43 第2の国の災厄5
ゾルゲが行った演説は、たちまち国中に広まった。
すると、今まで熱心にリリーを応援していた女性達の中で、手の平を返したように猛烈な批判をし始めた人々がたくさん現われた。
最高執政官のシャーロッテを含め、政庁の中にいる回りの人々は一生懸命に彼女を守った。
その日も、リリーは最高執務官室に呼ばれて、シャーロッテと2人きりになり話しをしていた。
「リリー。少しも気にすることはないわ。お母様がどんなことをしていたにせよ、それはどうしようもなかったことよ。貧困に落ちざるを得ない女性の選択としては当然あり得るわ。」
「私の家はとても貧困で、母親が苦労してお金を稼いでいたことは知っていました。しかし、あのようなことをしていたとは思いませんでした。私がアカデミーに入学するためのお金も稼いだとは―― 」
「お母様がしていたことを理由に、あなたが一生懸命に取り組んでいる女性の地位向上の仕事が嘘の上に立っているとは言えないわ。ゾルゲがたくさんの聴衆をたぶらかしているだけよ。」
「だけど、こう批判されているの。母親の汚らわしい仕事で得たお金で、私は今の地位や仕事をしているとしたら、平気でこのままいることは人間として恥ずかしい、これまで隠していたのかと―― 」
「そのようなことは全くありません。気にしないでください。」
そのような話しをしている時、係官が最高執務官室に駆け込んできた。
「急報です。暴徒の集団が第一補佐官様の御実家を取り囲んで火をつけたと。」
「えっ!!! 」
リリーは大変驚いた。
シャーロッテも大至急の対応をとった。
「最高執政官の命令で、国軍を出します。1000人の国軍を出してください。リリーの実家は確かライト地区でしたね。」
「はい。そうです。」
そう答えたリリーの両目には涙がたまっていた。
リリーが国軍と一緒に駆けつけた時は、すでに彼女の家は焼き落ちて黒焦げだった。
彼女は必死に母親を捜したが見当たらなかった。
多くの見物人が回りを取り囲んでいたが、ひどいことを話していた。
「汚らわしい女もこれで命を落した。ここらへんの地区がきれいになったんだ。」
「おっ、あそこに嘘で乗り固めた役人様がいるぞ、なにが女性の地位向上だ。」
それらの話しを聞いて、気が動転していたリリーは見物人達に向かって叫んだ。
「私の母親はやむを得ず、あのような仕事をして私に教育を受けさせてくれたのです。やむを得ない境遇きょうぐうにおちいった人を責めるなんてひどいじゃないですか!!! 」
抗議をしたリリーに向かって見物人の1人が石を投げた。
「えらそうなことを言うな。」
「俺たちをだまして高い地位についたくせに。」
最初の人に引き続き数人が、最後には大勢が雨のように石を投げた。
国軍が石を投げる見物人達を追い払ったが、リリーは石の雨の中で血だらけになってしまった。
その場に倒れてしまった彼女を国軍の衛生兵が担架で運び出した。
精神的に大きなショックを受けて、彼女の意識はもうろうとしていた。
最初は絶望の底で何も考えられない状態だったが、やがて自分の精神を守るため彼女の心の中に怒りがこみ上げてきた。
(お母さんが悪い。私の運命が悪い。他人を簡単に攻撃できる人間が悪い…… )
かすかな意識の中で、彼女の心は完全に憎悪に支配された。
最高執政官シャーロッテの話は終わった。
「最高執政官様。リリーさんはそれからどうなったのですか。」
クラリスが質問した。
「はい。精神的に大変な状態になった彼女は病院に収容されました。ところが、ある日、彼女は病院のベッドから姿を消してしまったのです。」
「姿を消した時、病院の中で誰か気がつかなかったのですか。」
「大病院では多くの医者や看護師も働いていたのですが、全ての人がリリーが姿を消した数分の記憶を欠落させていました。」
「たぶん。暗黒騎士が魔術を使って彼女を連れ出したのでしょう。目的ははっきりしていますが。」
「クラリスさん。リリーさんの心はほんとうに悪しき心を映す世界と連結してしまったのですか。」
アーサーの問いに、クラリスはとても真剣な顔をして答えた。
「人間の心が憎悪に支配されたとしても、悪しき心を映す世界と連結することは不可能です。必ず、美しき心も残っているからです。しかし、特別な力が加えられたとしたら可能です。」
「それはどういう力ですか。」
「魔王アスモデウスの力です。魔王は人間を悪しき方向に完全に引きつけて、美しき心を無くしてしまいます。そうすれば、悪しき心を映す世界はその人間の心と完全につながってしまいます。」
シャーロッテがとても真剣な口調で言った。
「私は最高執政官としてもちろん、彼女の心の穴から魔族がこの国に侵入するのを防ぎたいと思います。
しかし、それ以前に彼女は大切な大切な友人です。憎悪で開いた彼女の心の穴をふさいであげたい。」
そして彼女はクラリスに懇願こんがんした。
「クラリス様。真実に至る魔女の名を継ぐ方。世界中で最も優しい魔女様。お願いします。リリーを助けてください。」
心の奥底から感情が湧きだしたシャーロッテの両目から大粒の涙が流れ出した。
それを見て、クラリスはとても優しい口調で答えた。
「私は美しき心を守る真実に至る魔女を継ぐ宿命をもつ者。必ずリリーさんの心の中の巨大な憎悪を溶かし、大きく開いた穴をふさいでみせます。」
彼女の美しい青い瞳の魔眼が光っていた。
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