65 第5の国の災厄2
少し自信のあるエピソードです。
抱きついてきた騎士に、クラリスは強制魔法をかけた。
「退きなさい―― 」
彼女が言い放った後、騎士の姿が消えた。
そして亜空間を通り、この世界で、フラン王国から最も遠い場所に飛ばされた。
彼女は狂ったように全力で、倒れているアーサーの元に走り寄った。
最もダメージを受けたアーサーの体の部分に手ををかざした。
「真実に至る魔女を継ぐ、美しき心を映す世界の守護者クラリスが英雄が受けた体のダメージを否定する。ダメージは消滅せよ! 消えろ、消える、消えろ、消えろ‥‥‥‥ 」
クラリスの顔は真っ青で、生気が全くなかった。
「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ‥‥‥‥‥ 」
狂ったように続けるクラリスの口を、侍女のメイが優しくふさいだ。
「お嬢様。アーサー王子様が負ったダメージは大変大きかったのですが、お嬢様のヒール魔術で最悪は免れたはずです。」
「ほんとうに!? ほんとうですね!!! 」
クラリスの美しい青い瞳から、たくさんの涙が流れ落ちた。
倒れているアーサー、そしてクラリスとメイを守るように、メイナードは槍を構えていた。
そしてソウヤ達に告げた。
「来るなら来い。ただし、今の私は最高に強いぞ。我が英雄を守るためなら自分の命はいらない。」
ソウヤは大変厳しい顔になっていた。
「ほんとうに申し訳ない。我が臣下の中に、最低の者が紛れていた。許してください。そのような者を見抜けなかった私も最低だ。」
クラリスは両手で、アーサーの体にヒール魔術をかけ続けていた。
彼女の両手は魔力を集めすぎて、感覚が全く無くなっていた。
侍女のメイが強い大きな声で告げた。
「お嬢様。早く。早く。アーサー王子様を、回復力が強くなる美しき心を映す世界に転移させなければ!!! メイナードさんもこちらに来てください。」
メイナードが近づくと、クラリスは転移魔術をかけた。
そして、その場から消えた。
重傷を負ったアーサーとクラリス達が見えなくなると、その場の雰囲気ががらっと変った。
最高に機嫌が良いソウヤの大きな声が響き渡った。
「はははは。やったな! 苦労をせずに英雄アーサーに深手を浴びせたぞ。これで、魔王アスモデウス様からたくさんのご褒美をいただけるわ。」
さっきまで神妙な顔をして、自分の臣下のやったことを謝っていた態度とは180度反対だった。
臣下である人間の騎士達の中には、大変な不運で英雄アーサーが大けがを負ってしまったことに心を痛めている人々が多かった。
やがては、この強いばかりで品性下劣な暗黒騎士から、このフラン王国を取り戻そうと心の底から決心した人々だった。
美しき心を映す世界に、大けがをしたアーサーがクラリス達3人とともに転移した。
転移するやいなや、守護者クラリスの気持ちが世界全体に伝搬された。
愛する人を思う最高に純粋な気持ちは、とても美しかった。
あっという間に、多くの妖精達が集まってきた。
「クラリス様。英雄は大丈夫ですよ。」
「生気エネルギーが放出されています。」
「私達も英雄が早く回復できるようお手伝いします。」
その後、妖精達は美しき心を映す世界中に広がって何かを手で持ってきた。
それは癒やし草と呼ばれていた。
人間が他人のことを大切に思い思いやる気持ちが咲かせている草だった。
癒やし草がたくさん敷き詰められ、ベッドが作られた。
最後にはベッドが完成し、たくさんの妖精達がアーサーを運んでその上に寝かせた。
クレヨンで描いたような空に浮かんでいる太陽は精一杯の暖かい光をアーサーに注いだ。
そよ風が優しく吹き、アーサーが感じているに違いない痛みを少しでも和らげようとした。
クラリスは横たわっているアーサーの横で、何もせず、ただその顔をじっと見ていた。
ざあざわと集まっていた妖精達は、いつの間にかいなくなっていた。
クラリスは、ひとり言を始めた。
「あなたが目を閉じた顔を見るのは久し振りですね―― 初めてお会いしたとき以来です。あの時見たあなたは、大変苦しそうな、苦難に満ちた顔でした。」
そして、彼女は無意識に、金色のくせが強い髪の彼の毛をなではじめた。
「今、体の強い痛みは感じているのかもしれませんが。あなたの心の苦しさは感じません。奥にしまえたのですね。でも十分注意してください。あなたはどんな苦しみを受けることもいとわない人ですから。」
美しき心を映す世界には夜がなかった。
優しい太陽が、クラリスとアーサーを照らし続けた。
それからクラリスは5日間、全く眠らなかった。
彼女は強い魔力を生み出す強い精神の持ち主だった。
しかし、やがて疲労極限の疲労と睡眠不足には勝てなくなった。
そして、うとうととしていたクラリスはとても深い眠りに落ちていった。
「クラリス、クラリス‥‥ 」
暗闇の中、何者かが彼女を優しく呼んだ。
「誰? 誰? 」
「クラリス。私の世界一の宝物。大丈夫よ‥‥ 」
「母様! 」
それは確かに彼女の母親クリスタの声だった。
やがて――
声が形になった。それはとても美しい女性の顔だった。
「どことなく自分と似ている。光り輝く黒い髪。深い海の美しい青‥‥ 」
その人は世界中の人々の笑顔とつり合うくらいの優しい笑顔でクラリスに笑った。
「もう目を開けるころよ。開けてみなさい。そして素敵な未来をつかみなさい‥‥ 」
母親の最高の笑顔に励まされて、彼女は目を開けた。
すると、自分の顔の上に誰かの顔がかぶさっていた。
アーサーだった。
「きっと、私が眠り込んでいた時、意識を一瞬、取り戻したのですね。私の顔に近づいて何をしようとされたのですか―― そしてまた、あまりの強烈な痛みに意識を失ったのですね。」
クラリスはアーサーの唇を強く引き寄せた。
美しき心を映す世界の太陽が史上初めて仕事をさぼった。
水平線の下に沈んだ。
2人の姿を誰も見ることはできなくなった。
お読みいただき心より感謝申しわげます。
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