第5話:発覚! 恐怖の「強制婚約」
「マ、マスター……! 大変なことをしてくれましたね……!」
シャロンとクゥマが赤面しながら逃げ帰った直後。
フィオが両手を握りしめ、ワナワナと震えながら俺に詰め寄ってきた。
「え? 大変なことって……二人とも肩や手首が凝っていたから、職人として少しほぐしてあげただけなんだけど」
俺が不思議そうにクシを首にかしげると、今度はメリンが涙目で俺の前に立ちはだかった。
「ダメです、ダメなんですぅ、マスター! 獣人の女の子にとって、お耳の裏や一番デリケートなツボを異性に撫でられるのがどういう意味か、本当にご存知ないのですかぁ!?」
「え……? いや、トリマー業界の情熱的な挨拶か何かなのかと……」
「そんなわけないでしょう!」
フィオの鋭いツッコミが飛ぶ。隣ではカルラが、いつもなら絶やさない聖母のような笑顔を完全に消し、笑顔のまま背後にものすごい黒いオーラを立ち上らせていた。
「あらあら……レントさん。獣人の部族にはね、古くから絶対に破れない絶対の仕来り(しきたり)があるのよ。異性に一番心地よいツボを完璧に撫でられ、抗えずに声を漏らして服従させられた場合――それは『求婚の受け入れ』。つまり、強制的に婚約が成立したと見なされるの」
「きょ、強制婚約……!?」
カルラの静かな説明に、俺の背中に冷たい汗がドッと噴き出した。
「そうです! しかもあのお二人、誇り高き豹族と熊族の乙女ですよ!? あんなにハレンチな声を上げて蕩けちゃったんですから、あの二人の部族のルールなら、今頃家で嫁入りの準備を始めていてもおかしくないんです!」
フィオがキツネ耳を逆立てて大騒ぎする。
俺はただ、プロのトリマーとして、彼女たちのハサミダコや筋肉の張りを放っておけなくて、少しでも綺麗な毛並みにしてあげたくて手を伸ばしただけなのに。異世界の伝統ルール、怖すぎるだろ……。
「マスター……私たちは、マスターに拾われて、このボロ宿でみんなで暮らす今の時間が世界で一番大切なんですぅ。それなのに、あんなツンデレな泥棒猫(豹)と泥棒熊に、マスターの特別な奥さんの座を横取りされるなんて絶対に嫌ですぅ!」
メリンが俺の服の裾をギュッと掴み、上目遣いで訴えてくる。
「私も反対です! マスターのゴッドハンドは私たちのものです! 次あいつらが来ても、絶対にマスターに触らせませんからね!」
フィオも俺の右腕にガシッと抱きつき、強い独占欲を隠そうともしない。
「ええ、私も同意見よ、レントさん。……というわけで、次にお客様が来たら、私たちが全力で阻止させてもらうわね❤」
カルラが優しく俺の肩に手を置く。その手の力が微妙に強くて、俺は生唾を飲み込むことしかできなかった。
◇
一方その頃。王都一等地にある高級ペットスパ『ラグジュアリー』の店長室。
「あ、あの手の感触……な、なにあれ、思い出すだけで身体が熱くなって、ハサミが握れないじゃないのよぉ……!」
シャロンはベッドに突っ伏し、高級な枕に顔を埋めて足をバタバタと暴れさせていた。
耳の後ろを撫でられた瞬間の、脳が痺れるような極上の快感。そして、脳裏をよぎる【仕来り】の掟。
「オ、オレ……本当にあの人のところに嫁に行くのかクマ……? でも、あんなに優しく手首を包み込まれたら、熊族の誇りなんて一瞬で消し飛んじゃうクマ……」
隣のソファでは、クゥマが自分の手首を赤面しながら見つめ、丸い熊耳を限界までへにゃりと寝かせて悶絶していた。
「べ、別にアンタのところに行きたいわけじゃないんだからね! これは、あのボロ宿が怪しい魔法を使っていないか監視(偵察)しに行くのよ!」
「そうだクマ! 仕来りなんて関係ないクマ! オレたちはただの偵察だクマ!」
二人は鏡の前で顔の赤みを必死に抑え、再びボロ宿へ向かう言い訳を必死にひねり出していた。
技術と快感に完全敗北しつつも、まだ素直になれないライバルたち。
そしてこの「仕来り」が発覚したことで、ペットホテル『アルカディア』ののどかな日常は、レントの無自覚な職人魂を巡る、可愛い「修羅場」の幕開けへと突入していくのだった。
第5話をお読みいただき、ありがとうございます!
ライバルたちが陥落した理由――獣人部族の恐怖の「強制婚約」ルールが発覚しました。
レントへの独占欲を爆発させるメインヒロイン3人と、手の感触が忘れられずにツンデレ化するライバル2人。
これで、本作の醍醐味である「職人魂による大暴走」vs「ヒロインたちの全力阻止」の黄金コメディ構図が完成しました!
次回から物語は第3章へ突入!
ホテルの評判を聞きつけた、隣国の「国家VIP」である王家直属騎馬隊と王女殿下が、精鋭の馬たちを連れてボロ宿にやってきます!
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