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第22話:居場所を無くした二人と、無自覚な誘い文句

 フォレスタ聖王国の王都ルミナスの一等地にそびえ立っていた高級ペットスパ『ラグジュアリー』の扉には、今や重々しい鎖と国王の紋章が刻まれた営業停止の札が掲げられていた。

 裏工作に手を染めていた悪徳上司のバルトスが捕まり、運営元である商業ギルドの資産が完全に凍結されたためだ。


「……はぁ。本当に、一瞬で何もかも無くなっちゃうなんてね」


 お昼下がりの穏やかな風が吹く『アルカディア』の門の前で、シャロンがぽつりと呟いた。

 いつもの高級トリマー服ではなく、どこか体に馴染んでいない私服姿の彼女は、自慢のポニーテールを少し元気なさげに揺らしている。隣にいるクゥマも、いつも担いでいた大型ブラシを持っておらず、丸い熊耳をへにゃりと寝かせてがっくりと肩を落としていた。


 雇われの身だった二人は、ギルドの崩壊と同時に職場も、そこで提供されていた住まいも一瞬にして失ってしまったのだ。行き場を無くし、気づけばいつもの癖でこの郊外のボロ宿へと足を向けていた。


「あら、シャロンちゃんにクゥマちゃん。お昼時にどうしたのかしら? ちょうどカルラさんの特製オムレツが焼き上がったところですよぉ」


 玄関の扉を開けたメリンが、ふかふかのウールを揺らしながら二人を温かく迎え入れる。

 受付カウンターのフィオも、ジト目を向けつつ「まあ、お腹が空いているなら中に入りなさい」と椅子を引いた。カルラが笑顔のまま差し出した温かいスープの香りに、二人の緊張の糸がふっと解ける。


「……ありがと。べ、別にアンタたちに泣きつきに来たわけじゃないのよ? ただ、これからどうしようかって、ちょっと途方に暮れてただけなんだから」


 シャロンがスープの器を両手で包み込み、顔を少し赤くしながらもツンとそっぽを向いた。


 ◇


 事情を聞き終えた俺は、テーブルの上に置かれた空の器を見つめ、それから二人の『身体』へと視線を移した。プロのトリマーとしての眼が、彼女たちの内面の不安を瞬時に捉える。


「シャロンさん、クゥマさん。職場が無くなって、これからの生活の不安のせいで、二人の身体のコリが今までで一番ひどいことになっているよ。ハサミを持つ手首も、大型魔獣を抑えていた腕の筋肉も、行き場を無くして悲鳴を上げている」


「……え?」


 俺の真剣な言葉に、シャロンが拍子抜けしたような声を上げる。


「職人として、これほど素晴らしい腕を持つ二人の毛並みや筋肉が、ストレスでボロボロになっていくのを放っておくことなんて、俺には絶対にできない。……そうだ。それなら、明日から毎日ウチのホテルに出勤して、仕事を手伝ってくれないかい? ここなら二人の生活の面倒も看られるし、何より、二人のハサミダコやコリの塊を、俺が毎日つきっきりで見てあげられるからね」


「……は、はえええええっ!?❤」


 俺が笑顔で告げた無自覚な提案に、シャロンが一瞬で顔を耳まで真っ赤に染めて椅子から飛び上がった。


 毎日出勤して、毎日つきっきりでお世話される。彼女たちにとって、それは毎日自分をハレンチに蕩けさせて一生の面倒を看る、という言葉と同義だった。

 あの日、耳の後ろの秘孔を完璧なタッチでカリカリと愛撫された瞬間の、脳が痺れるような極上の快感。それが毎日繰り返される私生活を想像してしまい、シャロンの野生の理性は一瞬でパニックに陥る。


「オ、オレ……毎日レントに手首を優しく包み込まれるクマ……? それはもう、実質的にお嫁入りクマ……❤」


 クゥマも真っ赤になって熊耳をふにゃふにゃに寝かせ、目は完全にハートマークになっていた。


「さあ、そうと決まればさっそく、今すぐ俺の特製クシで二人のコリを最高美に整えさせてくれ!」


 俺はギラギラとした純粋すぎる職人の目を輝かせ、クシを構え直して二人にじりじりと迫る。


「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! 職場が無くなったばかりのあたしに、そんな真剣なプロポーズみたいな目で見つめられたら、あたしの野生の理性が……っ、仕来りが発動して本当に毎日お世話になっちゃうじゃないのよぉぉ!」


 シャロンは赤面して後ずさるが、レントの放つ圧倒的な職人オーラに身体がすくんで逃げ出せない。


「ク、クシの誘惑が今日も情熱的すぎるクマ……! だ、ダメクマ, ここでヘタレ込んだら本当に連れて行かれちゃうクマ……うぅぅ❤」


 クゥマも腕で防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。


「マスター、ストーーーーップですぅ!!」


 ズサアアアアッ!

 そこへ、驚異的な反応速度で割り込んできたメリンが、新しく洗濯したばかりの巨大なふかふかシーツを俺との間にバッと広げて物理的なウールの壁を作った。


「シャロンちゃん、クゥマちゃん! うちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰り……じゃなくて、勝手に居着くのは禁止ですぅ!」


「そうです! マスター、あいつらは職場が無くなったのをダシにした、ただの常習ツンデレです! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」


 フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、厨房から出てきたカルラが笑顔のまま「めっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で押し戻していく。


「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」


「ダメなものはダメですぅー!」


 結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと居間の奥へ引きずられていくのだった。


「べ、別にアンタのそばにいたいわけじゃないんだからね! このボロ宿の経営がちゃんと回るか、あたしたちが毎日『監視』してあげるのよ!」

「そうだクマ! オレたちはただの毎日監視員クマ!」


 引き離された後も、顔の赤みを必死に手で仰ぎながら、明日からの出勤に向けてツンデレな言い訳をまくし立てるシャロンとクゥマ。

 こうして、二人の毎日の居着きが決定したペットホテル『アルカディア』には、今日も賑やかで温かい、可愛い修羅場の声がどこまでものどかに響き渡るのだった。


お読みいただき、ありがとうございます!

商業ギルドの崩壊によって高級スパを追い出され、行き場を無くしかけたシャロンとクゥマでしたが、レントの無自覚すぎる職人誘い文句により、アルカディアへ毎日出勤する「ツンデレ監視員(居候)」としての新たな生活がスタートしました。


5人のヒロインが日中一つ屋根の下に揃ったことで、レントの職人暴走を巡る防衛戦(可愛い修羅場)はさらに賑やかでカオスなルーティンへと突入していきます。


次回、季節は移り変わり、ホテルに泊まる魔獣たちとヒロインたちを揺るがす「ある大きな自然現象(お悩み)」がボロ宿を襲う……!?

レントの職人トリマーとしての血が、過去最高に大暴走します!


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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