八話
やちよは今日も胸を高鳴らせながら、青慈の鬼の面を横目でじっと見つめる。そして同時に考える。青慈さんは鬼なのだろうか、と。
彼だけではない。キヨノさん、他の者も鬼なのだろうか、と。
――やちよさん、ここでの暮らしはどうかな?
――困ったことがあれば遠慮なく言うように。もし私に言いにくければ、青慈でもキヨノにでも言いなさい。
何かと気にかけてくれる青午。
――青麻、やちよ様の邪魔をするな!
――青麻が度々、申し訳ございません。
礼儀を重んじて、腰が低い青達。
――今日、施しに行った家からいただいた砂糖菓子。十個いただいたんだけど、家は九人でしょ? 一つ余るから、やちよ様が食べてよ。青午兄上への報告は、九つもらったことにしておくからさ。
――シズ姉上に柿を剥いてもらった~。食べましょう~。
こっそりとお裾分けをしてくれる青麻。
――蔵を整理していたら出てきた。やちよ様でも読めそうな書物だったから、持ってきた。
――日よけのためにすだれをかけよう。
やちよが過ごしやすいように気を利かせてくれる青宗。
――今日は暑いですね。冷たいお茶をお持ちしました。
――やちよ様は何色が好きですか? 秋の着物は、やちよ様のお好きな色で仕立てますよ。
おっとりとしていて親切なシズ。
常に忙しそうなヤスは、関わりが少なくてよく分からない。
鬼は邪悪で、悪行を働く醜い存在だと思っていた。けれど一緒に暮らしていて、彼らから邪悪さを感じないし、悪行を働くところも見たことがない。それに、彼らは人間と同じものを食べ、厠で用を足し、風呂にも入り、布団で眠る。鬼にならあるであろう牙も生えていない。彼らが鬼ではないという都合のいい解釈かも、とも思った。でも、いくら考えても彼らが鬼であると言える要素は、四六時中、鬼の面をつけていることしかない。
やちよの目が青慈をとらえたままでいると、青慈がこちらを向いた。
「俺の顔を見つめて面白いか?」
「あっ、いえ。すみません」
やちよは青慈から視線をそらし、顔を伏せた。
視線をそらしたところでやちよの疑問は消えない。それどころか、知りたい、という思いがツタのように広がる。ツタは心を埋め尽くすと、喉を這い上がり口から出た。
「青慈さん」
「どうした?」
「百目鬼の皆さんは、本当に鬼なのですか?」
幼子でも理解できる婉曲のない表現で青慈に問う。
「鬼だ」
間髪入れずに返ってきた青慈の返答も、婉曲がなかった。
「なぜ、俺たちが鬼ではないと思う?」
そして逆に問われた。
「鬼の面を被っている以外は、人間と変わらないと……」
思っていることを素直に言う。こちらが素直に言えば、鬼と称する理由を教えてくれるかもしれない。
「俺たちはまぎれもなく鬼である。そなたは俺たちが鬼である理由など、知らずともよい」
けれど青慈は、理由を教えてくれなかった。
漢字指導のあと、やちよはキヨノにも青慈と同じことを尋ねた。だがキヨノも、
「鬼です」
と、言うだけだった。
*
彼らは鬼なのかな。あの日、青慈とキヨノは答えてくれなかった。けれど、青午たちに訊く勇気は持っていない。疑問のツタは延々と伸び続けている。
鬼か人間か確認する方法。やちよが厠から出ると、庭に青慈と青麻の姿を見つけた。青慈は床几に座っていて、こちらに背を向けている。青麻ははさみを持っていて、青慈の正面に立っている。
何をするのだろう。珍しい組み合わせが気になったやちよは足を止めた。
「最後に青慈の髪切ったの、いつだっけ?」
「祝言の直前だった」
「四ヶ月近く前か~。そりゃ、伸びるよね」
青麻は言いながら、青慈の面を外した。
鬼の象徴の角でも生えているのかな? 素顔を見たら、彼らが鬼と称する理由が分かるかもしれない。 確かめたい衝動がやちよの体を貫いた。やちよは裸足で庭に降り、忍び足で、青慈の背中に近づく。尖った石を踏みつけたが、痛みも気にならなかった。
彼らまであと少しのところで青麻が顔を上げた。
「やちよ様、どうしたんですか?」
青麻はやちよを見ながら、青慈の顔に面を被せた。やちよに素顔を見せたくないようだ。
「どんな風に髪の毛を切るのかな、と思って。見ていてもいいですか?」
「見ても面白いことなどないぞ」
「そうそう。散髪するところなんか見ても、つまらないですよ~」
面を外して散髪するから、この場にいてほしくないのだろう。言葉に攻撃性はないが、言い方に棘があった。
「面白くなくても見てみたいです」
何を言われてもいい。素顔を見て、彼が本当に鬼なのか確かめたい。恋慕から生み出された執念が、やちよをその場に留まらせる。
「早く戻らないと、キヨノちゃんが心配して迎えに来ちゃいますよ?」
厠のためにキヨノのところを離れてから、間もなく十分が経つ。そろそろ様子をうかがいにやって来てもおかしくない。
「それならキヨノさんが来るまで……」
「叔父上を困らせるでない!」
青慈の鋭く冷たい一声が、矢のようにやちよに飛んできた。
「叔父上はこのあとも仕事があるのだ。そなたがいると散髪ができぬ。だから、早く姉上のところに戻ってくれ」
青慈の背中から冷気でも出ているのだろうか。冬の朝のようなひやりとした空気が、やちよと青慈の間に漂う。青慈の背中を見られなくて、やちよは視線を下げた。
「……すみません」
ぽつりと言って唇を噛んだ。素顔を見られなかった上に、青慈から拒絶されてしまった。悔しさと虚しさが、潮のように胸に満ちてくる。
私はこの場にいてはいけない。早く戻ろう。そう思っているのに、足が動かなかった。やちよが立ち尽くしていると、キヨノが縁側に姿を見せた。
「キヨノちゃん来ましたよ」
「やちよ様!」
キヨノは裸足で庭に飛び降りた。小走りでやちよの元に来る。
「裸足で庭に降りるなんてやめてください。怪我をされたら困ります。さあ、早く家にあがりましょう」
キヨノから家側に引っ張られ、青慈たちから離される。そして縁側に座らされた。
「濡れ布巾を持って参りますので、ここでお待ちください」
キヨノは自分の足の裏をはたくと、縁側を早足で進んでいった。
「場所、変えようか」
青慈たちも蔵の裏に行ってしまった。
やちよは、視線を更地の寂しい庭から爪先に落とし、再び唇を噛む。やり場のない悔しさと虚しさで、唇を噛む歯に力が入る。
恋慕を抱いた相手のことを知りたい。素顔を確認し、青慈が鬼だったときのことなど考えていない。純粋な恋慕がやちよを突き動かした。
大人しく縁側に座って待っていると、尻に振動を感じた。誰かが縁側を歩いていて、こちらに近づいている。やちよは唇を傷つけている歯を隠す。唇をなめると、口の中に血の不味さが広がった。
「お待たせしました」
と、濡れ布巾と草履を持ったキヨノが戻ってきた。キヨノは草履を履いて庭に降り、やちよの足の裏を拭く。白い木綿の布巾は、一拭きで薄茶色に汚れた。
「なぜ裸足で庭に降りたのですか?」
キヨノは指の間もしっかりと拭く。指の間を往復する布巾がくすぐったい。
「青慈さんの素顔を見ようと思って」
一瞬、やちよの足の裏を拭くキヨノの手が止まった。けれど、キヨノはすぐに手を動かしだす。
「私たちの素顔は見ないほうがいいですよ」
「どうしてですか?」
「見ても何もいいことがありませんので。それにやちよ様のためでもありますから」
足の裏を拭くキヨノの手つきが変わった。右足の指の間は五回拭ったが、左足は二回しか拭わなかった。何事も丁寧にこなすキヨノがイライラし、作業が雑になった。これ以上は訊けない。やちよは察し、口を噤んだ。
その日の晩。
「やちよ」
鈴虫の鳴き声響く中、青慈が静かに言った。
「はい」
寝床にわずかに差し込む月明かりが、青慈の鬼の面を照らす。青白い光の中では、無機質な面がいっそう冷たく感じた。
「昼間はなぜ、あのようなことをしたのだ?」
「青慈さんが本当に鬼なのか確かめたくて」
「確かめずとも、俺は鬼だ。面の下を確かめるなどという愚かなことをするでない」
「……」
やちよは青慈の懇願を受け入れられなかった。それどころか、知りたいという思いが増すばかりだった。




