずつ解きほぐしていく。


「プルルン……っ、ふにゃぁぁ……」


 スライムはあまりの気持ちよさに、形を保つことすら忘れて限界まで平べったく広がり、まるで床一面に広がる上質な『イチゴ大福』のようになって俺の手のひらから蕩け落ちた。それと同時に、食堂中に濃厚で甘いイチゴの香りがふわりと充満する。


「うわあぁ……! スライムさんが平べったい桃色のお餅みたいになっちゃいましたぁ……!」


 メリンが両手を頬に当てて悶絶している。

 俺はすかさず、足元で肉を食べ終えて見上げていたチビ・グリフォンを優しく抱き上げた。そして、昨日見つけた翼の付け根のコリを、親指の腹でじっくりと揉みほぐしていく。


「キュ〜ウ……❤」


 チビ・グリフォンは野生を完全に忘れ去った、とろけきった声を漏らした。俺の指を小さな前足でぎゅっと健気に抱きしめ、そのまま幸せそうにすやすやと眠りについてしまう。


「はわわ、可愛すぎますぅ……!」

「本当ね、これはたまらないわ」


 メリンとカルラも、その愛らしい寝顔にすっかりノックアウトされていた。


 ◇


「よし、二匹ともこれ以上ない最高の仕上がりだ!」


 大切な最初のお客様を完璧にケアし終え、俺のトリマーとしてのアドレナリンは極限まで高まっていた。ブラッシングの熱が冷めやらない俺のギラギラとした視線が、隣でクッションを片付けていたメリンへと向けられる。


「……ん? メリン、ちょっとそのまま動かないで」


「はふぇ? 何ですか、マスター?」


 プロの眼が、メリンのウールのわずかな乱れを捉えていた。朝から張り切ってベッドメイキングをしたせいで、彼女の右の肩甲骨あたりのウールが、ほんの少しだけ逆立っている。つまり、疲労が溜まっている証拠だ。


「メリン、右肩のウールが少し引きつっている。これは職人として見過ごせないな。あと三回クシを逆方向から通して、精霊石のぬくぬく送風団扇で一気に乾かせば、限界突破のフワフワ感になるはずだ……!」


 俺はキラキラとした純粋すぎる職人の目を輝かせ、クシを片手にじりじりとメリンへと迫る。


「マ、マスター……!? そんなギラギラした目で見つめられたら、私、本当にマスターの奥さんに……ぅあ❤」


 メリンは顔を真っ赤にし、すでにちょっと良からぬ想像をして骨抜きになりかけていた。


「メリン、しっかりしてください! 蕩けてる場合じゃないです!」


 タタタッと間に飛び込んできたフィオが、俺の右腕にガシッと抱きついて自由を奪う。


「マスター、お仕事熱心なのは結構ですが、朝のご褒美はさっき終わったはずです! これ以上メリンをヘタレ狂わせたら、本気で部族の長に婚姻届を出されちゃいます!」


「あらあら、本当にレントさんは生き物の毛並みに目がないのね。でも、今日はおしまいよ?」


 カルラが笑顔のまま、蕩けかけていたメリンの首根っこをひょいと掴んで後ろに下げ、俺の前に立ちはだかる。背後からの無言のプレッシャーに、俺は一歩も前へ進めない。


「待ってくれ二人とも! 俺はただ、職人としてメリンのウールを最高に仕上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを止めないでくれー!」


「ダメなものはダメですぅー!」

「マスター、往き足が良すぎます! 大人しくしてください!」


 結局、俺の職人暴走は、フィオの必死のホールドとカルラの笑顔の圧力によって、またしても完璧に阻止されるのだった。


 ふかふかベッドの上で、イチゴ大福のように広がったスライムと、俺のポケットに戻ってすやすや眠るチビ・グリフォン。

 二匹の可愛いお留守番ペットたちが、そのカオスな修羅場を不思議そうにパチパチと見つめる中、『アルカディア』の賑やかで温かい一日がゆっくりと過ぎていくのだった。


第7話をお読みいただき、ありがとうございます!

最初のお客様であるウール・スライムとチビ・グリフォンをお留守番お世話!

レントのゴッドハンドによって、床一面に広がるピンクのイチゴ大福と化してしまいました。


そして後半は、職人魂が暴走したレントがメリンをターゲットにするものの、フィオとカルラの鉄壁ホールドによってお約束の阻止!

賑やかな疑似家族の日常をたっぷりお届けしました。


次回、この二匹を迎えにきた冒険者たちの反応は……?

そして、ボロ宿の噂を聞きつけたあの「ツンデレライバル」たちが、またしても動き出します!


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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